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繁忙期直前

仕事で
1年を半分にわけて、準備期と繁忙期があり
そろそろ準備期が終わる。
もうすぐ繁忙期になる。
準備期のしあげと、繁忙期の気構えをしておきたい
・・・のだが。

繁忙期にむけての仕込み、足らないなぁ。
準備期の仕上げ、手ぬるいなぁ。
それとちょっと気が抜けています。
先延ばし気味になるし、イカンイカン。

私一人のプロセスを少なくして
なるべくたくさんの人の手を入れて
シンプルにして整備する。

さっ!エネルギーを流すことにしましょう。

まずはちゃんと睡眠から。

郷土とはどこだろう

あと5年もしないうちに
結婚してから住んだ所に
一番長くいることになるのだけど

どこからきましたか
って訊かれて
埼玉県です
って言うのには一瞬の間があります。

生まれと生活圏が東京で
いまだに、地元や浦和や大宮より
東京23区の南西部のほうが詳しいし
近い感じがします。

とはいえ、近しいそこは
「知る」対象で
どこに何がある、こんなものが増えた減った。
根づくとか、愛するとか
そういう対象ではないような。

郷土、という単語を自分で使ってから
ふと考えます。
私の郷土はどこか。
根ざすような、帰るような
場所はどこか。

そこがなくなるとか
形を変える痛みを
わかってはいないように思います。

空の高さは秋の気配。

今日も皆さま、おすこやかに。

28日(日) 人の力

28日もひきつづき、墓地の清掃。
お墓は、たくさんのパーツで作られている。
立派な墓ならなおさらそうで、
どれがどれと組まれたものかはわからない。
それでもいりくんで雑然とした石を整理し
泥やゴミを除けると
日の光が入り、乾き、整った感じがする。
できれば元通り、石が並ぶときが来ますように。

ボランティアの入るところは
いつまでに何人でどこまで仕上げよう
というのはない。
その時に居る人数で、その時にできることを
だいたい目安の時間までやる。
そういう意味では、約束や計画からは
離れているものだ。

まだ、いくらでも人の手は必要に思う。
石巻市街地はまだ仙台にも近いが
もっと他にも、行きづらく、人手が必要なところは
多いように思う。

今回、
拠点に場所を提供している焼き鳥屋のご夫婦も
家を提供してくださる方も
醤油屋のだんなさんも
神社で会った人も
みな、笑顔だった。
そのような顔を、たまたま来ただけの私に見せてくださった。

消えたものは限りない。
残ったものをむなしく思うこともあるかもしれない。
それでも人の力はいつでもそこにある。
時間的にも、空間的にも、つながる人の力がそこにある。

いったん、おしまいにします。

28日(日) 大島神社

27日は夕食後早々に寝る。おそらく9時前だったと思う。
地震があった。かたかたと揺れた程度。
うっすら起きたがすぐまた寝た。

28日。
地震があった話を朝ごはんのときにしたら、
焼き鳥屋のおとうさんは言う。
「1週間前くらいににまとまって余震があったからね。
あれくらいは、揺れに入らん」

そうだった。
余震の連続していた時期が最近あって
石巻に行くことを決めた後だったので、
私は地震の起こるところへわざわざいくのか、と思った。
それはしっかりと、怖かった。
そこで暮らす人たちがいるのに。
自分の住んでいるところに
いつ地震がくるかわからないのに。
怖がる自分を発見し、しばし責め、受け入れた。

地震の大きかった地域では
その不安は、もっと大きな出来事の記憶とともに
地面の揺れるたび、かかわる人たちに起こるだろう。

集合時間まで、
旧北上川沿いを河口にむけてずっと歩く。
完全に普通にきれいになった家の間に
瓦礫を残して傾いたままの家もそのままだ。
護岸工事は道半ばで、河口に近くなるほどしっかりしていく。

住吉町。
ちいさな神社の一角。
「袖の渡」という碑のようなものがある。
鐘楼があるが、撞木はない。
この鐘はもうつくことはないのか。
しばし見ていると、草を刈っていた人から声をかけられた。
気持ち、身体の力を抜く。

「このあたりは護岸工事がしっかりしているのですね」
と話すと、
ここらへんは伊達政宗の時代、優秀な家臣が
岩手方面の米を積んで江戸に運べるように
船がすぐつけられるようにしていた。
だから、堤防をつくらなかった。川岸も目の前だった。
この堤防は、このあたりの景色を随分変えている
という。

草を刈っていたその人は
江戸時代のことを目に見えるように話す。
船着場のにぎやかさ、
「ちりとりとほうきさえあれば暮らせる」といわれた話など
(荷からこぼれた米を拾えるから)

神社の裏の階段に上がらせてもらう。
そこから見た津波の様子の連続写真が
河北新報の写真展に出ているのだそうだ。
橋に渋滞していた30台余りの車が、
津波の第2波で流されたこと。
その人は病院の3階で、
奥さんは丘のほうへ避難して数日明かしていたこと。

そして合間に、
石巻のいにしえの話が入る。
芭蕉の「奥の細道」ですこし石巻をかすめて一関へむかったこと、
志賀直哉が2歳までこの住吉町で暮らしたこと。

石巻の街に時間軸がついたような感覚を覚えた。

作業に行く途中
焼き鳥屋のおとうさんからは
江戸時代「石巻湊」として栄えたころの千石船を
縮尺で復元させて
去年まで夏はパレードをしていたのだ、ときいた。
その船は、門脇町の、あの墓地の隣の蔵にしまっていたが
跡形もないのだという。

はなやぐ古の湊。
郷土を盛り立てようとする様々な取り組み。
3.11を境に、力の結集はまったく違う形になった。

続く。

27日(土) 醤油店

撤収後、宿泊先の民家でお風呂をいただく。
ここの奥さんには、お弁当や飲み物をいただいたり
本当にお世話になっている。

夕方。
一緒に宿泊した人は、今回でボランティアは数回目。
以前清掃したお宅に、
自分の地元の野菜と果物を持っていくという。
誘ってもらい、ご一緒することにした。
旧北上川を渡った地域、女川街道を一本入ると、
商店だったところは軒並みおかしくなっている。
引っ越しの挨拶の張り紙がゆれる。

石巻市湊町。
着いたところは大きな家だが、
1階は素通しになっている。
床板をはがして汚泥をかき出す作業に
何人かで携わったという。
2階へ声をかけるとだんなさんが降りてこられ、
1階で話をきかせてもらった。

前回の作業中、たくさん話をされたらしく、
あれやこれや、昔の思い出話。
見ただけでは想像のつかなかったこのお宅は、
今年で創業100年目の、お醤油屋さんであったことを
話の流れで知った。

裏の工場にあった大きな樽は全て流されたという。
だんなさんは、ずっと笑顔だ。
野菜を持参した女性は、昔使っていたという、
屋号の入った、小分けのとっくりを譲り受けた。
蔵にいっぱい入っていたというが、その蔵はない。
初対面の私もふくめ、全員お醤油をいただいた。
ラベルのない、よく見るお醤油の容器にはいったそれは
かろうじて残ったもので、見る限りあと10本余りだ。

ありがたくいただいた。
醤油は食するために作られたものだ。
この醤油を、おいしくいただく。
できれば開けたらすぐ、多くの人に食していただこうと思う。

一応の煮炊きはご自宅でできるようになったとのことだが
まだ避難所の物資は欠かせない。
コンビニや、大きなショッピングセンターにも行くとのことだが
つまりは地元にあった、馴染みの商店はない。

このあたりの地域は
住む場所と認められるか、国の買い上げになるか
決まるのが11月、
実行にうつされるのが来年春だという。
それまで、家の修繕に手をつけることができない。
この地域に住めなくなれば無駄になるからだ。

この家で冬を越さねばならない。
大勢の人の住む場所のことを、11月まで決めない。
こんなことはおかしい。
そもそも冬前に移動も含めなんとかしなければいけない。
わかっていそうなことではないか。

続く。

27日(土) 墓地清掃

27日の朝。

集合時間の8:30まで間があるため、周辺を歩く。
旧北上川の土手に出る。
河口近くで豊かな水がゆっくりと波立っている。
しばらくいくと、
土嚢と、急づくりの簡易な塀が立っている。
土手から海のほうを望む。静かなこじんまりとした街。

集合時間、軽のワンボックスに乗り込む。
街を通ると、いまだに手信号の交差点がいくつもある。
愛知県警、長野県警・・・交代で派遣されるらしい。

昨日暗くてわからなかった市街地に、
開いている店も、
建物はあるが1階は使い物になってない店もある。
川のそばを下っていくと、
5分も走らないうちに、様子ががらりと変わる。

傾く家、瓦礫や何やらが1階にそのままになっている家。
そういえばあまり人を見かけない。
そして、景色がどこまでも見渡せるところに出る。
草が生え、ところどころにひまわりが咲く。
焼けた小学校の校舎の隣、斜面にならぶ広い墓地。
門脇(かどのわき)町、西光寺墓地が、今日働くところ。

2ヶ月前は、街中の側溝や民家の泥出しをしていたそうだ。
いよいよそういうところは整ってきて、墓地である。
墓石をどけながら、瓦礫を取り除き、ゴミや泥を土嚢につめる。
どうやったらこんなに墓石がごちゃごちゃになるだろう
というくらいなぎ倒されている。

お墓に重機は入れないですもんね、
と、私がいうと
焼き鳥屋のおとうさんが教えてくれる。

小学校も、墓地も、津波で流されてきた車や家に埋もれてた。
小学校は流れてきた車のガソリンに引火して三日燃えた。
自衛隊や、重機が何台も入って、片付けて
やっとここまでになった。

不覚だった。
神聖とかそういうことではなく
何の訓練もない人たちの手で何かができるまでに
整えてくれたたくさんの手があったということ。
そしてその前に、もっととんでもないことが起きていた。

墓地に入る。
土嚢袋を手にして、スコップで見よう見まねにかき出す。
特に指導はない。周囲を眺めながらすすめる。
墓地には敷いてある砂利や、きれいな石がある。
それと混ざって、
砂、泥、ガラス、瓦、湯のみ、服、カセットテープ・・・
多いのは湯のみや食器。
それと、パルプ。近くに日本製紙石巻工場がある。

土嚢袋を何個もためておいて
数十分おきに1箇所に、バケツリレーで運んでから休憩。
他の団体も観光バスで来ている。2台はある。
ラジオ体操をしたり、拡声器で指示だしする、かなり組織的だ。
こちらは、一番多いときで様々な団体から30人程度。
声を掛け合いながら、ゆるやかな進め方だ。

手当たり次第やっているようだけど
ゴミや泥をかき出して通路をわかるようにして
ある程度、石を寄せておくだけでも
あとでプロがやりやすいらしい。
事前にもらっていたぶあついゴムつきの軍手は
来る前は妙に仰々しく見えたが、大助かりだ。

それにしても、どの家のどの墓石かは本当にわからない。
それでも、たまに墓石にガムテープで名前が書いてある。
身内の方がかろうじて貼っていかれたのだろう。
目の前のことに集中して、晴天のなか汗をかく。
そこにどうも、何も特別の感情はわかない。
淡々と進める。

お昼の休憩中に、
墓地の裏にある日和山公園につれていってもらった。
石巻の市街地には、
この公園の周辺の小高い丘になっている場所がある。

車で抜ける、どこまで見ても平原のそこは、
門脇町と南浜町という、住宅地とバス通りがあったところだ。
今は草も生えたそこは、一時期は汚泥に埋っていた。
瓦礫は、丘のふもと、つまり小学校や墓地のほうまで
寄せられていたのだ。
残る建物はどうしたらこうなるかというめちゃくちゃ。

日和山公園から見た平原の広さに初めて少し涙した。

午後3時まで作業して、今日の作業は撤収。
続く。

26日(金)

8月26日。

会議終えてそのまま大宮へ向かう。
Maxやまびこの1階席の連結の近くで揺られる。

目は閉じてても、断続的に目が覚める。
動機はなんだろう、と掠める。
自分が見たい、そこに行きたいと思うから行く。
誰のためでもない。

職場で募集のあった被災地ボランティアは
自己休日利用、交通費や昼食は負担してもらえる。
自腹でかけつける人たちとはハードルは異なる。
日程に条件の合った
労組仲介の「石巻、最低2日活動」を選択した。

夜になったばかりの仙台駅に着く。
節電でネオンは抑えられているけれど
震災のあとかたもないように見える。

ただ、石巻行きの代行バス乗り場は長蛇の列。
鉄道はいくつかの区間で復旧していない。
20分おきに出る観光バスは満席。

夜はまっくらで何も見えない。
被災の何かをそのなかでも見出そうとする。
その動機はなんだろう。
そんなに「被災を見たいのか」

20:30。
JR石巻駅から、ボランティア拠点までタクシーを使う。
駅前の商店街はいくつか明かりのもれる店があるけれど
ゆがんだシャッターがよく見ると目に入る。
「街中が水につかって、しばらくは舟で移動でした」
タクシーの運転手さんの話はにわかには信じられない。
気の利いた返事もできず、はあ、と返す。
タクシーは真っ暗な川岸を進む。
「ここから津波が大きくかぶってですね、
今でも大潮になると水がもれます」
闇のなかに大きな土嚢が現れる。それ以外、見えない。

ボランティアの拠点につく。
いくつかの団体はそれぞれの拠点を持っている。
労組から紹介のあった拠点は全労連つながりで
もともとは小さな焼き鳥屋さん。
まっくらな道から男性に声をかけられ驚く。
ボランティアリーダーの人だった。民家へ案内される。
女性の宿泊は民家の一部屋をお借りしている。

一部屋。21時前で、もう二人は休んでいる。
別ルートで、同じくらいの時間に着いた二人と挨拶、
小声で風呂の順番を決め、とにかく急いで入り
急いで明日の支度をして、
「朝ごはんは7:30」とだけきいて、寝る。
わからないことはともかく、すべては明日。

帰途

石巻の話は追々続きます。

私のみたのは
震災後もうすぐ半年になろうとする街で
確かに、車も瓦礫も船も随分片づいて、なくなってはいました。
それでも
住宅地だったとは全く信じられない、何もない原っぱに
点在する家は、近くへいくと骨組みだけで

この、なにもなさを
ここが街だったことを想像するのも含め
覚えておこうと思います。
ここに縁のある方々の、痛みを思います。

少し離れたところでは、
素通しになった一階はそのままに
二階で生活する方もいます。

もう少し離れれば、
ショッピングセンターの健在する、

このまだら模様は何だろう。

それでも具体的に
とにかく具体的に
人の手の入ることで
少しずつでも整っていくのです。
生活は否応なく続きます。
多くの人手を、まだ必要としているように思います。
続きは明日。

新幹線の中から、おやすみなさい。

石巻にて

旧北上川の河口近く。
望む太平洋。
急な坂の向こうに広がる街。

だったはずのところは
原っぱです。

草の生い茂るところ
家の土台やらの剥き出しを隠しています。
残る建物も、中身がありません。
街全部がそうなのではなく
道路ひとつ越えると様相がかわります。

墓地の清掃をしています。
津波で瓦礫に埋もれた墓地は
大きな瓦礫はすでに取り除かれ
人がスコップで砂やゴミを取り除き、土嚢袋に詰めていく作業です。
今日は他団体から観光バス2台できているため、相当賑やか。
スコップをふるい、瓦やタイルや皿や湯のみや、入れていきます。

今日だけでもいろいろあり、
ただ、明日もスコップをふるいます。

うまく、何も、言えません。
ただ、元気です。

おやすみなさい。

石巻

明日から二日間働きます。
暗くなってから着いたのでまだよくわかりません。
民家でお世話になります。
今日の宿泊は5人。

まだ何もわかりません。

また明日。おやすみなさい。

久々に引き込まれるドラマ

木曜日22時のフジテレビのドラマは、
昔から侮れません。
この枠に関わる人たちは、
矜持があるに違いないです。

俳優や脚本や演出や
とにかく関わる人たちの
本気が痛いドラマです。

他に書こうと思うこともあったけど
今日はだめです。

というわけで
次週も見るね。

おやすみなさい。

そのままうけとる

背景を想像したり、
相手のウラやココロを読もうとしても
それはムリちうものです。

伝わるものをそのままうけとる。
ことばでもなんでもです。

自分が想像するより
うけとったそのもののもつ力に
自分をゆだねるのも才のひとつ。

今日はここまでです。

おやすみなさい、また明日。

今週の、まず2冊)「ペンギン、カフェをつくる」「人の心をひらく技術」

「ペンギン、カフェをつくる」
三谷宏治 著
東洋経済新聞社

「人の心をひらく技術」
小松成美 著
メディアファクトリー

本当にたまたま同じ日にこの2冊読んで
ため息をつくほどに学んだことは
「スキルを求める気持ちはうけとめつつ
いくつになっても【私自身】を育てよう
常識や当たり前から自分を離(放)そう」
ということでした。


■「ペンギン、カフェをつくる」

三谷さんの本を読むときは
手近に、紙とペンとものさし(メジャー)です。
もっというと、本を離れても
紙とペンとメジャーを手にするようになります。

「これなら知ってる、大丈夫」という
私のアタマの怠惰を、私の手が崩します。
身近な題材から繰り出される問いに
紙にかく、実際に見てみる・・・
で、モノの見方や軸に、うなり、また見直します。

同質を守ろうとすれば種は滅びる。
常識から飛び出すべく、
今日も手を動かす。調べる。拡げる。
きっと、こうして私は、あるいは読んだアナタは、
世界の滅びから、
少しは遠ざかっている、かもしれない??

■「人の心をひらく技術」

「技術」という書名から
スキルを求めてた私に気づきました。
人の心をひらくには、
「こうやればうまくいく」技術はなく、
まずはあたりまえのマナーを守ること、
注意深い、相手と自分と関係への観察、
自分こそをひらく勇気。
数々のトップアスリート、ミュージシャン、職人の皆さんから
相手への思い込みを排し、ことばをひきだし、紡いできた
著者の極意を垣間見る1冊です。


それでは、皆さま、おすこやかに。

構造のクリアさ

私の求めてやまないものは
構造のクリアなこと。
シンプルであればそれに越したことはないけど
平明になるくらいなら
複雑でも、クリアに見せて、聞かせてくれたほうがうれしい。

誰かにクリアにみてもらいたくて
自分でもクリアに見たくて
本を読んだり、学んだり
していると思います。

先週から昨日にかけて読んだ数冊は
クリアな構造にふれたい欲求を
次々と満たしてくれたので感謝です。

話は、追々。

今日も皆さま、どうかおすこやかに。

凄みと可能性

それぞれの人たちが
何かに突き動かされて
進んでいくことの
自分では自覚していないかもしれないけど
他人のそれに触れるときには
凄みを感じます。

違うとか、同じとか
そういう表現のできない
猛々しい流れのように感じます。

想像を超える、でもそこに展開している
私なら保持できないのではとおもう
寂寥や衝動や虚無。

それでもその人に保持される怒涛の流れは
勢いとしては
私も等しく持っているはずのものです。

他人の衝動にも、自分の衝動にも
私は目を見張り、流れに驚き
時に受け止めきれず、時に怯え
でも、

たぶん、だからこそ。

伝え合う可能性を、私たち人間は持っています。
ことばでも、身体感覚でも、こころでも、です。

伝え合うことの、
たぶん、時空を超えての可能性を
今日はあらためて感じました。

人を、人であることをあきらめない可能性は
伝えあうことを、どちらかだけでもあきらめないことかもしれない。
おやすみなさい、よい夢を

今年の目標のふりかえり(31/50週)

先週はお休みしましたので2週間ぶり。

------------------------

この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2・・・○
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…△
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…△

-----------------------
1.なんと!休み明けは、動きがスムーズでした。
 週末になると滞るんだけど。

3.勉強会は仕事をシンプルにする足がかり。
 週末に「自分だけ頑張る」をしてしまったから、
 結果、イーブンで。

4.今日の気づきは、
・何もしなくても、なんとでもなる
・動けば、考えがかわる
というふたつの、相反するような、そうでもないような。

-----------------------

今日は美容院にかなり久しぶりに行きまして
髪と地肌の痛みを充分にケアしてきました。
新陳代謝と水分をいつも以上に。大事です。

それでは、みなさま、素敵な週末を。

指定席の変更

唐突に。

JRの切符買うのに
「指定席の変更」というのを
私は
「同じ列車で席を変える」
ことだと思っていました。

そんな、席は取れてたらどこでもよろし。
買っちゃった切符、列車変えたいんだけど
どうすればいい??
払い戻しは追加料金かかるって?えー?

で、調べたり、窓口の人と話しててわかった。
「同じ出発駅と到着駅で、同じ日の、違う列車に変える」
ことも
「指定席の変更」っていうくくりなのね。
時間軸、自由なのね。
知らなかったよ
スミマセンこれは常識?

知らないことは
まず自分でやってみると面白いです。
常識!と思ってたことを崩せるし。

それでは皆さま、どうか、おすこやかに。

縦と横と。

仕事で、
たぶん、同じ対象を、
私は「1」と「2」に分けてみせようとする。
「1」のなかに「A」と「B」があり、
「2」のなかに「A」と「B」があるって説明する。

でも、「A」の世界で、「A」の言葉で相手を納得させてきた人は
「A」のなかに「1」と「2」があるね、と把握するし、
そもそも「1」「2」を分けることにあまりこだわらない。

私がやりたいのは
「1」「2」を優先させるというより

縦、横、どうみてもよくて
対象がクリアに見えるようにしたい
ということなので。

「1」「2」をたくさん説明しないといけないなら
それは何か違うなぁ。

まだ、独り言ですが、
考えどころです。

おやすみなさい、また明日。

学習会 第1回

職場で
自分の職務に関する学習会を開催
3回、対象者を違えて同じテキストで行います。
その初回。

上司指名で集まってもらった対象者相手に
講義形式で1時間話しました。

話してみると、
同じこと繰り返したりしどろもどろだったり
「相手のニーズ」に沿えていない?という
不安もあったり。

目標は、
きいてくれる人が
自分の仕事と、講義の内容を、むすびつけて
いまより円滑に仕事がすすめられること
なのですが、どうかなぁ。
アンケート結果を楽しみ^^;に待ちます。

上司から、すぐ次回向けのアドバイスをもらって、
時間配分などを修正。

・・・ちなみにだんな(違う課)が出席してまして
自宅に帰宅してから、ぼそと言う。

「質問しようとおもったんだけどさ」
「すりゃいいじゃん。なぜしない。今答える。何?」
で、聞いたその質問に、うなったので
(答えられないのではなく、対策を打たねばならない)
アンケートに必ず書くよう頼み、
いやー。やはり持つべきものは
まったく別の観点でモノを見る同僚。

それでは皆さま、おすこやかに。

雑感三つ

ひとつ。
昨日の朝は必ず見ようと思っていたNHKの戦争関連の番組を見逃しました。
いくつかネットで調べものや発注をしてたり
他局の番組で笑ったりしているうちに
忘れたのです。
今朝「忘れていた」ことに気づき
持続性や一貫性のなさを責めました。
考えてるといいながら、
実際は知ろうとする行動に欠けています。


ふたつ。
私に最近、繰り返し出てくるのは
人災の原因を作り、対策を誤るなかで、
もしかしたら、さしたる動機も自覚せず、
ぬるりと組織のなかに自分を流し
まるで責任のないかのように動くありようへの
ふたつの感情です。
「憤り」と「それは自分にもあるという恐れ」です。
小さくあきらめ、小さくノーを言わない。
小さく「それは上が、組織が言ったから」。
毎日の小さな思考放棄が、私の恐れとなり
よけい思考を捨てようと動きます。
人災の根に、自分とのつながりを感じます。

みっつ。
それでも、今日は始まります。
足元を確かに。

今日も皆さま、おすこやかに。

毎年これからも何度でも夏の一日

八月十五日を忘れないようにと、
教育を受けてきました。
忘れたことはありません。

でも
何を「忘れてはいけない」のか
それは初めて教育を受けた四十年近く前から
年をおって私自身
認識の変わってきたように思います。

空襲や原爆の被害者として
占領や虐殺の加害者として
日本あるいは日本人というくくりへの
執着や反発として
経済的成長の光と影の起点として
あるいは
あの世に送る人が増え
あの世とこの世の境目のゆらぐ盆の一日として
この日をむかえてきたように思います。

争いを起こさないことの根は、
何より自分自身のこころのありかたにある。
そのことだけは四十年以上生きてきて
何とか捕まえてきました。

ただ、未曽有の何かが起きた時
私を含む集団としての何か、
あるいは
集団のひとりとしての私は
どのように、よりまっとうに生きるか
今年はあらためて考えます。

66年前に何が終わったか。
何が始まったか。
何が続いているか。
そして同じく、今年から何が?

責任をもって暮らす、生きるということを
今年、特に強く思っています。
自分を流さず、滑らさずに。
組織の光と闇、自分の光と闇。
双方を分離せず、つながりを感じ、
少しでもすこやかにあろうとすることが
あらためて、この日の誓いです。

今日も皆さま、おすこやかに。

帰宅

お暑うございます。

青森市は暑いのなんの言っても
夜は扇風機もかけずに眠れました。
そこから一路、埼玉まで。

帰り、東北道の下りのみっちりとした渋滞を見ながら
今年は特別の思いで帰省する人もたくさんいるだろうと思いました。

東北はどこも
空の奥行きのある高さが特徴に思います。
雲が三次元でちゃんと浮いている。
初めて東北を訪れた中学生の頃から、空と雲には魅せられています。
今年は特に、福島北部での空を飽かず眺めました。

埼玉に近づくと、見渡すどこまでも建物。
そして、この景色を私は故郷に思います。

帰ってくるから、また行けるのですな。

それでは皆さま
それぞれの週末を、おすこやかに。

時空超え

お墓参り。
お盆の霊園は賑やか。
氷売りの屋台も出ていました。

お墓の前に敷物をしいて
供物を食べる人たちもいます。
故人を知る人も知らない人も
思い出話などしながら。

お墓は縁をつなぐ場所のように思います。

三内丸山遺跡に足をのばし、
はるか時空を超えた
石器やら土器やら装飾品。
みていると、生きて暮らしていることの
時空を超えたつながりを感じます。

夜、義理の父の
「つい、こないだ」の話が
だんなの子供の頃、軽く40年前で
でも、今日、なんだか時空を平気で超えてて
普通に聞いておりました。

あっちもこっちも
うやむやなお盆の夜です。
おやすみなさい、よい夢を。

東北道で青森へ

家族と、青森にやってまいりました。

東北道は一部渋滞のあったものの、快適。
素晴らしい回復ぶりです。
車窓には
高さに奥行きのある空、
浮かぶ雲
繰り返し、水田。

毎年の風景を
今年はより積極的に見ました。
あたりまえではなく思えました。
どこまでも緑に続く稲の無事を祈っています。

明日から
ひとまわり広い家族たち、
空気と自然に触れてきます。

どうぞ皆さま、おすこやかに。

納期間に合わず

今日までの会議資料、昨日までに間に合わず。
土曜日にひらめいた案が形にしきれず。
でも自分の歯科治療やら睡眠やらを優先しました。
こんなことはある。
作業の優先順位の立て方を失敗した。
今日ぎりぎりまでがんばってみます。
悪いほうへ向かっていると思うと、それだけで本当になるから
気持ちの回転を立て直しです。

どうか皆さま、おすこやかに。

日程と作業をこなすようにする動機

7月末から仕事でいくつか納期が前倒し。
やっておきますね、といったことの進捗が思わしくなく
誰かに分けなきゃと思いながらも時間切れ
納得いかないまま夏休みかなぁ
と、やや弱気です。

いまやっていることの多くは
もっと自分から今の仕事を手放すために
始めた課題のはずなのに
気がつくと私が抱えていて
こなすように進めている。
私の責任にしたくない
ってどこかで思ってるのかも。

私自身でやりたいと思ったことを
振り返っておきたい。
で、こう思ったとたん
振り返らなきゃいけないくらいなら
本当は「それを」やりたくなかったんじゃない?

じゃ、
私の本当にやりたいことは何?

という
足元をすくわれて床のなくなる感覚に。

こころを保ってまずは今日のことを。
少し涼しい風の抜ける朝に。

今日も皆さま、おすこやかに。

今年の目標のふりかえり(29/50 週)

この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…●
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…△
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…○

1.0回
3.月曜日に試してみます。
4.今週は、効率や有益ををけっこう優先してるなあと気づく。
5.大切な時間。仲間に感謝。

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今週気づいたというか気づかせてもらったこと。
毎日をこなすように
大切と思ってたことも
こなそうとしてること。
どうしたのか。

また、来週。

今日の1冊「夕凪の街 桜の国」

「夕凪の街 桜の国」 こうの史代 著  
マンガです。

ここに描かれる、原爆10年後と、現在を結ぶ線は
わたしの心にもあります。

身近な人を慈しむあたたかさ、
そこから剥がされる痛み。
身内を慈しむゆえに残り続ける、差別の構造。
ばくぜんと人をあやめる、圧倒的破壊
それでも再生する後世の人たちの明るさ。

淡々と書かれるそれは、わかい人が、
なんとなく避け続けてきたことに
向かい合ったことから生まれた作品です。

どうか、機会がありましたら、お手にとってご覧ください。

今日もみなさま、おすこやかに。

二者択一にノンを

昨日見たドラマ。

主人公である、小さな子を持つ先生に
校長先生が
「優秀な先生を入れたいから
あなたか同僚どちらかに辞めてもらいたい。
あなたは自分の子供より生徒を優先できますか」
と迫り
主人公悩む、というスジです。
私はイラッとしました。

この「イラッ」は何だろう?

ひとつ。
いくら戦後の設定とはいえ、露骨なパワハラを見た不快感。

ひとつ。
これは過去ではないかも、という懸念。
ハラスメント対策が行き届けば、露骨に口にだす幹部は減る。
ただし構造は隠れ、空気のようになんとなく迫られ
ハラスメントを受ける側の自責や悩みに閉じ込められているのでは?

ひとつ。
「我が子と仕事」を天秤にかけることを、女性はせまられるが
男性はいまだ天秤にかけさせてももらえない、かもしれない。
仕事、当然でしょ。とか。

…と、ここまでが、外に目が向いた話として。
私の「イラッ」のひとつに
二者択一という問いそのものへの不快感があります。

二者択一を他人にも自分にも迫りたくなるときは
困っているときだと思います。
本当は、どちらでもあって、どちらでもない。

ある瞬間だけ見れば
私は子供の食事すら忘れて仕事に没頭することもあり
子供のことでの踏ん張りどころでは、仕事から身を離します。
その瞬間だけ切り取れば、どちらかを選んでいるかもしれないけど
トータルではどちらも大切だ、
という私はそこにいる。
もっといえば
どちらも大切に思えない…という私だってそこにいる。

判断、選択、ひとつひとつを切り離せない。
切り離して、責めたりヘコんだりするのは
困って二者択一を迫る存在の「思うツボ」です。

大切に思う気持ちを育てよう。
どちらか、でなくてよいから。
二者択一をせまる存在にはノン!を言おう。
「私はどちらも大切に思えます」でよいのだから。

そして
そのままでいる、そのときの気持ちを伝えたい、と思います。

どうか皆さま、おすこやかに。

なんとかしなくては、と思ったら遠くをみよう

仕事で。
想定よりいくつか納期の早まる課題相次ぎ
やや浮き足立った先週末から今週。

準備日程をガツガツ組み変えて予定表を上司に提出。
最近、他人の仕切りの会議出席を忘れてしまう。
予定表を提出しておくと
「○○会議の出席が入ってないようですが?」
と上司に冷静に確認してもらえるのでありがたいです。

それはそうと。
いろいろやることのあるのは
もとは当初の計画通りなので納得感もある。
そもそも、今の仕事を同僚やマネージャーともっとシェアしたいというところからスタートしている。

だから、
私が仕事を抱えてたら意味ない。
私自身の働き方を変えないと、シェアは進まない。
私がなんとかしなくては、
と焦るその瞬間に、

物理的にも精神的にも、遠くを見よう。
と、今日はこころがけたいと思います。

夏休み前って、こんなかもね。
どうか皆さま、おすこやかに。

新しいところへ、見慣れない場所へ

仕事で千葉に来ました。

見慣れないところへ電車で行くだけでも
流れる車窓は新鮮で嬉しいです。

毎日繰り返すこと、それはそれとして
目線だけでも変えると
自分を少し離して見られます。

そろそろまた、新しい場所にいきたいな。
夏休みの近い頃は、仕事の忙しさもあって
足元の浮き立つようなところもあります。

毎日、新しい。
そう思い直しながら
少し、物理的に新しい場所や環境を求めます。
びりびりくる、初めての場所。
わくわくする、新しい自分。

今日も皆さま、おすこやかに。

身体とのつきあい

親に感謝することのひとつは
比較的丈夫な身体に産んでくれたことです。
大病もせず、骨折もせず、虫歯もなく、
風邪すら数えるほどしかひかない。
肌のトラブルもない。
およそ三十歳代まではそんなでした。

今頃いろいろ出てくるのは
しょうがないと思う。
ただ、
丈夫だった過去に甘えて
身体とのつきあいかたを知らないなと思います。

節制するとか、予防するとか
軽くでも動かして鍛えておくとか、
早めのケアが不充分です。
過信もあるのかな。

昨日早く寝ようとしたら
治療した歯と歯茎が痛み出し
古い薬を飲んでしまい痛みの治まらず
保冷剤をあてて冷やしながら
ウトウトしかけたところで地震で起こされ
目の冴えること。

今朝、ひっぺがすように身を起こしながら

薬箱には新しい薬、
保冷剤ではなくて冷やし枕、
早めの睡眠
あぁ、今日ちゃんとやっておこう
と心に決めるのでした。

それにしても
先週末といい今日未明といい
震度5弱は、私のなかでは、あの03/11の体感覚。
震度をきくと胸痛いです。

皆さま、どうか、おすこやかに。

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