amazon

  • エニアグラム 自分のことが分かる本
  • エニアグラムあなたを知る9つのタイプ(基礎編)

twitter

リンク

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »

2012年のまとめ(長文)

おはようございます。

1年のまとめです。
今年も、お読み下さってありがとうございます。

ふりかえると今年は、多くのふるくからの、またはあたらしい友人たちとの出会いがありました。
つながりや親密さに支えられてきました。
なにかをアウトプットすることで、そこからさらに学ぶことや、日常から学び、そこにかえることも体感しました。
できることを、目の前のことを、シンプルにスムーズにすることをこれからも。
私自身、こころから笑える日常に。

関わりのあった方々に、深く感謝します。

=====
1月

元旦は祖母の四国霊場八十八カ所納経掛け軸の写真でスタート。
仕事は年度第四四半期に入って多忙。「大局を見ていないのでは」といぶかりつつ「目の前のことをやろう、できないことをしていない幸せがある」とも気づく。
2011年に保険外で歯を治したので医療費控除のために初の確定申告。
誰かに「考えなよ」と思うときどうするか。聴くことだろう、自分の気持ちも素材に入れて、決め届かなかったときの悲しみもふくめて。という結論に至る。なぜこれを考え始めたのかは忘れてしまった。
ひっかかりがあって手をつけられないがやらなければいけないことを特定の引き出しにしまう習慣を発見。
NHK朝のテレビ小説「カーネーション」にハマる。特に、こころから誰かの資質を頼み、その誰かは資質から人を支えることで復活し、お互いの壁を崩していく回には感動。
ウメサオタダオ展を見に行き「探求力は体力」「失ってから拓く」「一人が忘れることで衆知がつながる」「記録と保存、定型化と徹底」「専門に閉じない」を得る。
バイロンケイティワークの1日コースで、自我の硬い岩盤にあたる。
友人と話をしていて、ふと「エニアグラムワークショップを開催する」機会をもらう。
南関東のキレのいい気候に支えられていると感じる。

2月
同僚の社外グループ活動の論文、今日で決着させなきゃいけない、というときに
「自分たちがいちばん考えたということを信頼して自分たちを主語にして語れることを中心に」とどうしても伝えたくて、言う。
仕事は秋からの仕事に一区切りつけ、1年1回のほうの業務に入る。
久しぶりに大学の先輩の「障がい者支援の法律に対する提言を反古にした政府」に対する怒りと魂からの訴えに触れる。
最初に自分が「こう感じた」と最初に短くつたえれば相手に伝わりやすいのでは、と気づく。一方仕事では「価値を生み出してないのでは」と揺らぐ
中原研究室主催「勝手にウメサオタダオ研」に参加、初対面の人たちとワークする足場のゆらぎ、ゆらゆらもやもやを残しつつあえて形にまとめる感覚を体感。
過渡期の危機と機会について、どんな衝撃にあってもまずは話す、そういう他人にふれたらそこにいて、聴く、という姿勢を学ぶ。
同僚の異動を知り、衝撃。

3月
娘の部活でつかう道具の裁縫。
同僚の異動での引き継ぎで、相手に伝わらない感覚に苛立ちながら、引き継ぎをうける。(あとでしかし、この引き継がれ方でよかったのだということを知る)
あえて「わかろうとしない」。思い込みで理解したつもりにならないようにと気づく。
言葉の大切さを思い、言葉の奥、言葉のないところ、その存在そのものにこころをおく大切さを思う。
久しぶりに高校のときの同級生にあい、年を取るっておもしろい、と思う。
苦手はほんとうに苦手なのか、勝手にハードルあげてることもあるかもよ、と思う。
何にせよ、目の前の、その瞬間の、あなたとわたしの連続なのだと思う。
C+F研究所エニアグラム月例に参加。。「こうあるべき」と思っているときのことを
体感しながら、ただ語るだけでも 「こうあるべき」とのすきま、というか距離がとれることを実感。
一方で、自分でひらくワークショップの準備にぐるぐるとする。内容も、あと値段をどうつけるかも。
身体で、目の疲れを実感する。
この時期、朝ドラ「カーネーション」をおそらく1日3回見ている。どっぷり。

4月
新チームで新たな試みを実践開始(ああ、このころの新しい感覚を今失ってるな。と気づく)
聴く、話す、可能性や「自分を主語にして話す」ことを訴えたりしている。
自分の働いている生協という組織は、組合員さんの財産を「お預かりしている」という、あらたまった普段着のような価値観をあらためて思い起こす。
仕事では「もっとすっきりした流れと保存のしくみをつくればいい、ややこしいのはシステムではなくて、壁をつくる人のほうだ」とあらためて気づく。
自分の得意なこととして、どうもよくわからないあいまいな事柄たちを 「こう、つながってるんじゃないですかねぇ」 もんのすごいラフな絵と曲線で描くことがあると気づく。
たぶんこのころ娘の部活の母たちの会に参加、母コミュニティのプラットフォームは「携帯電話(スマホ含)」なのだなと実感する。
エニアグラムワークショップの資料の準備を本格化。はじめて資料をきっちりつくる。
身内では、姪のお食い初めで、関係者初顔合わせ。

5月
伊豆で、濃いつながりの友人と、リアルで会っての伊豆の旅。深い自然にふれ、美味しいものをいただきながら、キャリアだ仕事だと深くたくさんしゃべりたおす。
自宅に戻って翌日からお遍路。27番から36番札所までの6日間。静かで多くのものに触れる。今年は途中、キャリアカウンセリングを一緒に学んだ先輩とお目にかかり1ヶ所、いっしょにお参りする。人にも場所(武市半平太の墓を偶然通りかかる)にも出会いに恵まれる。
仕事は、いない間、ちゃんと進捗していて、他人に引き渡せるチャンスだと思う。
整えていくのは毎日の積み重ねだと思う。
ある瞬間に、できることはひとつで その瞬間に、全力であたることに尽きる。
中原研究室主催「越境学習」について学び、自分のこれまでの学びをふりかえり「越えていったというより、今は、職場にも、職場とは違うところへも、 歩いていっている」
C+F研究所月例ワークショップに参加。
エニアグラムのワークショップをはじめてひらく。共催してくれた友人にも、参加者の皆さんにも感謝。

6月
父親の、自分の孫への対応の細やかさに、年月の変化を感じる。
ママ会で、もっと子供のやっていることに、興味をもつ必要があるな、と思う。
大学のときの友人と久しぶりにあい、経験と年月はあながちあなどれないと思う。
高校のときの友人に誘われ、イスラム教について話を聴く機会を持つ。
仕事では、年間計画や、仕事の引きわたしなどをしていて、頭を悩ませる。
職場の「歩く人たち」と仲良くなり、あるくことの効能の素晴らしさに触れる。
何かどうも同僚にアタリ気味のようで、相手の気持ちを受け取りきれない、というより、自分の気持ちの多さに気づかない、受け取りきってないということでは、と気づく。
仕事で久々に研修にいき、猛然とinput。

7月
大学のときの友人に会い、「できなくなってきたことが増えたとしても『自分がだめ』だめと思うのではなく、自分のできることを具体的にとらえたい」と気づく。
3月に異動した同僚の退職を知り、衝撃をうける。
C+F研究所「3つの本能」ワークショップで、「多くの人となるべく等しい距離を取ろう」とするのは、距離を詰めていつかは離れることを怖れているからで、私はずっと愛されたいが、胸の奥にある大切なものは愛されなくなってもなくならないことに気づく
テレビのドキュメンタリーで森本千賀子さんの本気に触れる。
だんなに眉間の皺を指摘される。
目の前の道を愛する、ということを朝ずっと言い続けているが、おそらく仕事のほうは、自分の仕事について、システムをひとつ作ってもらっているところで、お互いに伝え伝わりがうまくいってない。
イチローのヤンキース移籍。
娘、地元のお祭りでパレードに参加。成長を実感する。

8月
7月の終わりから、オリンピックを見ていて「年齢を経てからの創造性、喜ぶということも本人の力」というギフトをうけとる。
相当全力で仕事して、同じくらいの力でオリンピック見ている。
だんなの実家に帰省する。お盆まっただ中、というスケジュールは初めて。津軽のお盆を味わう。
仕事で、6月から作成にとりくんできたシステムを納品していただく。
バイロンケイティワーク特別ワークショップ。静けさと「間」と自然のなかでありのままの全てに「初めて見たように興味を持つ」姿勢を保てたことに感謝。「繰り返すものとともに歩む。」「枠組みとともに歩む。」「新しい静けさとともに生きる」
合宿のあと、自分の間の短さを自覚できるようになる。

9月
エニアグラム研究と実践の第一人者リソ氏の訃報にふれる。
何かワークをひらくときに、相手の、その先への影響を想像する、という考え方にふれる。
昔の同僚や先輩と山登りにいく。今年唯一の山登りになった。
相手を、自分を、クリアにみられる環境、そういう人間関係、そういう職場、 そういうつながりを感じる環境にしたいと願っている。
いいたいことを飲み込まないとか、べきだ、で話を重くしないように、など。
「なんらかの場を招集したときリラックスして集中できる環境を整え、そこで生まれるものを信頼する」という姿勢を学びたいと願う。
C+F研究所「タイプ別プレゼン」に参加。言葉単体が、人を分断することがあったとしても、その先にある必死さや奇跡や痛みは同じなのではないか、と気づく。
やりたいこと、実現したいことは、今やろう、と思える。
その他、この月にはサポートをうけ、いくつかの気づきも深まる。

10月
エニアグラムワークショップ第2弾を開催。体験的ワークの時間を増やしてじっくり取り組む。
高校のときの友人の絵を見せてもらいに、公募展へ。そのあと食事を楽しみながら話す。
巾着田の曼珠沙華を見に行く。
会社の健保主催のウォークラリーに参加、1日2万歩を歩く。
C+F研究所「バイロンケイティワーク」に参加。「親」「お金」「仕事」についての思い込みに新たに気づく。そういえばこれはテーマだった!無条件に私を守るべきだとか 、それにしては無関心(ちゃんと考えない)で それについてうっとうしく思い 要は甘えている。
南三陸町仮設住宅でのふれあい喫茶ボランティアに参加。何かを為そうとせず、ゆっくり、しっかりひとの存在のそばに居ることの豊かな時間を感じる。
子が部活で上位大会への進出をあと一歩で逃すも、サバサバと帰ってきたところに矜持を覚える。部活の母たちとも盛り上がり、ともに涙する。
手帳が、仕事も学びも「ごった煮」でそれぞれ真剣なことに気づく。

11月
仕事は繁忙期に入るなか、学びの予定も目白押し。
ただ、外に求めるだけでなく自分のいるところこそを居心地よくしたいと思う。
花田光世先生の講演で「人の元気をひきだす」ということにふれる。「その人個人に備わる、多様な可能性を信頼して芯から元気を支えるちからと機会」をつくりたいとあらためて思う。
フェイスブックでつながった高校のときの同級生とはじめてオフ会を開く。30名余りの自己紹介だけで3時間。それぞれこんなふうに生きてきたのか、と興味深く楽しく聴いた午後。
仕事は超忙しく、抱え込んでは、人に心配されている、という状況。
気がついたらとても久しぶりの腰痛。1日寝込む。
ラス・ハドソン来日「エニアグラムワークショップ」2day に参加。あらためて、エニアグラムを知ることで、自分にすでに備わる素晴らしさに触れ、こだわってきたひっかかりをも愛せる、誰にでもその可能性があることを実感。
12月のエニアグラムワークショップの準備をしつつ、チームに対する「システムコーチング」をはじめて受けはじめ、「自分の国」を想像したときの、「薄い膜のような守りのイメージ」に気づく。

12月
エニアグラムワークショップ第3弾を開催。そこでおきる気づき、何より参加者の方とともにリラックスして探求できる時間に、私自身が助けられ、そういう時間と場を今後も大切に育てようと思う。
1年やってきたチームの、今後についてコーチングをうけながら、イメージや形にしていった。
来年のワークショップについて、大切にしたいことやおおまかな日程も決める。
仕事は忙しい。なにかアタリがきつくなっている。
写真展「First Born」、1970年代前半の懐かしさと新しさとセンスにこころ動く。
西水美恵子さんの一連の著作に「もっと感情をあらわにして、ハートと頭をつなげて、必要と信ずることをやっていっていいんだ」と思う。
(株)プロビーダ 朝田さんのセミナーで、自分を反応的に阻害すると、「本来望まない私」にするし、その紙一重で自分を活かすことで組織も活かすありかたについて学ぶ。
思わぬ感情の揺れをきっかけにサポートをうけ、自分が日常的に「避ける」「考えない」ようにしている分野をちゃんと見る。
キャリアカウンセリングをともに学んだ先輩のライブを見に行き、大人の本気にふれて、刺激をうける。
中村勘三郎逝去、松井秀喜の引退。
去年のブログをみていて、もう少し具体的だったことに気づき、考えをこねずに、笑顔でシンプルに、クリアな仕事姿勢で、そういう職場にしようと思い至る。
ただ、この年末、やはり職場でまだ笑顔がすくないかも、と思う年の瀬。
======

最後まで読んで下さってありがとうございます。
よいお年をお迎え下さいませ!

誕生日を自分の元旦に

今日、誕生日です。
およそ50歳です。

昨日ふと

自分の誕生日を元旦のつもりで過ごせばいいのか。

と思い立ちました。

一年の計は元旦にあり。

ということで、
この一年をどう過ごすかを
・・・考えたかったけど、やはりちょっと慌ただしいので^^;

もう少しあとで、あらためて。

おやすみなさい、また明日。

やればできること、やり続けること

おはようございます。

昨日、なんとか手をつけて為した仕事。
一回作るのはできるし、
あったらいいなというものだけど

あったらいいな、は
なくてもどうにかなる、であり
または
なぜ「あったらいいな」なの?
というもので

こだわりやひっかかりのない仕事は
成果物の存在は忘れられていき
または、定型的な仕事に取り込まれると
自動的になされているだけになる。

そういう仕事には
もっと思い入れをもって、人を巻き込んで、
定着させるか
いっそ本格化する前に止めようと提案するか
そこが揺らいで
なんとなく、自分で抱え込んでしまいます。

でも。
わたしは、飽きる。
やり続けるということの、いかに難しいか。

何のために、本当に必要で、待望なのか。
それはなぜか。
そこを共有できたら
形はいくら変わっても
やり続けられるかもしれないですね。

飽きる人も、わからない人も
いろいろ間にはいればいい。

風の冷たさが凍みます。

今日も皆さま、おすこやかに。

昔のメモ

おはようございます。

先日自宅を片づけていたら
たぶん2006年ぐらいの講演のメモが出てきました。

今の職務につくとはあまり想定していなかったころ
なるほどそういう考え方や情報整理は必要なんだね
と、想像で興味深く理解して
けっこう真面目にメモをとっていました。

そのときは、
こういうことを誰がやるんだろう
と思ってた。
まさか今の職務に首まで浸かるとは
思ってもいませんでした。

当時はかなり先進的に感じていたけど
メモのなかの半分くらいは、意外と実現できていました。
あ、そうか、よくやってきたな、と。

ただ、
講演内容は、情報を活用する様々な観点を示すものだったので
今の職務による情報提供には
未発達な部分もあることもわかりました。
実務にどっぷりで、
少し広めというか、遠目の視野を忘れてました。

ありがとう、メモ。
あと、学びは不可欠だね。

そんなわけで
年末の、月末の、さまざまなことを少しずつ崩しつつ
視野を変えたりもしつつ、です。

今日も皆さま、おすこやかに。

クリスマスイブの、自筆のカード

おはようございます。

12月のあたまに
自分のリーダーシップの発揮を妨げるもの
というテーマでセミナーに参加し

そこで
自分の理想とする職場と
それにむけての自分の行動を
カードに書いたものが
昨日の夜、届きました。

自筆で書いた、そのカードは
シンプルに響きました。

現実離れしたことを書いてないかな
とひやひやしたけど
わりと地に足着いた
そうだよね、ということでした。

カードは手帳に挟んで
これからも見ることにします。

現実はすでにそこにあります。

今日も皆さま、おすこやかに。

年の瀬こその、毎日少しずつ

おはようございます。

年末といえども焦らずに
毎日できることを少しずつ
と、決めまして

年賀状も、掃除も
年明けの準備も、着手して、よしとする
そういう年の瀬です。

(やや、言い訳、混じる)

通勤電車からは
あちこち、それでも、枝葉や藪の刈られて
景色の見通しのよさに気づきます。

あちこち片づいているとそれだけで
いろいろけじめをつけたくもなるけれど
勢いでつけたけじめは
勢いつけて戻ってくる、ような気がする。

毎日の少しずつのストレッチ
あ、ここ面倒だな、を見て
あ、それやだな、に興味をもって
ふりかえったら変わっている
というのを、ひきつづき。

静かな時間を少しでも。

今日も皆さま、おすこやかに。

その瞬間に

今朝。

お姉さんが携帯を落としたのに気づかず降りて
1秒くらい、車内が固まってて
あ、このまま携帯転がってたら気まずいし、面倒だな
と思った瞬間、
拾って電車降りてお姉さんおっかけて渡せた

という、数十秒のその後

そういえば
小さいトラブルを大きくしないことにかけては
私はとっさに動けるし、
身体さえ動き出したら実際あまり迷わない
という特性を思いだし

最近ときどき
「こういう役割なんだから」と身心を固めたほうが
かえって動きやすいんじゃないか
とまで思うことがあったけど

そうではない

その瞬間に身を投げてみてよし

と思った次第です。

その瞬間におきていることがすべて。
それは、私もふくむ、だれかのため。


おやすみなさい、また明日。

やってみて、見えるタチ

こんばんは。

「計画や見通しをたてて、着々と進める」
人がいることは知っているし
実際、それを仕事の基本として覚え習い、
できないときは自分を責めてきて

私は、
予測や見通しを立てるときに大甘で、
というか、問題を直視する勇気がなくて
実際、間近になるとあわてます。
その「あわて」で、問題に対する不安をかき消して
目をつり上げて進めることが多いです。

これは、人を巻き込んだときに、迷惑をかけるし
実際、渦中では、自分を肯定できないのです。
嬉しくない。

でも、実際は
問題だと頭で思っていることは
書き出せばすっきりします。
また、書き出してうんざりするときは
ひとつでもいいから手をつける、
いいからexcelの表でもひとつつくってみる。

そうすると、こうしようああしようと次に進める。
手を動かして、つくりながらわかるところが
私にはあります。
その性質を、いいかげん、受け入れよう。

手当たり次第手をつける、というやりかたを
こころから1回自分に許してみようと思います。
どこかでこれを責めているから
手をつけてから逡巡するのかも。

おやすみなさい、また明日。

おはようございます。

南関東の冬は
空はぬけるように、空気の乾いた
さえて見晴らしのよく
毎朝、芯からクリアになるようで
好きな季節です。

葉を落とした枝の
一本ずつはシャープで
遠景でみるとやさしい色合いなのも
好きなところです。

そういえば
葉をいれかえる潔さは見習いたいもの。
枯れ葉は落とせば土にかえり
滋養になるし。

葉と枝の、細い何か一カ所で
ぎりぎりに結びついている感じも
きらいではないけれど。

いずれにしても
季節に後押ししてもらうのを
いちばん感じるのは、冬です。

今日も皆さま、おすこやかに。

毎朝のスープ

おはようございます。

お弁当グッズで最近はやりの「スープジャー」。
子も持つようになり
最近は毎朝、汁物を作ります。

野菜の具を多めにした、
コンソメスープ、味噌汁、
余った野菜でなにかしらできるものです。
フリーズドライを使うときもあるけど。えへ。

朝、あったかい飲み物をいただくと
気持ちがしゃんとします。
それと、起きぬけにお湯をたっぷり沸かして
台所を暖めるのもいい感じです。

朝は、実にささやかに幸せです。
とくに、何があるわけでなく、
淡々と手を動かしているのが いいです。


さて、今日も一日、大きく深呼吸。

今日も一日、おすこやかに。

そして月曜日の朝

おはようございます。

週末は予定をしぼり、
基本、自宅で過ごしました。
だんなの誕生日であったり
たまる家事を少しすすめたり、でした。
久しぶりに昔の曲をどっさり聴いたことで
過去モードだったかもしれません。

毎日を新しい夜明けにするかは
どうあれ、自分次第です。

どんなものを自分のなかに認めるか
それが多様であるだけ、
人とともにいられるように思います。


今日も皆さま、おすこやかに。

私も含め、笑える職場を。

こんばんは。

去年の今頃の自分で書いたブログを読んでいると
総じて去年のほうが元気そうで
倦んでもクリアが早いです。

仕事の忙しさは変わらないし
ときどき人に当たっている。
それでも書いていることが具体的です。

今の私は
起きてることを見る前に
考えをややこしくこねてる。

裏には
間違ってるとか、できないやつだとか
価値のない、とか思われたくない。
っていうの、あります。

でも、そのふかぼり、一回、おいとく。

事実みて、シンプルに。
クリアな目標、クリアなプロセス、
私も含め、笑える職場を。

今日はこれからかっこいいおじさまの
ギターを聴いてきます♪

では、また。
明日も、皆さま、おすこやかに。

激しさを避けない

こんばんは。

たまに
「どうした?」ってくらいの感情の動き
を封じ込めながらも漏れ出てる
といったことが起こります。

自分に何が起きているのか
よくわからないまま
やみくもに人にあたりまくるような。
それを止めようとして、より不自然になるような。

最近、ああそうかと思ったのは
その激しさは、避けたり、とどめようとしても
形を変えてよけいややこしくなる
ということ。

人に当たるまいとか、迷惑をかけまいとか
それはおいといて
激しさのままに、一回そのままいてみる。

激しいその瞬間は、実は一瞬で
あとはいろいろ増幅させているから
その増幅させてるのも含めて
そのままにしておいてみると。

最善策は、
そんな激しさのすきまから
時間や、大切な人や
そういう形でやってくるのだと思います。

自分の激しさをたまに表に出すと
そこからわかることがあるね。

おやすみなさい、また明日。

「ああはなりたくない」の逆襲

こんばんは。

仕事場で。
一時期、本当に忙しかったときと
環境が変わったころに
10歳くらい年上の女性たちに
明らかにつらく当たった時期がありました。

こちらが必死にパソコンにむかっているとき
「教えて」といいながら全部こっちにやらせたり
「なんでもできるからいいわね」というだけで
自分で新しいことに手をつけないとか
電話の相手に意地悪く当たるとか、

「ああはなりたくない」と強く思っていました。

今、私は、あのころのあの人たちが
どんな気持ちや背景だったのだろう、と思います。

瞬間記憶力が明らかに落ちて
いろいろ考えが出てきて生産性が落ちて
新しいことを覚えようとしてもすっと入ってこなくて
いままでやってきたやりかたで通そうとして
人の電話は、同じコトばかりきかれてイライラして

「ああはなりたくない」って
あのころの私が、今の私を見ていて
逆襲されているようで、つらいです。

だからって、あの頃のあの人たちに
同情しないけど。
(→わぁ、なんだ、この意地悪)

単に「ご機嫌斜め」ってことかもしれないけど
今、人にそれ言われたら口もきけないな。

おやすみなさい。ゆっくり寝てみます。

「どうして」は「どうして」にすぎない

おはようございます。

今朝、食器を洗っていて
洗剤つけて洗ったお茶碗をすすいだあと
洗ってなかったコーヒーカップを見つけて
お湯でさっと洗ったら

それをみていただんな
「どうして、カップは洗剤で洗わない?」

私は
「え、いいじゃん、わざわざ洗剤つけなくても」
やや、ケンがあったのだろうか。

だんなは
「いや、いいか悪いかじゃないんだ
洗剤で洗えって言ってんじゃなくて
なんでなのかな、って
不思議だったんだよ、そこまで洗剤つかってたのに。
あなたのやることには毎日不思議なことが多いから」


そうかぁ。そうでした。
どうして、は、どうして、にすぎない。
別にそれは、批判じゃない。
興味の始まり、ということです。


どうして、は問うておくものだし、
なぜ、そう問うかを説明しておけばベター。
そして
問われることに柔らかくいたいものです。

今日も皆さま、おすこやかに。

順番にかく、さまざまな週末

こんにちは。

いろいろあったのを順番に書きます。
どれもなかなかにかけがえのない週末です。

土曜日。
朝から、お気に入りの白いダウンコートを風呂場で手洗い。
以前、だんなが持ち込んだときに
「家で洗濯できるのにもったいない!」と
クリーニング屋のお姉様に突っ返されて(笑)からの習慣。

お昼に、
今年実施してきた「はじめてのエニアグラムワークショップ」
スタッフのミーティング。
何を大切にして、何をしようか、イメージして、紙に描いて、
日程におとして。
「どんな」「何を」は、追って。来年も、やりますよ~

このあと、竹芝の鈴江倉庫にある「galary911」へ
上田義彦さんの
師匠有田泰而さんと作品「First Born」への情熱に打たれ
http://www.1101.com/ueda_yoshihiko/index.html
実物にも、打たれました。

写っている1970年前後の感じは、確かに、
赤ちゃんの着ているものや、道具類に色濃く懐かしい
でもまったく古びてない、まるで今のような、
でも今はすでになさそうなセンスに、胸がきりきりしました。
会場もよかったのです。とても昭和っぽい。
12/28までです。

写真にも空間にも浮かされて
ちょっとどこにいるかよくわからなくなって
夕方の切れるような空気のなかで見た東京タワー。


日曜日。
朝から、毛糸、色柄モノのおしゃれ着洗い。

なんだか「ほぼ日」のサイトばかりですが
http://www.1101.com/nishimizu/index.html
「この人がすごい、でくくるのではなく
この人の何が、ここまで動かすか」を
もっと知りたくて、本を買って一気読み。
「あなたの中のリーダーへ」(西水美恵子 著)

この人にとって大きな体験の場面は
一緒に身体が震えるくらい、すごい。
で、確かに、「本」やその人の為したことだけとらえたら
「すごい人」にしたくなる。
でも「すごい人」で「あちら側」においやったとたん、
それは、なかったことになるんだ。
自分のなかに、何を見るか。
何を為さねばならないと本気で思うか。
それは私の問題。

そういう本を読みながら行ったところは
(株)プロビーダの
http://provida.co.jp/seminar
「クリエイティブリーダーへの招待状」
ふだん反応的に、自分をよそにおいて阻害する要素を
体感的にひもとき
何がそれほど私を「本来望まない私」にするか
その紙一重で、自分も組織も活かすありかたを
なーるほーどー とハラに落とす
興味深いワークショップでした。

で、ワークのなかで気がついたこと。
想像すると胸を切られるほどなので
どうにか避けたい、他人の強い「怒り」も
どうにかして私の伝えたい強い「思い」も
その強さを勝手に大きくしているかもしれない。

で、「怒り」をどうしてそんなにも避けたいか
そのときわからなかったけど
帰る道々、ひとつ、思い当たりました。
まだ乗り越えられないか。
そして、いろんなきっかけが、いっぺんに胸にきました。

私は職場を変えたいと思ったか
私を変えたいと思ったか
「人と自分を元気にしたい」と、
「すこやかさのためにできることを」と、
ここまで来ていて
職場での自分を、あきらめかけていた。

目の前の職場であれ、ワークショップであれ
私が変わる、というか、私を阻害せず、私をあきらめず
過去の何かを勝手に大きくしないで
ただそこに、ちからを抜いて、いられることで
周囲は変わるのかもしれない、と。

土曜日のミーティングで描いた「大切にしたいこと」
あらためて蘇ってきて、
人や誰かじゃない、どこまでいっても、私の問題なのだと。

まだあった。
自宅に帰った私を待っていたのは
有田泰而さんの伴侶の有田雅子さんと
清野恵里子さんの往復書簡
「カメオのピアスと桜えび」

2011年アメリカの大自然のなか、初めて人を見送った雅子さん。
そこからメールやものをおくりあうふたり。
そのやりとりに流れる明るい、毅然とした、やわらかさ。
私、女性でよかったな、と思えた書簡集です。

あ、そしてだ、今思い出した。
洗濯モノが外にほしたままだ~

日常は続く。

ああ、長くなった、
最後まで読んで下さってありがとうございました。
おやすみなさい。

ヤマアラシのように

こんばんは。

まわり、よくみえなくなって
イヤミな言い方になったり
イラッとしたり
おどおどする。

何が起きてる?

現実、何がおきてる?
すでに準備はできてるかもしれないのに?

一回、しっかり、よく寝てみます。

おやすみなさい、また明日。

ほぼ日「それはまるで、ダンスのように」がすごい

おはようございます。

webサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」の、今週からの連載
「それはまるで、ダンスのように。」
いま、携帯からで、リンクが貼れないのですが

途上国への融資に携わってこられた、元世界銀行副総裁の西水美恵子さんと糸井重里さんの対談です。

危険な地域にも分け入り
為すには、
心の姿勢、いかに心を開いて相手と向き合うかであり
かといって、今回うまくいったから
次もうまくいくとは限らない
命を落としてしまうかもしれない。

毎回ひとつひとつ違うケースに向かった
そのすさまじい事実と経験に感心する糸井さんに

「一回ずつの大切さをおもえば
やる以外の選択肢は考えられない」
それだけだったのだという西水さん。

糸井さんは、
人は西水さんがすごい人だからできるというかもしれないけど、
そうではなくて
「やるしかないんだ」と、そこなんだと。


ここをわかる人が、西水さんの周りに少なかったということに
まず、西水さんの寂しさを思ったし

西水さんの
「やる以外にない」ときの姿勢が
「自らこころを開く」ということのも打たれるし、

糸井さんが
「すごい人」で西水さんをひとくくりにしなかった、
何が、ふつうの西水さんを動かしてきたか
(ふつう、じゃないけどね)
事実とともに返したことも

いや、この対談、すごいです。
昨日職場で読んで、一瞬泣いた。

連載続きますので、検索していただいて、
ぜひ、お読みとりを。

中から暖める

おはようございます。

今年はなんとなく天候が
メリハリきいてるといいますか、

今朝もそうなのだけど
埼玉県南部、突然ざーっと降り出してまして

季節は秋はすっとんで冬に駆け込んで
中間というか、味わう間もなく、対応に追われます。

そんなときは
しっかり身支度ですね。
着るもの、食べるもの、中なら暖まるように、
傘はいくぶんしっかりめのもの
ガードするというより、中を充実させるといいますか。

楽しみでも乗り越えでも、身体は資本。

今日も皆さま、おすこやかに。

あえて、言葉や形にしてみる

こんにちは。

今日の午前中は、
これからチームで、どういう状態をイメージするか、
誰に(誰と)どういう、何にチャレンジするか
これから10年、次の1年
全身もハートも頭もフルで出してきました。
ぶわっと。

システムコーチング、という
チームの関係性に焦点をあてたコーチングを受けました。

今年1月からの
「はじめてのエニアグラムワークショップ」は
チームでやらせてもらっていました。
今回あらためて
そのチームを自由に拡散させて収束するというとりくみ。

言葉にすると平板になりそうだ、と避けてきたことを
あえて言葉や、実現したいことに置き換えると
かたちにしたいような、したくない怖さを
少し超える感じがします。

来週もう少しまとまったものにしますが
私個人では
それぞれの日常を離れないゆたかさを感じ、
役割や枠ぐみを見つけたり少し外す・離れることで
ユニークさを取り戻す
ということをやってみたいです。

まだまだ、クリアさが要りますね。
あとは、持続可能性は課題。

チームメンバーとコーチに感謝。

はじめてのエニアグラムワークショップ

こんばんは。

「はじめてのエニアグラムワークショップ」
今年三回目、開催しました。

この場を
毎回とても楽しみにしています。
話してみて、きいてみて
ああ、そうか、ということを
たくさん見つけます。

興味をもって、真摯に自然に自分を探求できるエニアグラムは
書籍やネットでひとりで学ぶにはもったいないです。
毎日を懸命に生きる人がいて
精緻な地図をなかだちに
ともに、語り、きき、感じることで
探求は深まります。

ありきたりにあたりまえな日常は
かけがえのない輝きとつながっていて
ひとりひとり、絶妙なバランスで
すでにそこに生きている、と
今日は感じました。

思えば、今年の1月に
やる?ときかれて、やる!とこたえて
今日があります。

きてくださる方をはじめとして
すべての支えに、感謝。

おやすみなさい、また明日。

« 2012年11月 | トップページ | 2013年1月 »