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相手をそのままみる、相手に意識をむける、やってみる

こんばんは。

日頃、
つい準備や「(まだこれから起きる)次のこと」に
ちょっとぐるぐると時間を使う

そんなときは、
「新しいところに出て行けなくてぐずぐずしている」
って自分を責めることもあったけど

「準備をしていること自体が楽しい」
って思えれば、それはそれでアリかな、とも。
楽しんでるそのときは、
それが何か実践の一環だから。

実際は、その場にならなければわからない。
でも、なにか「楽しんでいる」ってときは
きっと「すでにそこにいる」ってことだから。

誰かが目の前にいて
私はその人に、意識をむけて
そこにそのままいられたら
私はとても落ち着いていられます。

でも、焦りやイライラにとらわれるとき
私は一人で苦しみます。ぐるぐると。

そうではなくて。

誰かに役に立ちたいのであれば
「私がもっとよく見られたい(悪く思われたくない)」
というのを離れられれば
そこでその人に意識をむけて
じっと居られるだけでもいいのです。
その人のニーズに、願いに、少しでもふれるなら
それは幸せなことです。

そしてそれを
その人が目の前にいなくても、
そのように意識を誰かに静かに向けていられたら
同時に
自分の「計画」や焦りに自覚的でいられたら

それは人と支え合える、
お互いに恩恵と感謝を交換できる
人として、そこに居て、よかったと思える瞬間だと思います。

私はそういう瞬間のために、いつも少しでも
一歩を踏み出せたらと思いますし、
今も踏み出している、と思います。

やってみる、というか、すでにやっている、連続です。


また明日。おやすみなさい。

それはどうあれ愛とよぶもの

こんばんは。

唐突ですが。

あまりにも子供じみていて
そんなことにかかわっていられない、と
あるいはもう二度とふれたくはない、と
押し込めていたそれがいざ浮上してきたら
私こそ被害者だと

その世界に自分を閉じ込めているんだと
それがわかった!と思っても、
認めることもできない

大混乱のなか、探求はつづく。

大切な相手、大切な思い出
そのときは受け止めきれかった。
でも、今の私だからこそ、今は受け止める。

やっかいで扱いづらいものも
それがあたかかく、自分を包むものも
それこそが大事だと思うものも
だからこそ逃げ出したいことも
執着したくても、全速力で撤退したくても

私にとって
それはどうあれ「愛」とよぶものです。

それに大きくこころがうごき
それに手が震えるくらい動揺しても

それ、あれ、あの人、この人。
ちがうんだ、
「対象」の問題ではないのだと。

静けさをとりもどし、もともとニュートラルな存在として
わたしはいられます。

めぐりあわせに感謝。

おやすみなさい、また明日。

「知っている」の壁

「知っている」「もうわかっている」の壁を
はりめぐらせて、
そこにダイブするのをためらう。
相手から、何かから、自分の身を隠す。

そうせずにはいられないときの
甘くて、苦い感覚を
新しい環境にきたときに、私は味わいます。

まるで知らないことならいいのでしょうか。
いや、そんなときでも、
そのなかからも少しでも
「これは知っている」を探そうととするでしょう。

自分のことも相手のことも
何も知らない。
そこがスタートだといいきかせても

そこに立っているつもりの甘さと
そこに立ちきれない苦さを
同時に味わいます。

すでに知っていることばを使って
わかったつもりになっていく。
ことばから、自由になれない。

探求という名のもとに
「わかっている」を積み上げるのは、欺瞞です。

「私は知らない」から始められる智慧を。

おやすみなさい、また明日。

毎日は一日、毎回は一回

こんばんは。

最近、中学・高校のときの恩師の近況を知りました。

相変わらず海外に出て知見を深め、
被災地に出向き、
声も張り張りで、昔の生徒たちに講演したとのこと。
御年、80歳というから、驚きです。

もっと驚くのは
毎朝ラジオ体操をして、
9階まで駆け上がっているとのこと。
そんな「体育会系」なイメージの方ではなかった。

自分たちが高校生だったときに
恩師は今の私の年頃で、
そのころと、それほど行動や興味関心の幅は
変わっていないどころか、
拡がっているようにさえ思えます。

お元気でそうで、何より。
いやぁ、まったく、かなわないなー。

と思った瞬間、
いや、まて、と思い直しました。

恩師にも、きっと
「自分は、年を取った・・・」と思ったことは
きっとあったにちがいなく

だからこそ、
「毎日ラジオ体操+9階かけあがり」という習慣を
どこかで始めたに違いないのです。


毎日は、ただながれていくだけではなく
かけがえのない一日がそこにあり、
毎回は、あたりまえのように繰り返すのではなく
たった一回がそこにあるのだと。

一日は、一回は、
同じことはないし、変化していくのだと。

変化に抵抗したり、あるいは任せるのではなく、
変化を活かして、一日、一回に集中する、
年齢を経るということは、
その大切さを知ることかもしれません。


おやすみなさい、よい夢を。

「基本のき」受講を終えて(というかはじまり)

こんばんは。

1/13から全4回、鈴木安子さんの
 個性を活かしたプレゼンテーション
 はじめて人前で話す人のための話し方講座
 「基本の き」
に参加しました。
http://kihonnoki.jimdo.com/

去年から、
エニアグラムをお伝えする機会を得るようになり
もっと伝わるものにしたい、もっと磨きたいと思い

安子さんの
ひとりひとりにぴったりフィット、引き出しにネタ満載
というクチコミを伺っていて
受講できる機会をタンタンと狙っていたのでした。

3分間のプレゼンの、原稿は8回改訂。
その間ずっと問い続けていたのは
「場をひらいて、本当に伝えたいことは何か」でした。
そのために「何を」つたえたら「伝わる」のか。

伝えたい と 伝わる は違うのだけど
伝えたい と 伝わる は、ずれないほうが、それはいい。
なら、私から誰かに 「伝わる」 ことは 何か。
それを、練っては試し、映像を見ては試し、ました。

実際に身体を動かしてのワークには体感すること多く、
そして数回のプレゼンで
安子さんにいただいたメッセージは実に具体的でした。
メッセージは、参加者のぶん、存在し
そこからもたくさんのインスピレーションをもらいました。

8回目に書いた原稿を、
毎日通勤の途中でぶつぶつつぶやいて
そしてその原稿のプリントアウトは、
プレゼン当日の午前中に誤ってトイレで流してしまい
(↑本当です。トイレ詰まってたらどうしよう汗)

それでも、聴いてくださる方の、お一人お一人を見て
祈るように伝え、

1ヶ月前には「事柄」を伝えてた私ですが、
昨日は
「各々に、大切なこころの根っこがあって
そこにたどりつく楽しさや喜びを体験してもらいたい」
が伝わりました。

そして私にとってそれは、
最初の3分であり、はじまりです。

エニアグラムをはじめとして、
さまざまな取り組みを通じて
それは、仕事の場であれ、どこかでひらく場であれ
あなたの、わたしの、こころの根っこからの可能性をひらきたい
それが私の思いです。

おやすみなさい、また明日。

自分だからこその売り

こんばんは。

1月から、鈴木安子さんの「基本のき」話し方講座
http://kihonnoki.jimdo.com/
に通って、

私がエニアグラムを伝える最初の3分間

を磨いています。

シナリオも、どう届けるかも
何をゴールに、何を望んで、そこに立つかを問われます。
日頃サボってる筋肉を使うジムのよう。

表現しよう、「出そう」とすると、
いろんなモノが新鮮に「入って」きます。
そして、身体を動かすと、知恵がでてきます。

これまで書いてきたシナリオは7つ。
で、全4回の最後にむけての課題は

「同じことをする人が居並ぶなかで
私だからこその売りは、何か」

・・・さてと。

私は今まで、関係性のなかでの
「つなぎ」に旨みを発揮してきた、と思っているため
一人で立って、私一人の売りを、といわれると
結構うなります。

何だろうなぁ。うーん。

少し寝かせてみます。
ただ、何をひねり出せるか、楽しみです。

おやすみなさい、また明日。

順番にかく、さまざまな週末

こんにちは。

いろいろあったのを順番に書きます。
どれもなかなかにかけがえのない週末です。

土曜日。
朝から、お気に入りの白いダウンコートを風呂場で手洗い。
以前、だんなが持ち込んだときに
「家で洗濯できるのにもったいない!」と
クリーニング屋のお姉様に突っ返されて(笑)からの習慣。

お昼に、
今年実施してきた「はじめてのエニアグラムワークショップ」
スタッフのミーティング。
何を大切にして、何をしようか、イメージして、紙に描いて、
日程におとして。
「どんな」「何を」は、追って。来年も、やりますよ~

このあと、竹芝の鈴江倉庫にある「galary911」へ
上田義彦さんの
師匠有田泰而さんと作品「First Born」への情熱に打たれ
http://www.1101.com/ueda_yoshihiko/index.html
実物にも、打たれました。

写っている1970年前後の感じは、確かに、
赤ちゃんの着ているものや、道具類に色濃く懐かしい
でもまったく古びてない、まるで今のような、
でも今はすでになさそうなセンスに、胸がきりきりしました。
会場もよかったのです。とても昭和っぽい。
12/28までです。

写真にも空間にも浮かされて
ちょっとどこにいるかよくわからなくなって
夕方の切れるような空気のなかで見た東京タワー。


日曜日。
朝から、毛糸、色柄モノのおしゃれ着洗い。

なんだか「ほぼ日」のサイトばかりですが
http://www.1101.com/nishimizu/index.html
「この人がすごい、でくくるのではなく
この人の何が、ここまで動かすか」を
もっと知りたくて、本を買って一気読み。
「あなたの中のリーダーへ」(西水美恵子 著)

この人にとって大きな体験の場面は
一緒に身体が震えるくらい、すごい。
で、確かに、「本」やその人の為したことだけとらえたら
「すごい人」にしたくなる。
でも「すごい人」で「あちら側」においやったとたん、
それは、なかったことになるんだ。
自分のなかに、何を見るか。
何を為さねばならないと本気で思うか。
それは私の問題。

そういう本を読みながら行ったところは
(株)プロビーダの
http://provida.co.jp/seminar
「クリエイティブリーダーへの招待状」
ふだん反応的に、自分をよそにおいて阻害する要素を
体感的にひもとき
何がそれほど私を「本来望まない私」にするか
その紙一重で、自分も組織も活かすありかたを
なーるほーどー とハラに落とす
興味深いワークショップでした。

で、ワークのなかで気がついたこと。
想像すると胸を切られるほどなので
どうにか避けたい、他人の強い「怒り」も
どうにかして私の伝えたい強い「思い」も
その強さを勝手に大きくしているかもしれない。

で、「怒り」をどうしてそんなにも避けたいか
そのときわからなかったけど
帰る道々、ひとつ、思い当たりました。
まだ乗り越えられないか。
そして、いろんなきっかけが、いっぺんに胸にきました。

私は職場を変えたいと思ったか
私を変えたいと思ったか
「人と自分を元気にしたい」と、
「すこやかさのためにできることを」と、
ここまで来ていて
職場での自分を、あきらめかけていた。

目の前の職場であれ、ワークショップであれ
私が変わる、というか、私を阻害せず、私をあきらめず
過去の何かを勝手に大きくしないで
ただそこに、ちからを抜いて、いられることで
周囲は変わるのかもしれない、と。

土曜日のミーティングで描いた「大切にしたいこと」
あらためて蘇ってきて、
人や誰かじゃない、どこまでいっても、私の問題なのだと。

まだあった。
自宅に帰った私を待っていたのは
有田泰而さんの伴侶の有田雅子さんと
清野恵里子さんの往復書簡
「カメオのピアスと桜えび」

2011年アメリカの大自然のなか、初めて人を見送った雅子さん。
そこからメールやものをおくりあうふたり。
そのやりとりに流れる明るい、毅然とした、やわらかさ。
私、女性でよかったな、と思えた書簡集です。

あ、そしてだ、今思い出した。
洗濯モノが外にほしたままだ~

日常は続く。

ああ、長くなった、
最後まで読んで下さってありがとうございました。
おやすみなさい。

inputしてきたものを再構成

こんばんは。

この連休は
inputしてきたものを再構成している途中です。

自分の好きでやっていることでも
なかなか「ぴたっ」とした感じまではいかない
頭のなかにあるだけでは
それはまだ「あるような気がした」だけで

「こんなことをこんな感じで伝えたい」
というのはあるようで
まだはっきりとしていなくて
受け売りそのもののようで自信がないです

それでも
そのむこうというか、うしろというか、に
つたえたい確かなものはあります。

結実までは、またあと少し。
クリアにするために、
また一眠りするのでした。

おやすみなさい、また明日。

循環させたい

こんばんは。

あらためて不思議に思うのは

仕事でのひっかかりや行き詰まり感
人間関係での鬱積
そういうことをきっかけに
いろいろ学びはじめ

ともに学ぶ仲間ができ
学んだことを循環させようと思うようになり

ひっかかりも行き詰まりも
状況は変わっても、相変わらずやってきて
それでも、そのつど自分の姿勢は違っています

今の状況や心持ちを
少なくとも5年前の私は想像していなかった
と思います。

そのときのことは、そのときにはじめてわかるんだなぁ、と。

もしかしたら、もっと早く何かを為したり
行動もoutputもあってよかったのかもしれない。
過去は過去なので
今は今、やっていくのみ。

今の望みは、
学び、得てきたことを
どういう形であれ、循環させたいということです。
おいしい水をいきわたらせておいしい米を育てるような
イメージです。

おやすみなさい、また明日。

無条件に私を守る(と考える)ものへの無関心やうっとうしさや甘え

こんばんは。

今日はC+F研究所
「バイロンケイティワークアドバンス」へ。

くりかえし自分を苦しめる「考え」が
何度自分に浮かんできても
それを歓迎する心の余裕を育てるワークです。

テーマは
「仕事、キャリア、お金」だったのですが

いやー(汗)


これがないと生きていけない
これのことばかり言いつのるのは恥ずかしい
これのことは気にしない(家族にも気にさせない)
これのことで他人に迷惑をかけてはいけない
・・・とにかく
こんなふうに考える「対象」に対して

それは無条件に私を守るべきだとか
それにしては無関心(ちゃんと考えない)で
それについてうっとうしく思い
要は甘えている

そんな「私の考え」が潜んでいるなんて。

おそるべし、バイロンケイティワーク。

否!おそるべし、私の考え。

おやすみなさい、また明日。

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