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1月31日

日本の、南関東の
冬の乾いた空気の冴えやキレを
私は好んでやみません。
それは静かで明晰で
存在へのギフトに思えます。

厳しい寒さの時期は
少しずつ朝の早くなる時期でもあり
夜明けから朝になる感覚に
いくぶんかの軽快さを感じます。

繰り返しに思える毎日は
毎日新しくそれぞれの一日です。

新しくて、クリアで、静かで、軽快。

「たとえば、そうでなかったとしても」

そのままで、充実。充分。

今日も皆さま、おすこやかに。

話して、書いて、かたちになるもの

ふと、口から出たことをきっかけに
友人から
エニアグラムについてoutputする機会をもらえました。
具体的にはまだこれからです。

どういうことをやりたいか。
ためしに書いてみたら
一気に、A4で1枚の紙にはできて、

伝えたいことは
話して、書いてみることで
出てくるし、形になる、とあらためて気づく次第です。

もちろんここから先は、いろいろある。

コンテンツをつくるのも
どういうワークにするかも
箇条書きやイメージだけではなくて実物の要ることで

「ちゃんとつくれるのか、うまくやれるのか」
「ああ、こういうこと、やりたかったんだなぁ」
と、じんわりと「不安+幸せ」をかみしめています。
感謝。

進捗は、ちょいちょい書きます。

それでは、みなさま、おすこやかに。

自我の、かたい岩盤

探求したつもりで
うっかりふれた、自分のかたい地盤。
その下は誰にも(自分にも)触れさせない。
私は予定調和でぐるぐるまわってたかもしれない。

「それは本当ですか」
「絶対そうといいきれますか」
「そう思うとき、私はどう感じますか」
「その考えがなかったら私はどうなりますか」

バイロンケイティワークはこちら
http://www.transpersonal.co.jp/p/byron-katie-work/

今日はこれでおしまい。

おやすみなさい、また明日。

こころの動く喜び、動かない哀しみ

NHK朝の連続テレビ小説「カーネーション」より。

夫や幼なじみや父を失った主人公の
空虚なこころの穴に「想い人」。
「想い人」には配偶者や子供。

こころを秘め力を尽くして仕事を手伝った最後の日、
想いを伝えケリをつけて終わらせるつもりが
相手からも想いを告げられ、思いがけなく始まります。

始まったその瞬間、
その後も、目で想いをかわしあうふたりの
こころの喜び。

周囲から倫を外しているといさめられ、
主人公は全て受け止めたうえで、いさめを断ります。
誰に許されなくても、
店とお客様と稼ぎと店員と、「想い人」とその家族をも守る、と。

主人公は誰にも文句を言わせないほど稼ぎ
「想い人」に店を持たせようともします。
「想い人」の反応のなさに薄く気づき、よけい必死になります。

完成した店に「想い人」を誘った主人公は
「想い人」のこころの動かない様子を目の当たりにして
相手の夢を叶えたつもりで「奪った」ことに気づきます。

「自分は相手を幸せにはできない」。
そしてそれは「想い人」も同じおもい。
こころの動かなくなった哀しみ。
それでも愛しい、別れの夜明けです。

相手を想うこと、相手に踏み込むことは
きっと本当に紙一重の一瞬です。
よけいに踏み込むほうも、踏み込ませるほうも
きっとおたがいさまです。

「恋は光、周囲は闇」
「絶対好きと言えないところから始まり、
好きと言えたところで終わるのが恋」
橋本治著「恋愛論」で思い知った構造を
久しぶりに思い起こしました。

こころの動く喜び、動かない哀しみ。
それは「わたし」と「あなた」のあってこそ。

おやすみなさい、よい夢を。

利用される

人に利用されている。

そう思うことは
…あぁ、最近なくなりました。
かつてはあった。
もう思い出したくない。
それだけ苦い感情です。

この人、利用されている。

これはある。
他人と他人の出来事から
気持ちを類推する。
他方が調子にのっている。
他方が黙っている。
その状況に何か言いたくなる。
言わずとも、内心思う。

当事者になったら苦くて使えないことばは
他人のことなら使える。

自分の気持ちや状況に
拍車をかけたいときにも使える。

他人の動きにモノ言いたくなったら
自分にその動きや願望がないか
ちょっとでも見てみると
あります。
少なくとも、私には。


なんとなく話はずれたけど、今日はひとまず。

大切なものは
器があれば受けられます。

今日も皆さま、おすこやかに。

利用する

おはようございます。

他人を利用する
って、くちに出しては使いづらいです。

「ここはひとつ、うまく上司を使って」
なんて言い方はするかな。
でもそれも上司本人の前では言わない。

くちに出して使いづらい言葉は
気をつけないと
無自覚に、実際やってたりします。

利用する
って、
他人をコントロールして自分のいいようにする
ってことだとすれば
行動としてはあり得ると思います。

利用する側はたいてい無自覚で
自分の動機が善意や正義だと思っていれば、よけいに。
繊細に気づき、違和感を覚えるのは
利用される側です。

他人から違和感の発せられるときに
それを感じられますように。
自分の動機に気づけて

巧妙な自分の罠に落ちぬよう。
他人に求める自分に気づけますように。

今日も皆さま、おすこやかに。

目の前のことを

はじめてみないと
何もはじまらない。

むしろ
目の前で
すでにはじまっている

あるいは
アタマのなかでは
すでに倦んでいる?

こころこめてできることなら
それは幸せなこと。
ふと集中しているとき
手をとめるとき
それは幸せ。

できないことをしていない幸せ、
というのも、あります。
あ、できることばかりしてる、ていうのとは違うんですよ。

とりとめなくなるのでいったんやめて

今日も皆さま、おすこやかに。

ころり、と感謝を思い出す

昨日、寝る前にふと

昨日一日にあった出来事を思い返しました。

そのときは
あわてて復旧していただけだったのだけど

あれをあのとき言ってもらえたから
数字は正しくなったんだ。
あのとき調べてもらったから
わずかなブレで済んでるんだ。

そう思ったら
ころり、と小さな箱の転がり出るように
感謝の気持ち。

なんで早く言ってくれなかった
というのは
ないことはないけれど
それよりも

気づいた今言ってくれたことは
ずいぶん助かったのです。

あのときなぜ、は
ひとではなくては、こと、や、ものに。
今ありがとう、は、目の前のひとに。

それぞれかける言葉や思い。


今日も皆さま、おすこやかに。

毎日、地道に何らかのoutputを

今年もう22日経ったところで、

今年はoutput 出力に重点をおいてみたく。

放っておくとすぐinput 入力。
それはそれで楽しいのだけれど
新陳代謝はoutputあってこそ。

と、だけ書いて、
今日はおやすみなさい。

ウメサオタダオ展 メモ つづき

ウメサオタダオ展のつづき。


4)記録と保存、定型化と徹底

個人の為した記録であんな大きな展示ができて
それはほんの一部。
本人のルールに則って、他人が保存・維持できる。
記録しやすいように、ひらがな、ローマ字を使い
それで文体も変えていく。
記録用紙、保存道具に徹底した定型化を貫く。

経験の記録の持つ力、
発想を書きとめて具体化しておくことで
発想を生む力をとても大切にしていたと思いました。


5)専門に閉じない

動物学を入り口に、生態学、文明学、民族学・・・
他にも社会学も未来学も
ご本人は相当数の学会や研究会に名を連ねていて
それぞれの学問の境目をものともしない。
見る、記録して、中にあるものを見抜き具体化する。
展示で触れると、この勢いにビリビリきます。


今年はウメサオタダオ著作を順番に読んじゃうぞ。

おやすみなさい、よい夢を。

ウメサオタダオ展 メモ

去年の初夏、大阪 国立民族学博物館での展示、
2/20まで 東京 日本科学未来館で展示中です。

「知の巨人」とも称される梅棹忠夫氏。
その人生、まるごとフィールドワークです。
知はつねにフィールド、梅棹氏の目の前にあり、
五感で繋がっていたのではとおもいます。

展示での気づきをメモに。


1)探求力は体力(あるく、感じる、記録する)

梅棹氏は中学校のころから登山に魅せられ、
年に100日山にいて府立三高で3回留年するほど。
体力のベース、このころにできたと思われます。
あらゆる探検隊に入り、世界中にフィールドワークに出ても
大量のフィールドノートをしるし、
荒野を駆ける車中でタイプライターを膝にかかえて打ちまくる
とにかく、タフ。

どん欲な探求、知的なひらめきは、
座して生まれるより
あるく、感じる、記録する、膨大なその連続から生まれています。


2)失ってから拓く

梅棹氏はいつでもフィールドワークに出たかったと思うけど
あまりの多忙さに、実際はなかなか出られない、それでも
学問の境をこえてゆく、まさにそこがフィールドです。
時間を失い、ますます知的フィールドを拓いた感があります。

さらに66歳で突然失明した後
口述筆記で著作を出し、研究会や学会に出向きます。
著作はさらに平易な表現で、本質を表す文章に磨かれ
人の集まる場での精力的な活動をますます拓いていきます。

何かを失っても、その代替えを探し、動きをとめません。
年譜を見ていると、
むしろ失ってから拓いているように思います。


3)一人が忘れることで衆知が繋がる

梅棹氏といえば、「カードの活用」で有名。
カードもコンピュータも「忘却の装置」
と梅棹氏は言います。
そこに記録することで、アタマでは忘れてもよく、
次の入る余地が生まれます。
一人が「忘れる」(カードに書く)ことで
カードに記憶され、そのカードを集めることで
衆知があつまり、繋がる可能性が生まれます。

そしておそらく、それはただ集めるだけではなく
そのつながりからひらめきや考えをうむ
一人一人が必要、ということ。


書いててエラく興奮して、長くなりますのこのへんで。

寒い寒い週末、あたたかくして、どうぞおすこやかに。

平日の休日

明日、出勤のため
今日は思いがけず平日の休日。

ウメサオタダオ展にでかけ
http://www.miraikan.jst.go.jp/spevent/umesao/
明日の出勤先に挨拶にいって
家で確定申告を済ませ
(医療費控除と寄付金控除。1.5hほどe-Taxで)

・・・感想を書こうとしてますが
眠さがおとずれております。

また明日。おやすみなさい、よい夢を。

母に電話

今日は母の誕生日。
「お誕生日おめでとう」の電話を
さっき入れたのだけど

それで話は終わってしまい
あとは
弟や妹からあれをこれを
預かってる、などの
事務連絡。

気持ちを交わすような会話を
身近な人ほどしづらくて
ことがらや予定のやりとりで
話は終始する。

そんなにたくさんはないし
あるいは充分あるような気がする
つまりは、大切なことを聴き、伝える時間。

おやすみなさい、よい夢を。

早すぎる、と感じるとき

おはようございます。

職場の近くに自社の店があって
昨日チラシをまきにきました。
「恵方巻のご予約承ります」

恵方巻て。

やや衝撃だったのは
私自身の、去年の恵方巻の記憶、鮮明なこと。
あ、コープの恵方巻、美味しいです。
それはさておき。

つい、こないだのようなのに
1年、経ってしまった。

特に何か先に進んだ感も
成し遂げている感も
…細かくみると、あるのだけど

ない。
アウトプットというか
環境や状況を変えた感覚がない。
焦る。

月日の経つのを
周囲の動きを
早すぎる、と感じるとき。
「トシのせいかしら」
以外に何か考えてみたいもの。

まず、
何をしてきたか
何もしていないように思っても
何らかの変化を認める。
いい、わるいではなく、
「あったな」と。

そのうえで
私は今そうなんだけど
ちょっと待って、保留、と
流れるものを引き止めようとしています。
どうも、それを常態にしている向き。

何か、ある期間を経て、状況変わらず、
誰より自分が倦んできたら
考えているだけで安住してないか
そこは風を通しておきたいです。

早すぎる、と感じるとき。
焦る気持ちは認めた上で
何か自分で押しとどめよう
変わらずにいようとする
力の入ったところはないか
探してみます。

今日も皆さま、おすこやかに。

こころの戦争のおわるとき

NHKの朝の連続ドラマ「カーネーション」から
印象的な話を。

主人公は闊達で、自力を頼む人。
若いながら洋裁店を切り盛りしています。

戦地で心に傷を負って帰ってきた幼なじみを
何とかしようと叱咤激励して状態を悪化させ
主人公は幼なじみの母親である「おばちゃん」に
絶交されてしまいます。

「みんながみんな、あんたみたいに、強ないんや」
幼い頃から優しかった「おばちゃん」の暗い眼差しに
主人公は刺され、以来、こころを遠ざけます。

「おばちゃん」は
商売も時流に乗れず、二人の息子の戦死する不幸に
周囲に毒を吐きつつ、寝ついてしまいます。

そして戦後。

主人公は、自分の「友達」が、
借金を抱えて身を売るようになったのを
どうしても助けたくて
絶交された「おばちゃん」に助けを求めます。
自分の助けを、気位の高い「友達」は受けない。
自分ではどうにもならない。
「おばちゃん」になら助けられる。

その場では
「不幸でぼろぼろの自分になにができる、帰れ」
と主人公を追い返した「おばちゃん」は

「友達」を訪ね
一人でつらかったろうと一緒に泣き、
斜陽になった店を新しくするから手伝ってくれ、といい
自らも立ち直っていきます。

主人公、「おばちゃん」、「友達」。
それぞれ、
こころの内の寂しさや情けなさを
相手にぶつけたり、自分をあきらめたりするのを

相手に対して、今までと違う一歩で歩み寄り
でも己の強みは活かして
互いに相手の思いを受け取ることで
つらいこころの戦争を終わらせるのです。

思いは強くても、表す姿勢のすれ違うことで
お互いの戦争は始まり、裂け目を大きくします。

それでも
小さな街で否応なく関わりあいながら、
相手と自分の道を探す。
戦争は、終えられる。

朝のドラマから、そんなありようを学びました。

おやすみなさい、よい夢を。

ちょっと具合悪いのは面倒くさい

おはようございます。

別に他に何もないのですが
気を抜くと
鼻水がたらと流れますので
鼻にティッシュ詰めて
マスクして

そんなわけか、
目は渇き、耳は遠く
なんでかしらん、
肩と背中に力が入っていて
軽く頭痛。

ぶぁーもー、めんどくさいでずー。

日頃あまり具合悪くならないか
悪くなるときはちゃんと悪いので
こういう
「ちょっとぼーっとしてます」的具合わるさの
面倒くささ。

これでも昨日〜今朝
睡眠を7時間以上とったことでだいぶ改善。
睡眠と食べ物ですねぇ、こうなると。

今日は早く仕事あがって
昨日煮たジャム、紅茶にいれたら美味しかったので
生姜すりおろして入れたろ。

今日も皆さま、おすこやかに。

リンゴジャムづくり

リンゴジャムづくり
リンゴジャムづくり
初めてジャムをつくりました。

リンゴを6つ、皮をむいて
計ったら1.5kgあったので
砂糖は半分の750g。

砂糖をまぶして
本当はひと晩おいて水を出すんだそうだけど
今回は待ちきれず2時間くらい置いただけで
煮始めました。

鍋の中身のあったまったあと
弱火で40分くらい煮ました。
煮すぎると飴になってしまうそうで
それだけは避けて。

煮上がる直前から
ビンも煮沸して

できたできたー。

ゆるくて、
ジャムというより単に水煮か。

あーじーはー、
…まぁまぁです^^。

毎日調子にのって食べ過ぎないよう
気をつけます。
砂糖あんだけいれたもん。

さて。
鼻水とまらないので
早めに休みますぅ。

皆さまどうぞ、おすこやかに。

寄り添い、新しい風をよびこむ季節

こんにちは。

友人知人に
少なからず受験生の親御さんがいて

思わぬ事態にあっても
見守り願い
送り出している様子に
一緒に応援する気持ちです。

小さなお子さんだと
親御さん同士、奇跡の再会といったニュースも。

子も親も
受験でもなんでも
何か動きやイベントのある、非日常のときに
そのイレギュラーな流れを受けて
あたりまえと思ってた日常に
新しい流れの入るように思います。

空気の入れ換えのように。新しい風は淀みをはらうでしょう。

本当に身体にだけは気をつけて、と。

今日も皆さま、おすこやかに。

私のような、引き出し?

去年からもらってた書類。
年あけてから書こうと
大事にしまっておいた、はずなのに、

しまっておいたと思ってた場所になくて
家まで探してもなくて

昨日、手を煩わせて再出力してもらい
(私の個人番号とか入っている)

さて書き終わった。

と、別の公的書類を見つけて
いかんいかんこれはなくしてはいけない、明日かとにかくすぐ取り出せるようにしまっておかなきゃ

と開けた引き出しに
白紙の、くだんの書類を発見。

…あーあー、ここだったか。

で、私の特徴を発見。

この引き出しは
「ちょっと期限まで間がある
それゆえややおっくうな
公的書類、つまり、
所在がわかっていないと面倒になるので
私が預かっているということを忘れないように
わかるようにしておく」
というもの。

あえて、取り出しやすい
毎日目につくところにある。

ちゃっちゃとやってしまえば
そこは空になるし
数日内には手放そうとしてたもの。

でも何か引っかかりがあって手をつけられず
自分でハードルを上げたあげく
目には見えるが
毎日「明日、手があいたらやろう」と思うことだけ
習慣化してた。

引き出しが私の特徴を
実に具現化している…

今日、空にしてこよう。

今日も皆さま、おすこやかに。

朝、ひとりごと

慌てて急ぐと何か忘れる。
じっくり取り組むと細部にこだわる。

大局観ていうか、
このために今やってるよね、
の根本的な大事なひとつふたつを

私は
成果物をつくるときに
点検を漏らしたり、落としてしまう。

…あ。

それは本当ですか?
(バイロンケイティワーク)
と問う。

必ずしもそうとは言い切れない。
外さないでやりきっていることもあり。

抜けや漏れそのこと自体ではなく、
「ワタシやってしまった(やってしまう)私のイメージ、記憶を呼ぶ考え」
でダメージ増やしたり
できない言い訳にしている。


毎日やっていることを
意識的にやることで
アタマの中だけでどこかへ飛ぶのを防げます。

すばらしく冴えた空を仰ぐのも、そのひとつ。

今日も皆さま、おすこやかに。

考えなよ、をどうするか

自分や身内に近い誰かに、
もうちょっと考えなよ。

と思うとき
きっとそのことについて自分は
どこかで考えたことがあるんですよね。
だから「考えなよ」になっちゃう。

で、
自分の考えた「そのときのそのこと」と
今、目の前の相手の「こと」は
違う。

あと、
考えてるんだけどどうおもう?って言われるにせよ
もうやっちゃったよと言われて、
えー?!ってなるにせよ

その決断は「最後」じゃない。
どんなに決定的にみえても
決定は過去で
また新しい今がある。

だから、
「考えなよ」と一方的にいいたくなったら
自分の動機と、「何を」考えてほしいか、
をまず自分のこととして、つかまえておいて

それは少し見えるところによけておいてから
相手の「今」をまずはちゃんときくことなんでしょうね。
現実、どうなってるか。
気持ちも思いも。


次を決めるための
素材を一緒に準備していければ。

可能性やリスクについての
他人の目や意見。
これまでどういう状況や意志決定があったか。

大切に思うから、という私の気持ちも素材のひとつ。

あとは、応援であり、見守りであり、

それは決して暖かいだけではない
相手に届かない悲しみも含めてのこと。


今日も皆さま、おすこやかに。

もう少し「何を」考えたほうが?

他人に
「いいんじゃない、やったらいいよ」
というのと

身内や自分に
「もう少し考えたほうが」
というのと

必ずしも前者が無責任てことではないように思います。

その人の話す様子などを感じて、こころから応援したくなる。
イキイキと進んでいく様子、見えるよう。

もう少し考えたほうが
って思うときって
その場の勢いや思いつきだけなんじゃないか、とか
他人に流されてるんじゃないか、など
相手(や自分)の動機に浅さを感じてしまうとき
なのかな。

あとは、まぁ
経済(暮らしていけるか)、
人間関係(依存や偏りや破壊がないか)
の可能性とリスク…


いずれにしても
もう少し考えたほうが、といいたくなったら

まず私は相手に対して
「何を」考えたほうがいいと思うのか
を少し立ち止まって
自覚しておくとよいように思います。


これ、もう少し続けます。

昨日の満月は
あちこちで評判の美人さんでしたな。

今日も皆さま、おすこやかに。

もう少し考えたほうが、って思うとき

他人には
自分のすきなように
やりたいことをやってほしい
と思うのに

身内や自分には
正直
もう少し考えたほうが、とか
安全なところをいったほうが、とか
思うことがあります。
ずっと思ってるわけではないけど。

上記のような矛盾を
自覚もしてて検証もするけど
とっさのときに
「もうちょっとよく考えなよ」
って思ってしまって動揺します。
必ずしも口にはしません。

よく考えろ
というのは
私の考える安全な道についてアナタも考えろ
って言ってるのと同じ意味です。

じゃ、私の考える安全な道って
彼や彼女にとって
いや、
私にとって
本当に安全なの?

ってことに気づいて動揺します。

…ここで終わってどうするんだって
自分でも思うけど中断。


成人おめでとう。

今日も皆さま、おすこやかに。

信じてきたものがなくなったときに

スティーブ・ジョブズの有名な卒業式辞を聞いた
スタンフォード大の卒業生たちの
その後を追ったドキュメンタリーを見ました。

リーマンショックのあおりをうけて
解雇された人、職を辞した人、職に就けない人。
ジョブズの演説を心にとめて
自分のルーツや大切なものを考えぬいた人。
様々な立場。
それぞれ、スタンフォードに至った背景もふくめ
じっくりときき、語るインタビューでした。

未来を目指して順風満帆と思われた超有名校の卒業生。
それなのに。
いや、それだからこそ。
信じてきたものがなくなったとき
信じてきたものに疑問をおぼえたとき
自分のなかにある価値を信じて進むまでの過程。
出てくる若い人たちそれぞれに深い自覚があります。

外に求めてきたこと、当たり前に享受してきたことを
なくしたとき、あるいはあえて捨てることで
自分のなかにすでに持っている
魂のような、熱のような何かと、
リアルに向かい合えるのかもしれないと思いました。

できれば
なくしたつらさ、失う怖さのなかで
自らを無闇に追い込まずに生きられるような
たとえば、そばにいる、話を聴くだけの他人がいるとか
自分の価値を見いだせるために
私は何かしたい、と思います。

皆さま、どうかおすこやかに。

市役所の話、続き(住民基本台帳カード)

昨日、市役所に住民基本台帳カードを取りにいって
必要書類揃えたら即日発行なのに
現地の「二度きていただくことになります」案内の多さに

そんなに関門突破できない人が多いか、
突破できない人が少数でも現場が対応苦慮しているか

と仮説をたてていた件は

「そもそも二度こなくてはいけないケースがある」
ことがわかったので追加です。

そもそも「住民基本台帳カード」は
どういうときに取ろうとするか調べてみると

・インターネットで政府・行政への手続きをするとき
(代表的なのは国税電子申告・納税システムe-Tax)
・写真付の身分証明書

特に後者は、
車の免許やパスポート、障害者手帳などを持たない人は
求められれば必要になる。

で、
写真付身分証明書と、
証明書が偽造でないと示すために
写真なくてももうひとつ本人を示す書類あれば
即日発行してくれるけど

そもそも「写真付」を持ってない人に対しては
その人が本当に、その住所に居るかを確認するために
申請した人に書類を郵便で送る。
申請した人はその書類をもって
「もう一度」来なくてはいけないわけね。


もちろん、免許証だの持っている人で
よく読まないで、免許持ってこなくて
「ええ?なんで?」とか言う人はいるだろうが
そういう人はそもそもe-Taxだって危ないぞと。

住民基本台帳カード、
そもそも基本台帳の導入経過や
現在の普及率(諸説あるがカード発行数は台帳人数の3.5%)
いくつかwebでわかりました。

本人であること。
それを誰にどのように証明してもらうか。
これって実はけっこう面倒なんだな・・・

おやすみなさい。

市役所にて

市役所に
住民基本台帳カード取得と電子証明書の申請をしに行きました。
今年初めて、確定申告をするためです。
インターネットでやってみようと思って。

住基カードの発行に必要なものは何か。
事前に調べましたともさ。
二度手間、やだもん。
Webサイト、よーく読む。免許証、保険証、印鑑。
これをそろえておけば即日発行。
そう書いてある。

でも。
実際、市役所まで行くと
書類書くところから窓口からいたるところ
「二度おいでいただくことになります」
と書いてあるし、言われる。
えー?なんでなんで?
と、よく見て聞いてみると。
「ただし書類が揃っていれば即日発行します」
と書いてあるし、言われる。

おまけに、最近免許証はICカード型になったから
暗証番号いれたら、保険証も要らなかった。
なんだ、心配しちゃったじゃん。

いかに多くの人がこの関門を突破できないか
あるいは
(数は少ないかもしれないが)
突破できない人の対応に苦労してるか
どちらかなのね。

このあと暗証番号やらパスワードやら設定して
発行まで30分位。
これも、
「1月から3月は窓口混みますのでお早めに」って
Webサイトで見たから
覚悟してたわりにスムーズ。

ICカード化など、
窓口業務や手続きを便利に
という狙いのはずだから
スムーズにいって意外、というのもヘンだけど

スムーズにいくためには
利用者側に前提条件、つまり
・Webサイトを読めて
・必要なものを揃えられて
・それぞれのつながりやら
紐づけたパスワードやら
覚えているとか整理できている
…が必要。

で、
その前提条件をクリアしきれない人
クリアが困難な人がいて
窓口業務、コールセンター業務は、なくてはならない。

で、ハードルは
・操作がわからないことか
・やりたいことがはっきりしないことか
・やりたいことは明確だがハンディがあるのか
・利用するシステムがわかりづらいのか
など、様々なはずで

間にたつ、サービス提供者の受付業務、
けっこう力量が要る。

いっそ、
紙、判子、と目に見えたほうが
万人にわかりやすく
トータルコストかからないんでないだろうか。

…そんなことはないか。

通帳と判子から「キャッシュカード」を定着させたときの
苦労がしのばれる。

それと。
口座やカードや証明書と、紐づくパスワードの管理。
ちゃんと整理して、
いざというときは信頼でき人に
取り出してもらえるようにしとかんとなぁ。

と、そんなことを考えましたとさ。

新年早々の連休間近。
どうぞ皆さま、おすこやかに。

まずは始めてみたこと

おはようございます。

通勤途中に
携帯からブログ更新、復活。

いや、この習慣はやはり止めようとは思うですよ。
目がキツいので。
でも、
20分足らずの車内、
それも少し歩いたあと、
という環境は
単に思いついたことをつらつら書くには
(私には)適していて、
どうしたものかなぁ。

さて。
今年の目標、を様々なところで目にするようになり。
勝手にソワソワしてきました。

仕事上は第3四半期、仕上げ&繁忙時期なので
まずは道なり、かつ、来期準備は視野に入れつつ、
も、だな。

ワタシだな。

今年はまず
「新年」という外部環境の後押しを受けて

毎日、どこかを掃除
毎日、バイロンケイティワーク
毎日、少し遠回りして歩く。

を実践中。
いや、昨日からだからね。
そーんな、アナタ、いつまで続くかなんて。

やってみなくちゃわかんないよね(力説)。

今のところ、今年は
どうなりたい、と
どうありたい、の
程よい中間点のようなところを
探っているように思います。

さしあたり、それは
意識的に毎日できることを
まずやってみる
という行動から始まった、と。

言い訳?
さて、どうなるかな。

今日も皆さま、おすこやかに。

仕事初め

おはようございます。

全ては連続していて、4日間中断させただけ、
とはいえ、気持ち新しい新年。

予算、年度末。
残り四半期、ヤマはきっちり登らねば(キリッ)

…いや、しかし。
肩の力は抜いて
持続できる速度と範囲で。
適切な湿度と温度を私にも。
気候というより、自分の姿勢。

今朝から、毎日掃除、を始めました。

どうぞ皆さま、おすこやかに。

実家でお正月

私にとって特別な食べ物。
小川軒のレーズンウィッチ。
http://www.ogawaken.co.jp/index.html

ただのレーズンウィッチではないですから。
ラムレーズンたっぷり、
クリームもビスケットも本当に美味しい。

東京の新橋と目黒の店でしか売らず、発送もない。
でも私自身は店で買ったことは一度もない。
お正月には必ず実家にあるから。

お祝い事のとき、お産のあとも
母は買ってきてくれた。
いやぁ、もう、そりゃワタシ手放しで喜びますもん。

「テッパンで喜ぶものがある」というのは
ちょっとした親孝行だと思う。
不遜な言い方かもしれないけど。
ワタシ、それだけはそう思う。

今年やっと「お雑煮の餅、ワタシはひとつ」を
母親に定着させてきた。
3、4年はかかったか。
あ、もちろん、餅くらい、ワタシが焼くんですが、
ちょっと気を許すとワタシの分をふたつ焼く。
小さい頃から「ふたつ」だったからね。

なんとなく「餅はひとつ」にして、
そこいらの、ちょこちょこ残る皿のものを
食べて片付けるようになった。
母のように。

父親が
「年末に、
カビ取りスプレー1本半もつかって風呂場の掃除して
気持ち悪くなっちゃった」
とか言っているのを聞いて、やや驚愕。

きれい好きの父が、
片付かない居間で機嫌悪くなっていくなかで
びくびくしながら片付けてた子供のころを思い出す。
妻と二人暮らし、
いよいよ自分で、風呂場まで洗うようになったか。
やりだすと、凝るお方。1本半て。

それにしても。
風呂くらい、私、毎日でも洗うのに。
実家に住んでいればね。

それでも、
少し離れて住んでいるくらいで、ちょうどいい親子。
もう少し居たいかな、で帰る位で。


そんなお正月でした。

1年の目標、もうすこし後で。
今年も皆さま、おすこやかに。

ほしいものしか、ほしくない

1月2日は例年、
甥や姪の子供服の福袋を獲得すべく
早朝から列に並び
開店と同時にダッシュでゲット。

そのあとゆっくり
実家と妹の家のトイレタリー福袋、
今年は肌着の福袋も。

それでも開店30分後には用事は済んでしまいます。
今年はすぐに帰宅し、
一度行ってみたかった近くの銭湯の一番風呂へgo。
天窓からさす昼の光に、のんびりゆったり。

…で。
あらためて「自分のでも買うかなぁ」
ともう一度ショッピングセンターに行くんだけど

こじゃれた雑貨、食器や服飾品
これ!と思うものを手にとっても
ああ、きっと飽きちゃうぞ、とか
いまあるもので間に合うぞ、とか
もう、目で見るだけで充分、て思って
結局、本1冊だけで帰宅。

ま、今年は元旦から
蔦屋書店に浸かってこれて
そこで本も布袋も買えた。
まさに私の福袋だったなと。

本当に最近、
ほしいものしか、ほしくない。
そんなの、あたりまえかぁ。
でもその度合い強くなりました。
定番品で、シンプルで、明るめの色。

様々なお正月、SNSで伝わってきます。
それぞれの非日常に、おもいがけず出会うもよし
ただ自分のなかにすでにあったかもしれなくて
誰かともつながっているかもね。

今日も皆さま、おすこやかに。

納経掛け軸

納経掛け軸

まずは歩くことから

あけましておめでとうございます。

写真は実家にある
四国霊場八十八札所の納経掛け軸。
祖母が存命のおり、バスツアーに参加して
納経して八十八のお寺で御朱印をいただき
娘の家族への土産にしたものです。
私の実家の家宝で
といっても、仏間の床の間に
かけっぱなしだけど。


祖母は当時、ツアーの参加をとても楽しんでいました。
でも、そういえば
あまり話を聴かなかったな。

掛け軸ではありませんが、
私も納経して御朱印をいただいている途中です。

今年、しみじみとよく見てみました。
道をゆく祖母と繋がっている。
祖母だけではなく、
何人もの方と。

今年、また四国の地を歩きます。
それだけは、今年きめていることです。

歩くことから始める。


味わい深く、初春を。
どうぞおすこやかに。
本年も、お立ち寄りくださればうれしいです。

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