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話すには土壌づくりから

子は学校のことでずいぶん忙しくなり
そうはいっても学校だけなんだけど
土曜日も学校へ行くし
日曜日も行事の練習に行くことがあるし

いくつか子に相談したいことがあるんだけど
「もう!その日は学校だよぅ!」
と怒る。
何でわかんないのかなぁ!って、
わかんないよ、
土曜日のいつが授業で部活か、
教えてくんないじゃん。

と、思ってから気づくんだけど

私も家族に詳しいこと言わないで週末家を空けるし
残業で遅くなるとき電話忘れるし
昔、学生の時は、ほぼ突然行動だったし、
勤めてから結婚前に、祖母と一緒だったときも
いつ早番か遅番かを言わなくて
遅番だとギリギリまで寝てたいのに
ご飯を一緒に食べない!とケンカになってたし

おたがいさまよねぇ。

と、超不機嫌で家を出る子を見送ります。

さて、と。
私が相談したいことなので
まずは話せる土壌づくりからかなぁ。
ダイニングテーブルを整えて
ちょっと小菓子を置いて
ゆっくり話して
相手の呼吸に合わせて。
夜、やってみよう。

歯の痛みはすっかり解消しました。
今日も皆さま、おすこやかに。

歯を抜く

この2年で4本
この半年で2本目の
抜歯でございます。

歯周病。
侮るなかれ。
特に、三十歳台の皆さん。
間に合うから、大事にケアしてね。
保険外でも定期的な歯石ケアを勧めます
美容室に行ったと思えば安いものです。
抜いたら最後、人工歯は高くてよ。

数年来繰り返し腫れた右上奥歯の根っこは
抜いてみたらタイヘンなことになっており。

わー、これは。
あー、ひどい。

あんまり歯医者さんが言うから
見せてもらいました。
手鏡にうつしてもらって。
ちなみに私は、見る派です。
注射、外科的措置。
意識あるならガン見です。

麻酔かけてるから
相当奥までガリガリやっても
なんともないんだけど
それにしても、限りなく空洞でした。

歯を支える骨が5mm位あるはずなのに
歯周病で、消えてて
かわりに付いてた悪い組織を全部かき出したら

「今、鼻側の粘膜に近いところまで空いてるんですよね、
今日、強く鼻かまないでね、
穴開いて、鼻と通じちゃうから」

おーまいがー。
なるほど、上顎まで腫れるわけだね。

骨が育つまで2ヶ月位は
歯を入れられないそうで。
でも、腫れたり痛くなったりは
もうしないんですと。
はぁ、何より。

虫歯全然ない、オソロシク丈夫そうな歯なんだけど
根っこがないの。
おそるべし、歯周病。

皆さん、何度でも言うわ。
歯石ケアはマメにね。

今日は早めに寝ます。
今まだ麻酔効いてるんだけど
これ、もう確実にクルと思う。
おやすみなさい、無事を祈る。

探求は「こころの換気」

こんばんは。

今日もC+F研究所
http://www.transpersonal.co.jp/
エニアグラム月例ワークショップ
今日のテーマは「対人関係が楽になる」

慣れ親しんで、構築してきた自分のやり方は「普通」で
「普通じゃない」誰かを責めたり遠ざける。
それは「普通」の枠組みに自分を押し込めて
他人との関係、ひいては自分を痛める。

「世の中には、他の人には
こんなにいろんなやり方、あり方があるんだー!」

それを実感するだけでも確かに楽になります。
エニアグラムはかなり精緻に説明しますし、
より実感は深まります。

ただし「全然違うんだぁ」のそれを
「違うのに」実感できるのはなぜか。
それは「違う」と思っているその方法や存在と
私自身、あなた自身が、つながっているから。
そして、あなたも私も、とてもミステリアスで多様だからです。

今日は各タイプの
「求めるもの」
「求めるものを手に入れるためにとる行動スタイル」
「人生観」などを学び、
そのあとは「バイロンケイティワーク」。
http://www.thework.com/nihongo/
多様性へダイブ(dive)します。

毎週、一人でやっているワーク。
今日はテーマとして、
自分ではけっこう重そうなものを持ち込んで
勇気をもってdiveするつもりでした。
でも。

「事前の準備」「こうなるかもしれない」
現実には、全くそうはならなかったです。

想定外のことがいくつも浮かんでは、
なるほど!と腑に落ちてゆく考えを、
また、すかさず
「それは本当ですか?」と探求する15分。
どんなことも自由に、思いもつかない着地。
今日は深堀というより、限りなく自由な横展開。

わたしは「知らなかった」んだ!
そして、いつでも「知らない」んだ!

ワークは
一人でやってももちろんいいけれど
ペアワークもすごく、いい。
人がそこに介在すると、
自分の思い込み、
「見慣れた(というか固めた)窓の景色」があったとして
シブくなった窓を開けて
お互いに換気するようなものです。
(「換気」の比喩は、講師:高岡よし子さんから示唆)

探求は「こころの換気」
そして、こころの真実は、瞬間、そこに響くもの。
変化しうるものだなぁと。

皆さま、機会があったら、どうか体験してね。

おやすみなさい、素敵な夢を。

探求

C+F研究所「エニアグラム月例ワークショップ」
http://www.transpersonal.co.jp/
昨日のテーマは「親子関係」。

世界と一体、全能感のみの胎児が生まれ
自分の欲求を満たすが自分でコントロールできないもの
例えば乳を与えてくれる、下の世話をしてくれる、
その存在を
「他」として把握する、
そこで「自」が生まれる。

その「自」が「他」に関わるときの
性格形成後も残る感情的なありかたに
大きく3種類あり、
その後の人間関係のありかた、陥りやすいパターンを示す。

という話。
そこに、エニアグラムの性格構造各タイプの課題が密接にからみ、

いや、もう、何だか。
どれだけ精緻よ、エニアグラム。

とため息つく一日であったことです。

親子関係は、私にとって
繊細な課題です。
というか多くの人にとって
そうかもしれない。

昨日学んだ大きなことは
親的存在は、私の中のイメージであり、
現実の親(固有名刺を持ち、今日も生活するイチ個人)とは
違うんだったよねそういえば。
ということ。

そもそも私は、
私自身とも周囲の人とも
私の作った像なり考えを通して出会っていて
その人本人、あるいは自分と
リアルに出会ってない次元で生きてるかもよ。
ということでした。

私は最近、
親との関係が変化してきて、
今その場の親とともにいる難しさを感じることがある
距離感がわかりづらい、とりづらい
って思ってたんだけど

その「距離感」すら
架空であるし「考えの産物」かぁ
と思ったとき、

相手が誰であれ
そこに自分が感情的な揺れや抑圧を感じるその瞬間を
みっちり味わい探求しよう
とあらためて思ったのでした。

私が誰か、何かのことを、思い、語るとき
すでにそこで私の分身を語っている。

探求なしに理解しようとすれば
自我なり、「私の考え」の補強に終わります。
それだと他人をコントロールしたい波にのまれて
自分をもまきこみます。

さっ。
今日も、学びの瞬間に身を投げてきます。

雨にうたれるがまま。
今日も皆さま、おすこやかに。

週次

この1ヶ月、
仕事でも「週次」に調子づいてます。
いや、もう、当たり前な人には当たり前すぎる話だと思う。

一年を
一行一週間にして52行。
一行に5、6ミリ四方のマスを7つ並べて、
マスは1日を表す

これはちょうどA4の紙、縦方向で、
短冊状の表になるのですが、
これをいつもデスクの上に置いてます。

月次で忙しい時期があって
その週には色がぬってあります。
これつくってちゃんと自覚できたんだけど
今の私と私のチームは
一年の半分(10月から3月)が忙しく
それと並行して
月の半分の週が忙しい。

つまり、色の塗ってない週はこれからあと8週しかないのです。
8週ある!でもいいんだけど。

そうすると、
色塗ってる週の私のルーティンワークを
どれだけ人に渡すかなくすか
色塗ってる10月以降のためにどれだけ準備を仕込んでおくか
が勝負なわけだな、と。

とにかくこのスケールだけは机に置いて
今週は、今日は、今どこだ?
と目に入れて意識しておくと

突然ふってきた仕事は
受け取る前に
「誰かに渡せないか?」
と、ちったぁ考えるようになった。

それと
今週の実績
来週のゴールイメージを
金曜日に振り返って
一週一行で記録をとっておきます。


私どもの組織は3月21日が一年の始まりだから
先週は10週目だったんで
四半期でいうと10週/13週
半期でいうと10週/26週
仕込んだものは、週で点検し
焦らず、下草を刈ったり、
イメージして、栄養を足す。

で、週に3枚、
週末こうなったらいいぞ(ワクワク)を
付箋紙で手帳に貼っておくと。

そんなことです。

そんな先のことまで!って思う反面
焦りやイライラは少し減った感じがしますし
気が乗らなくても、
気のノることしてから
戻ってこられるようになりました。

以上、プチ自慢。
やってる人はやってるであろう。
面倒くさいと思う人もあろう。

おしまい。

今年の目標の振り返り(19 週/50週)

入梅の報。
ああ爽やかな5月をもっと味わっておきたかった、後悔先にたたず、と。

……………………
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…●
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…△(評価なし)
……………………
1.はダンナに負ける。
負けないためにはもっと早い出勤が必要。
しかし羽鳥さんファンの私は
どうしても朝、一瞬
「モーニングバード」を
観ずにはいられない。
ビデオに撮るほどでもなし。嗚呼。

2.これはもう習慣。質はともかく。

3.実例1つ。
自分の手から離すには、
・早めの仕込み
・ゴールイメージの明確化
・誰もやらずに済むにはどうしたらいい?と考える。

4.「私は自分を責める時
速攻で感覚的だな。」
と気がついたときに味わえた
落ち着いた感覚。
なるべく根拠を明確にして伝えあおうと心がけ、
それができないと感覚的に自分を責める。
内心、感覚的に、感覚的な他人を責める。

根拠を得たい、
直感的に「こう!」、
どちらもある。どちらもあり。

5.常に学び。

今日も皆さん、おすこやかに。

現場確認、健全な判断(難しいけど)

昨日から話題の
海水注水の中断指示した、
いや中断してませんでした
の話の
詳細な経緯は他に譲るとして、

現場確認せずに
上から指示うけて会議開いて指示出して
現場(判断して)黙ってる

なんて話、
そんなの他人事とは思えませんよ。
ドキドキしますよ。
どの立場でも、私、
あるあるある、って思うもん。

大事だ。
これは間違っちゃいけない。
そんなときほど
会議も開かれるし、関係者は増える。
そこで、自分の持ち場の事実確認できてないまま
集団で意思決定する。
少人数でキビキビ動く企業ならともかく
ちょっと階層のある組織ならよくある
というか、
外から指摘されたら恥ずかしい話として
個々人、身に覚えあるんじゃないのかなぁ?

私も昨日、現物確認しないで
つるっと会議や打合せでモノ言って
すったもんだを二度もやったもの。
あー、そうです、
追いこまれるほど
現物確認のヨワくなる性質、
なんだけどね、私自身。
そりゃ、世の中の企業や組織、
私のような者ばかりが
いるわけでないけどもさ。

ただ、それでも、今回でいえば
現場で(判断して)黙ってた、の
「判断して」は
心に刻んでおきたいです。

その判断を、
できればより健全なものになるよう
私は願って日々生きてるところがある。
難しいけど
(だからスッタモンダするけど)

健全な判断と発揮。
それは特別なことじゃない。
日常に求められること。
で、非日常な緊急時に発揮できたことを
私はすごい、と思うんだよなぁ。

今日も皆さん、おすこやかに。

自分の動機を知ること、やはりどうあれ

昨日、あらゆるところの
友人たちの様々なコメントから
改めて思うのは

自分の動機を知ることなんだ、どうあれ。

ということです。

自然と、あるいは自覚なしに
何から自分を突き動かすか。

相手のニーズ、それも
その場で出ている言葉や資料は表面で
表情や行動に
出ても、あるいはまったく出なくても
「ある」ニーズ。
それが強ければ、
隠れていればなおさら
一度なるべく自然に近いかたちで
何か形にしておくと
伝えあえてスムーズになる。

相手の、または自分のニーズを
なるべく素直に出し合えることで
ビジネスで、生活で、新しい可能性を生む。
少なくとも、閉ざさない気がします。

相手を理解する
相手のニーズをつかむ
それは確かに大事。
そこには自分のニーズもある。
あらゆるニーズを
なるべく的確に表せるようにするためには
自分の動機
何に突き動く(へんな日本語だけど)のかを
知っていることは
やはりかなり大切だと思うのです。

突き動かすのをいったん止められるか
(難しいけど)
少なくとも自覚があれば
そのことで
おたがいの素直なニーズにふれやすくなる。

ベストってもしかしたらなくて
常に変化するベターの連続なんだけど、
相手が顧客であれ、同僚であれ
関係する人たちとのあいだで進む(止まる)何かを、
より的確に調整するには
動機の理解というか自覚をもっとも必要とします。
少なくとも、私は、です。

今日も皆さま、おすこやかに。

私の正しさの証明ではなく、ベストを引き出せればね

昨日、やや意外なことが起きました。
何か足りないことはあったかと
約5ヶ月前の経緯を追って
私なりのベストは尽くしているな
とは思いました。
その時点での

「私の正しさを、資料に基づいて証明し、伝える」

という意味で。

なので、昨日も
「その時点ではこういう判断でしたよね」は言えたです。

でも
たぶん5ヶ月前に私の引き出すべきは
「昨日出された意思」だったです。
まったく想定外ではなく、
ありえた話だった。
で、相手にとっては、
必ずしも明確ではなかったけど、当たり前だった。

相手の
「こうしたいんだけど」
を引き出せなかったのは
あまりにあいまいな状況に
キメを打つんだ!って意思をもった私が、
自分の正しさの証明のほうを強めたからだな、と。

あと一歩だけ
何が相手にとってのベスト?を
落ち着いてきけて
方策に落としておけば
5ヶ月前に調整に入れて
決着してたなぁ。
まだまだ未熟やの。

ま、その時のベストだったから、
しかたない。
私の正しさを証明したい、
という
動機の強さに気づいた機会。
また切り替えていきます。

今日も皆さん、おすこやかに。

戻る、はない

何か始まった、あるいは起きあとで
戻る、ということを
私は考えにくいです。
戻りたいとも思わない。

仮に戻れたとしても
もう変化しているから。

ただ
納得のいかないかたちで
何かを奪われたなら
それがそこにあった頃に戻りたいと
本当に願うかもしれません。

それでもやはり
戻ることはできないとすれば
願う気持ちのそばにいることしかできないかもしれません。

戻る、がありうるなら
絶望的な苦しみに戻る
ということも、あり、になる。
私はたぶん、それを否定したいのです。

変化する、ということは、
戻る、とは違う
何らかの可能性です。
可能性にひらいていたいと思います。

今日も皆さん、おすこやかに。

卓越、変化、輝き

先週末に、宝塚月組公演を見て、
トップスターの方の卓越ぶりや、
チーム力の確かさに感動。

私はにわかファンですが
あんな華やかな舞台で
愛されない哀切や虚脱を
あれほど表現できるトップスターは
あまりいないのではないかと思います。

ディープなファンの方にお話を伺うと
宝塚のトップスターさんたちも
何に卓越するかは各々の個性によって異なるそう。
もって生まれた華や才能を輝かせる人も
職人的努力で極める人も。

その位置なり役割になってからも
あるいはひとつの公演のさなかでも
技を極め
お客様の期待を生で受け止めて
また変化していきます。
トップスターさんのありようで
チームとしての組全体も

また変化していくのだそうです。

伝統はそこに卓越した誰か、何かがいて
変わり続けることで保たれて
人のこころを動かすんだなぁ。
そして、
その卓越のありかたには
実にいろいろある。

そのチーム
その個人に
ある瞬間に
卓越の組み合わさる、磨かれた果ての輝き。
そのかけらのようなものを
受け取って帰る観客なのでした。

そしてそれぞれの日常にも
何か、輝きを。

今日はおしまい、また明日。

苦しみの元は内心の「位置エネルギー」

いちおう、位置エネルギーということばは
ネットなどで確認したものの
今から自分のいうことが本当にそれで比喩しきれるかどうかは
やや自信のないまま書きます。

先週に様々な場面で感じたことから
「バイロン・ケイティ・ワーク」をやっていて
http://www.thework.com/nihongo/thework.asp
http://www.transpersonal.co.jp/p/byron-katie-work/
気がついたこと。

人に対するときに
内心に「高さ」「低さ」があって
自分を上げよう(下げよう)とか
他人を上げようとするエネルギーがあること。
そのエネルギーにふれるときに
高揚、悲しみ、焦り、あきらめ、という多様な感情がある
ということでした。

私が高みに立つようなイメージを持って
誰かを引き上げようとする。
あるいは誰かよりも低いところにオノレを置いて
他人と同じ位置に立とう、上ろうとする。
無意識のうちに、内心に「高低の位置情報」をもって
上がろう下がろう、上げよう下げようと抗っている。
・・・人を下げよう? あ、あるか。やはり。

たとえば私は、先週
「自分の実現したいこと」を探求していて
「-----を支える」をいくつも書きました。
どんだけ支えたいんだ?と自分でツッコむほどに。

でも「支える」というよりは
本当は「一緒にいる」ということでよかったのです。
で、今感じているのは
「ただ一緒にいる」ということの、難しさです。

いいもわるいも、正しいも間違っているもなく
過去の経緯も評価も横において、
ただ一緒にいることに、難しさを感じます。
これはどこからくるだろう?

たまに私は、山にハイキングにいって
あえて上り、下る、連続そのものに充実感を持ちます。
でも、
内心の位置エネルギーには、それとは違って
徒労のような、消耗を感じます。
意識せずにその位置エネルギーのさなかにあるときに
夢中でよくわからない、周囲がよく見えないというのも
山のハイキングとは違います。

高さ低さの位置づけから離れて
ただ、そのままそこにとどまる感覚を
感じられるようになったら、と思います。


雨が熱をさます、自然のありがたさを感じます。

今日も皆さま、おすこやかに

今年の目標の振り返り(18 週/50週)

まぁ、今週はそれなりにアグレッシブでした。

============
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…○
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…△(評価なし)
============
1は、でもギリギリだったなぁ、2回。

3は、早めの準備と、まずは自分がワクワクすることから始めるといいね。

4は、「内心の位置エネルギーで苦しむ」ということを発見。
…ナンノコッチャだと思うので、別で書きます。

5は、継続。そして常にあたたかい学びと気づき。

今日も皆さま、おすこやかに。

私の今は、いままでとは違うと一瞬だけ感じたこと

昨日の夜。

一週間前にボール飛んできてパスを返した仕事が
想定どおり帰ってきた。
自分の軸がしっかりしておらず
他人の軸にしてしまいがちな分野。
一回目のパスは、
「キマリですから」だった。

戻ってきたので
ちょっと反省して吟味しなおし
「背景はこうで、ここまではこうしては?」
まで入れて、もう一度返した。

今回の話の関係者は
たまたまだけど付き合いがふるい。
頭の中の様々な前提というか
関係者や対象に対する私の思い(込み)も強い。
いったん返したものの
このネタにかけた時間が
気がつくと長くなり、
ミーティングもしたくなって
関係者のところにわざわざ乗り込んだ。

そこで
相手の反応や発言を間近にしながら

あ、私の今は、今までと違う。

と直観的に感じた。

今までのパターンだと、
特にこの相手にはいつも本質を突かれるような
結局私ってバカなんだな
と思って引き下がることが多かった。

でも今回は
相手と私の見ているところや範囲の違いだ、と
聞きながら理解した。
私自身の、分野についてのスタンスの未熟さも
あ、そうか、こういうことか、と
新しい価値観を得ることができた。

何をすればいいかを、
少なくともその場で得た。
「今は何もしない」も含めて。

本当に一瞬だけど
一本のニュートラルな筋を
体感したように思った。

ややこなれないまま、リリース。

皆さま、今日も、おすこやかに。

野望の実現?

たぶん書くと
エライどこにでもある話に
なりそうなんだが

職場で、
年、月、週単位の日程表を作って
来年の今頃までに実現できそうなことと
今年の後半にあわてないあり方
その両方をイメージしながら詳細化していくと

あ、このトビトビの数週間であれとこれは手伝ってもらわなくちゃ
あ、これは会議で言っといてもらおう
私一人ではできないことは明らかで
早いこと、手うっとかなきゃ、あっためとかなきゃ

と、密かにはりきってたところ

昨日タイミングよく
この半年の個人の目標面接をやって
「やるべき課題を、私以外の人にやってもらえたら」
「基準を作って、自分も人も判断しやすくしたら」
「今手持ちの仕事を、私以外の人ができるようになったら」
「仕事内容を説明する機会を設け、
説明を受けた人のアンケート高評価がn%以上なら」
私の業務成績も高評価!という評価軸を
上司に認めてもらい
上司もノッてくれたという、

ぃよしっ。

って感じで。

一年後の密かな野望は
これでチームのゴールとスケジュールになり
私の目標にもなったです。

一年後の密かな野望。
「私の」手持ちの仕事を、部の、課の「機能」にする。
私から手放す。
もちろん
私も楽しく、周囲も楽しく。
ノる(笑)

一般的にいうと
組織と個人の目標の統合
っていう
ツマンナイ話になるんだけど
ツマンナクしないもん
ってだけは、決めてみる。

今日も皆さま、おすこやかに。

静かな瞬発力

週末に、大阪と名古屋日帰りを敢行したのには、
それなりの伏線はありました。

ただ、
最後、決めたのは二つあって
先週中旬に、迷いにこんがらがったことと

連休前に「岡本太郎展」をみて
あー、見る、触れる
私の五感で何かをとらえるに
まさるものなし!
と実感したこと。
岡本太郎にしても梅棹忠夫にしても
今も作品や逸話に宿る魂に
今、触れたかった
というのもあった。

同時に(あ、3つか)
友達と突っ込んだ会話をして
魂というか心身を突き抜ける
流れを作りたかった
というのもあり、

その前日のセミナーもふくめ
タイミングよかったのですよ。
今もそう思っています。

だからこそ
過去はそれとして
次のタイミング
…次、じゃないな、
まさしく、今だっ!を逃さない
静かな瞬発力を大切にしています。

今、いる、というたしかさを感じられることを
静かな瞬発力(の、たゆまぬ連続)
と、呼ぶことにします。

今日も皆さま、おすこやかに。

あ、こういうことかぁ

昨日から始めたこと。

今週の終わりに
何がどういう状態だと
うれしいというか、ワクワクするか
3つ絞って、付箋紙に書いて貼って
それを眺めながら週の行動を割り振っていくと

先週、ちょっと気の重い、手間のかかる仕事を
同僚に振っておいたので
わりとできそうだな、と思え、
現に3つのうち1つは
昨日の午後には片付いたのでした。

うれしくなったんで
その1つの付箋紙をピンクのペンで彩ってから手帳に貼り付け

ふと隣をみると
同僚が、先週振った仕事を
着々とこなしてくれていました。
いつもならたぶん2週間後位に
半日かけてやっつけてた仕事。
あぁ、これでもう、あわてないですむ。
半日が空く。
おまけにけっこうシステマティックになってる。

「すごーい、うれしー
これで私、2週間後に
ドタバタしなーい。やったー、
それにかなり先も見えてるしー、うれしー」

と、思わず、天然手放しで喜んで
同僚も
「でしょ?」
と言ってくれて

あ!って。

「私も楽しければ、周囲も楽しい」って、
たとえば、こういうこと?

というわけで
今日も皆さま、おすこやかに。

踏み込んで伝える

国立民族学博物館
「ウメサオタダオ展」の話の続き。

開場から一時間後。
突然、マイクで会場じゅうに流れる女性の声。
アナウンス、ではなくて、
普通のおしゃべり風。

今から一時間コースで、
展示についてマイク持って話します、
会場じゅうにはきこえるのでききたいかたはどうぞ。
と、ゆるい感じで
展示物解説が始まりました。

ポスターにもチラシにも書いてない。
いったい何?この方は誰?

この解説、実に面白かったのです。
展示物のそばにある解説には全然書いてない裏話。
また、もっと深めた逸話。
「それこそ何時間でも話せますが一時間で」と
やんわりと、しかし適切な速さで展示物の背景をさくさく解説。
時にはけっこうオモシロい笑いも挿したりして。

博物館で笑えると思ってない人たち、やや反応薄いと
「…ここ、笑うとこですよ…」と、はさんだり。
いやぁ、オモシロかった。

マイク持って踏み込んでくれなかったら
ここまで面白く知ることはできなかったです。

後からきくと
解説してくださったのは
ウメサオタダオ展実行委員長の
小長谷有紀さん。
これ、日曜日だったからかなぁ。
たまたま来て、そんならやりましょかぁ位の自然さでした。

ゆかりのある方が、
ご自分の知るところを
初めて触れるひとにも
邪魔になるかも、をこえて
「踏み込んで伝える」
そこそこ。
ワタシに、ほしいとこ。

風さわやかで、
ただそれだけな感覚のうれしい朝。

どうぞ皆さん、おすこやかに。

「祭り」だからね

ネットで出会った心の友
のと家ひねもす女史と
4日前にお約束。

ウメサオタダオ展の興奮覚めやらぬまま
新幹線に飛び乗り途中下車、
がっつり二人でガールズトークです。

ま、ガールズといいましても。
お互い、ヒトの親であり
ビジネスの場に長く身を置く者でもあり
同じくキャリアカウンセリングの学びを背景に持つ者であり。
話すネタは尽きません。

二人は基調とする価値観に
共通点や深い共感のある一方
得意なことや、とる手段、
周囲との関係をどう持つか、など
まったく違う面もあります。
今日はそこのところをじっくりと。

例えば
彼女は、得意なことは優先順位高めてやるけど
苦手なことは自然に人にバックアップしてもらえる
それは彼女のいう「強み」です。

彼女は、自分の持つ
「こうあったらいい、
これが実現できたらイイ感じ」を
ブラさない、かつ
人に伝えることを惜しまない。
実現のための細かい手順は他人のほうがデキるから
イメージを感覚的にでも伝え続け、やってもらう。
結果として周囲は育つ。
これは戦略や作戦ではない。
がんばってやることではなく
自然にできてしまうこと。
私が楽しければ、周りも楽しい。
これが彼女の「強み」。

努力してできるようになったこと。
これは「能力」。
彼女の場合、仕事の手離れの良さや見える化は
キャリア過程での環境下から身につけたものだそう。

翻って、私の「強み」といえば、
自分の納得いくまで。
あらかじめある知識を求めて裏付けとる。
わかると楽しい。インプット楽しい。
人が知ったりわかったりするのを見るのも楽しい。
これは「強み」です。
持久力も「強み」かな。

でも
自分の実現したいことについて
もっとかたちにしたいのに
他人に答えを求めようとするとか
相手にあいまいに合わせたり
やるべき、で動いて抱え込みがちです。

もっと自分の実現したいことを
やりたいやりたいっていって
苦手なことは得意な人にやってもらっても?

「全然問題ない。
逆に一人抱え込んで不健康でいたら、
周りは楽しくないし、
ハレモノ触るみたいになるもの。」
と、彼女は言い切ります。
「私が楽しいか、楽しくないかって、その一点で
まずはモノゴトやってみる。
楽しくないと思ったら
引き受けないで誰かにやってもらう。
そしたら私を楽しくしてくれてありがとうって心から言える。
急にいままでやってなかったことをするのは
キモチワルイし大丈夫かなって思うけど
そこはひとつ、『祭り』だと思って。」

祭り?!

「楽しい!を何より優先するんだ、えーい!って勢いを
祭りだと思って。
いつもと違うことをして
祭りで多少ハメ外しても
そこをいつまでもグダグダいわれるなら
いうほうが悪い。
一人、心でハッピを着る、みたいな」

怯む私にハッピ着せて
チャンチャンッって
火打ち石で清めてくれたようなもの。
ありがとね。

というわけで
明日から祭りです。
よろしくどうぞ♪

皆さまも、どうか素敵な夜を。

そこに人がいて初めて始まるもの

そこに人がいて初めて始まるもの
そこに人がいて初めて始まるもの
大阪は万博記念公園近く
国立民族学博物館
「ウメサオタダオ展」です。

10,000件のファイルから
7,000件の著作を生み出す
その資料の片鱗を
現物そのままでみせてくれています。

発見する
書きとめる。事実をありのまま。スケッチと文章で。日付、時間、長さ、数などを付記する。
探し、動かし、並べ替える。
形にする。

その過程全てに手触りを感じます。
その膨大さが、それでも人の五感の範囲であることに、感激します。

記録や運搬や保管の力がはかりしれなくなった今。
それでも現場に人がいくことで
はじめて対象が測られる。、
情報の蓄積は人が整理し動かすことで
はじめて活性化していく。

そこに、必ず
人の五感と記録があるんだー!

展覧会みての大興奮度合いは
岡本太郎展に匹敵です。
もっと書きたいことは
少し整理してから書きますね。

もちろん、
太陽の塔もみてまいりました。
浴びてまいりました。

そこに、人がいてはじめてうまれること
本当にすごい。

大興奮のなか、
これから名古屋に向かいます♪

齋藤めぐみさんのキャリアプランニングセミナーに参加して

今日は
齋藤めぐみさんのキャリアプランニングセミナーに参加。

そもそも私が「今年の目標」をたてたのは
今年の1月15日の彼女のセミナーでの
 「自分のこころから実現したいことは何か」
 「そのために今、日常で何をするか」
の探求を契機にしています。

今日も「自分に問いかける、探求する」ことを動機に参加。
4ヶ月経てのブラッシュアップをしたい思いもありました。
加えて、今回
「キャリアカウンセラー」枠で
自己紹介のワークをさせてもらう機会を頂きました。

よって、学びのふりかえりは二つの観点で:

【自己紹介ワークをやってみて】
時間を守ることにこだわって
大切な自己探求のときに
メンバーや場に、「間」(ま)を作れなかったことは
後悔。
淡々と進めてしまったかもしれない。
でも、皆さんの探求の姿勢にこころ打たれて
正直にいられたことはよかった。

【参加者としての学び】
(1)
「自分の実現したいこと」 を
広げて、深堀して、具体化の方策を考えた経験から。

実に集中してフォームを埋めていたのですが
自分の文字で埋めるそのプロセス自体に
ひとつの旅を感じました。
目の前のことをとにかくやってみる。
その連続。

具体化の策として
「5W1Hをそろえて、周囲に知らせて、とにかく一歩踏み出す」
ということをたくさん書いていました。
・・・ほんっと。早よ、やれやぁ、自分。

で、最後の1マス
「四国歩き遍路、10年以内に1周完結」の
「ではどうしたらいい?」の具体化枠(8個)の
最後のひとつ、どうしても埋まらず
うーんと考えてひねり出した

「その大切さを自分でじっくりかみしめる」

は私にとって、
すべての「実現したいこと」への
大切なキーワードとして響きました。
動くことだけを目的にしそうになったら思い出します。

(2)
私は今回、メンバーの皆さんから、
実現のための、具体的なアドバイスを求めました。
本当にとても具体的・的確に
・「こういうことをしました」という実績をつくる
・「なんでもできる」と曖昧にせず、できることのヤマをつくる
・知識や資格抜きで、何ができるかを語る
などのメッセージをもらえました。

(3)
探求する、こころから語る、自分に向き合う。
自分の大切に思うことを相手に伝えようとする。
その場で展開する多くの勇気を受け取り、
こころから聴くことの力を感じました。


あらためて、
目の前の、毎日の生活で少しずつ、
でも自己満足に終わらせず、実績をつくる。
すこやかさのために、できることを。

今日の一日、
めぐみさんと、参加者の皆さんに感謝。

今年の目標ふりかえり(17 週/50週)

今週は気温差激しかったです@所沢市

さて、17。まだまだ若くてよ。
---------------------------
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…○
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…△(評価なし)
---------------------------

1.今週は3回です。
先週の成果物を今週は会議にかけたりする週で、少し落ち着いていて、「計画的平日自分時間」を取ったりしたので、家に結構早く帰れてました。


2.ぼちぼち。

3.今週は自分の仕事を2つ上司と同僚に振り分け、1つ他人の手間を増やした(かも)。甘め、○。

4.今週のバイロンケイティワークでの手応え
「学びは人のためならず」。

5.着々、だと思う。


毎週のふりかえりは、私のビタミンです。
そして、今週末はビタミンからなにから、相当チャージしますよ。
えへへ、いくぜ、いくぜ。

どうか皆さん、おすこやかに。

仕事を分け合って喜ぶ、ともに進める

本部機能のスリム化という課題は
たぶん20年近く前から
私は聞き続けてきました。

「本部にいる人は
現場の仕事を減らし
かつ
自分の仕事は誰がやってもできるように
シンプルに進化させて
自分の席をなくして、現場に配置されることに
最大の価値がある」

自分がいなくても回る。
自分の役割がなくても機能できるよう工夫する。
そのための努力を
私はこれまで苦手にしてきました。
自分でやりたい、把握したい。
やりたくなくても、私がやらなくては。
そんな思いで
仕事をしっかり手に握りしめてきました。

自分の席(役割)をなくすべきなのに、
なくせないことへの自責、
なくしたくない、必要だからという思い
自分がやらなくてはという自負。
いずれにせよ
混乱していたのです。

事実、ここのところ
急に1週間位いなくなっても
仕事はまわってたこともあり。

今朝はあらためてこんなことを思っています。

仕事をシンプルにしたい
それは私だけの課題にしなくてもいい。

自分の役割をなくすというより
相手を信じて分け合うことで
できた!やりきった!
をわけあえればいい。
できれば一緒に
手数を減らせたらいい。
価値を生む仕事をしたいのなら
何を価値とするか
共有できるようにするのは
私だけではなく、
同僚たちとの双方の仕事。

緑深い木の下で
そのように思っています。

今日も皆さま、おすこやかに。

泣ける仕事を最近してない

20歳代のころ。
よくわかんなかったり、ムキになったり、悔しかったりで
泣いていました。人前ではないけど。

30歳代のころ。
できたとか、やりきったとか、逆に痛い思いをして
泣いていました。
心許せる人のところへ行ってました。

40歳代。
生活のなかでは涙もろくなる一方で
仕事は淡々と進めるようになりました。

職場の外に、こころ動く場や仲間を求めて
実際そういうことはたくさんあった。
でも、職場の中では
できなくて、怖くて、うまくいかなくて、悔しくて
感情のゆれることはあっても
表面的にはクールに仕事をしていると思います。

誰かに、何かに、深く関わって
こころのつながりができて、泣いてしまうような仕事。
最近してないなぁ。

NHK 仕事ハッケン伝
http://www.nhk.or.jp/hakkenden/
見てて、
七日間しかそばにいない人に
「どう(役に立つ)かわからないけど
わけもわからず目の前のこと一生懸命やることが
わけもわからず大切なことだと思うから」
と、技とこころを教えて泣ける人。
そんな人をみて、
ハカラズも、一緒に泣いてしまいました。

また、目の前のことを一生懸命やる
アツい仕事がしたくなりました。

で、それは、いつでもできる。
すべては自分次第。

それでは皆さま、それぞれのすこやかな一日を。

たとえば出会う人は皆

誰でも繊細で
傷をもつものと思えば
愛をもって接せられる
かもしれません。

気を使えとか、気を配れとか
ではなくて。

偽りなく、まっすぐ立っているだけでも、
相手を曇りなく見るだけでも、
繊細な存在として、まっすぐに見ることで
愛をもって接せられる。
そして
自分の動機に繊細に気づくことで
愛を邪魔しない、と思います。

私は、
愛だけそこにあるように
どうして接せられないだろう。

おそらく
自分だけ助かろうとか
すっきりしようとか
達成しようとか
その動機で何かを為したとき
あるいは何もしないとき
私は愛だけでそこにいないです。

胸の痛さは
考えで私を滅ぼさないようにという
信号でしょう。
自戒。

それでは皆さま、静かな夜を。
また明日お目にかかりましょう。

迷い

今、いくつか迷うことがあって
・歯の治療についての選択
・興味のある研修の受講
・自分の仕事上のビジョン
・今年の長い休みの過ごし方、そもそもいつ頃とるか。
・今やってみたいこと
・ネット(SNSやブログ)とリアル(過去の経歴、現在の職業生活)を
統合していくかどうか

あー、まだある。

資源の制約と、
考えのブロックがあって
うまくまとまらない。
しかし時間は過ぎていきます。

決めて、始めてしまうのが
イチバンでしょうね、きっと。

もう少し整理しますね。

とりとめないままリリース
(優しくないかーorz)

どうか皆さま、おすこやかに。

すべるトークは(相手に)優しくない

毎週楽しみなテレビ番組
「ボクらの時代」。
対談番組です
日曜朝7時(フジテレビ)
三人三様の話し方、聞き方、
沈黙の破り方、反応を
じっくり観察あるいは共感
ときに驚きけっこう感心。

昨日、立川談春、斉藤和義、千原ジュニア各氏の回も
見応えありました。

千原さんが
「落語家も歌手もいざとなれば被災地で、その芸で何かできる。自分には何も芸はない」
と語った後、
斉藤さんが
「千原さんは、何でもない話をとても面白く、ひとに伝えることができる。普通の人にはできない。それは千原さんの持っている芸だと思う」
と、相当力強いフォローを入れて
その後、千原さんは
「すべるトークは(相手に)優しくない」
という話を始めたわけです。

誰かに話すときは、
その場にいなかった人にもわかるように
登場人物やその場の情景をちゃんと説明する。
時間も考える。
往々にして、自分の面白いと思ったことだけを言おうとしがちだけど、
聞いているほうは、それ誰?などとなってわからない。
要領を得ない話だと、
そうこうするうち、時間がなくなって、
オチまでたどり着かない。
エレベーターとかで若手が話してくれて
こいつ大丈夫か、
降りるまでにオチまでたどり着くんか
と思ってると案の定、間に合わないまま別れることがある。
なんだー、オチまでききたかったのにーと思う
そんな思いを相手にさせるのは「優しくない」

話がうまい、うまくないではなく
相手にウケないのは
相手に「優しくない」からだと。

これは、人に何かを伝えて
何かを為そうとする時に
心がけておきたいです。
メモメモ。

ちなみに千原さんは、
お兄さんに自分の話を聞いてもらいたくて
こういうことを身につけたそうです。
お兄さんは、ある意味ブレない人で
「それじゃわからん」「どこが面白い?」

ブレない、容赦ない存在って、
人の成長には大事です。
タイヘンだけどね。


お休みあけの方も、そうでない方も、
毎日は新しく、修練の機会。
どうか、おすこやかに。

今週の1冊)お手伝い至上主義でいこう

『お手伝い至上主義でいこう!
 -子どもの就職力を高める
  「ヒマ・ビンボー・オテツダイ」習慣-』

三谷宏治 著  プレジデント社

この題名は
私にとって正直、耳が痛いです。
子にお手伝いを要求しているが徹底してない。
正直ぜんぜん子育てに自信がない。
ナイナイづくしで、ユウウツ。

でも、読んでわかったのは
この本は、実践する者からの
「大丈夫ですよ」エールだということ。
特に、ご本人およびご家族の肉声が入っていることは
この本の「応援性」「多層性」を強めているように感じます。

子どもが
「自分でちゃんと考えて、自分の力で歩ける。」
そのために
「面倒でも」親として決めた原則を親子で貫く。
初めてのことがあったら、そのつど向き合って考える。
そのことの「データ的裏づけ」と「実践集」です。

今も、おそらくこれからも
オトナの社会は、
資源(カネ)は限られて
時間(ヒマ)は平等に1日24時間。

子どもの世界だけ
オトナがちょっとめんどくさがって
資源(カネ)を与えすぎて、時間(ヒマ)をなくしたら
それ、いつか逆になったとき
タイヘンなのは子どものほう。

お手伝いを通じて
考えて動ける力の身についていることで
生き方の幅も力もどれだけ拡がるか。
それは、親であるオトナは
生活のなかでわかっているはずです。

この本はその「わかっちゃいるけどやめられない」
親が与えたがる、やりづらい要因も解きほぐして
で「そこは大丈夫。面倒だけど、できます」と
言ってくれるわけです。

思ったけど、
これは親の側が
「ちゃんと考えて、自分の力で決める」
ほうが先ですね。

著者は「貧乏」「ヒマ」「お手伝い」に絞って貫いている。
で、悩める実践者であるそれぞれのオヤが
自分自身で「これは大切にしたい」と「決める」
そしてそれを「親子で貫く」こと、それが
今(これは自分ね)と
将来(これは子どもね)の
生きる力を育てることだと思いました。

たぶんきっと、親の側に自信なんて、いつまでもないんです。
親だって、親やるの、初めてだし。
何人育てても子どもが違えば違う。
つまりは「決めて」毎日の実践あるのみです。
で、ちょっとでも実践できたら後進も応援できそうです。

まとまりませんが、
親御さん、その予備軍、
必ず誰かのお子さんであるオトナもコドモもぜひ。
とくに、親御さん、
他人の実践は、ちょっと身につまされてホロっときます。

今年の目標ふりかえり(16週/50週)

過ぎていく時間を嘆くより、今を生きようぜ、ベイブ。

=============
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…●
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…○
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…△(評価なし)
============

1.
今週私は普通に仕事、だんなはカレンダーどおり休みでした。
で、2日はタッチの差でだんなに負け、
3,4,5はすっかりだんなに頼ってて
6日はふと油断していました。
あ!今日は普通に平日だ!と気がついたら19:30でした。

この目標で実現したいことは私と家族の健康です。
私の朝型で充分な睡眠と、
家族に摂ってもらいたい野菜やオリーブオイル中心の食事。
つまり、だんながどうあれ、油断は禁物(笑)
私は私の生活をちゃんとしたいもの。

2.
この数日、なぜか
考え、らしきものは、ついったーでつぶやいており。
というか、反応的に何か言いたくなることのほうが
「考え」っぽい。

・・・ここで

私にとって「考え」とは
自分の言葉で
(できればストンと落ちるように
 →すなわち多少ロジカルに)
誰かに伝えたいこと。

ついったーでつぶやくときは
何かに「反応」して、それを「伝えたい!」って
瞬間的な動機の強さがあります。
瞬間的で140文字以内で言い切ろうとするから、
言葉は凝縮させる。
それで自分では「考え」のように思えているかもしれません。
ただ、深堀が足りない。
反応がきっかけというのも気になる。
(毎日ブログで書くこともそんな深掘ってはいないですが)
いずれにせよ
強さも、深堀も、冷静さも、
私は私の文章にそれがほしいです。

3.
あえて、これを○にしたのは
先週決めた
「自分でやろうとしたことを
誰かにさせられたら○」
を1件できたから。
できたことを認めることにしました。

4.
バイロン・ケイティは著作のなかで

「私たちが一番必要としている人生の師は
今、生活をともにする人です。(中略)
なぜなら、自分が見たくない真実を
見えるまで繰り返し示してくれるからです」

『ザ・ワーク』72頁より引用)
と言っています。
本当にその通りです。今週はそれに尽きる。

5.
これを「○にする」時は決まっていて
いずれにせよ●はない、です。
仲間に感謝。

それでは皆さま、素敵な週末を。

九州新幹線のプロモーションから

遅ればせながら
JR九州の九州新幹線全線開通のCMをネットの動画で見て
心打たれました。
人々が喜んで手を振っている。
その列の続く3分間を
どうしてこんなに愛しく思うでしょう。

九州新幹線がらみでは
さらに映画「奇跡」が作られ
早くも前評判高いようです。

新幹線って、
もはや早いだけの鉄道ではなくて
地元の利権だとか
なにもないとこに駅がたつとか
本当に要るのかとか
そういうこともありつつ

九州新幹線の一連のプロモーションからは、
新幹線を
人を運ぶ、時間を短縮する以上に
気持ちをつなぐ、だとか
思いを運ぶ、などの
大切な存在として
人やモノの動くときの物語に
重きをおいているように思います。

鉄道は昔から
あたりまえのように安全と
昨今は速さや、繁栄や発展を運ぶなか
人をめぐる物語
出会いや別れ、喜びや悲しみも
そういえば運んでいるのですよね。

あー、新幹線、乗りたくなってきた。

今日も皆さま、おすこやかに。

偶然、映画「浮雲」を見る

昨日の夜。
少々頭が痛かったので早めに休もうと
布団に入ってから、ちょっとテレビを点けたのが
よかったのか、悪かったのか。
BSプレミアム。

画面はモノクロ。
若く、美しく、ややアンニュイな感じの高峰秀子と
男性の会話。

何ともどうしようもない男性の様子。
自己憐憫に浸りながら、女性と約束もしながら、
新しい女性と関わっていき、女性とは別れない。
ナンジャコリャ、このオトコ。許せん。

しかし、何かおなかの奥のほうで
別れられない、惹かれる、腐れていくことに
妙な納得感もあります。
男性(森雅之。今まで知りませんでした)も、
高峰秀子も、
修羅場のような状況でも、上品な色気なゆえかも。

会話、目の動き、すべて隙なく、無駄なし。
状況は相当どうしようもないと思うのに
画面は淡々と続いていきます。
それでかえって緊張感もあります。
とにかく目を離せない。
どうしようもなく、どうしようもないのです。

こんなひきこまれる映画は久しぶり。
結局0時まで見てしまいました。
少し内臓を揺すられるような緊張感を味わいたい方、ぜひ。
戦後10年後の東京の端々を見られるのも面白いです。

1955年 映画「浮雲」
出演:高峰秀子、森雅之、
岡田茉莉子(これがまた素晴らしいのよ)他
監督:成瀬巳喜男

子は私ではなく、私は子ではない

子は連休中、
部活で使う道具を作らねばならず
学校の課題もそれなりに出ていて

とくに部活の道具はミシンが必要。
大の苦手の私は
「もし手伝いの必要なことがあれば
早めに言ってね」
と言っておき

内心、5日あたりに泣きつかれるかと
どきどきも
今から考えるともしかしたら
期待もしてたのかなぁ。

昨日の夜。
帰宅すると
子は、英語の課題を終わらせたあと、
部屋にこもって
部活の道具づくりに勤しんでました。

「ゆっくりやればできる。
ミシン縫いにくいところは
少しの長さでも仮縫いすればいいってことはわかった」

へぇ。

今朝。
道具はできてました。
すごいなぁ!
子は、爆睡してました。

道具を見ながら
そうか、と思った。
子は私ではなく、私は子ではない。
ごく当たり前のことながら
少し忘れていました。

ミシン苦手なはず、
できないって泣きつくはず
いや、たしかに得意ではないが
取り組み方は違った。

私は子に
ごはん作って環境整えて
見守ることしかできないんだなぁ。
子に、何か足りないと思えば
私が足すとか代わるでなく
できるようになる環境をつくることだと。

空高く気持ちよい朝。
私は私のできることを。

今日も皆さま、おすこやかに。

歯ぐきの痛み

まいった(泣)

仕事中にシクシク痛み出し
会議中にギーンと痛み増し
こらえてこらえて
資料に集中して気を逸らし
…きれない、だめだ。
耳も頭もキーンとし出し。

先ほどドラッグストアに駆け込み
空きっ腹にバ〓ァリン。
ききますわぁ
(よい子は真似しないように)
普段、痛み止めほとんど飲まないので
こういう時、よくききます。

会議の帰り、久しぶりに
女子の先輩たちに会って
ちょっとだけど、話せて楽しかった。
もう何十年も、時々会う先輩たち。
いつまでも若くはないね、
といいながらも
なんとなく
いつまでも若い感じを持たせてもらえる
ありがたさです。

そんなこんなで
すっかり気は、紛れたけど
歯と歯ぐきは、大事です。

どうか、皆さま、おすこやかに。

15×50mm付箋で)毎日少しずつを、見えるように

この1ヶ月くらいやっていることです。

仕事の見通しをつけられなくてあせるとき。
パソコンから離れて
15×50mmの付箋に
作業をおもいつくだけとにかく書きます。
ひとつの付箋にあまりまとめないで
1枚に1作業。
できるだけ具体的に書きます。

ゴールが同じものをまとめて
ゴールまでの道筋が見えるように並べた後
・誰にやってもらうか
・自分がやるならいつやるか
を決めます。

その後、
90×55mmの方眼紙カードに1日分の付箋を貼って
手帳にマスキングテープでとめておきます。

手帳には
その日の作業と予定時間を書いておき
飛び込みの問い合わせも含めて
実績時間も記入し、日報にします。

終了した作業(付箋)は1週間分、
別の紙に貼っておき
1週間で何ができたか見えるようにして達成感♪
手のつかなかった作業(付箋)は翌日以降に回して
長いこと手がつかなかったら1回捨ててしまいます。

1週間のほかに
この先1ヶ月、3ヶ月、半年、1年
の枠をつくっておいて
いつまでにだいたい何をしたいか
付箋を貼って整理することもできます。

データを表形式にまとめる前の
縦(列)横(行)の構成を考えるのにも
付箋と方眼紙カードを使います。

先も、やったことも、見えるようにしておき
毎日でも少しずつやることで
形になっている、前進していることがわかって
安心します。


おやすみなさい、よい夢を。

反省は「漬物」??

たとえば。
何かイベントなど、やったとして
そのあと「振り返り」とかするではないですか。
・・・いや、この段階で既に
「しない」っていう人も、中にはいるとは思う。
それはそれとして、いったん、するとしよう。

「振り返り」のときの話題は、
皆さんならどういう配分になるでしょう?

イベントやったあとに、世話になった人に
「おつかれさま。で、どうでした?」って
声をかけられたら?

私だと思わず「謝っちゃう」かも。
「昨日はありがとうございました。
お手数かけて申し訳ありません、
あそこ、もう少し○○すればよかったです・・・」
私にとって、振り返りといえば、
「反省」の割合が多いと思います。

でも。
今日、友人と話をしてたら
「あそこは○○できてよかった、ここでこう感じた、って
振り返りは、うまくいったことを話したいし、聴きたいよね、
そこがいわばメインディッシュで」

友人にとって、反省は「漬物」だと。

「漬物ぉ???」
「ちらちら目には入るけど、ま、それはそれとして
最後ご飯あまったら、漬物で、さっと食べるかな、位の」

あまりの違いに二人で大笑い。

私は気をつけないと、
「反省」をメインディッシュにしかねないです。
「うまくいったこと」は、ランチでいえば、デザート。
もし時間やお金が足りなかったら、
Aランチにしてデザートなしにしちゃうかも。

皆さんの振り返りでは
「ランチ」に例えたら、何をどんな割合で味わうでしょう?
経験や気持ちの共有、反省、賞賛、etc
次のイベント、共同作業にむけて
どんなランチにしたいですか?
そしてそれは、あなたの身近な人と
全く違うかもしれません。

できればアラカルトで、楽しいランチを!

いちおう、友人の許可を得て掲載^^

おやすみなさい、よい夢を。

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