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変化を優しく体感する

ラス・ハドソン氏のエニアグラムワークショップ「変化と成長―可能性を広げるためのエニアグラム」に参加しています。

人が普段、
身を守る鎧(性格)の内側で
眠って留まって苦しんでいる、
そこから自らが変化することを
受け入れられる可能性がある、
その道のりに光をあてられている

というのが、1日目の私なりのまとめです。

実際、ワークショップ中は、知的興奮、滞る焦燥感、胸の奥の動揺など、変化がおきます。

変化や成長は一本の直線的なアップダウン、あるいは予定調和や自己納得ではなく
今この瞬間の状態にどれだけ気づけるか。

変化を優しく体感できるか。

にあると、
昨日一日をそのように受け止めました。

さて。
また変わるかもしれないけど
もう一日です。

変化と成長―可能性を広げるためのエニアグラム―

今日は
エニアグラム研究所が、エニアグラムの研究と実践の第一人者ラス・ハドソン氏を迎えてのワークショップ
「変化と成長―可能性を広げるためのエニアグラム―」
に参加します。

私のいま望む変化や成長のイメージは、植物、です。
本来の種の持つ可能性が、外的環境の影響を受けつつ豊かに育つ様子です。
徒に促進されず
あるがままにのびては枯れるような。

そこで、
人間という、
言葉をもち、感情と思考を持って
環境に対してやたらアクティブに作用する生き物と

そのなかのひとりである私、
日々、自分と他人との関係
家族、職場、職務…
の間で
時に落ち着き
時に感情的にブレて
変化を怖れて予定調和に陥ったり
信頼感に包まれて穏やかでいたり

つまり、
植物のようには、必ずしもいられない
私なり、人間の、
変化と成長に
エニアグラムは今どんな可能性をひらくのか?


ここにいない仲間と
一緒にいる仲間と
様々な人たちとともに
ワクワクしながら学んできます。

ブレても戻るしあるいは戻す

「信じている」人や物事相手には
動じないけど
「信じたい」人や物事には
動揺する。
「大丈夫?」なんて
相手に言ってみたりする

「大丈夫?」なのは
アタシのほうだよ、Baby。

「信じたい」の動揺に気づくのは
何か言うなりやるなりした
数秒後から数分後です。

気をつけたいのは
目の前の相手を「信じてる」振りして
違う誰かを「信じたい」と思う瞬間。
昨日、あった。

自覚できた瞬間
「事実の確認」に徹して
目の前の人が気持ちを発するコトバと表情をレシーブして、
さすがウチのチームはこういうときに○○できるからすごいね!
とか相当頑張った
…というこのガンバリが既にムリ感ある?


つい起きるオノレの感情に反応しない。
(強い感情は「自分の思い」から発している、ワタシの場合)
ガマンするんじゃなくて
一瞬でいいから間をとる。
「信じたい」気持ちを自覚する。
目の前の瞬間を信頼する。

本当にこれに尽きる。
ブレてもいいし
ブレても戻るし
あるいは戻す。
というわけさ。

今日も皆さん
もちろんわたしも
どうかお健やかに。

集中、するんだか?

半年位前に想像していた仕事の忙しさは
もっと私を追い込むようなもので
とても他のことはできないと思っていました。
でも、
確かに今やることはたくさんあるけど
他のことができないって程ではないし
比較的穏やかでもあります。

週の真ん中越えて
週末のエニアグラムワークショップや来週のトレーニングにワクワクしながら
今は今のことに集中です。

仕事以外のことをするとか
人にあうとか
踏み出すことに
可能な限り躊躇しないように
この3年は、やってきました。
ここへきて
複合するんだか
統合するんだか
の芽がでるような予感がします。
いや、あんまり深い意味はないけど。


複数考えているようでいて
ある瞬間、
考えられることはひとつしかない。

あまり先回りして
いろんなことにとっちらからずに
今できることを
今できる最善の判断で
やることにしましょう。

唐辛子味噌

仲間のくりちゃんが週末に、自作の朝採りの唐辛子とハバネロをくれました。

前から食べたかった、唐辛子味噌を作りました。

レシピは携帯サイトから入手。
重さは
唐辛子:味噌:(酒+みりん+砂糖)=1:1:1
酒、みりん、砂糖も同量。
唐辛子は種取ってきざんで
ごま油で炒めてしなっとしたら
味噌他の調味料を入れて
焦がさないように水気をとばすように炒める。
具材をへらですくって、
もったりと落ちるか落ちないか位の固さが
出来上がり。

唐辛子は5、6本、約40gほどいただいてまして
出来上がりは大さじ3杯弱位になったのですが
お箸の先でちょっとつまんでご飯と一緒にいただくだけで、もう何杯でもいけそうな。
ウマウマの逸品に♪

新鮮な唐辛子、ハバネロがなにより。
あとは砂糖は黒砂糖を使ってコクをだしました。

秋がすっ飛びそうな位の、
今日の風の冷たさですが
美味しい食べ物は秋本番。
ご飯をおいしくいただきましょう

それでは皆さんどうかお健やかに。

それは私の問題として空に還そう

昨日、その場所を離れられず、かつ口出しもできない状況で
(要は手持ちの作業でテンパってた)
片耳で、他人が別の他人に言っている話を聞いていた。

別に私に話しているわけではないから、聞かなくてもよかったのだが
聞いてしまって
オナカがすっかり重たくなった。

その話は、その人が「何かに納得いかない」ということを表明するときにたいてい持ち出すストーリーで
過去の出来事で反論のしようがなく
何度か話を聞いてきたけど、もう私にはどうしようもない。

最近起きた出来事に、例の過去の出来事を結びつけて切々と語る。
私にはまったく関係ないと思える二つの出来事が関連づけられ
その人の「具合が悪い、調子が悪い、なぜならあの時からそもそも」の理由になってゆく。

私に話しているんじゃないから。
耳を塞ごうとしても流れてきて
よけいオナカが重くなって。

「最近の出来事」のほうに少し絡んだワタシとしては
…もういい、わかった、全部ワタシのせいにして「最近の出来事」のほうはすっきりしてくれ、
で、過去の出来事とは関係ないから、関連づけるのやめてくれ

その過去と紐づけてる限り、
あなたは納得しようがなくて
苦しいままじゃん!


…って、ここまで携帯で入力しながら
今は今日なんだけど、いくつか気づく。

私もその人の「過去の出来事ストーリー」を何度も思い返している。
私自身が責められている「気がする」からやめてほしいと思っている。

今、この瞬間に
過去を持ち出したがるのは
その人にナントカ変わってほしいと
相手の問題にすり替えたい
私の問題だ。

と、いうわけで

私は深呼吸して
私は今ここに立って
私の問題として
もし受け止めきれないぶんは
今朝の空に還そう。

私が納得いかない気持ちを
しばらくなでて
空に還そう。

皆さん、今日もお健やかに。

早起き

久々、早起きして、出勤です。
昨日、龍馬伝見ながら寝てたので
睡眠はばっちりです。

先週金曜日の仕事の続き、
今日午後の会議に間に合うよう
見込み4時間の作業をするためで
あとはやるだけ。

この時間、
マックも松屋も開いてるし
電車の中も結構、人います。
まぁ、夏なら問題なく朝だもんね。

夜中と早朝の間に起きると
ふっと穴におちるような感覚があるね。

それでは
そろそろよあけ、
皆さまどうかお健やかに

存在そのものが支え

ただ生きてさえいてくれたら。
それだけでいいと
人に対して思うということは
自分も誰かにはそう思われている
ということ。

でもなかなか
思われていることに気づけず、
自分は何かしなくちゃ、
と思いがちです。

自分の存在そのものが
誰かの支えになっている。
「誰か」には自分も含む。

そういうふうに
今は思えなかったとしても
必ずそうですから。


私はそのようなことを
出会う人に伝えたいし
あるいは
自らそのように生きることで
伝わればよいと思います。

生きる。
まだ還らない、生きる。

大切な一日

風邪もほぼ抜けて
天気も体調もすっきりです。

今日と明日は、
今年、月イチで通う
「エニアグラムトレーニングワークショップ」で
仲間と、己の器を育んできます。
たいていは、自分に手一杯になりながらも、そこにいる仲間たちだけでなく、大切な人たちとともにあるように思っています。

今日は、子の誕生日で、
15年前も少しひんやりしたいいお天気でした。
まだ半分寝ていた子には
HAPPY birthdayを伝えて
だんなには
Thank youを伝えました。

朝は一人でDVDも観たりして。

ちょっとした、
普通の
大切な一日です。

サイト「いまここに生きる」

友達の阪井芙美さんがホームページを開きました。

「いまここに生きる」
http://nowhereguidance.jimdo.com/

彼女が自身に刻んだ思いで
伝えたいことをカタチにしたサイトです。

彼女とはともに
エニアグラムや「いまここにある」ことを学んできました。
今もいつも隣にいるようです。

タグの
「いまここにいる方法」
「9タイプの生き方」
ももちろん、知恵に満ちていますが

ホームの「いまここに生きる」の文章は
いまここにいることの確かさを
多くの人に伝えたいという思いが伝わり
強いつながりを感じます。

サイトのURL nowhereguidance は
「誰かや何かに、といった『外』には
究極、導きはなくて
いまここにあるときの内なる自分にこそ
確かな導きがある」
という意味に、私はうけとりました。

エニアグラムに興味のある方はもちろん
生きること、少し苦しい、
生きること、わからないけど楽しい、
いろんな方に立ち止まって読んでほしいと思います。

治癒系全開で

えー。
治癒系、頑張ってます。
昨日は9時には就寝、6時起床、よい子の夏休みのような睡眠です。
おかげでそろそろ終盤の
「滝のやうなはなみどぅ」
「ある瞬間に怒涛の連続咳」
がでてきました。

今日の会議と
データの作成のめどさえつけば
今日も帰れます。
いわゆる山場なのですが
チームがやるべきことを明確にできて淡々と進んでます。
ありがとう、上司。

今日はできることに集中します。
あったかくしてます。
無理もしてません。

皆さんどうか今日も健やかに。

治癒系

咳も出ます
はなみどぅも出ます。
カラダの節々が
「節々です」
って自己主張しています。

これを人は風邪と呼びますな。
日頃弱い、例えば歯茎などが腫れぼったい感じで
リンパ節や肩や背中がこわばっていて

あー、今私の治癒系が
エライ働いてるんだー
ありがとう、治癒系。
と思います。

社会でも人間関係でも
そういうのがあるとしたら
私は治癒系でありたいです。
今突然そう思った。

…あ、それはそうと。
ビタミンC!
今必要なのはまずそれだ〜
と、購入。
オレンジジュース。
ビタミンC入りゼリー。
これからチャージします。

皆さんどうか本日も健やかに。

うまくいえるかどうかともかく書いてみる

今日、仕事中。
わりと突然、おりてきたことを
うまくいえるかどうかともかく書いてみる。

誰かを悪く言う
内心でも、実際にくちにしても、
そんなときの自分を
結局あまり自分でも好きではないけど、
ついくちにででしまうことはある。

ただ、そう言わなくてすむ、
誰かの、好きな面を見て、
こういうところ、好き
いや、好きとまではいわなくても
いいな、と思う、
そういうふうに思うことで
何か不利益というか、悪いことはあるか?

人を悪く言う、悪く思うときの私の動機は何?
って突然、仕事してて考えはじめたら。

人を落として、人のせいにして、
自分を上げておく、立場を守る、
安心させておくというのが
私の主な動機です、ニンゲン小さいけど。

最近
「私こんなに頑張ってるのに」というふうには
思わなくなったのだけど
「(○○さんは)わかってないなぁ」
と思うことがあって
そのときの感情や動機を思い起こしたときに
「私はわかってるけど」って、安心したいと思った。

それとか
「○○さんは、ちっさいなぁ」というときもあって
それはたいていワタシのほうが
タマシイちっさいわけよ。

安心したい、大きく見せたいをいったんおいといて
「この人のこういうところが、いいな」
と思ったら
私は何か動揺するんだろうか。

「そういうところ、いいですね、素敵ですね」
ってくちに出すところを想像したら
かなりこっぱずかしい、
つまり私の立場を不安定にするのか。

でも、思うだけなら、ま、いっか。
と思ってみた。じゃない?

「まったく、Aさん、こんなところが××っ!」
からではなくて
「ああ、Aさん、こういうところ○○~」
って思うほうを先にしてみたら
ムリにじゃなくてだよ、思う順番を変えるだけね。

もっというと、
「こんなところが××の」
「こんなところ」すら「イイネ!」と言うくらいの
イキオイもよし。

そのほうが「ワタシの」気持ちが
不安定ながらも楽なんじゃないかな?

・・・おめでたい??

あー、なんか書いてみると
イイコチャンな感じだなぁ。
でも、むりやりポジティブじゃないんですよ。
全部認めたうえで、思う順番を変えるの。
おめでたい、というほうが自分では近いです。
で、「おめでたい、上等」という感覚。

少しあったかくする

昨日の朝からの喉のイガイガは
結局、痛みと咳になり
今朝はマスクをして
厚めの上着を着て
あったかくして通勤です。

なんとなくリンパ節というか
固い感じがするので
鎖骨の周辺をよく揉んだり
股関節をストレッチしたり。

いつもはパソコンでじっくりみるDVDも
昨夜は布団にもぐって最小限のボリュームで
うつらうつらしながら見ました。

「深呼吸の必要」2004年

沖縄は宮古島で、期間限定でサトウキビを刈る援農に集まった人たちの話。
それぞれの動機やいきさつで個として固まっていたのが、
島の空気
おじいとおばあ
に支えられ
目の前のサトウキビをひたすら刈る毎日と、
触れあわざるを得ない人間関係から
しだいに自分の持つものでお互いを支え合えるようになる
という、
あ、フィクションです。

同時ブレイクちょい前の若手俳優さんが出演している意外性もあり。

ゆるゆる見たのと
舞台が宮古島というのもあり
話のスジもそういう感じで、
あったかくなった映画でした。

さて。
皆様もあったかくすごせますように。

長財布

最近、財布を替えました。

今までは頂き物がかなり長持ちしており、自分では久しく買ってなかったのですが、

長財布。
無印良品の、ごくシンプルなやつです。
初めて、持ちます。

財布はお金の布団だか部屋なので
居心地がいいと、お金が戻ってくる。

ってホント?

ただ、財布にちゃんとした存在感があって、カードも現金もきちんとゆっくり収まってると、
お金を使うとき、考えるし見通すようになりますね。
考える対象がより具体化します。


オススメ、長財布。

苦手なことに取り組む)お金のこと

お金のこと。
苦手だと、自分では思ってるんだけど・・・

「それは本当でしょうか」
by バイロンケイティ

ってこともあるし。

最近
家族の収入と支出、将来設計について
相談にのって下さる方とご縁がありました。
といっても、
私がちゃんと自分の経済を把握していないから
「相談」にも達してない。
まず生活費の把握からはじめましょう、ということに。

ファイナンシャルプランづくりは
「何を大切にして、どう生きたいですか」
「自分の何を存在価値にして、生きたいですか」
自分の大切にしたい対象は何か。
自分はどのように大切な存在でありたいか。
を問い、
それを経済で具体化するプロセスですね。

お金のことは、苦手だなぁ。やはり。
私は、
こんなことしたい、あんなことしたい、も
あいまいにくるめて、アタマのなかで完結している。

その、夢でも理想でもいいけど
キレイゴトをどうやって実現させるつもり?
暮らしていけないでしょ?
そういうのがさらけ出されて

ヘコむかな、とおもいきや。

今回だんなに
「生活費の内訳を把握したいのだけど」
といくつか質問をもちかけたら
だんながきちんと毎月の固定費を記録して、
1年の支出をすぐに出せたことに驚いた。
加えて
「何年かおきに(私が)
そういうこと(お金のこと)、言い出すよね」と。

あんまりお互いのお金のこと、
いままで聞かないでいた。と思ってた。
収入、二人ともあるし。
でもそれではいけない、と感じることが、
私には数年おきにあったのだ。
(忘れるなよ)

そして、具体的に聞けたことで
私は、生活に対するだんなの着実な愛を感じ
加えて、生活と将来をちゃんと見る
自分の愛も感じることができました。
自分がどう生きたいか、何をやりたいかも
きちんと話そうとも思いました。

・・・やだ、のろけてる?
そんなんじゃないんですけどね。

龍馬の直筆

龍馬の直筆
午後、友達とランチのあと、
皇居東御苑の三の丸尚蔵館へ。
坂本龍馬直筆の薩長同盟の裏書」を見ました。
(明日17日まで公開です)

桂小五郎と西郷隆盛が交わした書面に、朱色の裏書。
直筆をみると、今の時代に直に繋がっている感じをうけます。
意気込みが立ち上がるような、でもどこか飄々とした墨跡でした。

皇居東御苑は初めてでした。
充分手の入った樹木。
静かな木造の建造物。
滑らかに積まれた石垣。
適切な広さの芝生。
四時半閉園という健康っぷり。
居心地よい空間でした。

写真はジュウガツザクラです。

そうそうモノゴトわからない

わかりました。
わかってる。
そう思っていれば安心だし
実は不安でもあります。

わかりました
と返事するときは
そうとしか言えなくて
わかっていない不安を
みないようにしてる、
ときもあります。

わかってる
この物言いは
実はけっこう不安で
自分に言い聞かせて
おさえこみにかかってるね。

実は
そうそうモノゴトわからない。
アタマのヒラメキは
本当に閃くときと
まやかしのときがある。

わかろうとして
ムリに求めて七転八倒して
そこで力が抜けたとたんに降って落ちてくるときもある。

体動かしてるうちに
ついてくることだってある。

そうそうモノゴトわからない。
モノゴトもヒトノココロも。
ヒトとは、自分も含む。
それくらいでいたほうが
たいていのことが
みやすくなるように思います。

三つ目のあたり

「三つ目がとおる」
って手塚治虫の漫画
あーもー、
ついてこない人がいるだろうけど

眉間の少し上に、三つ目の「目」がある少年の話です。

ちょうどそのあたりが
気持ち、開くようになった気がします。
目ができるのかしら。

パソコンや携帯に
がっっっと向かってると
眉間にシワができる。
それが
だいぶ緩んだのと

加えて
緩ませる罪悪感のようなものがなくなって
眉間に力が入りすぎないよう眉間を平たく伸ばすようにしています。

そうすると
頭からすとん、と楽になるの。

三つ目ができてもお友達でいてね。

家族とのゆっくりな時間、服を買う

昨日、父親が手術を受け、この数年で受けた中では比較的術後の顔色がよく、安堵しています。

以前は先のことを考えたり、病にまつわる知識や考えにのみこまれていたけど、
今回は目の前の本人を見守ることに集中できたように思います。

手術終了を待っている間、家族が久しぶりに全員揃い、姪や甥の画像を携帯でやりとりして楽しみました。
昼は妹ともゆっくり、子育ての難しさについて話せました。

かなりゆっくりとした時間の後、帰宅途中に、服を買いました。
今まで買っていたものとは多少感じの違う、柔らかい形と素材のものです。
このあと少し仕事にぎゅっとなる機会も増えそうだから、
服だけでもゆるくやさしくしておこうかと。

さっそく今日は朝イチから会議で、戦闘モードを入れにくい?服を着てみました。

どうかな?

それでは、みなさま
今日も健やかに。

考え belief

日頃、他との関係を結び、何かを為す中で

「考え」
こうに違いない
…であるに違いない
…であるべきだ

は、私を守り、せき立てています。
いいか悪いかではなく、

…に違いない
…でなくてはならない
というスタンスは
やや、体を固めます。

そんな頑なではない、
と思う人でも
何らかの根強い「考え」で
自分を苦しめています。


・それは本当ですか
・絶対そうだといいきれますか
・そう考えるときあなたはどう反応しますか
・その考えがなかったらあなたはどうなりますか

バイロンケイティワーク。
自分の「考え」に、現実や事実のシャワーをかけて、やさしく洗い流します。

興味のある方はネットで検索を〜

自分で決めているようでも

自分で決めているようでも
自分で決めているように思うけど、
たとえば
伊豆に来ることだって
何をこんなふうにしよう、だって
最後は自分で決めていると。
決めたいと思ってるけれど。

アタシが決めたんじゃないとか
誰かのせいにしたりとか
もちろんそれもあるし

もっと広い感覚の物言いだと
出来事や環境は
偶然そのように起きていて
ここまでたどり着いたことは
自分だけでは決められないことだった。

お遍路にいく
エニアグラムトレーニングに参加する
ホロトロピックブレスワークに参加する

この三つをやっている
今年、この順番、というのは
自分だけでは決められないことだった。
偶然、こうなった。

必然とまでは言わないけれど
「計画外のことそのものが人生だ。」
…あ、これはジョン・レノンの曲の歌詞にある、はず、このとおりの文言ではないけど。

お天気も
生きていることも
生まれたことも
肉体から離れることも
自分では決められない。
で、
それだからこそ
味わい深く面白いです。
こころから。

雨の伊豆

ずっと続く雨音。
黒い木立。

今朝。
体に要らないもんが何も残ってない。
です。

…反則かなぁ、この文章。

また明日。

伊豆行き

雨の日はしっとりして
そこはかとなく心身潤う感じです。

小田急線に乗っています。
小さい頃は祖母に連れられ
一人で乗るようになってからは
たいてい何らかイベント絡み。
こんなことあんなこと。
いくつか思い出します。
丘陵地をぬける車窓眺め
しばし、ぼんやり。

最近あれこれコンをつめた。
二泊三日、リセットしてきます。
ホロトロピックブレスワーク、です。
行った人は、
とにかく行ってごらん
というだけで
予想がつかない。
というか
伊豆に行くときは、
何を予想しても無駄で。
なるようになったことがベスト。

家族に感謝。
「いつもありがとね」
とだんなに言ったら
「なんだかな」
と。

行ってきまーす。
また明日。

物に心

朝、久しぶりにコーヒーが飲みたくなって、コーヒーサーバーを取り出しました。

数年前のスタバの福袋に入ってた
ペーパーフィルタが要らない、
スタイリッシュなフォルム。
それゆえに、保存場所も扱いも特別。

ちょっと厄介だな
でも処分できないしな
って思いながら扱ってたら
割れてしまいました。

こいつ、自分から割れたんじゃないか。
プライドを傷つけたから。

「物に心がある」
と思った瞬間でした。

本当に必要な物を買い
大切に扱う。
使う機会がなくなったら
感謝して手放す。
自分自身が扱ってほしいように
意志をもって、物にもあたろう。
そのように思いました。

爽やかな風。
どうか皆さんもお健やかに。

軽いリセット

午後、職場に行ってから
うなりをあげるような集中力で
表計算シートと格闘。
しかし、思ったような結果が出ません。

納期は明日午前。
ややリスキーだけど
一晩寝かせることにしました。

数字でゴリゴリになったアタマを
駅前の本屋さんで雑誌眺めて
あー、写真。
あー、文章。
しばしリセットします。

読む側はリセットだけど
作る側は大変なことだろうよね。
締め切りに追われて。
ま、それはどこも同じか。

少しゆるんだところで、
そうそう、今日は午前中、
換気扇を交換したので
ピカピカの台所と
ちゃんと掃除したダイニングテーブルが
私を待ってる。

嬉しい。

リセットしてきます。

また明日。

目医者へGO!

一週間位前から、なーんとなく右の白眼が充血っぽかった、ところ、
昨日の夜結構ひどくなり
今朝痛くなったんで

聞くだけの会議をこれ幸いと一本サボって
目医者さんへ行ってきました。

昔よく瞼をデキモノで腫らして、目医者さんでがっつり潰してもらってたのが懐かしい。
少々手荒な処置を思い切ってやってくれるお医者さんが好みです。

さて、
白眼の膜が黒眼側にやや飛び出してます、治りません、別の目医者さんにいわれたのは5月のこと。
確かに治りません^^;
そこがどうも炎症を起こしやすくなってるです。
目薬さす位しか処置ないんで、マメにさしてます。
もちろん、好みの手荒な処置は登場しようもなし。
やれやれ。

天井吹き抜けの、モノをおかないシンプルな待合室がかなり快適で
片付けゴコロがまた湧いてまいりました。

今日は目を休め休め、
っつってもなー
パソコン画面が私を待ってるし。
目を酷使してるわけですよねと。

お気をつけて。

では。

惜しい

ものすごく、これはいい!
という夢を見てました。

はっ、
と気がついて
あ、乗り過ごした?!と
慌てて電車をおりたら
まだ手前の駅で
すぐ電車にのりなおし
なんて、やってたら

…すっかり忘れてしまった。
何の夢だったか。
惜しい。
また見せてね、わたし。

さぁ、天気がよくなってきました。
今日も一日、ご陽気に。

現実と願望のギャップ

朝、5時に目覚ましかけても
活動開始は5時半で
ご飯炊いて朝ご飯とお弁当支度して7時を超えて
ご飯食べて少しのんびりしてると8時を超え
あーあ、と思いながら勤め先には9時半超えて顔出すことに。

願望は8時始業開始なので、朝もう少し短縮したいのに。


夜もう少し、できることをやっておくようですかねぇ。
夜はもうあまり立ち働けなくて、ネットにしがみつくから、そこ、やめてみて、ねちゃうか。

休み中、現実と願望のギャップに気づいて凹んでいます。
記録をつけて現実を把握して具体的にクリアしたいものです。

服に困る

正確には靴か。

今、様々な生活習慣を試しているので、服と靴の方針が定まらないです。

朝、散歩してそのまま通勤しようとすれば、靴はスニーカー(私はランニングシューズなんだが)になります。
でもそれだと合わせるスカートがなくて、パンツになります。リュックもしょっちゃうしね。

でもスカートも最近いいな、靴も直したし、とも思っており、
あ、私、いわゆる婦人靴はヒールやソールを直して長く履きます。平気で5年以上。
そうすると上着は手持ちのジャケットかカーディガン。リュックにはできないから、通勤時じゃなくて、単独でウォーキングの時間をとらなきゃだなとか。

生活の時間帯が今流動的で、
もう少し定めたい。
服も買いたいが、スカートにするかパンツにするかでもう悩む。

例えばあと2キロくらい自重を落とせたら、捨てられなかったいくつかの服を復活できるな、とか。

おっと。
だらだらひとりごとにおつきあいくださってありがとうございます。

またあとで。

絵を見て、しゃべり倒して

絵を見て、しゃべり倒して
絵を見て、しゃべり倒して
友達が毎年、絵を描き出展しています。
国立新美術館で開かれている「一陽展」です。
今年は奨励賞に入賞、おめでとう!

12歳の頃から思い出の尽きない仲間たちが集まって、絵を拝見しました。

毎年、力作を見せてもらい、他の絵画や彫刻からも、人に向かいあうようなパワーを受けます。
構図や色彩、あらゆるものから世界観が立ちのぼってくるようです。

私自身は鋭く直線的でクリアな絵、あるいは水面のゆらぎを克明に描くような絵に惹かれます。

友達が描いた絵は、贅沢なことに作者の解説付きで鑑賞しました。
クリアで奥深きがあって、シンプルで思い切りのある一枚。
素人ごときがおこがましいけど、構図の妙に、ゾクゾクします。
…うわぁ。
しばし堪能。


その後は、六本木「厨房太郎」にてイタリアンをアラカルトでいただきながら、7人でしゃべり倒しました。
昔の話も、今の話も。

あ。
今日の主賓はもしかしたら画家の彼女ではなかったか。
お構いなく人一倍しゃべったのは私だったかも。スマン。

お互い、すでに別の世界で生きてるほうがずっと長いのに、いつでもつながってて、遠慮のないテンションで話せる。
意思や意図を信じあえる。
ホントに面白かったです。

写真は、昔、北海道に行ったとき、友達が作ってくれたしおりを、これまた物持ちのいい友達が持ってきてくれたもの。
ポケコンで作った、カタカナのしおりです。
私、ただのっかっただけの旅。
思えば毎度そうだったかも。

ほんとにこの愛すべき仲間にずっと支えられてきたなぁと思います。

ゆっくり

大阪市街地の古家に暮らすきょうだいとその周囲の人達の日常を淡々と描く漫画「大阪豆ゴハン」(サラ・イイネス作)で

主婦である長女が、きょうだい達と出かけるのに、待たされているうち
「カーテンが気になる」とさっさとカーテン外してあらって干し終えたところできょうだい登場。

という話があり。
以来、気がついたときに少しでも何か手を動かしておく姿勢に、いつもあこがれてました。

今日はゆっくり寝て起きてあまり大きく動かないで過ごしました。
手際の良さに、思いをはせつつ。

午後からは友達の絵を見に行きます。
東京新美術館にて
「一陽展」
友達とも会えるので楽しみです。

淡々として決める

何か決めるとき
他人からの影響を受けて
浮かされたように動くことが、
私にはあります。

それは
流されている、
あるいは、自分がない
やり方のように思えて
私は好きではないです。

でも、
決める瞬間は自分で決めてきたし
その瞬間はわからなくても
振り返ってからわかることは
たくさんありました。

浮かされでもしないと
動けない
ということもあります。

何事も、アタマで考えて
行動が怯む。
誤解されまい、
正確にせねばならない
そうアタマで怖れるほど
実感から離れる。
ちぐはぐなまま行動している自分を厭う。

でもそこで動いている私は、
現実の私です。

大切にしたいことが、
あるのはわかったから
次は何をするか。
淡々として、決めました。

毎日が私にも
読んで下さってるあなたにも
鮮やかで健やかでありますように。

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