amazon

  • エニアグラム 自分のことが分かる本
  • エニアグラムあなたを知る9つのタイプ(基礎編)

twitter

リンク

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

雑感2つ

その1

昨日、仕事上で
えらい昔の記憶を急に呼び覚ました。
あらゆる環境の変化で
関係者はとても少なくなったが
経緯は各々覚えていたし
まず忘れることはない。

システムというか、ソフトウエアはね、
ドキュメント命です。
考えが古いかもしれないけど。
コンセプト、変更目的、 コード定義、など。
で、それを残すのは
しくみと思いの両輪です。
どちらが欠けても残らない。

しくみはなかったため、
久しぶりに、思いだけ残った人たちで
ドキュメントを探す。
その思いは全くの他人には共有できないため
淡々と行方だけを追う。

思いというか、思い出は残る。
二度と会わないと思う。
無事でいてくれたらと願う。


その2

「それはないよね、普通」
といいたくなる時、
実際ひとりごとでも言ったときは
チャンスだ。

普通、とは何か。
わたしにとっての普通に
世界は満ちている。

普通、で相手に意見をしたり
自分を責める。
わたしにとって、相手にとって
役割でも時間の経過でも
普通、は変わりうる。
また同時に
価値観の根源まで遡って
普通、を貫きたくなる。

わたしにとって
普通、はそれほどまでに強硬だ。

それに気づくからこそ考える。
わたしにとっての普通、は本当か。
究極、そこに相手や他人はない。
わたしが強く反応する、
いっそ相手から一線引こうとする
その、普通、は本当か。

普通、を探求することで
おそらく
普通ではない、ことへの
尊敬や感謝を見る、かもしれない。

プロセスに感謝。

暖かいひざし。
今日も皆さま、おすこやかに。

一律にはいかない

復興中の地域から
店を開ける
宅配を開始する
様々な知らせを受け取ります。

お客様へのメッセージはどれもシンプルで
何時から何時まで開ける、ポイントなどの○○のサービスを開始する
宅配なら
いつからの注文から受け付ける、と伝える
そのカタログの品数も
本当にシンプルです。

パック詰めの肉も並ぶ店の前に
当然のようにがれきもあり
少し車でいけば、
あたりに何もなく
長期化の予想される避難所
あるいは物の届きにくい地域。

何もかも
一律にはいかないと思います。
何もかも
焦らず少しずつです。

昨今、テレビやWebサイトで
おわびやお見舞いメッセージ出るけど
一律、って本当に難しい。
本当に伝えたいことを
ルーティンにのせることの
難しさを感じます。

ちょっと中途半端です。
また書きます。

どうか皆さま、おすこやかに。

リアルさは、怪しい

現実味というか。

映像にも内容にも
伝わってくることに
たまに現実感を持てない。

目の前の
締めの資料を全部出し切ったとか
それはリアル。

ただ、下手すると
古いドラマを
「リアルに」感じることもある。

ワタシのなかの現実味、
あるいは現実味のなさ
というのは
なんだか怪しい。

現実味。
リアルさ。
それは観たまま聴いたまま
ではなくて
過去の何かに結びつけて
想起しているものに
反応しているに過ぎないことも
ある、と思う。

リアルに思える、思えない。
リアルさを感じる、感じない。
そこの「動機」になっていることは何だろう?
やはり「動機」に戻るし見つめる。

原発は好転の話題をきかず久しい。
このことについては
少ししたら書きたい。

私はあいかわらず元気だし
子はテレビの韓国語講座を見始めることにしたらしい。

今日も皆さま、おすこやかに。

式の中止や延期

あちこちで大学の入学式の中止や授業開始の延期を聞きます。
大学は、ナントカなるところはなるのだろうか。
調整難しい大学もあるでしょうね。
こういうときほど、伝えたい、学びたい人はいるとは思うけれど。

そういえば
我が社の入社式&研修はどうなってるかな。
先週あまりに目の前没入で気がつきませんでした。
簡単でもいいから節目はしっかりしたいですね。

…でも、こういうのひとつとっても
このあと様々考えは出てくるでしょう。

私個人は、自粛は好きではないのだけど
簡素化は、場合によってはありだろうと思います。
式。というものは、おそらく、
本来の目的を洗い直し、
方法の見直しをするのでしょう。

何を不急、あるいは
大切とするかは
それぞれの主催者の
主体的判断のもとにあるべきで
そこから強いメッセージを
受け取ることもできるでしょう。

判断に顔が見えるように
私自身心がけていきたいです。

春休みで
子供の数が増えてきました。
どうか皆さん、おすこやかに。

連続の中にありながら

考えてもわからないことは
あまり考えないように

今日知ったり感じたことから
書けることだけ書いていきたい。

ただ
一律の方法では解決しないことに
様々な方法や志で取り組む人を
今日は見たように思います。

必ずしも
昨日の続きが
今日にならないことだって
あったとしても
今日はここにある。
可能性を信じることだけは
できます。

どうか皆さん、よい夢を。

かわったことも、かわらぬことも

あの2週間の、前と後で
かわったことも、かわらないこともあります。

自宅にあるテレビ雑誌は
ずいぶん不思議な内容になっていて
今日は野球やフィギュアスケートを
やっているはずだったです。

久しぶりに市のホームページを見たら
イベントは中止の嵐でした。
大きなものから小さなものまで。
これはこのまま
しばらく変わっていってしまうだろうか。

図書館のシステムは相変わらずで
着々と「予約した本準備できました」と
メッセージが届きます。
次々と本を読めています。

かわらぬことは、
こころをからだを大切にしたいこと。
かわったことは
守るも攻めるも自分次第と思うこと。
・・・これはちょっとまだうまくこなれてない、けど

情報は様々あって
そこには多くの人の賛否はあるけれど
いままで「是」とおもっていたことを
ああ、もう違ってしまった、
と思うことはいくつも出てきた。

もう、行動は自分次第だと思う。
それは「しない」ということも含めて。
変わることも前言撤回も、いつでもありです。
あまり力は入ってないけど。

様々な映像に対して
いまさら、悪い夢であったらと思います。
ただ、現実はそこにあって
そこに即して根ざして、今日と明日があります。

とりとめなくなるので今日はこれまで。

今年の目標ふりかえり(10週/50週)

久しぶり。10週目の振り返りです。

=============
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…○
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…△
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…○
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…△(評価なし)
============

1.なんと、週2回を達成。
 今週、18:00~18:30、遅くても19:00に仕事あがれてます。
 やる必要のあることしかやってないとか
 早く帰って家で子を一人にしないようにとか
 いろんな理由はありますが
 早起きにもなっています。

2.「考え」ってほどでも、ないときもあるが。

3.これを△にしたのは
 画期的になにかを変えたわけではないけど
 メールも会話もシンプルになっている。
 本当にそれはそう思うから。

4.このワークに私はこの1週間でも
 それからその前の2週間でも
 数回、助けてもらっています。
 自分を自由にしています。
 
 4/15には本も出ます。アマゾンや楽天で予約できるよ。
 『ザ・ワーク』
 (バイロン・ケイティ スティーブン・ミッチェル著)

5.私はどういう形にせよ
 「職場で作る」ということを考えます。

どうか皆さん、おすこやかに。

締め日

勤め先は
企業単位としては
・震災後のあらゆるイレギュラーへの対応
・中心的被災地域への支援活動
・中長期的な事業継続対策
など柱を立てて前進中。

部署単位としては
緊急かつ集中するイレギュラー対応と
自部署に急務ないチームは物流施設へ応援
など、動きは常に流動的です。

私は定型業務の締め時期で、日常業務の繁忙期のため、かえって集中できています。
判断も速くなっています。
会話と現物確認の必要な件は
顔を合わせられるなら
なるべく直接出向きます。
報告で済むところは
件名と本文3行で中身のわかるメールを
飛ばしておきます。

今日はチーム一丸で
今日締切の提出物をかき集めます。
邪魔にならぬよう、笑顔で毅然。

日常のつみかさねを
新しい今日にするのだと。

今日も皆さま、おすこやかに。

ささやかだけどこんなことを

野菜や牛乳あたりから
やや胸の痛い思いをしていたところ
水、か。

基準とは
運用する側次第だと感じます。
直ちに影響を与えない
それならやはり
「こんな食べ方をしたらこういう影響」のほうが
伝え方としてはいいんではないか。
そのときの食べ方って
おそらく
「○○を毎日何年も食べ続けたら」のような
それはしないよ普通
というものではないのか。

水、それも乳児
というのは痛い。
私は人生でもっとも神経質で弱かった
産みたての頃を思い出します。
母乳が出なかったらどうしよう(実際出なかった)
飲み方が少ないんじゃないか
そんななかに、
水の不安も加わるか。

私はもう大人で子供も大きいから
「念のため」を上掛けしないで生活します。

姪を育てる弟夫婦には
すでにジジババたちが動いているようなので
落ち着いたら訪問します。
オーバーヒートには巻き込まれるなと伝えたいです。

何もできない人は
不安を煽らず
ましてや母乳を強要などせず
静かにしていましょう。

不安な気持ちを訴える人には
その気持ちを受け止めつつ
それを拡散しないようにしましょう。

今日も皆さま、どうかおすこやかに。

春休み終盤

高校からの相次ぐ課題に
毎日少しずつ取り組む子。
長い春休みはゆっくり終盤です。

今日は震災後初めて、
日中ひとりで子を置いていきます。
いろいろ友達と予定があるんだけどね。

私はなるべく仕事を
夕方には切り上げるべく。
何か、この努力は新鮮で真剣です。

沈丁花香っております。
今日も皆さま、おすこやかに。

職場に流れるその歌

私の隣の部署では、
一日の決まった時間に作業をするため、
アラームを鳴らしています。

単に目覚まし音ではなんだからと、
パソコンにソフトと音源を仕込んで
つい最近までは、ちょい懐かしい
アメリカ横断ウルトラクイズの音楽でした。


週明け。
流れてきたのはなんと
「上を向いて歩こう」。

どこから音源を取ってきたのか
フロアじゅうに響く
あのイントロと歌声です。

隣の職場は
従来から状況厳しかったのに加えて
この10日間続くイレギュラー対応に
ささくれ立ってもよいところ。

暖房も切って照明も絞った職場で
毎日、柔らかく、
心を動かされています。
この歌があったんだなぁと。

どうか皆さん、おすこやかに。

昭和三十年代位の暮らし

そもそも、いまでも
私は昭和三十年代位の暮らし
シンプルな暮らしに
憧れを持っていました。

もちろんその頃なりの困難や不便さ
高度経済成長の光と影はあったでしょう。
単純に、手放せ、なくせ、戻れ、にはならない。

それでも私たちは
自らの五感や感性などを駆使して
物的サービスに限らず
より必要なサービスを
創造していけるのではないか

自動販売機のライトは消え
(売ってるけどね)
ATMは計画停電の間閉める箇所がいくつかあり
そんな街中を通って駅に着いて
薄暗いなか、そんなことを考えました。

今日は普通に走っている武蔵野線。
それだけで随分ありがたいことです。

必要十分の、質を変えるというイメージです。
それは決して我慢や抑制ではなくて。

9日ぶりに仕事に出ます。
働けることをささやかに喜びます。

今日も皆さま、おすこやかに。

銀行へ、商業施設へ

とりとめなく。

来週の火曜日に高校の説明会があって
教科書を買わなくてはいけないのに
まとまった現金の引き出しをすっかり忘れてました。

地震のニュースの合間に
え?ATM止まってる?あらら
これは大変、現場のご苦労いかばかり、
と思っているうちに連休に。

三連休ATM動かないのはもちろん納得だけど
まさか窓口を開けてくれるとは。
手数料なしで休日に引き出せるなんてラッキー。
と銀行へ。

銀行は物腰の柔らかい若い行員さんと
ベテランの行員さんが数人
窓口手前で丁寧に対応していました。
お客さんも、行員さんも落ち着いている。
正直、月末や年末の混雑時のほうが
もっと緊張感があると思いました。

一人だけ、
行員さんに居丈高につっかかる男性をみかけました。
「もう銀行変えようかな、しっかりしろよ」
どこにでもいると思うんだけど、
こういうの、正直、みっともないわ。
ご不満なら黙って変えればよろしくてよ。
「窓口開けてくれて助かりました、ありがと」
と行員さんにお礼を言って笑いあい。

このあと、商業施設へ。
それなりに賑わい、家族連れが行きかいます。
ふと、携帯から緊急地震速報が鳴りました。
少しざわめきがあったものの、周囲の動きは緩慢。
私はちょっとビビって建物から離れました。

ふと話しかけられたような気がして振り向いたら
妙齢の女性の独り言。
「揺れてますかね、揺れてるかしら」
つい答えました。
「いえ、揺れてませんね。」

「なんか、警報、こういうことあるんですよね」
「ええ、そうですね、ちょっとびっくりしますけどね」
「そうですね、もう地震、ないかしら」
するとそこいらのおじさんも会話に入ります
「昨日なんか、警報なしで揺れたよねぇ」
「そうですね」

こういう会話をするだけで、ずいぶんと安心する私。

公園にはお弁当もって遊んでいる数組の親子連れ。
親御さんが話し込んでいて
学校では子どもたちがサッカーやっていて
やはりそこらで親御さんが話している。

今そういう光景を
いささかの鈍痛を伴って見るけれど
私も含めて、今日と未来を信じる力を
人とのかかわりの中で持っていたいです。

今日も皆さん、おすこやかに。

ちょっとの揺れでも

敏感になった、と思う。

かつて震度4でも寝てれば起きなかったし
そんなに怖い思いをしたことはなかった。

今はちょっとでも揺れた感じがすると
あたりを見回すし、
緊急地震速報の音にびくつくし
震度3くらいでも机の下にもぐる。

なんだか、これは「らしくない」と思う。

もう少し「大丈夫」になっておきたい。
どうしてこうも、いろんなことを
あの日を境に変わったように「見て」しまうだろう。

私は今日ずいぶんと怠惰に過ごした。
子は夜から高校からの課題に集中しだした。

あらゆることは今後長期的で
断たれたのではなくつながっているから、ですね。

明日は前進しましょう。

おやすみなさい。

豆を煮る

久しぶりに豆を煮ました。

今日は思い立ってすぐ煮た
(やや無計画)なこともあり
奥薗壽子さんの
『おくぞの流早い早い豆料理 100点勝負』
(講談社)で習った、超簡単な煮方で。

土鍋に
豆と、2.5倍の水をいれて
沸騰させてから5分煮て
毛布なりバスタオルにくるんで放置。

これだけです。

大豆はこのようにゆでるだけで
味があっておいしく
あとは、からめてよし、漬けてよし、です。

ちなみに「土鍋」でなくても
蓄熱性の高い鍋ならOKのようで、
私はル・クルーゼの鍋を使います。

私は小豆を煮るのも好きですが
小豆は皮が硬いため
売っている袋にかいてあるとおり
大目の水で沸騰させてから1回お湯をすてて
水からコトコト煮る という方法をとります。

豆はいいですよぉ。
香ばしいし、漬けるとわりと保存食。
ただし、食べすぎには注意。

皆さん、今日も明日も、おすこやかに。

自分を主語にして話すことを

今から書く思いに至った
いくつかのサイトや人の言葉を紹介したい気持ちと
そのことで正当化しようとする自分の動機と向き合い
今日は引用なしで。


自分を主語にして話そうと
試みるとき

私は
「自分の言っていることは
間違ってないだろうか」と怖れを持ちます。
間違っていても訂正すればいいのだ
という気持ちをなかなか持てません。

それでも、
自分を主語にして話すことは
相手に安心を与え、
言葉の伝わる速度を適切にするように
私は思います。


自分を主語にして話す。

(そんなのあたりまえだよ、っていう人いるだろうと思うけど)

今、私は、こう思う。
私は、・・・のように思う。
誰かに求める気持ちを、責めずに受けとめた上で、
そういうふうに語る。

その上での、
メディア、
コミュニケーション、
言葉の可能性を信じます。

身体、動かしましょうね。
どうか皆さん、おすこやかに

卒業証書授与式

フルネームはこうですね。
いわゆる卒業式。

子は1月末から学校に行っていませんで
昨日は卒業式でした。
式には参加せず、
証書だけいただくつもりでいたのですが
担任の先生から
「第2卒業式」と呼ぶ、
午後から別枠での卒業証書授与式に呼ばれ
他の不登校のお子さんと一緒にいただいてきました。

教室に、
立て看板、紅白の幕、大きな花の飾り。
校長先生から証書をいただき
式辞をいただき
担任の先生方といっしょに校歌斉唱。
小さな分校の卒業式のようでした。
ここまできっちりけじめをつけて
お祝いしてくださるとは思っていなかったので
感謝です。

友達と会った子は
はじけるようにトークをくりだして元気そう。
式の途中で突然挨拶するようふられて
「先生と両親と支えてくれた全ての人に感謝します」
とはにかんだような早口で。

他のお子さんも一言ずつ挨拶。
「高校になったら
毎日学校に行けるようにがんばります」
って言う子が多かった。
なんだか切なかったです。
そうなんだよなぁ、
好きで不登校にはなってないのだよね。

式が終わった後
友達とさんざ悪態をつきながら
校庭を1回だけ歩いてきて
学校とお別れしてきました。

くちにすることが全てではないし
態度だけが全てではないし
言いたいことは、
たくさんの言葉のなかにも
何も言わないことのなかにもある
そういうふうに思います。

ひとりで地震を経験した子。
地震の翌日以来、子と一緒にいます。

正直、本当はどうすればいいか今はわからない。
少なくとも今はこうする。
ひとりの地震は、どうあれ、やはり怖い。
それはわかりました。

子はしっかりもので我慢強くて
そういう性質に、私がこれまで頼ってた。
しっかりさせすぎてた。
よくわからないながら、今はこうする。

どうか皆さん、おすこやかに。

生活習慣に立ち戻る

計画停電に準備して
ご飯を炊いて、おにぎりをにぎる。
そこいらを少し片付けたりする。
それだけで少し落ち着いてくるから不思議です。

初めてのことがいろいろ起こるからこそ
大切にしたいと思うのは
自分を自分で巻き込まないこと
過度な情報からは離れること
どうあれ自分のこころを見つめること
自分の選択を信じること。

反応的になりそうな自分も
いるよね、無理もないやね。
深呼吸をゆっくり。

ふだんの暮らしを意識して
習慣を手放さないことは
ひとつの手だと思います。

このことばにいつでも真実味があるように
どうか皆さん、おすこやかに。

そのつどの選択をまずは信じる

初めておきることがいろいろあって
初めて選択をすることがいろいろあっても
まずは各々が自分の選択を信じて
気持ちをしっかりもつことだと思います。

仕事へ行けそうだが行かない選択をして
自宅にいます。
仕事でできることが多くありそうだけれど
そういう選択をしました。

ひとつには選びきれないけど
とれる行動はひとつです。

どうか皆さん、おすこやかに。

輪番停電情報

輪番停電情報 
東京電力のトップページがアクセス集中して
入れない場合はこちらから。

http://www.tepco.co.jp/images/tokyo.pdf 東京

http://www.tepco.co.jp/images/saitama.pdf埼玉

http://www.tepco.co.jp/images/kanagawa.pdf神奈川

http://www.tepco.co.jp/images/gunma.pdf群馬

http://www.tepco.co.jp/images/tochigi.pdf栃木

http://www.tepco.co.jp/images/chiba.pdf千葉

(静岡、山梨、茨城、とれませんでした。)


グループごとの時間は
1:6:20-10:00 16:50-20:30
2:9:20-13:00 18:20-22:00
3:12:20-16:00
4:13:50-17:30
5:15:20-19:00

です。

首都圏の電車の運行にも変更がありそうとのこと(3/13 23:30現在)
この後変更ありうるので朝イチの情報を確認したほうがよさそうです。

特別な行動でなくても

所沢市は気候よく、普段の生活です。

災害のなかにある地域の
最前線でのあらゆる人たちの尽力を思います。

首都圏の交通機関ストップで
歩いたり、泊まったり、長く渋滞にはまった皆さん
つかれが出ているかと思います(私もです)
つかれたら、可能な限り、まずは休みましょう。

災害に直接触れていない人たちには
これから持続可能な生活を
災害地ふくめてとりもどすために
できることはたくさんあると思います。

それは何も特別なことではないと思います。
職業を通じて経済を円滑にまわすこと、
聴く力、伝える力を通じて
発信や受け止めを続けること
身近な人のそばにいること。
助けようとする人を支えること。
不安を拡げないこと。
各々の微力を信じること。
普段の暮らしをゆるぎなく続けること。

感謝、善意、信頼、冷静、暖かさ。
それを保つだけでも
充分「できることをしている」と思います。

たとえば、
不正確な情報の拡がりを受け取ったとき
それは
発信する側の善意や自分に対する心配でもあるから
そう思ったら
「不正確だ」という指摘を返すのではなく
善意だけ受け取って自分で止めればよいわけです。
たとえば、
そんな行動のひとつひとつを積むことかと思います。

私の直接の職業は小売業の後方のさらに後方です。
できることを成し、
不測の事態に備える前線を支える構えです。
家庭は「構えをほどく」場にしたいと思います。

思いをはせつつ、健康を保ち
目の前のことに確かに取り組みたいと思います。

末尾に引用ですが、高岡よし子さん@yoshikotak のtwitterでのツィートを紹介します。
とても同意します。
小さいころからは身近な人から、
大人になってからも私は、こころのありようを
国をこえてきてくれた人からも学んできました。
助け合うこころを保ち、生活を送りたいと思います。

================
海外の友人たちに、「今、日本ではお互いによく助け合っている」と書いた。でも「日本人は」とか、「日本という国は」という表現には違和感がある。それは日本という文化であり、「日本というこころの形」であって、国籍ではない。だからこの国で生まれ育ったり、滞在している外国人も含まれる。
================

皆さんどうか、今日もおすこやかに。

いくつか書いてみます

地震の起きたときはさいたま市の職場にいました。
ゆっくり揺れた後、止まない揺れがしだいに大きくなり
机の下にもぐったときには
建物が壊れるかもという恐怖を感じました。
机の下で必死に、
自宅と子どもの携帯に電話を入れましたが通じませんでした。
手足が震えました。
これが震度5弱だったとすると
これ以上の震度に思いをはせるとき、
本当に胸が痛くなります。

職場は電気もネットも通じていたのですが
テレビのない職場なのでラジオをつけていました。
電話は通じなくなり、携帯はしばらくだめでしたが
メールは少し通じてきましたので、
子に連絡とれたときにはほっとしました。
余震の中、職場内の職員の無事を連絡しあい、
北関東に多い物流施設の状況確認をとろうとするが電話が通じず・・・というところで

まずは職場でやることはなくなり
自宅に5時間位歩いて帰りました。
子どもの顔をみたときはお互いに心底ほっとしました。
電気をつけて眠り、
未明の地震には子と顔を見合わせ、
大丈夫、と確認しあいました。

携帯メールがすこし通じるようになってからの
連絡のとりあいに温かみを感じました。

明日はあさってからの生活に備えて
家族とともにいることにしました。

信じられないようなできごとのなか
twitterでの、あるいはさまざまサイトでの
人々の善意、思い、何かを伝えようとするとりくみ
できること、逆に、しないほうがいいことを
それぞれに考えるとりくみに
関心と信頼をよせています。

自覚をもって
できることをしようと思います。
煽らず、冷静に、暖かく。
まずは節電です。
今日は早めに休みます。

このことばに真実味がありますよう。
どうか皆さま、おすこやかに。

伝えたいことを受け取る

昨日、壇上の人の話をきく機会。

「とっちらかっていて
何話したいんだかわからなかった」
という感想もあったなかで

私には
理路整然とした話よりも
ずっと伝わってきました。
いろんな気持ちなり、思いを
配慮したり
逆に抑えなかったり
しているように受け止めました。

相手は壇上にいるけれど
その瞬間だけは1対1でした。
配布資料から目を離して
まっすぐに壇上の人を見ました。
私も同じ位、
言葉にすればとっちらかりそうなことを
受け取りました。


春は環境の変化や
組織の年度変わりで
迎えも送りもあります。

送る側は送られる側の
伝えられる側は伝える側の
せめて心根だけでも
受け取れるとよろしいね。

たとえ
その時に自分には想像のつかないことでも
こんなこと言ってたな、と。
目の感じ、声のトーン。


ある日
ああ、そうだったかと
思うときがくる、かもしれない。

心底伝えたいと思って発する何かは
事柄ではなくて存在そのものなのよね。
受け入れられなくても
受け取りたいと思うです。

伝えたい方も
これといって、ない方も
今日も皆さま、おすこやかに。

学ぶとは持てる要素を磨きあえること、かも。

上司からは
一歩でも先に進むことや
やってみてから考えることを
日々学んでいます。

同僚からは
どんな細かい数値でも
整合性をとって紐づけておけば
積み重なれば合致することを
学んでいます。

他にも
判断の速さ、逆に慎重さ、
観点の広さ、深さ、
笑顔でいること、
勇気をもつこと、
粘り強さ、
ノリでいく強さ、
撤収できる潔さ
優しさ、芯の強さ

他人の素敵だなと思うところ。
その人と全く同じには表せないけれど
あるいは矛盾しているように思えることでも

要素は自分の中にあると思います。

他人は違っていて、似ている
ひとりひとり、違っていて、何か通ずる。
各々の持つ要素をともに磨きあえることを。
これからも。

高い空のおかげで
そんなことを思えました。

今日も皆さま、おすこやかに。

朝から不機嫌に足を取られそうになったら

風が冷たくても
日が長くなったり
陽の暖かさに
季節の移り変わりを思う
今日この頃です。


かなり些細なことで
不機嫌な風を吹かせてしまい
やや後悔。

思った瞬間に
そのまま口に出せるか
出さないなら
そこで消してしまえると
楽になれそう。

後悔してる態度や言葉を
頭のなかで何度も繰り返す。
自分で。
そうすると
テトリスのゲームオーバーのようになるんだ。

そんなときは
場所を変えて
感情を味わい尽くす
(苦手だけど)
深呼吸する
空を見る
(今日はグレーだね)
微笑む

ゲームは再開。
今この瞬間から、新しい。

今日も皆さま、おすこやかに。

現実を生きてないと思ったら

現実を生きてないとき
自分の考えの
こうだろう、こうにちがいない
の中で生きているとき
特に責める気持ちなとき


足から下が浮いたように
アタマがカッとなって
お腹が重たくなる、ですよ。
人の顔もよくみられなくなる。


こんなときは
深呼吸して
特に息をゆっくりめに吐いて
その場を離れて
ひとり静かに歩くですよ。

反応をゆるめるように
いたわるようにして
できれば身体をあたためて
静かにしているですよ。

ゆっくりね。

今日から始める

人生初の長い春休みのような
子は今日から家の掃除を始めました。

私は今日から、
途絶えていた「日誌の作成」を始めます。

毎日少しずつ
自分のできることを
周りもわかるかたちで
進める。

焦りや不安には
深呼吸で間(ま)を持つ。

今日から始めることを
いくつか続けていく。
始めなければ続きもしないし
続けられる私や他人を信じます。

春の雪は身を引き締めます。
どうか皆さま、おすこやかに。

今週の1冊 「大局観」

「大局観」  羽生善治 著
 角川oneテーマ21


「大局観」とは文字通り、大局にたって考えること。
ぱっと局面をみて、「今どうすべきか」を判断すること。

将棋は若いうちは
ロジックを積み重ねてあらゆる手を読むことで、
過去の対戦を研究しつくし
より多くの選択肢を選びぬくことで、
強くなるそうなのですが

経験を積んで、大局観を育てると
選択肢を少なくても判断できるようになる、
むしろ、年齢を経ることで育てなくてはならない
と、著者は説きます。

その他、
「負けること」についての考察、
「将棋とチェスとコンピュータ」の違いなど
将棋を知らない人でも
日常との共通点を見出せる話題に加え
合間にはさまれる将棋の世界の話、
江戸時代の詰め将棋や棋譜の話など
道をきわめている人ならではの視点が楽しめる
淡々とした著作です。

ネタバレになるから、なんですが
私は最後の6行で
「人は(自分も含めて)簡単にはわからない。
40歳代の今とこの先、ますます楽しみ」
と思いました。

将棋が好きな方もそうでない方も、
「自分、もう若くないかなぁ」と思ったら、ぜひ。

今年の目標ふりかえり(7週/50週)

7週目の振り返りです。

=============
この1年、「学びの知恵を行動に活かせた」といえるために

1.18:00に仕事を終えて夕食をつくる。週2…●
2.ブログで自分の考えを発信する…○
3.仕事で「これをシンプルにした」を2週に1回…●
4.自分の思い込みにとりくむ「バイロンケイティワーク」週1…●
5.話す、きく場をつくり、参加する。月1回…△(評価なし)
============

1.は、まず「週1から」にします。目標を変えます。
 蒸した野菜を食卓に乗せたいのです。

2.考えが発信できているかどうか
 ややあやしくなってきた。

3.先週仕込んだつもりがだめでした。

4.ひとりでワークをやると
  頭の中で、やっているつもりになってる。
 そうすると途中で考えがどこかに飛んでしまう。
 紙にかこうっと。

5.これは準備のみ。


あいかわらず間食がやまず
仕事をするときに
「肝心なことが進まない!」という思いにさいなまれ。

それでも、いくつか本を読み
子の入学準備を先に進めることができ
休日をゆっくり過ごせて安心しています。

何をそんなに

一日中、
目をつり上げて仕事をしていました。
こんなことをずっとアタマんなかで
言ってた、言わないけど。

電話がなる。
メールがくる。
質問される。

みんな、私に用事があるときは
曖昧なこと、厄介なこと
正しいといってほしいこと
答えがほしいこと
お墨付きがほしいこと
「○○さんがいったから」にしたいこと
ばっかりだ!

即答しないと私に案件が保留される。
もってこられないように
二度と戻ってこないように
ある程度のウラはとって
とにかく即決。
で、
同僚を安心させる。
進ませる。

…と、
こっちがやりたい仕事は
ちっとも進まない!


あー。

私が安心したくて
お墨付きがほしくて
答えがほしくて
厄介事を他人にまわしたくて
かといって任せられずに
仕切りたくてしょうがない

こんなにこんなに。
振りまわす。
振り回される!って
自分を振り回してる。

今日は何度も息を大きく吐きました。


あらかた片付いた最後、
上司の上司に
「…で、
今、何か事件がおきてるわけじゃないんだな」
と、きかれました。

ハイ。かたづきました!
と元気に返事。
やれやれだ。


帰りに本屋で
本を のびのび 選び
ひとりの時間を楽しみました。
選んだのは地図と、ハックもの。
好きな本。

今日は何をそんなに
目をつり上げていたのだろう。


よく寝ます。

毎日新しい空の下で

天災に被災した人の親御さんが、求められて語った
「精一杯生きたことをほめてやりたい
これまで与えられたことをもって
これから生きていきたい」

ということばや表情を
求めた人々の撮った映像を通して
私は見て、きく。


誰かの魂を抱いて、ともに生きること。
それは、どうかその語る人の支えになりますように。
見るだけの私にできることはそういう祈り。


様々な報道のなか
渦中にある本人だけでなく
その人に思いをかける関係者のことを
私は最近考える。
起きてしまったことから
なんとか始めなくてはならない
その本人と周囲の人々のこと。

毎日新しい。
今から新しい。
無理やりポジティブでも
全部忘却でもなく。
身を引きずるように今日をはじめても
高い空に希望をもって今日をはじめても

それはそれで同じ
新しい空の下です。

可能性を信じたいです。

どうか皆さま、今日もおすこやかに。

近況のような

子は高校が決まってから
高校からの課題
(問題集や読書レポート)
に勤しむ毎日。
加えて、今週中に自分で
今後担当する家事を決めることにしています。
相変わらず、学校には行かないです。

中途半端っちゃあ
中途半端ですけれど
なんでもかんでも白黒つければ
いいというものでなし。

私は甘いモノをつまむのが止められず
体重計でため息をつく毎日です。
やれやれ。

春はココロ浮く感じと
どこか同時にさみしさもあります。

春には限らないか。
さみしさや
毎日とぶように過ごす中での
なんとなく、ひとこいしさ
のようなもの。
お天気や無難な話題を交わしながら
ふと感じるもの。

そのようなものを抱え
もややん、としつつ、
あたりは春めいてゆくのでした。

春は環境の動きに
柳のようにゆれたいものです。

今日も皆さま、おすこやかに。

信頼について

自分の中の信頼は
与えられるものではなくて
壊れないようしまい込むものではなくて
たとえば毎日使う食器のように
自分の滋養を得るときに
そこにあるものです。

毎日使う食器は
愛着を持っていて
壊れると痛いです、
私にとってはね。

でも、新しい食器は
また積み重ねると
私のそばに、
そこにあるものになるでしょう。

私の中の信頼は
そのように、毎日
あまり意識しなくても
私のそばにあるもので

気づくとその存在に
感謝するものです。


壊れてわかる、のではなく
ふと気づいて
あるいは気づかされて
感謝するものです。


今ここに、静かに
深呼吸して。
今できることをする。
信頼を育ててくれた全ての存在に感謝。

今日も皆さん、おすこやかに。

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »