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「どっちか」でなく、「どっちも」でいい

ほんとうに突然いま思ったけど

「どっちか」を選んだり決めたり
そんなこと、しなくてもいいんだ。

だいたい、私は
「仕事か」「家庭か」も選べなかったし。
「育児か」「仕事か」だって選ばなかった。
選ぼうとして、苦しかったときは
どっちかはまだ「なかった」

「仕事か」「家庭か」どうしたらいいんだろう
とおもってたときは
まだ仕事してなかったり
また家庭もなかった。

「育児か」「仕事か」を選ばなくてはと思ってたのは
まだ子供がいなかったときで
復職を決めたときは
「できなければやめればいい」くらいのつもりだった。

これからもきっと、そうなんだ。

これからも
どうしよう、と思っているときには
どうしよう、と思っていることを「まだやってないんだ」
ってことに、何度でも気づこう。

やってからでしかわからない。
「どっちか」ではなくて「どっちも」でいい。
ある瞬間にできることは常に「ひとつ」で
その連続でしかないのだから
「どっちにしよう」と逡巡するくらいなら
やってみてから考えればいい。

おやすみなさい、また明日。

キャリア考

こんばんは。

この時期、勤め先で
「3年後、どういう仕事をしたいですか」を書いて人事に送る
という行事があります。
自分のキャリア開発を考え、意志を表わす機会です

今年で書くの、3回目で、
つまり初めて書いてから2年経っています。
たぶんテーマとしては同じことをかきます。

もちろん、個人の希望の範囲で、
そのとおりになるか何の保証もないものだけど
具体的な進捗のないことにやや焦れています。
自分で道をひらいてない、努力や戦略が足りないように思う。

今やっている仕事と、直接関係のなさそうな仕事や部署。
そこにどう足をかけたらいいか、わからなくなってきた仕事。
それでも、やってみたい仕事。

私のような希望を持つ人に
「キャリアカウンセラーの私」ならどう問う?

「何をしていると、力が沸くように思う?
 何を大切にしてきた?何を大切にしている?
 自分の大切にしていること、今できることは
 勤め先のビジョン、大切にしたいこと、方針などと、
 どんなつながりがありそう?
 いっしょに働いている人とは、どう?
 無理につなげなくてもいいけど、どんな接点がありそう?
 一回、自由に話してみよう。
 いつでも語れるように、探求しておこう、
 いつでも言い続けよう、少しでも行動していこう」

かなぁ。

なんだか漠然としましたが

私は
過渡期をむかえる個人を
一律なプログラムによってではなく
その人個人に焦点をあてて話を伺い、
何を大切にしている(してきた)かを見いだすことで
その人のもともと持つ力を取り戻す仕事をしたい。

自分を知り、探求することの、
その結果として、他人との共通点やつながりを知ることの
おもしろさや深さ、開放感を伝えたい、分かち合いたい。

自分の希望は、今もそこにあります。

おやすみなさい、また明日。

やりたいことを、目の前の仕事で

こんばんは。

ノリにのっていけて
自分で道をひらいていける人
(あるいはその人の時期)
なら、それはそのままいけばいいけれど

異動や、立場のかわるとき
そういうイベントがなかったとしても
なんらかの過渡期になっている個人の
節目を支える仕事がしたい

というのは私の希望。

それはたとえば、うちの職場のどこかに
異動の希望を出すことで実現できる?

そうではなくて
別の場所で 別の時間で
それをやっていく?

あるいは、それを今目の前、
今日、いま、
そのように支える姿勢で
今の仕事でどう実現できる?


・・・
そんなことを、
あらためて、つらつら思う夜です。

いや、明日は明日の仕事をまず頑張ろう。

おやすみなさい、また明日。

まず入れてみるって、ないのか

就職できたことも
結果的に辞めずにこれたことも
自分だけの力ではなくて
相手あっての、周囲あってのことだった。

勤めだしてからも、
あんまり社会人ぽくもなく
しばらくは学生のしっぽをくっつけて
うろうろしていた。

何がいいたいかって
わりとずっとそう思ってるのだけど

職を求める側のほうに過剰な負荷のある就職活動
これから入る人に過度に優秀さを求めないで
入ってからなんとかする、
何でもさせるという会社なり組織でいいのに。
仕事は、みんな、やってから覚えるのに。

って、welcomeする企業、本当にないのか。
ってところに、もっと学生も入れればいいのに。

このへんのことを
もうすこし詰めた書き方をしたいです。
ちょっとふんわり書いてる、わかってない。

おやすみなさい、よい夢を。

憎まれるより愛されるスタッフに

って、これは甘えてるんだろうか。

ただ、今日ちょっと思いついて
くちに出してみました、仕事場で。

顧客に近い営業の現場、
その現場を支える後方スタッフ、
またさらにそのスタッフを支えるスタッフ
私の今いる部署は、後ろの後ろ。

自分たちが発信して
こうしてくれ、ああしてくれと頼むことに
伝わらない苛立ちを感じることも多い。

今日、同僚のスタッフがミーティングの場で
「憎まれ役になってもやる、そこは割り切っている」
「やるべきことをやらせる部署だから
厳しくて憎まれてもやるんだ」
と悲壮な決意を語った。

それをきいて、こんなことを初めてくちにした。

「私もかれこれ
スタッフ部門で10年近く働いている。
憎まれ役でもいいって決意したこともあったけれど
最近は、どうしたら愛されるか
って考えるようになったかも。
憎まれたら、
伝えたいことは伝わらないような気がして。
しくみをシンプルにして、愛されるとか
そういう道もあるような気がするんだ、最近は。
もっというと
現場を愛することができるか、とかね
それが今の私の課題」

どうでしょう?

おやすみなさい、よい夢を。

都合が悪いと思うことこそオープンに

何か都合が悪いことが起きたとして。

組織人なら上司に報告して
手順を踏んで復旧して、再発防止策を立てる
これ、スジ。

自分でなんとか始末しようとしたり
上司に報告するのを嫌がったり
「自分の上司って誰?」というような場合
そして
取引先なり他組織の人のほうと
パイプ太かったりすると
相手に不利益飲んでもらったり
なんとかしてもらったりできると

それは次に、やや規模を大きくした
再発につながります。

「悪い」と思う出来事ほど、早くオープンに。
早ければ早いほど
コトは大きくならない。
遅くなればなるほど
自分で自分を追い詰めます。

上司になったら
部下が早く悪い報告を上げられるよう
フトコロ深く受け止めて
再発防止を、自らの責で立てたいもの。

スタッフになったら
悪い報告ほど早くあがって
防止や発見ができるしくみを
魂こめて考えたいもの。

これ全て、自戒です。
そして、伝えたいです。

ルールやガイドラインは何のためか

自分の職業経歴のなかで
ルールを作るとか守らせるという仕事に
幾度となく就いています。
その経験は常に自分自身の
仕事に対する思いの強さを伴っていて
達成感もあれば苦しみもありました。

その苦しみの根はどこにあるだろう、と
探求してみると

ルールを決めるそばから
そこからいかに逃れるかを策略したり
うまくいかないことをルールのせいにしたり
ルールがないかのように無視したり
妙に細かいことまで決めさせようとしたり
そういう場面に幾度となく遭遇して
自分で痛んでいたからでした。

ルールの形骸化、ルールのせいにする
そういう動きに
ルール = 自分 
と同一化していたこともあるかもしれません。

それはさておき。

監査を受ける機会が増えて
監査する側の見解は明確で、
ルールを作る、守る、形骸化させない
というのは
企業なり組織におけるリスク回避(予防)策
だということなのです。

第三者からみれば
「ルールがなくてもうまくいく」状況は相当ハッピーで
いつか「弱いところ」に不都合や疲労が集中する
システムやルールはそれを避けるために
強い立場のものに指示、承認し、
守らせる責任があることを明文化しているものだと。

ルールはリスク回避のためにある。

守れないルールはないほうがいいし
思いや気持ちを寄せようと思えば
ルールはそのチームの要員のなかに内在し
引き継がれていくと、私は思う。

しかし、それでも。

「ルールは内在する、なくてもよい」と
あるとき強い立場の者(のように見える者)が
思い込んでしまったときに
弱い立場になった者がひそやかに傷む
そういうリスクを予防して、
お互いを尊重するために
ルールはあるのだと、今は私は思います。

シンプルに構成したルールで
常に見直されるルールであるように
守る、守らせるという立場について
必要以上に強調されずに
協力の一環としてあるように。

仕事で、久しぶりにルールなり
ガイドラインを作って
それを広める時期がくるため
自分のためにもちょっと記しておきました。

おやすみなさい

面接の結果と、歯を抜いたことと

半年の業務内容と目標について
上司と面接をしました。
その上の上司も同席して、
この半年だけではなくその先についても
課や部をどうしたいか、まだわからないか
話を聴くことができました。
方向性の大筋と手段は合意で
上司とその上はそういうだろうなと思ったし、
自分もコミットできると思いました。

その上で。

「自己申告書を書いてきました。
今聴いたお話に自分は同意できるし
それとおそらく大きくずれてはいないと思いますが
字面だけだと、ずいぶん違うことを書いている印象なので
自己申告書と、その補足について説明をさせてください」

と、
自己申告書と手紙をお渡ししました。

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自己申告書

私は働く個人の過渡期を支える仕事がしたいです。内外の環境変化に揺れた時期、自分の大切にしたいことに気づく支援で働き続けられたからです。以来、カウンセリングスキルと、心の動機に気づきを促す学びを続けてきました。
変化する組織で、個人の過渡期の支援を通じて、人を大切にする風土づくりに献身したいです。

アピールしたいこと:
GCDF-Japanキャリアカウンセラー  
エニアグラムトレーニングコース(C+F研究所主催)
----------

手紙に補足を書いて、その場で思いをきちんと伝えることが出来ました。

結果としては、ざっくりいえば
上司たちから

「スタートしてみよ。うちの部で」

というメッセージを受け取りました。
かなり冷静に、そして感動して受け止めました。


-----------------
で。

私はこの数日あいまいだった歯ぐきの痛みを
午後から急激に強く感じるようになり、
歯医者に駆け込み
「あー。これはもうだめです。痛いですね。抜きます」
ということで、即、その場で左下の奥歯を1本抜きました。
あと1週間後に右下奥歯を抜きます。
歯周病が進んでしまい、歯がもうぐらぐらだったのです。

抜いてみれば
抜いたほうがまだまし、という痛みでした。
今もまだ続いていますが来週にはこの痛みがなくなります。

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ええっと。
皆さん、今日もお健やかに。
歯と歯ぐきを大切にね。

やはり朝イチだなー

上司との面接準備を
朝、終えました。
やはり
思いの整理をするなら朝ね。

今日一日、
いつもと同じく
大切に過ごします。

いつも、
すべての導きに感謝。

今日も皆さん、お健やかに。

キャリアカウンセリングを受ける

朝、キャリアカウンセリング受けて

1.私はなぜ「人の過渡期を支える仕事」を「自分の組織で」やりたいと思うに至ったか。
2.その動機のもとに何をしてきたか(具体的事実)。
3.私がその仕事をすると「組織は」「関わった人は」どうなると思うか。

をストレートに、会社に出す「自己申告書」に記せる展望がたちました。

特に私は2を当たり前に、というか、大したことはやってないよ、エへ、とか、
まだ充分ではない、力が足りない、と思っていた。
でも実際、仕事に関係なくてもキャリアカウンセリングやエニアグラムを情熱傾けて学んだ事実があり、
本業では、ひどく苦手でもコスト管理、特に他部署調整をやり遂げてきたこと。その具体的事実を、勝手に過小評価せず、ちゃんと書いてみよう。

と、思えます。


書類の問い

3年後、5年後、どんなところで活躍したいですか

記入案

私は個人の過渡期を支える仕事がしたいです。
なぜなら組織の変化に動揺した過渡期に、自分の大切にしたいことに気づく支援を受け、働き続ける支えになったからです。
個人が必要な支えを受けて過渡期を乗り切れば、人を大切にする組織風土が育ちます。私はそこに献身したいです。


あとは学びの記録をつけます。


まだ、もっとストレートに、かなぁ。論理、飛んでるかな。も少し考える。

斉藤めぐみさんに感謝。
こういうときに、キャリア(って生き方そのものです!)カウンセラーの「鏡のような存在」「具体的な支え」がどんなに助かるか。
っていうのを自分が体でわかってるから
私はこの仕事をやりたいんでした。

で、つづく。

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