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ソウジ期

何年かに一度の周期で
私に「ソウジ期」がやってきます。
7月に自宅マンションの設備点検など何度かあって
それを期に少しずつ片付きました。
排水管清掃をきっかけに水回りをきっちりキレイにしました。
1回キレイにすると毎日少し拭くだけでよいので楽です。

いよいよ決心したのが
「部屋の乱れは生活の乱れ」
リビング・ダイニングルームです。

ダイニングテーブルは、
ご飯を食べるだけではなく
子の勉強机であり
(だんなにはマシンルームがある)
私の書斎であり
家族がテレビを見る場所です。
つまり、家に居れば多くの時間
ダイニングテーブルで過ごすわけですが

そこがもう私と子のものが積まれて埋まり
テーブルの周辺もわけがわからない。
私も子も環境整備が必要!
部屋がキレイになったら
少し子も勉強に心が向かうかな、と
幾分の下心もありつつ。

で、まず無印良品の
「ポリプロビレン・ファイルボックス・スタンダード」を
ネットで20個購入。
フリーに動かせて大きさが同じ収納道具がほしく。

ダイニングテーブルの上のものを
大きなかごにすべて1回退避。
次にダイニングテーブルに
ファイルボックスを積み重ねて
ゴミ用のカゴも用意します。

そして、ありとあらゆるものを分類し、捨て・・・
夢中になって約6時間。
ダイニングテーブルはずいぶん広くなりました。
でもまだ終わってない・・・

この週末はじっくり時間をかけて
心の乱れを整理していきます。

朝を楽しむ

夏の公園は早朝、人が多く、静かな賑わいです。
各々が様々なペースでそこここにいます。

散歩していたら、突然強い雨が降ってきました。
傘を持っておらず、そのまま歩きました。

雨を嫌がったり避けようという気持ちがあると、体に力が入ることがわかりました。
体の力を抜くと、雨が当たるのを幾分柔らかく感じました。

緑濃く続くケヤキ並木を、楽しんで歩きました。

明日お休みの人も
そうでないひとも
どうか楽しんで。

再び働き始めた頃働き続けて今

昔むかし。
私は消去法のように大学の学部を選び、具体的な職業を目指した勉強も避け、
好き、と、自立できる、を天秤にかけながら就活するもことごとく決まらず
「不思議な関門」を突破して唯一内定をもらえた勤務先に、結局ずっと勤めています。

「いつでも辞められるのだから」と「辞めない」選択をその都度続けてきた結果ともいえるし、
周囲の支えや制度など、環境に支えられたことも大きいです。
また、一方で「女だから」と殊更頑張ったあるいは不公平感に苛まれたこともあったが、「何何だから」という、自分に変えられない要素を根拠にせき立てるのをやめてからは楽にもなりました。

好きなこと、やりたいことを仕事にしたわけではなかったけれど。
仕事をする中で夢中になったり情熱を傾ける出来事はいくつもありました。
そうではない、退屈な、面倒なことももちろん山ほどあるけれど。

あまり考えなしに社会人を始めたものの、その先で揉まれて今に至ります。
決して個人の頑張りだけではなかったです。

今は、男女入り混じり、雇用形態も多様化する中、社会人になろうとする人たちが相当な労力をかけて「新卒入社」を目指して就活をしなければなりません。

エントリーする側ばかりに労力をかけさせず、受け入れる社会や組織の方に、もっと工夫ができないかと思います。

制度や役割で安心を担保するのではなく、
若い人たちも中高年も働き盛りも、一定の不安定さは共有しながら一緒に働けて揉まれるようなあり方、
経験なくても、よくわからなくても、Welcomeで、厳しさも苦しさも経験してともに育つあり方。

そんなふうな、社会や、組織にできるために、今私ができることは何だろうかと考えています。

ふぅ。
今書けるのはここまでっ。

働き始めた頃、働き続けて今

娘から
公民の授業で「男女雇用機会均等法」と年号を習ったよ、と聞きました。
中学生が年号覚えるような出来事になったか。
歴史の授業じゃなくてよかった〜。

私は雇均法ができて数年後に就職活動をしました。
先駆的な女性の先輩たちがつけてくれた道をおっかなびっくりたどるような活動でした。

大学の学部もなんとなく「好きかな?」という消去法で決め、就職につなげようと考えもせず、
教職課程もとらず、じゃ何して働くんだと考えてもよくわからず。

文章書きたい、本を触っていたいから出版関係。
手に職つけたいから、当時文系女子に積極的門戸開放してたシステムエンジニアやプログラマー。
好きそうなことと自立できそうなことの間を頭の中だけで揺れ動き、試験や面接で当たっては砕けてました。

私の就職した先は
簡単なペーパーテストと垂直飛びと縄跳びと面接が関門でした。
(さすがに今は違います)結果としてそこしか受からず、勤め続け、今に至ります。

続けられた理由はいくつもあります。
続けようと頑張ったというより、その都度「いつ辞めてもいいのだから」という「辞めない選択」を続けた結果にも思えます。

仲間や先輩の支えもあった。
辞めたらもったいないという気持ちもあった。
健康な家族と自分でもあった。
職場の制度に守られもした。
生活が完全に自立している配偶者でもあった。
何か自分の力量の外にある環境に乗った結果にも思えます。

女であるだけで機会がない!と叫んで獲得した法律の影で
女だから頑張らなきゃ
女だから評価されない
という思いの澱みは私にもありました。
ただ、女だから、といった、自分に変えようのない理由でせき立てる考えが少なくなってからは、だいぶ楽になったように思います。

自分のやりたいことが、ある「閉じた」自分だと、「やりたい」の範囲が狭い可能性だってある。
未知の世界の経験が思いがけず、自分のやりたいことを広げる可能性もある。
もっというと「やらない、辞めない」という選択で結果的に違うことを成せることもある。

雇用形態も職種も多様になったのに、いわゆる新卒正社員の採用は絞られて、今は社会に出ようとするとき相当な努力と労力をかけなくてはいけないです。
頑張ることを否定しないし、原動力になることは確かです。でも。

エントリーしようとする側にばかり労力かけさせず、企業や社会のほうがもっとWelcomeな体制をとれないだろうか。
まずは受け入れたあと、組織の中でお互いもみ合う形にならないだろうか。

…ちょっと中途半端ながらいったんリリース。
続けます。

8月21日は齋藤めぐみさんのキャリアカウンセリングセミナー

職場や自分の立場の変化に揺られて
どう生きたい?どうしたい?とぐるぐるしていた頃に
私は彼女のキャリアカウンセリングを受けました。
彼女の洞察を経て、心から語れて
自分の過去と現在がすっと一本つながった喜びを
今でもよく覚えています。
今では心の道をともに学ぶ同志です。

キャリアカウンセラー齋藤めぐみさんが
自身の経験と想いと学びをフルに実らせて開くセミナー。
参加者の皆さんが想いを探るプロセスを
全力でバックアップしてくれることウケアイです。

自分が本当にやりたいことは何でしょう?

職に就く、職を変える、職を深める。
どんな場面でも実は何より必要なのは
「自分を知る」プロセスです。
参加者の皆さんの多様な視点で照らしあいながら
一緒に探ってみませんか。

詳しくはこちら
8月21日(土)キャリアプランニングセミナー

http://ameblo.jp/megumi-saitou-career/entry-10584762591.html

夏の一日、
ぜひ自分への冒険を楽しんでくださいね~

想いを伝えるチカラ -山田ズーニーさんのワークショップ-

ほぼ日 毎週水曜日の「おとなの小論文教室」(山田ズーニー)
http://www.1101.com/essay/
私は連載開始からこのサイトで、日頃書く、メールなどをはじめとした、人と通じ合うための文章や表現を学んできました。

メール、ブログ、ツイッター、と、連載が始まってからの10年は、個人が文章を書く機会と、それが伝わる範囲と可能性が急速に広がる10年でもありました。
そのなかで
「表現するとは、考えること」
「本当に通じ合うには、自分に深く問い、考えること」
というズーニーさんのメッセージと、それに答える読者の皆さんのことばの交流は、ときにイタイところをつかれ、ときに深く同意してきました。
連載を読む水曜日は、今でも襟を正す時間です。

今日のワークショップは、期待を大きく超える、充実した時間でした。

ズーニーさんが「根本思想」と呼ぶ、「自分の根っこにある本当の想い」を探るワークが始まりました。
ズーニーさんがあらかじめ用意したインタビュー項目を、ペアになって相手に問いかけ、それを心から聴くワークです。ゴール「自分の本当に想っていることを言えたという自分の納得感」にむけて互いにサポートします。

相手に問いかけてもらい、本当の想いを探求し語る。
聴く相手がいるからこそ、自分も真摯に問い、語ります。
そしてグループでシェアし、最後はグループから1名、壇上で語りました。

「誰でも、根っこの想いを大切に抱えている」
「根っこの想いを伝えることは、想いに『ことば』を与えること。
それが相手にも自分にも響く」
「想いを自分を含めた人前に表すことで、拡がりと深みを増す」
ということを実感しました。
どなたの話からも、たくさんのギフトをもらいました。

私は、
「娘に、もっと生き生きと自己表現してほしいという想いは
娘に自分を見ていたのだとわかった。
私は周りの期待に応えようとするだけでなく
今とこれから、自分自身の期待に応える自分でありたい。」
と壇上から話すことができました。
そのとき、誰よりも全身を耳にするようにズーニーさんが聴いていてくれたのがわかり、静かに感動しました。

根っこの想いに問いかけ話す機会が、お互いの価値観に深く碇をおろしていき、こんなにお互いを勇気づける。落ち着かせる。
このチカラは誰にでも、私にも、あなたにもある。
聴くことから、それと加えておそらく自分を開いて語ることから始まるのだと思います。

話を聴いてくれた人たち、聴かせてくれた人たち。
そして想いを伝えるチカラを、具体的な言葉と想いと「全身で聴く姿勢」で授けてくれた
山田ズーニーさんに感謝。

今日は山田ズーニーさんのワーク

新宿紀伊国屋ホール。
ほぼ日に連載始められたときからのファン。
ミーハーだが、お目にかかれるだけで嬉しいです。

また詳しくお伝えします。

進学フェアにいってきた

子といっしょに、高校進学フェアにいってきました。

埼玉県内の高校(一部東京の私立学校もあった)がブースをかまえ
お子さんや親御さんの進路相談にのるイベント。
さいたまスーパーアリーナに人が満載でした。

ブースががらがらの高校もあれば
列を成す高校もあります。
一人でくる子、友達と来る子、親とくる子、親だけ。
いろいろです。

合格可能性に関して
公立は確約はもちろんしない。
私立は確約はしないけれどこちらの状況を説明することで可能性は匂わせてくれる。
公立の枠は限られているわけだし
私立側は相応の学力の学生をとにかく受験させて確保する。
大学合格率をよくして、持続可能性を高める。
なるほど。こういう構造か。
親がついていく、っていうより、自分のこととして興味がある。
だからアタシが受験するんじゃないってば(笑)

頑張ったけど、
長蛇の列がただでさえキライな親子、
あまりの人の波にややぐったりして
回ったのは3校のみでした。

いいの。どうあれ、頑張れ、子よ。
相手?の思惑や周囲がどうあれ、
あとはこっちの問題なのよ。

「私は役に立っていない、それは本当ですか」 -バイロンケイティのワーク-

最近うまく文章でかけないと思うことが多い
などと言い訳しながら書きます。

「バイロンケイティのワーク」に行ってきました。
「現実は自分の考えよりやさしい」
自分が発する、自分を(誰かを)責める声を実際に口にだして聞き、取り組む。
思い込みの「ブロック崩し」をするワークです。

バイロンケイティのワーク 日本語のサイト
http://www.thework.com/nihongo/
行ってきたのはC+F研究所のワークショップ

【今日の学び】
■その1

「私は相手の役に立っていない」という思いに取り組んだとき
「役に立っていない」という言葉を、私がとても大きく意味づけをしていることがわかりました。

時間が経っていて、かなりあっさりした書き方をしたものだと自分では思います。
1ヶ月前、「私は役に立っていない」と人前で口にした私は、自分の声を耳できいて思いがけず泣きました。かなり必死な言葉でした。
で、今日このワークに来たのは、まさにこの言葉に取り組むためでした。

「私は相手の役に立っていない」を
「相手は私の役に立っていない」と反転させて、その理由として
「役に立つわけはない、だって相手は何をすれば私の役に立つか知らないから」
「役に立つわけはない、だって私は私のやりたいようにやりたいから」
と、口にしたとき、あ!と思った。

役に立つ、という言葉は大きすぎて定義があいまいだ。
何をすれば「役に立つ」かなんて、相手が誰であれ、相手に確認しなければわからない。
私だったら自分のやりたいようにやりたい。
私以外の誰かさんだって、自分の望みや意思のもとで動きたいだろう。
役に立つ、というのを、相手や状況によってもっと具体化して小さい塊にして扱い、確認していけばいい。
もっといえば、答えは相手にあって相手のプロセスなのだから、基本放っておいていい。

これが実感できて、「役に立たねばならない」という考えの塊を細かくできました。

■その2

「私の仕事は意味がない」
この言葉に取り組んだときに、
「『意味がない』ことを否定しない、肯定的な可能性なり事実を考えてみましょう」
という、高岡よし子さんのサポートを受けました。

ここでアタマに降って来たのが
「『私の仕事に』意味がなくても、意味があっても、どちらでもいい」
もっというと
「『私に』意味がなくても、意味があっても、どちらでもいい」
というでした。

意味がなくても、たとえばそれで誇りを失ってもいい。
なぜなら、そうなれば
「私は、ありのままでいられるから」

ティム・マクリーンさんは
「意味がある・ないを作っているのは、考えだから」という言葉をくれました。

意味がない、と自分を裁き、
意味があるべきだ、と自分を追い立てる。
私を裁くのも追い立てるのも私の考えであり、私ではない。

うわー(泣)
私は今の仕事をいつしか私と同一化して
今の仕事を尊くして、今の仕事を誇りにして、同じくらい卑下していたように思います。
それはすなわち
私を尊くし、誇りにし、同じくらい卑下していたのだと。

ということで、今日はキリないので終わりです。

ともにワークした仲間たち、ペアになった皆さん、ティム&よし子さんに感謝。

ポットにあったかいお茶

朝から既に暑さ全開です。

持ち歩いているポットの中にはあったかいお茶が入ってます。
湯気もでませんが、ちゃんとアツアツです。
カラダの外の暑い寒いに比べて、カラダのほうがゆっくりなじんでいる。

あっためておいたほうが楽です。
お茶、ひとくち。
さっ、外へ出ました!
歩きます!

ライフラインチャートが描けなくなる

ライフラインチャートを見たこと、描いたこと、あるでしょうか。

これまでの自分の人生のアップダウンを線で描く。
たとえば中学生の頃こんなことあって人生最高(最低)、二十歳の頃こんなこと…と、自分の人生を一本の線で結んで上げたり下げたりしてグラフにします。

GCDFキャリアカウンセラー育成のコースでも、また他のセミナーでも使うツールで。
線が上向き(下向き)になったときの出来事や気持ちを振り返ると、自分の原動力が何なのかを見いだせる。

というか、描くだけでも「よく生きてきたなぁ、自分」と自分をケアできる時間となります。

他の人のライフラインチャートをシェアしていただける時間は「皆それぞれがかけがえなくユニークだ」と実感できます。
エニアグラムトレーニングでも「厚みを持たせる」という言い方をしていましたが、お互いの人生に対する向かいあい方、今ここにで分け合うお互いのありように、深く関われる時間となりました。

さて。
私はこの3年で、それこそ何枚もライフラインチャートを描いてシェアしてきました。
始めは「個人的な話をするなんて相手は退屈ではないだろうか」と思ったことを覚えています。
そのうち、探求しつつも慣れてきて、いかに相手に伝わるように説明するか、とまで考えるようになっていました。
つい3ヶ月前位にも書きまし。

ところが。
実際、こないだのエニアグラムトレーニング合宿の初日、これを描こうとしたら、
何か描きづらいのです。

昔のことは忘れてる(…)
というのもあるけど、

人生のイベントに対する評価が変わってしまい、うまくアップダウンが描けないのです。
アップとしたらどれくらいなのか。100か50か10か。
そもそもそれはアップなのかダウンなのか。
出来事や登場人物、当時の私について、評価が変わってしまったというか妙にフラットになって、うまくかけない、フィットしないような線になり
結局口頭で出来事と気持ちを話してシェアしたのですが、

うーん、何とも不思議なり。

ライフラインチャートが描きづらいという人がいたとしたら、そういうこともあるというの、よくわかります。

足場の不確かさをナメてはいけない

岩場や山道を軽快に歩けていたとしても、足場の不確かさをナメてはいけない、というのは

何も、常に神経張り巡らせてガードを固めておこうというのではなく、
むしろ過度な守りからくる予定調和や、現実確認を避けた蛮勇に近い突進に、向かっていないか。
繊細に問い、足応えで確かめよう、といった意味を含みます。

何でもコントロールできる、
何でも思い通りにできる
あるいは、しなくちゃ。

そんなにダイレクトな言葉でなくても
予定どおり進めなくちゃ
あの人この人にこうしてもらわなきゃとか
学んだことを何かに活かそうとか、考えるときに
何か、対象から自分を引き離してしまうのだと思います。

岩場の不確かさは、自分の「コントロールしたい心」をこそ問い、器を育てる機会です。

私にとって突然の機会を受け止めることはなかなかのパワーが要り、思いがけず驚きます。

何かを、何か「対象」を学ぶつもりがどこかにあったのだけれど
自分に押し込めていたもの、見ないようにしてきたものを、全部出して確かめていくような毎日です。

うーん、うまく書けてないが、暑さのせいにしてリリース。

ただ在れば 波がかたちを かえていく

どうして今ごろお遍路の話をまたしているのかが自分でもややよくわからないのだけれど、

5月のお遍路で海を見たのは23番札所薬師寺に行く前でした。
曇りと雨のぼんやりとした静かな海に、ときどき大きな岩がそそりたっていました。
岩は思いがけなく大きさで、時々高く波がぶつかっては消えていました。
どうやってそこに流れてきたのか、
もともとそこにあったものが姿を変えたのか。
そこにずっとあり続けていること、そしていつか形をかえていくことを、不思議に思いました。

その次に岩を見たのは、秩父の伊豆が岳でした。
伊豆が岳の周辺は岩がごつごつとせりだしていて、伊豆が岳山頂はまさに岩の上です。
ただ、その岩は「動物の死がいが堆積したもの」なのだそうです。
無生物かと思っていた岩が、生物と繋がっていることを初めて知りました。
そして木が大きな岩を抱いて生えているのをみてつながりを感じて惹かれました。

ずっと憧れつづけてきた、伊豆の「かんのん浜のポットホール」を見られたのはエニアグラムワークショップの伊豆合宿の当日の朝でした。
どうしてこんな形になっただろうという丸い石のもとへ、友人に近くまで連れてきてもらい、岩場を確かめながら降りてゆきたどりつけました。
日にあたり暖かいその石は、生き物のような、生き物ではないような、でもそこにただ在ったのでした。

おととい、合宿中に、海をずっと見ている時間がありました。
浮かぶ俳句を書き留めるというワークです。
岩場を抜け、大きな岩にすわり、さらにその先の大きな岩を見ていました。
ワークの最中で得た様々な出来事や心の動きが折りたたまれて
胸の中にいました。
海は膨らんで波が寄せて、高くぶつかっていくのを飽かずながめ、
目の前の海と、寄せる波の音に助けられて
いくつかの言葉を流しては消し、かきとめたことば。


ただ在れば 波がかたちを かえていく


在ることしかできないときがいくらでもあるのだろうけれど
そこに在るだけ、というのは本当に難しいと私は思います。
おろおろしたり、何か言いたくなったり、逃げ出したり。
私は「ただ在ること」の尊さを、
全身全霊をかけて、ただそこに在るだけの力を
波が洗って形をかえていく「岩」になぞらえて
いつでも思い出そうと思います。

岩場や山道を歩ける体

お遍路やその後の山歩きで副産物的に得たのは、岩場や急な山道を歩ける足です。

足、とだけいうと、やや違っていて、全身です。

足場の悪いところは足だけでは歩きません。
まず、二三歩先、どこに足を持っていくかを目視します。キツい登りなら、手をかける先も目視します。
次に、体重をかける前に、足先で足場を蹴飛ばすなどして確かめます。
ゆらゆらしてないか、すべらないか。

その後は体幹に力を入れて、足はなるべく力を抜いて、全身でバランスをとって進みます。

いちいち止まらなくても、眼と足が一致するようにリズムに乗ってきます。
そういうときほど、足先の力を抜いて、しかし足先に注意を集中します。足先を眼のように使います。
慢心や注意散漫があると、バランスを崩し、捻挫するからです。

油断しない、慢心しない。
そんな風に頭は唱えながら、
でも目の前の景色は目に飛び込んできて楽しむ。
いつの間にか、そういう力がついていました。

それでも。
自分の足だけでかなわないキツい上りや下りは、全身渾身の力を振り絞ります。
そしてまた、気がつくと次の機会には、やや平気になっています。

何をいいたかったか。

それでも、それでも
捻挫もするだろうし、簡単そうでも越えられなかったり、あると思う。

いつの間にかできる体になっているというのは結果であって、
同じ足場に出会う、同じ私は、二度とないから、体は作れてても同じことができるかは、つどやってみなくてはわからない。

でもそんな体でいられることは楽しいです。
そこには確かさがあるからです。
岩場や足場の不確かさとともに、自分の確かさを育てるようなもの。

で、いつでも
岩場の不確かさを
ナメちゃいけない。

ややきりがなくなってきたのでリリース。

体に無理をさせない

埼玉は今朝信じらんない位暑いです。
日傘でやっと息をつく位。

暑いだけでもぐったりなのに、冷房のきいた室内の温度差が、体に無理させてるなぁ。

いつも以上に睡眠とって、戦ってくれている体を休めないとね。

季節や年齢で、 体は変わっていくのに、頑張ってしまおうとする頭が変わらない。
今までオッケーだった生活スタイルも、少し優先順位を変える必要があるなと最近思います。

大切な歌

大切な歌
いくつか忘れない歌の記憶があって、聴くとその頃に戻るように感じていました。

今日は戻るのではなく、新しい気持ちで、今、頭の中に流しています。

流しているのは以下の歌。
自分にとって大切な歌。

松任谷由実「さまよいの果て波は寄せる」
薬師丸ひろ子「探偵物語」
写真は今朝の海です。

いい感じでフラット

いい感じでフラット
伊豆にいます。

朝から海まで散歩してきました。

いい感じでフラットです。

これは昨日撮った海。

連休はココロの旅

小田急線に乗っています。

登戸から町田まで、小学校の低学年の頃、祖母に連れられてよく乗っていました。
祖母の親戚の家へ、孫として連れられてた記憶。

小田急線町田駅が、新原町田、という名前だったはず。
それと、どの駅ももっと小さかった気がします。
南武線には、消毒液の匂いがするチョコレート色の電車が走っていた頃です。

いつも使う記憶とは少し違うところをつつかれているような感覚です。

それにしても、小田急線といえば白の車体に青い線、という印象なのですが、すっかりアルミ車体なのね。

こうして、過去に触れたり今に戻ったり。
今日から連休中、エニアグラムを学んでココロの洗濯をしてきます。

家族は朝寝てたけど、こうして行けること、家族に感謝です。

洗濯三昧

今日は排水管清掃の日。
立ち会いは家人に任せるので、このかん、少しずつ掃除はしてきたものの。

洗濯機まわり、
洗面所の下、
台所の流しの下、
が最後残っていました。

このあたりこそもっと前にやっておけたのに、ぬかった。
とくに洗濯機まわりには、やろうと思ってたまってしまったオシャレ着洗いモノだのシーツだのあふれ。

あーもー、天気いいし、今日は雨ふりそうなら取り込んでくれる人がいるし、

朝早めに出勤のつもりだったけど予定変更。
朝から洗濯機をばんばん働かせて全て洗い、
流しの下のものたちを全て出して中を拭き、
いらないものを捨て、
はー、すっきり。

掃除のコツは
「床に置かない。つるすか、しまえ」
なんだそうで。
今、話題のルンバだって、ウチじゃ動きませんよ、床にモノがいっぱいなんだもの。

少しずつです。
掃除、洗濯はためずに毎日。

…とても20年主婦の言ってることとは思えん。
さらに「掃除と洗濯するから出勤時間変更」ってビジネスパーソンとしてもどうよ?

でもこれが偽らざるアタシの今であり、
天気と勢いに任せてこれから元気に仕事です。

いくぜいくぜ。

少しずつ磨く

明日は自宅マンションの排水管清掃の日。
立ち会いは家人に任せたので、自分で気になる水回り、流し、洗面所などを、毎日少しずつ磨いています。

いっぺんにきれいにするのも、その後がさっぱりしていいのだけれど、
毎日少しずつやると、少しずつの達成感とささやかな幸せがあります。

今朝は洗面所の鏡と蛇口と水受けにクエン酸まいて簡単に磨きました。さっぱりしました。

毎日ちゃんと拭いていれば、水拭きで十分なんですよね。
おすぎさんか、ピーコさんかは、お風呂あがりのタオルで毎日そこいらを全部拭くだけだって、本に書いてあったな(もちろんとてもキレイにしている)

毎日少しずつ、なにごとも。
ファイト。

学生の時の友人に会う

昨日の夜は、学生の時の友人達と会ってきました。
外国で生活している友人の出張兼里帰りに合わせて、年に一回顔を合わせています。

それぞれがアグレッシブでユニーク。
近況も昔話も同じテンションで話します。
つい昨日のように思いがちな話がすでに20年近く前だったり、平気でするわけですが。

でも今もそれぞれがそれぞれのペースで、様々な対象に興味を持ち、動き、元気に年齢不詳で生きています。
あたりまえのように生きてますが、
パワーあるよなぁ、みんな。
て、アタシもか。

また一年後に、土産話を携えて会う私たちです。

歩き出せば気分は変わる

朝、目覚ましでやや無理やり起きました。
夜遅かったのに、中途半端に「朝これやってあれやらなくちゃ」と思って、アタマで考えてアラームセットしてしまったと。

起きるのにいい時間帯ではなかったらしく「今日が休日ならいいのに…」とグズリ気味。
ウォーキング出勤も億劫です。なんとなくシャッキリしないで、気持ちいつもよりゆっくりめで家を出ました。

歩き始めたところ。
思ったより涼しい。
思ったより身体は楽。
あ、なんだ歩けるんだ。

歩き出してからの方が、気持ちも身体も軽かったので。
ウォーキング通勤のショートバージョン、一駅分歩いて気分爽快です。

先に身体を動かしてみて、
気持ちをついていかせる。
大事ですね。
もちろん無理は禁物で。

こたえは自分の中にある

久しぶりの感覚で仕事に向かっています。
先週なんやかやで1.5日しか出勤してないから、仕事どうクリアしていくかを心配するわけです。

でも、今朝降りてきた言葉は
「こたえは自分の中にある」です。

慌てていても落ち着いていても、
どうあれ様々な行動にでる、でない、の動機や受け止めは、私がすることです。
これは、何でも自分で決めるとか抱え込むというのではなしに。

手に負えないなら相談するし
まずは事実を見るのだし、
ある瞬間にできることはひとつなのだし

そういった、自分を確かに地に足つけておく手段というか知恵は、既に私の中にあるのだと。

「答えはクライアントの中にある」
というのは、カウンセリングを学ぶとよく出てくる言葉なのだけれど
答えとは、簡単なことから、生き方ひっくり返すようなことから、実に様々でしょう。

手応え、というような使い方も含め、
こたえとは、確かさのように私は感じています。
で、それはどうあれ私の中にあります。
小さな事実の積み重ねや
人と関わった時に動く気持ち
わりとそういうささやかな中にです。

今日も一日、ファイト。

input過剰なのかもよ

自宅のダイニングテーブルの1席とその周辺は
パソコンもあるし資料も本もあります。
今日は古い書類を捨てながら
ああ、これも忘れてる、これも昔々になっている・・・
もったいないなぁ。

2007年からのinputは
監査だITコストだ
キャリアカウンセリングだアティテューディナルヒーリングだ
エニアグラムだバイロンケイティワークだ
と、怒涛の流転でした。

専門性をもって、何かの役に立ちたい
と、外へ求める衝動は
実は私自身を探り、ときに目を背ける連続でした。

inputに励んでいるときはとても楽しいです。
オノレの身心で循環させて
もっとoutputすることが必要かも。
と資料を整理しながら思いました。
私にできることをもっと信じて成してみたいです。

そういえばダイエット

そういえばこれまで何回もダイエットをしてきました。

今の身長になって一番痩せてたのは高校生の頃で
そのあとは重くなる一方。
その当時の限界値超したな、とか、
健康診断だのなんだのというきっかけで
ダイエットをはじめるわけですね。

かつてもっとも本格的に痩せたのは
8年位前にハタラキ過ぎで腕があがらなくなり
これはまずい!と
たまった残業代をつぎ込んで
昼休みにスポーツジムに通い、
ダイエット顆粒飲料に手を染めて(1日2食を顆粒飲料)
半年で7~8Kg落としたとき。
その後また半年でじりじりとリバウンドしてしまった(笑)

その後ランニングで少し痩せたり、やめてまた戻ったり
フラメンコで痩せたり、やめてまた戻ったり

そして最近。
5月のお遍路後に歩ける筋肉がついたのと
「今度行くときはもう少し身軽なほうが歩きやすいな。
荷物は減らせないなら自重減らすか」
という妙な動機から、
少し体重に気をつけるようになりました。

で、体重を計るだけでやせるという
「NHKためしてガッテン流 死なないぞダイエット」
に6月から着手。
本当に朝と夜、体重を計るだけです。
それを記録し、グラフにします。

そうすると、1ヶ月のうちで、
がたんとおちる時期となだらかに増える時期があって
またがたん、とおちる。
そしてトータルで見ると、なだらかに落とせている
ということが目に見えてわかるようになりました。

ストレスためるほど食事の制限はしないながら
食べ物には気をつけるし、
食べ過ぎた翌日はあまり食べないようになりました。

で、1ヶ月半で1.8kg落ちましたと。
これは調子いいのかなぁ。

今ほしいのは50g刻みの体重計(ウチのは200g刻み)
ちょっとでも下がると
モチベーションがさらに上がる、という。
支出をダイエットして、体重計買っちゃおうかなー。

おうちデトックス

今日は自宅マンションの火災報知器点検の日。
すべての部屋を一定程度片付けつつ、
不要物を捨てました。

驚いたのはスーツの数。
1年前までは外出や他社ミーティングがあり
出勤時はスーツを着ることがそれなりにあったけど
内勤中心になってすっかりラフ。
この1年で服の趣味と必要性がだいぶ変わったなぁ。
でも、この先も、
必要ならすっとスーツを着られる姿勢でいたいです。

それにあわせて靴の必要性もかわったため
古い靴を捨てに捨て、
ベーシックなハイヒールを残します。
これでもうしばらくハイヒールは買わないぞ。
散らかってた玄関もすっきり。ほほほ。

モノを捨てるのは自分の軸を決めていくような行為です。
もったいないけど、感謝して手放す。
まだ「贅肉」は残っているので、
雨の明日は引き続きデトックスに励みます。

また来週!

風邪引いて2日休んで
昨日は三者面談で早帰りして
明日はマンションの火災報知器の点検で休み、
それでもとにかく納期を落とさずやりきり、上司に仕事を2つ頼み、同僚に投げ渡し、押し返し、
来週でいいものは来週にぶんなげ、

たぁ〜〜!

よーしっ。
仕事は、また来週!

急激な差にご注意

地表と上空の温度差が大きくなると、上昇気流が多く発生して積乱雲が発生しやすくなり、急激な雷雨になるそうで。

何事も、極端な差が瞬時に発生すると、それをきっかけに何かが起こるということか。

朝、通勤電車で、
この数日ですっかり「発汗体質」になったらしい私は全身汗みずくで電車に乗ってしまい、冷房にあたってややキモチワルクなりました(すぐ治まって今は大丈夫)

急激な差に身をさらすのには、やや慎重にならないとね。

というわけで、蒸しますが、みなさんどうかお大事に。

エニアグラムも、地球交響曲も

あっという間に今週末開催になっていますが
C+F研究所
エニアグラム入門ワークショップは東京7/10-11開催です。
入門と銘打つものの、内容はお腹いっぱいです。

エニアグラムは、自分を理解する地図であり、知恵です。
「自分の性格のタイプはナントカだ」というに留まりません。
タイプの枠に当てはめるのが目的ではないのです。
誰もが多様性や可能性に満ちているなか
「これまでどんな要素を使ってきたか、自らに課してきたか
活かしてもきたし、逆に、制限してもきたか」を
問いかけ、明らかにしていくプロセスこそが大切です。
安心した雰囲気でそのプロセスを体験できる機会をぜひ。

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それと、こちらももうすぐ。
映画「地球交響曲第七番」
-すべての生命が潔く、健やかに生き続けるために-
7/17-8/27 東京にてロードショー
8/10-20まではなんと第一番~第六番まで一挙公開。

自主上映も続々と(開催会場や月で検索できて便利)

登場人物の言葉と存在感に
人間の叡智や可能性をみる映画です。
それも、ただ「へぇぇ」「すごーい」ではなくて
自分と地続きになる感覚が何よりオススメです。

もう一日休み

土曜日:夕方から喉に違和感、
日曜日:ハナミズ止まらず、夜発熱
月曜日:ハナミス滝のよう、夜熱上昇
ときて、今朝。

熱は平熱以下まで下がっていました。
ただ、咳が止まらないのと、身体がフラフラする。
マスクしてなら行けるかとも思ったけれど
もう一日、思い切って仕事を休むことにしました。
治りかけの咳で、周囲に菌をまいてもいかんし。

今回ちょっと贅沢をして(笑)
薬を飲まず、つまり症状を緩和させないで、
休養と栄養だけとりました。
それでもちゃんと身体は修復していくんだなぁ。

今日は家で軽作業をして身体を慣らしていきます。
冷房もテレビも止めたから家が静かです

一日休み

昨日の夜から熱も出始め、ハナミズ滝のごとく。
今日は仕事を休むことにしました。

金曜日の夕方に仕事でややいきづまって
仕切り直して、落ち着いて整理し直した結果
 仕事A:金曜日にやりきった
 仕事B:あと2時間ほど手を加えて上司に引き渡す
 仕事C:ウラとってから月曜日に同僚に引き渡す
 仕事D:月曜日に着手して納期は水曜日でOK
という状態にありました。
本当は今日はB,Cの追い込みだったのですが
それを、
「こうなってるんでここからよろしく&申し訳ない」
というメールを同僚と上司に入れて、
このあと電話を入れます。
あー、整理しておいてよかった。
Aも中途半端だったら、タイヘンだった。

あまり寝ていると腰が痛くなるので、
たまに起きて水を飲んでいます。
一人なので、冷房も止めました。
身体が痛い、ハナミズ流れるにまかせ
今日一日ゆっくり休みます。

ほー。これこそ自発的治癒力か

昨日の夕方から少しずつ喉が痛くなってきて
夜は早く寝てみたのですが
朝起きたら、何か飲み込むと痛いくらいになり。

やれやれ・・・とまた布団に戻り再度睡眠。
痛みがなんとも不快でいやな感じだったのを
痛みを取ろう、避けようとせず、
静かに「痛み」だと認めて感じながら寝ました。

3時間ほどして起きたら
ハナミズがやたら出て
喉の痛みがずいぶん軽くなっていました。
今もハナタレなのですが
ああ、こうやって出て行くんだなぁ。

小さな「自発的治癒力」spontaneous cure
を見たようでうれしいです。

癒す心、治る力―自発的治癒とはなにか (角川文庫ソフィア)
著者のフィールドワークが冒険小説のよう、
それでいて人のもつ「自発的治癒力」と
それを活かす食生活について記されています。

散歩(近所)

遅く起きた朝、近所を散歩。
「銀行に行く」ことだけは決めて歩き出し
やはり足が向くのは所沢航空記念公園。
住宅街や一般道を抜けて
高いケヤキの並木に出ると
ふっと空が高くなった気がします。

所沢は西武ライオンズの本拠地として名が知られていますが
日本の航空発祥の地でもあります。
在日米軍通信航空基地や、東京航空交通管制部もあります。

航空公園は球場やテニスコード、ラグビー場、
ジョギングコースもあって、休日は朝から賑わいます。
ケヤキやイチョウが多く茂り芝生もあって爽やかです。
今日は三線(さんしん)の練習をしている人がいました。
大正琴もよく鳴ってることがあります。

市内のイベント会場になることも多いのですが、
今日はなんと、
マラソン8時間耐久レースの会場になっていました。
正確には今日が5Km+42.195Km、
明日が8時間耐久レースだそうだ。
名づけて 3種目耐久レースin所沢
ひゃぁ。
人間やればできるんだなぁ。
つい刺激されて、芝生を1周だけ走ってみました。

あれもこれもこんなことが・・・
と頭の中で何かを考えているときと、
ただ目の前の、ツツジの緑やケヤキの幹が
歩く速度で目に入るだけのときがあります。
あ、と思いついた案を忘れてしまった。
また思い出すかしらん。

TSM48

トシマ、フォーティエイト。

「豊島園を応援する年増の女性たち」だそうで。

遊園地が斜陽化の中、気を吐く老舗、としまえんプールで、全員ビキニのパンフレットが、駅にありました。

いつかは水着の野村沙知代女史をメリーゴーランドにのっけた広告もあった。
常にインパクト勝負の夏の風物詩です。

それにしても。
元気いっぱいだわ、お姉さまたち。
いや、下手すると年下かもしれない。

いずれにしても、オンナに冷えは大敵です。
お気をつけめされ。

かなり個人的な睡眠やら生活時間のこと

大体5時間寝たら足りていた睡眠時間が、この数日、7時間近く寝てやっとになって、朝がどうもばたばたしていけない。

目覚ましをかけてはいないので、無理に起きている感覚はないのだけれど、もう一時間だけ朝を前に倒しだい。
そうすれば朝のウォーキング出勤がちゃんとできる。
とすると9時位から寝るってそれはどうか(笑)

仕事も今、無理やり片付けないで見通しだけつけて翌日朝回しにしてもうまくいくことも覚え、時間は朝型になってるのだが、

もう少し身体を動かす時間を作りたい、梅雨空の今日この頃です。

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