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木のいのち

通勤路の見通しがふと良くなりました。
木が、切られていました。

枝ぶりのまるい、整った木だったのに。
どうも手応えのない、見通しになりました。

木の切り跡に、やや乱暴さを感じ、
それも、ややいたたまれず。
切り株にはまだ、いのち宿り
いつか、物に変わるとしても。

木は、根を張ってしっかり立つイメージを比喩されることが多いですが
そういえば、
いのちあるものが、物となり
そこに存在し続ける
という側面がありますね。

生き続けなくても
途絶えても
存在し続けるというのは、ありかもね。

今日も皆さま、おすこやかに。

目の前に集中

集中しよう!とすると
眉間のシワを深めます。

集中している。というときは
全身静かで均等な感覚です。

今日、私に、あなたに
集中の訪れしときは
それをお祝いしましょう。

それぞれの拠点の営みを
まずは自分こそ目の前のことに集中することで
結果、応援になってたらいいと思います。

ま、空の高さや、空気の清々しさには
かなわないけどね。

ことばを生むキワで揺れる人も
考え抜いたことを納得した人も
喜びにこころ満たされる人も
あるいはこの高い空の下にあって
ひとり歩く人も

どうか皆さまおすこやかに。

最近の早寝

子は最近とても早寝。
10時前には寝てしまいます。
そんなこと、以前はあまりなかったのに。
私もつられて寝てしまいます。

秋の夜長に
葡萄をつまみながら
本など読んで
眠くなる至福。


おやすみなさい、よい夢を。

小さな決定を続ける

あれもこれもはいっぺんにできない。
資源は有限。
ひとつ、きめなくてはならない。
大事なものはいくつもある。

例えば
私には、仕事も家庭も学びも、みな大切。

最近気づいたことは
選ぶ対象の塊を大きくすると
選ぶ、決めるのにパワーを使いすぎる
ということです。

仕事、家庭、学び。
塊が大きい。

毎日のこれ、あれ。
今は、ご飯よりもレポート一枚、
今は、仕事のこの書類よりも大切な友人とのアポイント。
今は、上司のメール返信より同僚の相談。
…いや、もっと小さくてもいいかも。
上記の逆も、もちろんあり。
そのときの、「今」だから。

大きな塊の前で身動きを取れなくするより
もしかしたら「選ぼう」とさえせず
目の前の「それ」にとりかかることを「決める」。

その回数を増やせば、動ける。
前言撤回も朝令暮改も
決める連続と思えば
必要以上に大きく、重くとらえずに進めそうです。

今日も皆さま、おすこやかに。

荒野のそれぞれの道

C+F研究所の「エニアグラム月例ワークショップ」に参加しました。

今回までの3回は、
各タイプの本人がその世界観を語るのをきき、
実際行動を垣間見える機会でした。
本では受け取りきれない、タイプのリアルな波動を受け取れます。

タイプを説明するだけでは説明しきれない動機や深層は、
語ってもらうか、
その様子を見た自分自身の反応で深く知ります。

今回、思考センターのプレゼンを通し
荒れ野に一人立つ様子を、私は想像しました。

あるものは当然あるいは必然のように
あるものは楽しみながら

あるものは、
なんだろう?
自由に、かな。

荒れ野のそれぞれに道があり、
それぞれの真摯さで、
そこにいる、歩むということで、同じです。

今日も皆さま、おすこやかに。

つながるあらゆる様々なこと

決して一緒くたにしているわけではないのですが
全部つながって一気に来たとき
混乱は別に、悪いことじゃない。

思いがけず、困惑して、
コントロール不全になると
感極まる。胸が詰まる。

まだそんなことしてるのかって
自分では思うけど

現実の他者を視野にいれて
落ち着いて行動したいです。

おやすみなさい、よい夢を。

起きているのは自分の反応。

今年の目標のふりかえり(36/50週)

日常の出来事で行動に活かせる、それは自分次第。

------------------------

この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2・・・×
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…×
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○

------------------------
1.ああ、マンネリだ。
今週は特にだんなの休日の多さに甘えました。

2.今週は毎日何か気づくことのあり。

3.これは今週先延ばし傾向があったので。
何かをシンプルにはしてない。

4.今日はC+F研究所の
バイロンケイティワーク1日ワークショップに参加
http://www.transpersonal.co.jp/p/s/byron-katie-work/oneday/
自分の、他人の、一生懸命ゆえの苦しみから、
軽やかに浮遊する。
あるいは、感じきって、静まって、そこにある。

5.誰のためでもなく、私のために。

みなさま、どうかおすこやかに。

熱の伝わる

マーチングバンド・バトントワリング の大会を
午前中だけ、見ることができました。

幼稚園生から大人まで
それぞれチームをつくって演じます。

団体競技は「揃える」「合わせる」だけでなく、
個人が力いっぱい己を発揮することで
チーム色を際立たせます。

このことは、年齢関係ない、と知りました。
幼稚園生でも「自分で動く」ことができていると
音も熱も、伝わり方が違います。

初めて見ましたが、胸があつくなりました。

空間は大事

昨日、
浦和駅構内で3時間半、
電車を待って過ごしました。

駅構内に入れていて
その後、入場制限がかかったためか
駅は、「いつもより人がいる」位の混みでした。

何より
天井の高さには助けられました。
ふだん意識していませんでしたが
ある程度長い時間を過ごすには
空間、大切に思います。

週末にかけて
おつかれの出ませんように。
どうぞ、おすこやかに。

短期でみる、長期でみる

この台風のなか、お遍路に出ておられる方。
ご縁あって、動向を知らせて下さっています。

台風の情報をテレビ等で見ていると
どうしておられるかと思うのだけれど
ご本人は、楽しんで道を進んでおられると
発信されてます。

数日前から雨はあるものの、
ずっと、ではない、らしい。
さすがに昨日はどしゃぶりだったが
縁あった人との道行きを楽しみ、先に進んでおられる。

そのことから考えたこと。

台風による豪雨を
「ずっと、どしゃぶり」
と捉えるか
「強く降るときも、弱まるときもある」
と捉えるか。

あるいは
「降られた」か
「降っている」か、でも
違ってきますね。

短期でみると、変動を捉えられ
長期でみると、展望がひらけます。

かの、徳島からは
台風一過の素晴らしい青空の写真が届きました。
嬉しくなりました。

台風は通り過ぎる。
雨はいつか止みます。

私も、今、
駅構内で台風をしのげています。
しっかりした靴で足元を確かにして出勤したので
快適です。

短期にみる、長期にみる。
大切にしたいです。

どうか皆さま、おすこやかに。

outputの機会は毎日ある

台風の近づく、急に秋めく関東です。

学びの知恵を生かす、
を今年目標に掲げました。

そもそも私はinput過多だと、自分のことを思っていて
少しは学んだことを外に出そう、行動に起こそう、やりたいことに向かって具体化しよう
って思って

頭の中で準備して
機会を狙っていました。

主観的には「狙って」ですが、
「待って」たのね。

でも、
outputの機会は、実は毎日。

会話を、自分と相手の、事柄と気持ちに焦点をあててきいて、進めるとか
会議を、本質は何だろう、どんな知恵を生むとよいだろう、と考え、自分を主語にして意見を言うとか
チームで何を生み出そうとか
反応から一呼吸おいてみるとか

その瞬間は
やりようによってはいつでも創造的です。
そこへ自分の持てるものの出力を惜しまない、
今、目の前はいつでも
自分の大切にしたい、outputの機会です。

遠くの将来も大事
逃げるわけじゃなく。

そういうことを、ふと思います。

各々の道を、足元を確かに。
どうか皆さま、今日もおすこやかに。

導きは自分のなかにある

私の場合、だけど
意識も、できるときはするし
無意識でも、ああそうなのかとあとで気づきますが

道であれ行動であれ考えであれ、
「誰かなら、どうするだろう?」
は浮かびます。

押し込めようと従おうと
それは出てきます。
「誰それなら、こういうだろうか
→いうかもしれない
→いうにちがいない
→いった(いわれた)」
まで行きそうになります。

導く何かを、それはもう、渇望します。

で、そうなるからこそ気づきます。
導く何か、に思えるものはは
内なる自分の声であり
すでに自分の中にあります。

渇望を認めることで落ち着きます。
導きは自分の中にあります。

残暑のなか、空は秋の気配。
今日も皆さま、おすこやかに。

今年の目標ふりかえり(35週/50週)

日常の出来事は学びのもと。成長の糧。

------------------------

この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2・・・×
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○

------------------------
1.あ!まずい!0です。

2.ずっと言ってる「質はともかく」

3.来週の仕込みはできた、というレベルで。

4.フルコースじっくり。

 自分を「いい子」(嘘つき)にしてないか。
 気をつけながらやりました。
 「本当」か「嘘」か、わからないということ。
 ある瞬間は「本当」のことを言っている。
 「嘘つき」だと思えば、思った自分が苦しい。
 「本当」か「嘘」かは、どちらでもいい。
 真実は一瞬のうちにある。

5.私にとっての試金石。
 育ち、育てられる、仲間との学びの場です。

みなさま、よい週末を。
週明けもどうか、おすこやかに。

リアル

薄皮一枚だけ現実を遠ざけて
リアルに感じるリスクを避けている。

感情と離れずにいてみる。
誰かのために、とか言い聞かせて
ごまかすのは、なし。
可能性を思うなら、リアルを感じた後。

私はどうしたい。
私はどう感じる。
今はそのことだけ。
すべての壁を自分の周りに立てて打ち返す。

自然の近くで、それぞれの日常で

今年は何かにつけ記憶に残すことの多く
中でも自然に関連することはより多く思います。

強い太陽や膨らむ海に感じた生命力と同じく
豪雨や台風の猛々しさを思います。
間近にしていない者からは
遠くで想像するのみですが
関わる皆さんの無事を願うばかりです。

今回の遍路でお会いしたお一人からは
連日のどしゃ降りや交通の遮断で
一時撤収するとの報。

道行きは様々で、各々、決める連続。

次の機会を願い、
お互いの「日常」という大切な道行きの
無事を願います。

どこにいても、それぞれの平穏を。

どうか皆さま、おすこやかに。

つなぐものとして

過去と今。
部署と部署。
他社と自社。
上司と部下。
機能と機能。
今と未来。

つなぐには、自分の意志、
というか、
自分がちゃんとそこにいて
手を伸ばして立ってないとね。

そういうしなやかさを持ちたいです。

おやすみなさい。また明日。

帰ってまいりました

朝、埼玉に帰ってまいりました。

荷物解いて、洗濯して
おまいり道具は陰干しして
シャワー浴びて、
通勤です。

一日に1.5リットル位水飲んで汗かいたおかげで
上半身のむくみがとれた気がします。

それにしても、
暑いわー、埼玉。
御杖と傘と白衣のない歩きは、ヘロヘロです(笑)

不思議なのは
10分もしないうちに電車がきて
いたるところに自販機がありコンビニがあり
町におばあちゃんが少なくて
ワイシャツにズボン、こんなに多いのかぁ
ということ。
しばらくは、見るものすべて不思議体験です。

畑の向こうに、幻のように、あの青い海と空を見ます。
あれだけ見てきた、膨らむ海は、
文字通り、瞼に浮かびます。

おかげさまで元気です。
今日も皆さま、お健やかに。

24番札所最御崎寺〜25 、26番札所〜室戸市羽根町まで

朝。
宿坊なのでお勤めがある。
団体さんに混じって参加。
ご住職はおそらく三十代か四十代前半と見受ける。
住職になる前に奥さんと歩き遍路をされたそうで、
お互いの歩幅や体調を思いやらないと、
気持ちと距離が比例する、
という実体験が印象的だった。
おかみさんのご詠歌が胸にしみた。

お寺をでて、海岸へ下りるまで、
海や港の見晴らし素晴らしく、せいせいした。

室戸岬までの道と違い、海沿いでも人里が続く。
かつては鯨で栄えた室戸漁港。

一時間強歩くと25番札所津照寺に着いた。
港のそばで楽かしらと思えば、さにあらず。
ご本堂までは急な階段。さすが。
上がりきって振り返れば、海。

そこから26番札所金剛頂寺までは、
距離は近いが、山道がある。
山に入る前に、水を買い、気合いを入れる。
先の台風の影響か、大小の枝が多く落ち、
地面が心なしかふっくらとしている。
足元を取られないよう進む。

山道を抜けると、山門前に階段はあるが、
嬉々として登る。

お寺の中はどこであっても本当に落ち着く。
身なりを整え、手水を使い、鐘をつき、
ろうそくを灯し、線香をたく。
それまでどんなに厳しい道行きでも
気持ちはきちんとしていく。

26番札所を出てから国道までのへんろ道は
里の道もあり、登りよりもいささか和らぐ印象。
しばらく里山をゆき、パッと開ける空と海。

道の駅キラメッセ室戸で、しばし休憩。
今回のお参りを終えた記念に、文旦ジュースを味わう。

さて。
ここからは歩けるだけ歩いて、来た道を逆戻りするバスに乗ればよい。
ただし、バスは二時間に一本なので、時間を見計らいながら、タイミングよく、どこかのバス停にいなくてはならない。
国道55号線に点在する人家集中地点の、どこまでいけるか。

一時間ほど歩いて、吉良川町に着く。
ふと、時間軸を疑うような光景。
古い家並みを保存する地域だそうで、
ささやかな軒先の続く、しずかな町。

それでも、通り抜けるころには相当強い日差し。
だいたい、このあたりで女性のさしている日傘はもれなく、男性用雨傘よりひとまわり大きい。
道端の朝顔がそこいらの草むら中を、ひとまわり大きな花をつけて這い回っている。
生命力が、違う感じ。

次の、羽根町に着くまでは海沿いの道
少しクラッとするも
これでまたしばらく、お遍路はない、
と思い、気持ちを立て直す。

羽根町までたどり着き、バス停を教わり、
3時30分。
バスの時間まであと30分。
終了。

白衣を脱ぎ、近くのストアで馬路村のゆずジュースと黒酢ドリンクを買って、労をねぎらう。


さて。バスとディーゼル列車で4時間弱(乗り換え待ち時間含)。
この4日間の道のりを逆戻りした。
あの道、この道、走馬灯のよう。

深夜バスを待つ間、
これまで水、水、水で暮らしてきた反動か
野菜ジュースとヨーグルト2個を今日の夕飯に。

深夜バスはこれから新宿に向かいます。

おやすみなさい、また明日。

佐喜浜町尾崎から室戸岬、24 番札所最御崎寺

朝7時20分頃出立。
旅館で手作りしているブレンド茶をいただく。
水よりも、だるくならない。
足どり軽い。
朝早いこともあるし、足が慣れてきた。
海を左手に、波の寄せるのを目にいれながら歩く。
波の音。爽快。

この道中初めて、一度に複数のお遍路さんに会う。
一番から通し打ちだという。ここは厳しいところ。
挨拶をして通り過ぎる。

程なく。
宿を先に出られた、日和佐のかの方と再開する。
途中の漁港で長居をされたのだという。
その後、一緒に歩かせていただく。
セレスト室戸という施設の無料の足湯を教えて下さり、かき氷までご馳走になる。
ありがたくいただく。

道行き、お話を伺って思う。

生きる中には、節目というか、角がある。
きっかけも、本人の意図、周囲の状況、社会の動き、ひとつとは言えない。
その瞬間気づいたかはともかく、
角を曲がった後に、その道に真摯であるか。
辛く、厳しいものでも、そこに真摯さのあることで
道がまたできていくように思う。

年齢がいかないとわからないことがあるのは
その先の角をまがってはいないからだ。
でも振り返れば、自分も角はまがってきているし、
角の曲がりや、その後の道に、自分で光をさせることが肝要と思う。
過去や志に誇りを持つこと。
先のことはまずはやってみなくてはわからないこと。
お話の中、人生の先輩に私が教わったのは、そういうことだった。


御蔵人窟(みくろどう)に着く。
洞穴。
波の音は消える。
穿つ水滴。
穴の奥を、門のようなものが隠す。
空気の質の違うそこは胎内のようでもあり
命の果てのようにも感じた。

12時過ぎ。
最御崎寺に登る手前で、先にゆく先輩とお別れする。
ご無事を祈る。
私は最御崎寺に今日の宿を取った。
自宅で、その先へ行くかどうか随分迷った。
行けた気もするし、これでよかったとも思う。

室戸岬の月見が浜で波を見ながら
岩場にしばし腰掛ける。
目の前の海はうねっている。
少し先の岩で波が砕ける。
波はこない。
たいていの場合
私はこういうところに居るように思った。

うねる海を見ながら
志、というようなことを
漠然と思った。
正直、ぼうっと海を見ていた。
そこから、平穏、ということを思った。

動的な平穏。

一時間位、浜やら、銅像やら見て歩く、も、
さすがに荷物も重いので、お寺までの山道をゆく。

焼山寺、鶴林寺、太龍寺、
へんろ道にきつい山道はいくらもそれまでにあるのだけど、
区切り打ちのキツいところは、それらをすっかり体は忘れること。
今年の道行き、初の難所。息がきれる。
どことも、何とも、比較できない。
目の前の登りを一歩ずつ行くのみ。
目の前だけ。

と、お寺の門が見える。
本当に、つくづく、
へんろ道は、よくできている。

お参り、フルコース。
経を読む贅沢。


早々に宿に入り、洗濯を済ませ、
室戸岬灯台へ散歩する。
あれほどダイナミックな波は
この高台からは静かな海だ。
空の色と溶ける。

動的な平穏。

定年60歳っておかしいわ

そして夕飯。
日和佐で一度お別れしたものの、20㎞私が鉄道使ったぶんを2日で追いついた方も
私と近いところから昼に歩き始めて5時間で着いた方も
ともに70歳。

お食事ご一緒する私は、足が痛くてエアサロンパスに浸っているのに!

パワーと未来をいただきました。
定年60歳ってありえないと思いました。


明日は早起きです。

海、二景

海、二景
海、二景
海と空の色。
音もお届けできれば。

東洋町生見海岸から室戸市佐喜浜町尾崎まで

朝8時。
朝早くからサーファーの人たちは海に出てて
私は支度をしていそいそと出立。

国道55号線を行き、ほどなく東洋大師明徳寺へ。
住職は朝のお勤め中で後ろ姿。
よく見ると必要なことは全部書いてある。
私も真言を唱え経を読む。
そうだった。これこれ。
背中がしゃんとする。
美味しいお茶も頂き
後ろ姿の住職にそっとお礼をいう。

野根。
小さな集落で、ここをでるとしばらく「何もない」と、先達(お遍路の先輩)たちから聞いている。
小さな店で、おばあちゃんに混ざってパンと大福と水とお茶を購入。

休憩所で先客のおじさんは、野根に鮎釣りに来た帰りだという。
確かに、さっき渡った野根川は深い風情があった。
励ましを受け、お別れ。

海。
マリンブルーの高い波の
大きく膨らみ、岩に割れる様子。
ずっと、ずっと、続く。
ただ、歩く。

たまに休む。
ふと、振りかえり、来た道の長さ
海の、別の美しさに気づく。

12時
屋根のある、お遍路のよく使う休憩処がやっとある。
パンでもゆっくり食べようとすると
子猫がいた。
ダンボール箱がある。
捨てられたか。

しばらく直視できず、離れて座る。
パンは食べる気にならない。
ありったけの声で鳴かれる。

三匹いる。
猫の目の前の地面に水をこぼす。
これでなんとか舐めてでもくれないか。
でも猫は水をふみまたいで
よろよろこっちへ近寄ってくる。
人の目を見て鳴く。
だめだ、居たらあてにされる。

おおよそお遍路ぐらいしか、足を止めない場所だ。
こんなところに捨てるなよ。
何もできないでその場を去る。
東洋町淀ヶ磯の休憩処。

ひたすら歩く。

野根から約11㎞。入木(いるぎ)。
自販機があった。
遠くからでもよく見える、赤い。
水は持っているけど、冷たいのがほしくて買う。
110円で冷たい水を手に入れる。
なんという、人間の権力だろう。

歩く。
休んでいたら、自転車の若い人に声を掛けられる。
女性の一人遍路を初めてみるという。
聞けば、自転車で日本一周の途中で、2ヶ月半経ったという。あれ、聞き間違い?二週間半?
いずれにしてもすごいこと。

2時前。
佐喜浜港の近く、店や郵便局がある。
郵便局でふれあいセンターの人に声を掛けられ、お茶をごちそうになり、しばらく休む。
話は、佐喜浜や、室戸岬や、ここいらの海、海洋深層水がちょうどあがってくるところで、桂浜あたりとは海の色が違う、など。
海の色も、一期一会。

そこからまたさらに一時間足らず。
3時半前に、宿着。
オーシャンビュー!の民宿。
浴衣、うれしい。

で。
どうも、日和佐で別れた方が
この宿で追いついた、と思われる。
夕食にならないとわからない。
もうすぐ。

海岸

海岸

鯖大師から東洋町生見海岸まで

朝7時過ぎ。
高速バスを徳島県阿南で降りて、JRに乗りました。
高速バス乗る時に声をかけて下さった通し打ち三回目の方とご一緒しました。

ご縁があって初めてお会いする方から、バイタリティというか、生命力を分けて頂くのは、お遍路の醍醐味だと思います。

その方は日和佐で降りて、23番札所へ。そこから通し打ち開始です。
私も本当は23番から歩くのが筋だけど
今回の計画は、鯖瀬までの20km位、JRを使うことにしました。
日和佐でご無事を祈っておわかれです。

23番から24番は距離が長いから、
どう歩き、どう泊まるかは色々です。

9時過ぎ。
鯖瀬は無人駅。
ぽん、と一人。
今回のお遍路は始まりました。

海岸ぞいで海の見える道と、
微妙なアップダウンのある道。
単調で日陰のない、いいお天気です。

暑いのだけど
暑い!と口にしてもしっくりこない。
歩くのに必要なことだけ、浮かんできます。
気が散るとその場にいなくなる。
お杖をついたときの音とリズムで、
その場に戻ってきます。


小さな浜と入江の繰り返し、
太平洋に続く水平線
澄んだ水。
時々、石巻の様子が重なりました。

途中、お遍路さんお休み処で飲んだ
ビン牛乳の美味しかったこと!

…しかし、昼過ぎ。
歩いてて、ふと
(何だかわからないけど)これはまずい!
とカラダから思い
コンビニを探し、ペットボトルの水を買い
水を飲みながら歩くようにしました。
水を飲むと、快楽。必要。
必要と快楽がいったりきたりしました。

気を抜くとかえってしんどいから
一本芯を入れて、余計な力は抜くように。
歩いて歩いて。

海岸線の開けた場所には
サーファーがたくさん。
特に、今日のお宿、
東洋町生見海岸は
身長ほどの波の寄せる
サーフィンするひとにはタマラン海岸でしょう。

3時過ぎに宿着。
風呂も洗濯も終えて

海岸でぼうっっとサーフィン見てると
私は何しにきたんだっけ?
と思います。

今年の目標ふりかえり(34週/50週)

あらためてちゃんとかみしめる。
「学びの知恵を行動に活かせた」ですよ。
outputできた喜びを自分で感じられるかですよ。

------------------------

この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2・・・×
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○

------------------------

1.は1回でした。今週ちょっと仕事がんばった。

3.月曜日の夕方にパニックしてから
 その後、アタマにあることを全部付箋に書いて
 自分のいない来週、滞らないために必要なものから
 順番にできたこと、
 これを「シンプルにした」と言っておこう(微妙に違うか)

4.バイロンケイティワークはこちら。
   http://www.thework.com/nihongo/
  ワークの実践ができるセミナーはこちら
   http://www.transpersonal.co.jp/p/byron-katie-work/

 私のせいにする  っていうでしょう?
 「せいにする」という言葉に
 すでに「反応」というか「評価」、入ってるですよ!
 これ、発見でした。
 「私のせいにした」・・・この考えがなかったら?
 そもそも「せいにする」ということを考える能力がなかったら
 って想像して味わったら、とても楽になりました。

 誰かのせいにする誰かを許せない。
 私のせいにする誰かを許せない。
 私のせいにする、私を、私が許せない。
 「せいにする」に巻き込まれなければ
 事実をみて、改善ポイントにできる。誰がやってもよい。

というわけで、皆さま、来週もおすこやかに。

GCDFのこと

近日、過去のブログを見てくださった方からコメントを頂いた。

GCDFキャリアカウンセラー育成コースに通っていたころの講義メモで
復習のためにノートを文字起こししただけで
ごめんなさい、だらだら書きです。
それでも「GCDF」で検索して見て下さる方もいて
ありがたいことです。
ささやかでもお役にたてれば幸いです。


キャリアカウンセラーのようなことを
日常何もしていないながら

働く
節目を迎える、越える
観点を深く、増やす
聴く

GCDFの学びは要所にいきています。
で、5つの原則はシンプルだけど大切にしています。

傷つけない
助ける
自立
公平
真剣に向き合う

ヘルピングがうまくいかなくて
試験前に覚えられなくて
それでも
仲間と生き方や価値観をわけあえた充実感は宝物です。

学習中の、試験前の皆さん、
応援しています。

空がみるみる高くなって

そのうち、キンモクセイとか
かおりだすわけですよ
(まだだけどね)
本当に夏は退き際がいいというか。

秋めくと、仕事の繁忙期です。
春の兆しの頃まで続きます。
まぁ、でもそんなに。
あ、でもわかんないけど。

初めて携わった5年前は先輩に丸投げして
次の年は逡巡して
次の年は抱え込んで
去年は助けてもらったような。

今年は
ペース、なるべく、いつも通り。
を心がけたいです。

季節も感じられて
目の前のことに落ち着いて集中できるくらいの。

それでは皆さま、今日もおすこやかに。

ひとつずつ

おもいついたことを付箋紙に書き出し
仕分けて
ひとつずつ終わらせていきました。
2日で、約半分。
よしよし。

朝晩の秋風はさみしい。

おやすみなさい、よい夢を。

「豊穣の海よ蘇れ」に見る協同組合の光

NHK総合 9月6日(火)22時
 
明日へ!再起への記録
「豊穣の海よ蘇れ」
~宮古 重茂(おもえ)漁協の挑戦~

を見ました。

震災で家も船も流された、小さな村の漁師さんたち。
残された船を共同で使って、わかめの水揚げを公平に分け合う。
「協同」の道を、漁協の組合長は提案します。

これまで一艘一国の主、個人で競い合ってきた
漁師さんの働き方を大きく変えるものです。
「海に出たい」「働きたい」
漁師の皆さんは賛成します。

始めてみれば、協同化はきれいごとばかりではない。
個人の努力が取れ高という「見返り」となっていたから
努力しない(できない)人の分もかぶる
そのことに納得がいかない、という声もでる。
分配のしかたにもまだ課題はありそうです。

それでも資金をためて、船を少しずつ増やす。
助け合って進む。それが協同組合だから。
リーダーシップをとる組合長には
終始、穏やかで確かな目の光を感じます。
漁師さんたちも自分たちの働きかたを
模索しながら変えていきます。

「元通りに個人で操業する『復旧』のために補助をするが、
協同化という新しいスタイルは『復興』だから補助は出さない」
と国のお役人が伝えにきます。
組合長はその穏やかな目のまま、まっすぐに憤ります。
「1年間、無収入でいろというのか。」

「いつまでも被災者ではない、復興者だ」
そのことばに尊厳を感じました。

限られた資源で、資金や働く力を合わせる。
働き方を変えるのは、生き方を変えること。
その厳しさのまんなかに
未曾有の体験を乗り越えた漁師さんたちがいる。
協同組合というスキームの可能性と光を感じ
胸をうたれました。

この大きな節目の年があけると
来年2012年は「国際協同組合年」です

おやすみなさい、よい夢を。

連続、想定外でパニック

今日の4時以降に
・4つの想定外
・2つの要確認
が発生、すっかりパニック。

こうなると
自分の責任範囲を限定したくなるし
わかった、もういい、と言いたくなるし
「交渉」とか「まず聞く」の前に
調べたくなるし
文句も出るし(それも独り言で)

この想定外や要確認は
基準の矛盾や曖昧さから来ている。
なぜ矛盾?なぜ曖昧?

引き起こしてるのは
自分でもあるし状況のせいでもあるし

じゃ、この状況の原因は?
→私の準備が足りない、詰めが甘いから。
やることやってないから。

わーん(泣)


…こんなときは一回撤収です。
ご飯を食べて、寝て、朝を迎え、
で、現実確認です。
やるべきこと、
やれてること、まだやってないこと、
ちゃんと仕分けです。

帰宅!

今年の目標のふりかえり(33/50週)

先週お休みしました。2週間ぶり。

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この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2・・・○
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…×
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○


1.は2回。2.もできたし。

3.は先週はいくつかやってきたことの節目を終えたものの
 準備というか仕込みの不足があってその場しのぎ。

4.自分が誰か他人に「べきではない」って考えるときは
私の場合、義憤にかられていることがあり
そうすると上から目線になってる。

5.については
何らか準備したり取り組んだら○にすることにしました。

自分を忙しくしてしまう前に深呼吸1回。
ま、ただ、高速回転して仮説をやりとりするのは
かなりエキサイティングなんですけどね。

秋にむけて、皆さま、実りの日々を。

今年もいくもんね

台風、まだまだゆっくり、歩くがごとくですね。

今年も四国(ほぼ)歩き遍路にいく計画をたてました。
「ほぼ」とつけるのは
歩き以外の手段をとることもあるからで。

連続で1週する「通し打ち」の人は
現地で歩きながら様子をみて宿を決めるけど
私は毎回少しずつの「区切り打ち」。
地図を見て道の状態なども確認しながら
事前に交通手段と宿泊場所を確保します。

(あ、「区切り打ち」の人も、歩きながらペースはかって
宿とる人、もちろんいます)

今回は、「行き帰りとも高速バス」に挑戦。
あとは、荷物をさらに絞り込むよう準備します。

私の願かけは「健康」。
今年も、様々な健康を祈って歩きます。

楽しみっ

※実際行くのはもう少し先です。

現物持ち込む役割

会議の時に私のやってることは
その場に現物を持ち込むこと。

ほかにも、空中戦にならないように気をつけるポイントはあるけど
よかったなぁ、と思うときは
だいたい、話題にあがりそうな現物を持ち込んで
参加者に見せている。

全員分配れなければ
大きく印刷するか
ホワイトボードに略図を書いておく。

どこで会議してても
現物を素早く持ち込むか
人に見せられるか考える。
そのために、
仕事のファイルは個人のパソコンのディスクに置かない。
皆で使うサーバーか、クラウドに置く。

今週は、それだけで
場を持たせた気がする。

あなたの工夫はどんなところに?

今日も皆さま、おすこやかに。

責任をとることと責任感があること

この両者の違いは大きいです。

前者は実際に為すことで、ことによっては為しきれないこともある。
責任とれないと尻込みすることもある。
責任をとる、といった場合は
その人の表面的姿勢とは関係なく、
行動の結実や成就を伴っています。

後者は姿勢や傾向、ただし「雰囲気だけ」のこともある。
責任とれる力があるかとか、
実際とるかどうかは別なのだよね。
あくまで「誰かのせい、状況のせい」にしなければならないという「責任感を持つ」ことだって可能です。

責任をとる、とか、持つとは
目の前のことをやりきるとか
成就のために他人の手を借りられる、信頼できるとか
そういうことに思います。

私は責任感とか
「こうやればいいんですよね」とかで
できます感を前面に出してしまうときがあって
できないとか、詰めきれてないとかで
何度、責任をとらなかったことか。

自分の仕事を誰でもできるようにしたり
判断の基準や根拠をオープンにクリアにする
それは私にできる「責任をとる」仕事です。

さて。
そのように
朝から自分に言い聞かせて、だな。

今日も皆さま、おすこやかに。

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