amazon

  • エニアグラム 自分のことが分かる本
  • エニアグラムあなたを知る9つのタイプ(基礎編)

twitter

リンク

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »

仕事と料理、かな?違うような。

おはようございます。

毎日見ているようで
毎日見ていない通勤途中の車窓に
形の整った2本の木の伸びるのを見つけて
喜ぶ朝です。

今日も何か準備不足で
イライラするんじゃないか。
そんな不安を
上がってくるままに
静かにしています。

不足かどうか確認してから
足せれば足そう。

味つけをつい、足してしまうのに似てるかも。

もうひとつ思いついたけど
即席で済ませることも悪くはない。

私は、お弁当や夕飯に冷凍食品をよく使うし
便利に簡単に済ますけど
そればっかりでは身体喜ばないなぁ、と最近思う。

同じことを逆に
仕事だと、イチから細かいことに気遣って
その割には時間切れっぽくエイヤなoutputになるけど
もっと即席でタイミングよく出してもいいんじゃない?

…どっちだよー??^^;
…どっちもあり。

今日も皆さま、おすこやかに。

連続しているようでそれは一瞬

連続しているようで
つながっているようで
一人一人の生きている、それは一瞬です。

「~ねばならない」でせきたてる。
そのいとおしい存在を
これ以上苦しめなくていい。

せき立てる、せき立てられる
そういうとき、そのそばに静かに居る。
そばにいるわたしと
せき立てるわたしが
静かにひとつになっていくイメージです。

わたしとあなたを一緒にせず
あなたとわたしはともに歩く。
つかず離れず、目の前の道を歩きます。
常に新しい、一瞬を歩きます。

どうか皆さまおすこやかに、と
私はそのつど空に放ちます。

両方をわかるし真っ只中生きる年頃

おはようございます。

45歳は不思議で
あ、どの年齢でも不思議なのでしょうけど

70だ80だという人たちの
為してきた仕事や思いを
話を聴けばわかる気がする。
ダメだしされたら理屈はわかる。

かたや、
若い人たちのみずみずしさや
諦念や抗いも
もったいないと思いながら
わかる気がする。

同年代が
ダメだしされたり
ダメだししながら
だってしょうがない
でも責任はあるの、わかってる、って
この変化の時に一生懸命なのもわかる。

つながって知覚しているような
つながって体感しているような
そんな感じなのですが、
どうなのでしょう?世の中のアラフィスの皆さん。


あ、世代じゃないのか?

どなたさまも、今日もおすこやかに。

「分相応」考

分相応。

身分や能力にふさわしい、
という意味で
ネガティブに使うことの多い言葉のようです。
私はあまり使わない。
というか使わないようにしてきました。

そのくせ内心

アイツなんか
これくらいで分相応なんじゃないの?

と思ってたりする。
それはかなり失礼なこと。と
そういう自分を見ないようにしてました。

今日はハカラズモそれを見てみて
あー、これは、相手ではなく
自分を見限ってるってことだと気づきました。
あなたも、わたしも、分相応。
あなたも、わたしも、この程度。


しかし。
今日はどうもそこでは終わらない。

「あなた達はもっと、分相応だってわかってほしい!」

なんていうことを

「わたしが分相応だってことを、あなた達にわかってほしい!」

って置き換えたときに
…あっ!と。

私は今ここまではできる、
でもこれ以上は受け入れがたい。
今はこのあたりが私のcapacity。
それを「分相応」というのなら
それは、私、実はわかってほしいのよ。
何でもかんでもは無理なのよ。

それは言わなきゃわからないし
かといってそのcapacityというか
分相応、は変わりうる。
今が絶対じゃない
かといって無限大ではない。

可能性というのは
無鉄砲な領土拡張(侵略)ではなく
自分に今できることを、
手のひらに乗せていられること。
大きいとか小さいとかの評価なく。

それを分相応というのなら
失礼でも見限りでもない。
できることをする、ということ自体は
可能性の否定でも
枠に押し込めるでもない。
分相応を
相手に伝えた上で、お互いわかった上で、
じゃ、どうしようかを
必要なら一緒に考えていくこと。
可能性というならそこなんじゃないか?

な?と。


えーっと。
以上、本日のバイロンケイティワーク1日ワークショップ(ペアワーク)でした。


どうか皆さま、おすこやかに。

視野の水平さ、ひろがり

おはようございます。

私は携帯をしょっちゅう
電車であけて
メールをうちwebをみて
きゅーっと小さな画面を
凝視しています。

お客さんは私一人のカフェで
広い交差点をみていた
さっき、見始めたばかりのときの
視野の広がった感覚は
とても心地よいものでした。

いまはまた少し
いろいろ考えてる

すでにそこにいくだけになっているときに
実は持って行くものは
たいして多くないものです。

視野の水平さは、こころをたいらにするし
ひろがりは、心地よさや喜びを感じます。

目にいれるだけで。


空のどこまでも高い朝に。

今日も皆さま、おすこやかに。

結果や結論は最後ではなく

おはようございます。

歌手の事務所からの独立について
歌手と事務所社長双方の
比較的長いコメントを読みました。

話してきたこと
自分への問いや思いや揺れ、
長い時間をかけて
諦めず話し合ってきた経過を思いました。

独立、という結果は
歌手の願ったこととして
変わらなかったのかもしれませんが
話しあったことで
かたや自分の集大成へのものづくり、
かたやプロモーションのありかた
お互いのこれからに
変化を起こしたように思います。

日本語の、こころに響く音楽を
ま、イベントもいいんだけど
タイアップも上等だけど
やはりもっと聴きたい。

ものづくりの現場は
もっと切実なのでしょう。

生き方も仕事も
節目をむかえたときに、
腰をすえて話せる、きけること、
そして
なんらか出す結論は最後ではなく
その先の変化を促進し、支えるものであること。

そのような時間と場と関係を
私の身近にも。


空が高いなぁ。

今日も皆さま、おすこやかに。

言わなくていいかどうかは言ってみなくてはわからない

おはようございます。
空高く冴える朝です。

さて。
「言わなくてもいいことは言わない人だ」
と人に言われたことを、
私は結構大事にしてきました。

決して無口だという意味ではなく
むしろ話はまわりくどく長いほうです。

ただ
これは言っても伝わらなさそう、とか
これを言ったら相手を刺すだろう、痛いだろうとか
フラッシュが焚かれて反射的に抑えます。
抑えることを大切にしてきました。

でも

本当に伝わらないか、
刺すか(大袈裟だなぁ)は
言ってみなくてはわからないですよね。

何でも言えばいいってことではなくて。

相手のために抑えたのではなくて
相手を見限って
自分を見限って
言って起こるリスクを負わないってことでしょう。

言わなくてもいいかどうかは
言ってみなくてはわからない。

何に相手が刺さるかは
相手にしかわからないことで
なにげない一言で
刺さっていたりもする。

言わなくてもいい、と断ずる前に
言ってから
よく見る。よくきく。よく読む。よく感じる。
相手も、自分も。
そのときのリアルを。

相手も自分も、
コントロールの対象ではないから。


空気の冴えを味方に
ただし、風邪は予防。

今日も皆さま、おすこやかに。

本当の意味で大切にすること

おはようございます。

この秋初めて
タートルネックと、ショールで外出です。
さすがにまだニットは登場させない。

さて。
自分のみているもの、外の世界は
自分の内面の投影のように思います。

人を大切にしよう
の前に
本当の意味で自分を大切にしよう
と思います。

こころの奥とつながることを
あ。とおもう瞬間を
逃さないように。
そうこころがける。

何か決めてしまったら
楽かもしれないけど
決めて「しまわれた」側のこころの奥と
つながりを絶つように思います。

決め方(無理や他からの影響はないか)
決める範囲(大きすぎないか)
決めてからの柔軟性(いつでも変えていいと思えるか)
にもよるとは思います。
決めるな、とは言わない。

自分にできることを大切にしよう。
何か、誰か、理想、と比べて
判定する手厳しさから離れよう。
なにより
人を、自分を、評価するその一瞬に気づこう。

こころの奥につながる瞬間は
時を選ばす訪れます。

今日も皆さま、おすこやかに。

少し前の話 (一人ゆく寂しさ、見守る寂しさ)

少し前の話を。

今年9月に四国遍路にいき
今年の分を歩き終え、徳島へ戻る途中。
夕暮れせまるなか
歩いてきた道を、鉄道から眺め
その道を歩く、笠に白装束の私のあるく姿を想像したとき

「どうして、そんな寂しいことをしているのだろう」

とふと思いました。

歩いているときには
一人でいても、寂しい道も、人も通らないところでも
暑くてしんどくても、
寂しいことをしていると思ったことはありません。
むしろ、気楽に思っていました。
道をゆけば、出会いも会話もあるし
お大師さまと同行二人であるし。
もちろん、来年もまた一人でいくつもりです。
ただ。

そのときは
家族も仲間も遠ざけて
わざわざ一人でいくこと自体の寂しさ
それを見送る・見守る側の寂しさを思ったのでした。
それはどちらも私です。

一人で大きくなったように思うけれど
一人荒野にたつ姿を見守る寂しさを
たまに充分味わおうと思うのでした。


どうか皆さま、おすこやかに。

こころからやりたいことは今やっていること

外にない。

過去にも未来にもない。

目の前の、いまここで
なしていること。

自分で比較や優劣や評価を
つけていたら
そのことにまずは気づいておいて、と。

今日も皆さま、おすこやかに。

今年の目標の振り返り(40/50 週)

この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…●
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○
==========
1.○| ̄|_

2.自分の領域のことを、毒を吐かず、無理せず
をポリシーに、これからも。

3.今回○にしたのは
気持ちを立て直して
作業手順や必要なデータを
整理して関係者につたえられたから。

4.今回は
今はもう忘れてしまった位のこと。
その瞬間は内心で相当相手を責めました。
私に対して、ではなく
状況や対応への意見だ、と
切り分けられました。

5.場を継続するのに
私は自分の動機もそうだけど
そこに至る、今もある
原則にたちかえります。
信頼の源は、
私と、つながる仲間たちの
真ん中にあります。


今日も皆さま、おすこやかに。

場の安全を保つために (AHファシリテーターミーティング)

本当に久しぶりに
AH(アティテューディナル・ヒーリング)のイベントに参加しました。

AH(アティテューディナル・ヒーリング)とは
「心の平和を唯一の目的とし、
自分の責任で
心の姿勢(アティテュード)を選び取っていくプロセス」
(webサイトより引用)
http://www.ah-japan.com/

グループでは
話したい人が、自分の体験を、現在に焦点をあてて話し
メンバーは徹底して「聴く」を貫きます。
グループのファシリテーター(世話役)は、
誰よりもAHの姿勢を貫き
グループの場の安全を守ることに徹します。

今日は、現在・将来のファシリテータの皆さんのミーティング。
今回は特に
AHの場の安全を保つ具体策として
ファシリテータ自身の一定レベルの
体験・学びの保証について提案があり、検討しました。

私自身は2009年にトレーニングコースに参加してから
実は何もやってなかったりする(汗)
ただ、参加者の皆さんとはつながりを感じました。

「場の安全を保つ」に必要な質の維持向上にむけて
様々な立場の意見に触れられたのは
貴重な体験でした。

何も為さない、悪い意味での「なりゆきまかせ」ではなく
グループの成長に責任と信念をもって関わる、
何より安全を守る、
そのために学びや経験の機会をどう定め、整えるか。
そういうことを考えた数時間でした。

今日の検討を通じて
どういう場であれ、あらためて
 ・何を大切にしている場か(原則)
 ・常にともに新しく学びあえるか(仲間)
 ・頭だけではなく経験や行動にもとづくか(実践)
 ・自らの動機に開いたこころでいられるかの探求(探求)
この4つを揃える重要性を感じました。

安全は、ちいさな油断や躊躇で破られる。
何よりまずは
自分の動機に対して、率直で優しくありたいと思います。
そうであれば、存在も行動もついてきて
迅速な対応がとれるのではないかと。

今日も皆さま、おすこやかに。

ひとりごと

なんとなく
これはあいまいだとか
つっこんでいくと矛盾がありそうだとか
気づく?
いや、「思う」んだけど

どこらへんに波及しそうだと
知ってる?
いや、「想像できる」んだけど、

そこに至る様子や
自分と関係者の手間や
「いいから、何すればいいか言ってくれ」と言われる怖さとか
全部想像して

想像して凹むことに
相当エネルギーを使ってる、ワタクシは。

いきいきと打開したり
見えるように整理したり
そっちへ向けよう、って思う。

たぶん、
目の前に見える形にするか、
あ、そうか!って
周囲が動ける状態になってなきゃ
それは、
「わかった」にも「気づけてる」にも
なってない。
(あー、手厳しいよ、ママン)

周囲に知らせる、ということは
自分に知らせる、ということでもあるから

全部、書くんだな。
うまくやろうとか思わずに、全部。

ま、あまり気負わず。


今日も皆さま、おすこやかに。

次へ進むきっかけ

知人からの知らせ。
今年開いた手作り石けんの
ネットショップを閉めると。

ご本人の肌トラブルの経験から
願いを込めて手作りしている石けん。
「雑貨」として売っていて
今回、ブログに使用者の感想をのせたことで
「化粧品」として広告していると指導うけたと。
うーん。

この石けんは口に入れられるものを材料にしています。
むやみやたらな配合物から守り
トラブルを防ぐための薬事法。
本来なら思いは同じはず。
こんな形で阻まれるのはどうにも皮肉です。

それでもご本人は
次の展開を準備中とのこと。
もちろん、石けんをあきらめてない。
まさに、ピンチをチャンスというか
次に進むきっかけ、としておられる様子。

本当に為したい、拓きたい願いなら
表面的に阻まれても
「すでにそこに在る」
「今まで気づかなかった」道を
別の角度から見いだせる
ということかな。

ふぁいと。

今日も皆さま、おすこやかに。

ホワイトボード一枚

持ち歩きたい
バーチャルに(笑)

今、頭の中にあることは
メモにとってはあるんだけど
資料に書き込んだ時点で
もう別の課題にとりかかり
資料にしたとたん、探せなくなる。

書類やファイルさがしてる暇あったら
ホワイトボードに全部かいて、
一目で見たい。
もしくは
このことです、これです
このことですか、と
その場で広げて確認したい。

バーチャルなホワイトボード。

ほしいなぁ。

ドラえもーん!


やや逃避。
今日も皆さま、おすこやかに。

波動の伝わってるってことか

目をぎゅーっとして
パソコンの画面にらんで
問い合わせと答えて、資料づくり。
会議につぐ会議。
この数字、あの数字、
あの会議の資料、昔のこのデータ。
ぐるぐるしている横で
ストレスのたまる会話、聞こえよがし?

頭のなかで叫ぶ。
余計なことを今いってくれるな。

で、帰りの夜道で気がついた。
そうか、
頭の中で言っているつもりで、
たぶん波動は伝わっている。
余計なことを、いってはいけない、と
まわりに緊張を強いているかも。
だからよけい、
ストレスのたまる会話をしたくなるかも。

もうすこし、ゆったり構えよう。
自分もその空気の一因(一員)であると。

皆さま(わたしもね)、どうかおすこやかに。

目にみる世界は本当か?

朝、出勤途中の電車で、
午前中の仕事のことを考えながら
ぶわっとよくわからないことを考えだし
気がついたら少し寝ていたらしく
しかし切れ目なく、
車中の人の様子は目に入っていて

見えているようで
見てなかった
でも目には入っていた、

この、目の前の世界は本当?

電車を降り
あ、あの話はまだ決着してない
と暗くなり
あ、こうしてみようって言ってたっけ
と立ち直り
そのあいだに目には映る景色の
しかし記憶にはあまりとどまらない

この、目の前の世界は本当?

各自が見ているようで
見たいようにみて
記憶や考えや夢や
それぞれ通してみているもので
見ていることが本当とは限らない、かも。

見たいように、というところを
少し外して
そのままを見る。

見よう、ともせず、居てみる。

というようなことを、
まとまりませんが、リリース。


気温差の激しさには
逆らわず
温かい飲み物で体温を保ちます。

今日も皆さま、おすこやかに。

今年の目標ふりかえり(39週/50週)

毎週振り返る、んだけど
毎週なんとなく●になっちゃうものは
来週からは、「これをやる」ってきめてみよう。

=============
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…●
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…●
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○
============

1.うーん・・・
仕事でやることを増やしていて
もう少し計画的に均す(ならす)つもりだったのに。
でも、家族に甘えず、やはり週2は切り上げよう。

2.今週はこれを。
考えというか、毎日何かしら書くことは
好き勝手書けるわけだから楽しみです。
どうにももやっとしたり、クリアになってなくても
書き始めれば、何か出てくる。
その時間をもつことは自分にとって大切です。

3.今週は「シンプルにできなかった」ことで
自分の作業量を増やしたから、●。
来週は、「やらなくていい」ことを抽出してみよう。
それと、人に振ること^^;

4.私の思い込みはたいてい
人を責めるようでいて、自分に対して手厳しいです。
手厳しさをゆるめるのは甘えではないです。
自覚しないで自分を痛め続けるほうが甘えです。
そういう意味でも、おすすめ。
http://www.thework.com/nihongo/

5.思い続け、考え続け、応援し続ける。


すてきな週末を♪

今週の1冊)いいお坊さん ひどいお坊さん

「いいお坊さん ひどいお坊さん」
勝桂子 著 ベスト新書

題名は二局対立のようだけど
中身は、経営、地域、宗教観、世襲・・・
お坊さんと、お坊さん以外の人たちとの接点を、
様々な角度から考察した著作です。

私自身はまだ身近な人の葬式を出したことがなく
そういえば僧侶とお金との関係を
リアルに考えたことがなかった。

データや豊富な現場取材にもとづいて
お互いの接点をつまびらかにしていて
それまでの、「葬式仏教」に対する思い込みを
私自身は、すこし改めました。

お互いが、お互いを、わからないまま遠ざける。
「こういうもんだ」が繰り返され
「だいたいの相場」を情報ではかる。
そうではなく、なにより一歩、お互い踏み込もう。
それをこの本では、著者が実践しているように思いました。

中道。
著者の表現するそれは
取材の、あるいは、様々なそれまでの思いや感覚を
交換して初めて得られるものだと。


今日も皆さま、おすこやかに。

悟った話

仕事で
あと一週間、作業と判断を早く組んでおけば、
と悔やむ話と
課題を二週間寝かせてメンバーに詰められた話と
数日で一度に到来。

ためらってそのままにしておいたって
火種になるんだ、そういえば。
埋めてもなんでも、くすぶるんだった。

ためらう時は共通点があって
あいまいなことを私か、あるいは誰かが発見し
その場でキメを打たないで、
じゃ引き取る、といった課題をやるとき。
あらゆる案を練っては、
ひとり、ためらいまくります。

引き取ったらやらねばならない。
引き取れないならできるひとに振らねばならない。
どちらも苦手です。

…と、ここまで通勤途中に
やや凹みながら書いた。


今日、勤務中の午後。
問い合わせが3つ、作業中のファイル5つ
並行したなかで
上司の問いに答えてる最中
スケジュールも課題も作業進捗も
確認あいまいなことを、

自分、悟りました。

スケジュール表のリライトを上司に振っといて
(昨日、
「私は作り直してる時間がないです」
と言ったら
上司がやってくれることになってた)
よかったわー。

こうなると、妙に冷静。
人に振ったつもりの作業、
その人にファイルを開いてもらい、
全部、現物で進捗確認。
ある程度把握できたら関係者ミーティング召集、
ホワイトボードにラフに書きながら質問に答え
いつまでに何を、を全部書いて決めました、と。

クリアになってきたら
ハラの据わってくること、この上なく。
後はもう順番に、急がず、慌てず、やりました。

そして、深夜残業になる前に
終わってなくても撤収。
まだ、ムチャする時期ではない。
できていないところをはっきりさせてればよし。

もっとうまくやれれば
もっと早くやっていれば。
その内なる声には、今、耳を貸さない。

よくやった、自分。
訊いてくれてありがとう、上司。
(たぶん)遠巻きに見ててくれたり
必要な声をかけてくれて
ありがとう、同僚。

というわけで、土日はオフ!


皆さま、素敵な週末を♪

絵にする

納期決める。
出力物イメージ決める。
作業洗い出して
作業を一週間単位の塊にして
やる人決めて、進捗を確認する。

…と、やるにはやるんですが
これがねぇ。

途中の出来上がりを見ながら
出力物を固めていくためか
人に渡すときに、
クリアな塊にならないんですよねぇ。

いわゆる、あいまい。

でも、納期は守ろうとして
ジタバタする。

いよいよ行き詰まった昨日。
パソコンから離れて、
全ての作業表(表計算ファイル)の関連図を
手書きし始めた。

ホワイトボードに、フリーハンド。
実は、この書き心地は好きです。
絵は下手だけど。

で、おかげで。
頭のなかでごちゃついてたことは
「今、私、だれそれさん、はここをやってる」
と目に見えてわかって
完了してるのも部分的にはあって
ひと安心。

今日もなるべく穏やかに。

皆さま、おすこやかに。

「強み診断」をうけてみた

以前から気にはかけていて
「今こそ、この人から思う存分強みを言われてみよう^^」
と思い立ちました。
山口由起子さん 「強み診断」
http://ameblo.jp/yamaguchiyu/entry-10902771459.html

今回お願いしたのは「強みメール診断」。
メールで問いに答えたのち、返信をいただきます。
選択式ではないので、
自分のこれまでを振り返り、
さくさくさく・・・と耕すように書きました。

そして帰ってきた診断。
読んで、ちょっともったいないように思って
うるうるしました。

感想は実はこちらに載せてくださってます。
http://ameblo.jp/yamaguchiyu/entry-11045155156.html#main
(いや、自分の強み、ややこっぱずかしい、
でもあえてURLのせる)

山口さんの書いてくださったことは
必ずしも私は得意だ、とは思ってなかった。
むしろ「うまくいかない」と思うこと、多く。
自分の振れ幅の大きさは自覚してるものの
両極に振れて消しあってるように思うこともあり。

でも、今回わかったのは
「強み=自然にできていること」に対して
私は認めてない、というか、合格点が高いということ。
で、自分に対して繰り返し言い続けている言葉に慣れると
「自分はこうだ」に、ハマってしまう。
気をつけてるつもりなんだけど。

こうやって
自分以外のことばで、自分に光をあてる、風を通すって
大切なことだと思いました。

そして、

そのまま進みたい方向に進まれることをおすすめします。

という一連の文章に、
自分を支えるちからは、責任もって
ちゃんと自分で水をやって育てよう
という思いを新たにしました。


>※10月の募集後、メール診断はしばらくお休みします。
>11月以降の募集時期は未定なので
>気になる方はお早めにお申込ください。


とのことなので、あ!と思った方はぜひお早めに。

最近、夜型

といっても、日付をこえた頃にはさすがに寝るけど。

自宅のパソコンを変えてもらったので、
すこしずつ使い勝手のいいよう手を入れています。

もう少し便利な使い方をしたいなぁとか
あちこち触っていると、夜がふけていきます。

それにしてもgoogleでもほかのメーラーでも
メールをそのまま保存しておいて
添付ファイルもそこから下ろしてくるような使い方。
保存媒体、必要なくなっちゃうかもなー

今日はもう眠いので寝ます。

おやすみなさい。よい夢を。

ふりかえる、先を展望する、軸をみる

今年から
月に1回、フォーマットにそって、
ふりかえる機会をもっています。

仕事、家族、私個人について、
その前の1ヶ月の、よかったこと、大変だったこと、
この後の1ヶ月の、期待すること、気になること。

(ちなみにフォーマットは私のオリジナルではなく
C+F研究所で教わったものです)

必ずしもくっきりとは分けられないことは
両方に、見方を変えて書いてみます。

これを書くのは
私にとっては大切なことなので
たいてい、午前中、
一人になれる場所と時間を確保して書きます。
どんなに忙しくても。
・・・いや、そんな忙しくはないけどね。

自分しか読まないから、赤裸々に
かといって、後で意味は通るように
ある程度、わかる文章で書きます。

過去と未来を書くようで、
それを書く(書かれる)私はひとつの軸なので
書く私が、書かれる私という軸を見るような時間です。

過去も未来も、
繰り返してたり、少し違っていたり
ウェイトが変わっていたり。
決まったスパンで書くことでの発見もあります。

興味のあるかた、おすすめします。

どうか皆さま、おすこやかに。

友達の展覧会へ

友達が出展した作品を拝見に
展覧会「一陽展」
http://www2.ucatv.ne.jp/~itiyokai.snow/
六本木 国立新美術館へ。

友達は昔からずっと絵を描き続けています。
一般公募で出展を続け、数年、賞も受けていて
来年からは審査なしで出展できるそうです。

友達の絵は
シャープで抜けのない、奥行きと静けさのある
淡い影の色合いまで完璧な
人工と自然の、さらに向こう側にあるような世界です。

皆さんにも見てもらいたいのだけど
デジカメなどの写真だと全く感じが違ってしまう。
現物に限る^^

他にもたくさんの絵画や彫刻に
塗りこめられる、刻まれる、
魂のようなものを浴びてきました。

ちなみに、国立新美術館は
吹き抜けの素晴らしさもさることながら
床、素敵。足に伝わる感覚の柔らかさと静かさ。
それとカフェ、意外とリーズナブルです。

友達何人かで寄らせてもらったので
画伯!が予約してくれた店で皆でランチ。
デンマーク料理 カフェ・ディジー
http://www.cafedaisy.com/
テラス明るくて、おいしかったす。

月並みな表現ながら「芸術の秋」堪能。

それでは皆さま、それぞれの秋をおすこやかに。

今年の目標ふりかえり(38週/50週)

秋の日は、つるべおとし。
年の後半も、かくのごとし。

=======================
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2・・・×
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○
=======================
1.ゼロ。ゼロって・・・

3.決めたことはできている。
 決めたことができてないことを人のせいにしている。
 でも今週は定時職員さんへの勉強会できたから。

4.
 他に対していらだっていても
 ワークをすれば、戻ってきて他は「私」となります。

 「それがなかったらあなたはどうなりますか」
 応援したい。それだけ残る。
 それは「私が私を」応援したいも含まれる。
 何かしたいということではなく
 こころだけそこにいるということや
 私は私でちゃんといる、ということも含めて。


5. 感謝です。


今日も皆さま、おすこやかに。

一日を生きる

今朝、久しぶりに近所の方をお見かけしました。
以前は早朝、よく歩かれていたのだけど
私も歩かなくなり、ごぶさたしていました。
ご自宅の前をゆっくりと。
ご挨拶をして気持ちが温かくなりました。

今朝は、今年頂いた年賀状を持って、
郵便局に行って御香典を出してきます。
昨日の夜、知らせをうけました。
だんなの親戚で、夏に倒れたときいたきり。

自分だけが免れるなんてない。
毎日を、一日を生ききるように。
せめて、生きている間だけでも。

今日も皆さま、おすこやかに。

応援する気持ちにかわりはない

ベースとして
応援する気持ちに変わりはないです。

自分も、他人も。

それぞれの道をそれぞれに歩けるように。

器を育てたい。
究極はそこです。

なめらかに、そこにある
土そのもののような
器でありたい。


どうか皆さま、おすこやかに。

気づかなければ引き受けられもしない

朝、電車を待つ列に、割り込みをした人。
後ろの人に一言いわれて
かなり子供じみた(というと子供に失礼だけど)キレ方をして
印象としては悪ガキの年長さん、

体格のいい人なので、一言言った側のほうが
私から見ると危険に晒されていると感じたくらい。

数回のやりとりのあと
一言言った側の人が
「もう結構です」
とその場を離れ
キレてる途中の人はひとり残されました。

残された人は、
離れた人をずっと目で追って(追いかけたら列から外れるしね)
しばらく、ブツブツいい

電車がきて、目論見通り座れたんだけど
「むかつく」と
ずっと言っているわけです。

キレるのは勝手だけど
この人は、人に対してキレることで
キレた相手に甘えているように
私には思いました。
お母さんの後追いして、ずっとみているように見えたし。

だからといって
この人の対人対応がこのパターンなら
この人はキレるほどの衝動を見つめられもせず
人を遠ざけ
むかつく修羅のなかに居続けることになるでしょう。

自分の衝動に気づかなければ
これは発露するだけでなく、抑えこんでいても同じく
理由もなく苦しみ
受け止めることもできない。


気づく。
という働きは実に重要です。
それは誰かからも、与えられない
尊いちからのように思います。


今日も皆さま、おすこやかに。

言葉になってたほうが楽なのか

言葉にするのが難しかったり
言葉にならなくて悔しかったり
言葉にしようもないと途方にくれたり

そういうこともあるなかで

言葉にしてくれる人というのは世の中にいて
それを見させてもらい、ありがたい思いがしました。

もちろん、その「言葉にしたご本人」のセンスや
対象への丁寧さのなせるわざです。

私の特質として
言葉になっていたほうがうけとりやすい
できれば文字。

ただ、これこそ
文化の制約を受けているということかもしれません。

----------

私のなかで
断片的にまわっているのは、以下のようなことです。
舌足らずですが、言葉になることをメモしておきます。

エニアグラムのタイプ6的側面が、
日本文化の集団的自我を形成していると仮説するなら、

誰も責任をとらずに戦争になだれこんだり、
終戦の傷を覆い隠して高度経済成長に献身したり、
原子の力に大いに夢をみて安全を信じ、
未曾有の災害に呆然としつつすぐにがんばろうと声をあげ、
お互いに助け合い、つながりを感じ、
悲しみを抑えてまたしても邁進、
両極性をかかえ、不安をベースに動き
たまに(匿名で)発散、
現実を「なかったかのように」「変わらないように」もとへ戻ろうとする

タイプ6を説明するのに出てくる要素はいくらでもでてきて
歴史を繰り返すなんて、あんまりじゃないか。
自分の「タイプ6性」を探求する私には、
今年起きている出来事と
そこをめぐる人々の動きを他人事とは思えなくなって、

さらに身近な問題でも
タイプ6の要素をはらんでつながっていき

整理されない感情ぐるんぐるんの状態が
ときどきやってきています。
じゃあどうする、まで、いけてないです。

ここはいったん、〆ておきます。

寄らず、依らず、立つ

様々なことを、
こうも繋げて私の課題としていくと
手に「負わずに」投げだすから
ほどほどにしておこうか
と、思いつつ。

灯を消さない。
あ、違うかも。
消してもいい、違う何かを灯す。
誰かのためではなく、
自分のためにそうしている。

何もないところに、植物の育つように
何ひとつ変わらないように見えても
何ひとつ変わらないことには組しない。

全て、まずは、自分から。

おやすみなさい、よい夢を。

「選ぶ」のではなく「決める」

選んでいる、と思うと
少し優位にたてるような気がする。
少し、今、不健全なのかな。

でも「選んでいる」、と表現すると
選んだ対象それぞれを尊重できてないように
今の私は思ってしまう。

選んだ、選ばれた。
そこに不遜さや、依存を、感じ取ります。

対象に優先順位をつける。
意思決定の王道?
でも私は今それを不遜に感じます。

決める。
「決まる」んじゃなくて。

それに決める、ただそれだけです。

自分自身に、決めたこと自体に、その対象に
誠意をつくしたいです。

塊を小さくして決めて、そこからまた決める。
愛を感じつつ。

今年の目標ふりかえり(37週/50週)

自由と軽やかさと、無力さの並列。

=======================
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2・・・○
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…×
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○
=======================
1.よしっ!(笑)

3.決めたことはできている。
もっと決めておく必要のあるところへ踏み込みきれてない。

4.
問いかける。
「それがなかったらあなたはどうなりますか」
この質問で、楽になったり、
軽やかさを感じることはこれまであった。
今日、寂寥のような無力さを感じ、
軽やかさとイーブンになりました。
welcome.

5.
試金石。
私のために、すべてをwelcome。


今日も皆さま、おすこやかに。

« 2011年9月 | トップページ | 2011年11月 »