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おちついて、呼吸をゆっくりにすればわかること

おはようございます。

急に、虫の音のひびく夜、朝の高い空。
夏の去り際は意外といさぎよいです。

慣れたルーティンな仕事。
環境の変化をものともしないような虚勢。
「いつもの自分」を取り戻して安定する自我。

小さな声をきくには
呼吸を整えることでしょう。

昨日も、同僚とちょっとした意見の交換があり
相手は納得してない、がありありなんだけど
見てみぬまま、スルー。

自分のわがままさや、うそに目を背けて
タスクを先に進めて。

もう少し、呼吸をゆっくりして
相手の話すリズムよりゆっくりして
小さな声をきけばよかった。

いいたいことは、
「あれ」ではなかった気がする。
お互いに。
そんな小さなランプだけ点滅しています。

…ま、いっか。
今日また新しくはじめることにします。

今日も皆さま、おすこやかに。

等間隔でいようとすること

おはようございます。

私の話ばかり勝手にするのですが、

これもまた、いくつかのメモをまとめながら
気がついたことで

私は、(主観的には)人見知りで
だれかれとも挨拶とか得意ではなくて
でも、場というか、役割があれば
楽にはなれます。

でも、楽になったらなったで、
関わる人と、なるべく等間隔でいたいのです。
近寄りすぎるのも
遠ざかり過ぎるのも
どちらも、ちょっと居心地がわるい。
いっそ、見えなくなる位遠いならいいけど。

でも、
あらためて気がつくけど
等間隔って、あり得ないし、幻想なんですよね。

で、等間隔だから傷つかないかっていうと
そうでもない。

冷静でいたい
距離をおいていたい
そうやって、どんなに準備したとしても
そのときに、その場になってみないと
なにごとも、わからない。

幻想で間隔を保ったところで
現実のところ、人間関係に
間隔とか、距離とか、ないんじゃない?


等間隔でいたい、って思うときは
なにか、動揺の根っこがある。

そんなんで。

今日も皆さま、おすこやかに。

誰かに期待することを自らやる

こんにちは。

いくつか昔のメモをたぐっていて
そういえば思い出したことがあります。

私は「人の期待に応えよう」という勢いが強くて
ただ、「人の期待」って実はよく確かめてないことがあります。

漠然としてても、何となく「読んで」
動くのだけど
これを期待してる?これ、やってほしい?
って確認しないから
ずれてるってわかると凹んだり怒ったり
するわけです、
最近そんなにないけど。

そんなにない、というのは
ずれてた、とわかることは
もっとよくするためのいい機会だから。
それが腑に落ちてます。

で、誰かがこんな期待してるかな、
って探るのは
なかば、自分でやりたいんですよ。
で、もうひとつ、
やったらまずいんじゃないか、もある。

だから
「誰かの期待に応えよう」とか
「誰か号令かけてくれないかな」
と誰かをあてにしたいときは

私が何をやりたいの?
私が何をやりたくないの?
をおちついて、声をきいて、動くことなんだと。

このとき、
小さい声に注意すること。
期待に応えたいという声は私にとっては結構大きい。

それと
「何」をなるべく小さくすること。
究極の二極にしないこと。

誰かをあてにする
誰かに期待する
それは
私のニーズをつかむチャンス
私の動ける(止まる)ちからを試すチャンスです。


今日も皆さま、おすこやかに。

里帰りで祖母にあう

ごぶさたしました。
おはようございます。

先週末に、
だんなの実家に里帰りしてきました。

祭りとお盆の間隙をぬうようにして
なんだかあわただしくもあり
ただ、
日頃会わない者どうしの
適切な時間ともいえます。

義理の祖母は今年99歳になります。
家の主として、
おちついてどっしりとした存在感のあった祖母です。

義理の父は、
「おばあちゃんは元気だ」
と言っていたのだけど

たしかに、命のちからは充分に感じられるものの
数年前から入った、ホームのベッドでの祖母は
想像よりも小さくなっていました。

以前は
近寄らなくても存在感のあった人。
今回は、
目を見てこちらから誘われるように近づいて
ゆっくりとハグ。
こちらの存在をしっかり示したいと思いました。

遠巻きに見る、義父や、だんなや、義弟。
この人たちには、小さい頃の思い出のたくさんあることで
今のおばあちゃんに戸惑いも思いもあるかもしれない

でも、私は
一瞬でもそのように、祖母と
お互いに触れられてよかった
と思いました。

一瞬をのがさず、
あるときは、みちびかれるように動けるように
そのようでありたいと思います。


猛暑厳しいのも、秋の前触れ。

どうか皆さま、おすこやかに。

帰省のお土産

おはようございます。

だんなの実家に帰省しています。

手土産を選ぶのに、
年々、
誰でも召し上がれて、口当たりよく
数を少なめに、消費期限は長めに
と心がけるようになりました。

関わる人の数は少なくなり
その人ご自身や、
その人のもとに、お盆に挨拶にくる人のために
お土産はあるわけで

でも、それだけだと
なんとなく手詰まりになったので

今年は思いつきで
たまたま仙台から大宮まで来てくださった
無添加手作り石けんの「樹」を購入。

東日本大震災被災をきっかけに
被災地ゆかりのものを中にいれた
手作りの石けんを、復興支援で作っておられたのを
たまたま、私はお友達から分けてもらい

夏場何度シャワーを浴びても、
そのやさしい洗い上がりを好んでいたところ
一度、通販は中止。

そのピンチをチャンスに変えて
製造を委託できるようになって
さらに事業を大きく展開されるようになりました。

この石けんを
敏感肌の義母本人へのお土産に
と、思いついて

そういえば
石けんのやさしさと、
事業家としての力強さと
たまたまの縁のちからを
届ける、というのもあるかな、と。

そういう帰省になっています。

今日も一日、皆さまも、おすこやかに。

「夕凪の街桜の国」

こうの史代さんの漫画です。

この作品を読んだとき、
広島や長崎に起きたこと、
そのあとのことは、
終わっていないのだと思いました。

これは福島の原発事故においても
同じことです。

社会的弱者をどうしよう、とはいっても
社会的弱者として生きることを
怖れるこころは、今もかわりません。

「わたしに」その怖れをみるかぎり
終わりません。

この漫画は、
ファンタジーかもしれないけれど
可能性のひとつを提示しています。

ぜひ、お読みとりくださればと思います。

伝えたいこと、伝わったらうれしいこと

おはようございます。

日頃、そこはかとなく
たらっ、とした文章を書くのは苦にならないけど。

きちんと話そうとすると
力が入ります。
妙な熱も帯びてきます。

おしつけがましくないように、と
おさえる
きいてくれるなら、どうしてもつたえたい、と
身を乗り出す
どちらも、かけがえなく、わたしです。

今日は
伝わったら嬉しい、を感じられたらと思います。
伝わる、は双方向で
ともに、生身だからです。

今日も皆さま、おすこやかに。

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