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今週の2冊)思い込みを手放して楽になれる、かもよ♪

バイロンケイティワークをきっかけに出会った2冊の本について記します。

『探すのをやめたとき愛は見つかる
~人生を美しく変える四つの質問』
バイロン・ケイティ著 水島広子訳 創元社

「自分を苦しめるのは現実ではなく、信じている考えだ」
(バイロン・ケイティ)

C+F研究所で
http://www.transpersonal.co.jp/work/katie.html
バイロンケイティワークを実践して以来、「私には怖れる考えがある」「考えが、現実をゆがませる」と自覚するだけで世界や他人へ怖れが少なくなる実感を得ています。
この本では、人間関係、とくにパートナーや家族との関係に注力して、バイロン・ケイティ本人がすすめるワークそのもののプロセスを記しています。
自分が見聞きしてきたファシリテーターの誰よりも、バイロン・ケイティは相手に踏み込んで、相手の「考え」に積極的に4つの質問で問いかけていきます。バイロン・ケイティが相手と自分を信頼しているからこそできるのではないかと思います。
抜書きができないくらい、たくさんの示唆に満ちた言葉があります。
自分を無理に合理化したりとか、根拠のないポジティブシンキングではないということを前提に、手にとっていただきたい1冊。


『怖れを手放す
アティテューディナル・ヒーリング入門ワークショップ』
水島広子著 星和書店

前述のバイロンケイティの著書の訳者であり、精神科医である著者が、米国で7ヶ月にわたりアティテューディナル・ヒーリング・センターでボランティア活動を続け、自ら日本で立ち上げた「アティテューディナル・ヒーリング(AH)」のワークショップの逐語録です。
人は他人の話を聞くときに「過去のデータベース」にもとづいて「自分の考え」を聴いてしまう。自分や他人にいつでも暗に評価を下しながらきいてしまう。それは怖れからくるもの。そうではなく「ただ聴く」ことは、実は聴く側にとっても楽になれる行為だと、著者は実践で示していきます。
かなり具体的に「ガイドライン」「考え方」「プロセス」を示している点が参考になりました。

アティテューディナル・ヒーリング の詳しいことはこちら。
http://www.ah-japan.com/

即席チャイ

休日試してみておいしかったのは
即席チャイ。

チャイの作り方は、世界のお茶専門店ルピシアのサイトで
http://www.lupicia.com/about/howto-tea/chai-tea.html
紹介されています。
なべでちゃんと煮立てる作り方ですね。

ルピシアでマサラ(スパイス)を買ったら
作り方のリーフレットがついてきて、
そこに書いてあった即席の作り方が秀逸でした。

■紅茶5gと、スパイス1.5g(小さじ半分位)をお茶パックに。
■「熱湯」100ccにお茶パックをいれ、500wのレンジで1分半。
(これでかなりぐらぐら煮立ちます)
■そこに牛乳を100cc足して、レンジで1分。
(とリーフレットに書いてあったけど、様子見て注意深く。
あんまり牛乳を煮立てちゃうとおいしくない気がする。
私は40秒くらいでいいように思うけど、レンジによるか)
■お茶パックをとりだしてできあがり。

かーんたん。なべ汚さないしね。

おいしいだけではなくてですね。
飲んだあとに、タマのような汗をかきます。
これがいいのですよ。
夏は特にオススメ。お試しくださいませ~。

毎日だと思うのよ

前からうすうす気づいてはいたけれど
ここへきて、あらためて思ったこと。

刺激的な出来事や、胸にハラに受けた衝撃は
それはそれなりにあって
そこから実際何かが始まっているとして、
毎日の生活、毎日やってみるとか、
一瞬でも毎日心がけることで
より確かになるんだと。

一瞬の情熱と毎日の習慣は紙一重なんだと。

選ぶことができる

私は
外からの何者か(何物か)が決めるものに
動かされ、囚われないことを
選ぶことができます。

怒りに震えることも
期待を裏切られて悲しむことも
喜びを受け取ることも
何かしてあげたいと望むことも
すべて動機や気持ちを認めて
選ぶことができます。

愛そのものになって
いつでもやさしくあることを
選ぶことができます。

そして
「今はそれを選ぶことができない」と
思う気持ちすら、認めて
選ぶことができます。

すべての今ここにある人とともに
今ここにある私。

早起きをするんだ!!

明日から、

早起きをするんだ!決めました。

生活改善の決意です。

本当?ホントホント。

見てて!(ってどうしたんだ、いったい)

これもまた毎日(書類運び屋渡世)

月曜日に、自分の机のあるところに出勤。
火曜日に、本社で終日会議。
水曜日~金曜日は、自分の机のあるところに出勤。

契約書だの上申書だの伝票だの、
書類にハンを押せる人は本社にいるため

月曜日に書類を持って帰り
火曜日にハンコもらって持って帰り
水曜日に自分の部署でコピーだの記録だのをとり
木曜日の午前中に出る「社内便」に乗せ
金曜日までに必ず本社(総務)に届けます。

ちょっとでも水木の手続きが滞ると、
木曜日午後や金曜日に人が電車で運ばねばならない。
極力、運搬は月から水に集中させます。

今日はいつにも増して金額のはる書類を運び
これでカバンなくしたらエライコッチャナー。
無事に帰ってくるとほっとします。

書類をいかに円滑に通すかに血道をあげる毎日。
でも、これがなくちゃ、皆はお買い物できない。

たかが紙、されど紙。

毎日、お金と、紙(書類)のことをくるくると。

別に本物のお金も触らないコスト管理、
しくみをつくったりもしないシステム屋。
・・・そんな毎日であります。

途中だけど) チクセントミハイ

まだ全部読み切ってないけど、面白く読んでます。

「フロー体験 喜びの現象学」
M.チクセントミハイ

仕事でも遊びでも我を忘れて没頭する状態を「フロー」とよぶ。
といったあたりが、様々な本で引用されてて、言葉は知っていたものの。

その説明にいたるまでの記載には、とらわれず自由でありたいとき、あるいは、自ら苦しみを生きそうになるときに、示唆に富む言葉が多くあります。

喜びを知ることは大切だと私は思います。
人によって、そのプロセスもきっかけも全く違うけれど。
喜びが「ある」ことを信頼できるようでありたい。

そういう自分自身であったり。
そういう周囲であったり。そういう社会であったり。

「本質」の論議、その後

職場で、共同作業中の同僚に「今やっている仕事の本質って何だと思うか」と問われて答えたら、「それって本質じゃないよね」と言われて、バトルしかけたけど「本質とは何か」の応酬を避けた話を書きました。

「それって本質じゃないよね」

ちなみに、この同僚とは付き合いも長く、深刻な対立関係にはありません。どちらかというといざとなればハラを割れるし、平気でヤツアタリができます。
ただ周囲は二人を「コミュニケーションがとれてない」「雰囲気が悪い」「揉めている」と心配・揶揄する向きもあるようです。

SNSでこの話をしたところ、様々立場の方からコメントをいただきました。ありがとう。
この問題を考えるきっかけになったので、以下に紹介します。


---------------------
「あなたが正しい!」
「否定することを我慢できたのはえらい」
(ども、thanks)

「視点の違いかもしれませんね。」
「どのタイミングで捉えているか、どの切り口で捉えているかというところでしょうか? 」

「でも本質なんて判るかぁ・・・?って思いますね。仕事の本質なんてなかなか判らないし、判ったつもりの自己満足かも。人それぞれ、また立場立場でも変わるし、それで良いんだと思う」
「物事の本質は立場や価値観によって変わるものである」

「自分が『本質』だと思っていること以外は『本質でない』と思ってしまいがちだということに気づくことができました。」
「よく『もっと本質的な議論をしよう!!』と声高に言う人がいますが、話をよく聞いてみると『俺の言うことを聞け。だって俺の言うことが正しいんだから!!!』ということがありませんか?」

「場や目的が同じ土俵であれば、本質の正解は無くても、ストライクゾーンはあると思います。目的の次元をどのレベルであわせるのかとか、誰の立場で考えた本質なのかとか、それによって違ってくるでしょう。」

「相手の立場に立ってみると何を大切にしているのかがわかるのかもしれませんね。」
「お互いに理解し合おうとする姿勢で、より仕事が回りやすい環境にしたいですね。」

------------------

<気づき>

「本質とは何か」の論議は、「何が本質だと【あなたは】【わたしは】思うか」「自分の大事にしたいものは何か」というところにつながる話だと気がつきました。
本質の論議は、大事なことを語る、互いにわかりあうきっかけになる可能性を感じました。
ただ、同じものを見てても、同じことを言ってても、お互いの関係がよくないと、「自分がより高次な位置から見ている」「いやっそんなことはない!」と争うことになります。
「何が本質か」というもし論議を進めるなら進め方、場の持ち方が重要。
自分が相手に対して「本質じゃない!」といいたくなったときは、「自分が本質って思ってることってなんだろう?」って問いかけること。
それと、本質論議が始まったら「【わたしが】責められたり、否定されているわけではない」って心することが必要です。

<それって本質?>論議から考えたこと:メモ

■----ための といった目的がありそう。
■共有する(すべき)組織、集団がありそう。
■組織や個人にとって「大切なもの」でありそう。
■「本質とは!」が共有できる組織だと居心地がよさそう。
■でもちょっとだけうさんくさそう。
■「本質ってこれ!」が一般論的だと反論の余地がない。
■「本質ってこれ!」が一般論的なところに留まると議論は上滑り。
■「本質ってこれだよね」はそれを語る動機のほうが重要。
■「本質とは何か」を問う側に「根っこに秘めた主張」がありそう。
■完全合意はできなくても
 「それってわかる」というのがあるとお互い近づけそう。
■「本質ってこれだよね」に真っ向反論するのは危険。
■論点には「(--の)本質とは何か」に加えて
 「本質を見抜く、たどり着くには」というのもある。

同窓会振り返りの会

3月末に25年ぶりの同窓会がありました。
本日はその振り返りの会に参加しました。
イキオイで5年後の幹事を、部活の仲間で引き受けております。

母校までの最寄駅は2つ。
在学中に一回も使ったことのない最寄駅から行って、何だかドキドキ。
静かな住宅街をうろうろしてたら、2階から呼ばれました。
お、サンキュー。

女子が10人も集まると賑やか、時間はあっという間。
思い出話にハナ咲かせつつ懸案事項もちゃんと話せました。

ケーキを作ってきてくれた人がいて、これが美味しいの。
個人で楽しんでるだけじゃもったいないんじゃなーい?って位。
具体的に人を幸せにする手立てを持っている人はうらやましい。
私には何があるかなー。

5年後の、春の、
お日柄の極力悪い(=場所が押さえやすい)休日に、
同窓会再びです。

何やってるかはともかくとして、たぶん「すぐ」。
どうかそれまで、それなりで、それなりに、
皆幸せでありますように。
連続してる毎日の、通りすぎた数年を振り返ることで、
いろんなきっかけになりますように。

「それって本質じゃないよね」

職場のヒトコマです。

私が今、主に担当しているのは
システムのコストの集計と管理です。
集計されたコストを報告書にまとめたり
他へ請求するための根拠資料をつくるところを
同僚が担当しています。

彼は私のやっている集計結果を
別の観点から点検し、報告書を作っている。
点検作業がすでに4時間以上。
こちらもこちらでやりたいことはあるのに
相手主導で進んでいる作業に
すこしイライラしてきました。

「もっと効率のいいやり方ないのかなー。
この作業」

同僚に「私のやってきた集計作業が効率悪い」と
批判されている感じがしました。
今、それは、私も同じことを言いたい。
「つき合わされている今この瞬間こそ効率が悪い
もう集計はちゃんとできてるんだからいいじゃん!」と。

そんなときに、ふと
「今やっているコストの集計の、
本質って何だと思いますか?」
と、同僚に問われました。

今聞く??

「システムコストを集計して、
いくら掛かっているかを顕在化して、
ここは削減、ここは増やすということを
数字を根拠に判断できるようにすること。
と私は思ってるよ」

マジメに、でもちょっと挑戦的に答えた。

そしたら、すぐに
「それって、本質じゃないよね」
という答え。
おまけに、彼は
「じゃ、次」と点検作業を続行しようとしました。

?!

「本質じゃないよね、
 それって本当ですかっっっ?!(怒)」
って思わずツッコみたくなった。
(・・・ごめんなさい、バイロンケイティワーク)

でも言わずにはおれない。

「ちょっと待った。
じゃ、あなたの考える本質って何?
人に本質は何かを言わせておいて
それって本質じゃないよねってだけで
自分の見解を述べないのはどういう了見?」

私、はっきりと怒ってます。

席の近くで、
同じ部の先輩が「どうした、バトルか?」と拾います。
となりの先輩が「たまに面白いんですよ、このバトル」
と返してます。
「面白いってどういうことですかっ」
って思ったけどそれは放っておく。

同僚は言いました。

「・・・本質ですか?聞きたいですか。
コストを、経営的な側面から考えて
本当に効率のいいシステムをつくるためですよ」

経営的な側面を考える→効率のいいシステムをつくる
のは論議のトビがあるし、
「経営的側面とは何か」と定義を確認したくなったり
だいたい、私の言った本質はなんで「否定」されるの?

と、その場で応戦したくなる気持ち満載。

でも、深呼吸1回。今やっちゃだめだ。

「私は、自分の説明が『本質じゃない』と
あなたに否定された理由は正直わからないけど、
経営者視点で考えるということと、
効率のいいシステムを作ることが、
ともに本質だという意見には同意する。
次、いきましょう」

応戦をしなかった自分を認め、ほめました。

点検の見通しをつけ、役割分担を明確にして
今日はおしまいにしました。

とにかく正確なデータを確定し、
報告書作成につなげること、
お互いの作業を省力化することにまずは集中。

「本質」の共有化は、次の課題だ~

それって、だめじゃん

人ごみでマスク。
職場に着いたら手洗い。
家に帰ったら手洗い。

オトナのたしなみ、か。
コドモのしつけ、か。

しかし。

オナカすいちゃった~って
コンビニでお菓子かって
電車のなかでぽりぽり食べてたら
それ、手洗わないで口にいれてるってことじゃん?

だめじゃん!

私のことですけど。

でもおいしいのよ。
カルビー じゃがりこ 「バジルトマト」。
スパイシーでホノカナ酸味。
やめられないです。

お試しあれ。

マスク、マスク、マスク

おー、週末でずいぶん展開変わったな~

と昼間にwebでニュースを確認してたら、
妹から携帯メールがきました。

・・・おっと。
そういえば妹夫婦&子供2歳は神戸近郊に住まっておる。
薄情な姉ったら忘れておりました。
なんでも、すでに子供用マスクがどこ探してもないのだとか。
大人用ももう尽きそう、送っておくれよ、ヘルプミー。。。


というわけで、昼休みに職場近辺を探してみました。
(山手線新大久保駅周辺)

ドラッグはのきなみ、ありませんでした。
超大手ドラッグには、5枚で1970円の防塵マスクしかなくて
店員、それをオススメしてました。
それ、いいのか。
ちょっとくらい申し訳なさそうにすればいいのに。

コンビニものきなみだめです・・・と思ったら。

某セブ●イレブ●には、大人用マスクが
ヤマと積まれていました(5/18現在)
すごい。セブ●イレブ●のロゴが入ってる。
さっすが、調達力が違うわ。タフだねー。
7枚入り×15個を購入しました。
(まだまだあったので安心して買いました)

でもキッズ用は、やはりない・・・
皆、考えることは同じだ。子供から、守る。
「ちょっと小さめ」(女性・子供用)を代替にしようと
数箇所から買い集めました。
明日、妹のところに送ります。

今日からマジメに実践してるのは、
・通勤途中はマスク着用
・事務所に入る前に、手洗いとうがい
・家に帰ったら、手洗いとうがい

自分がかかりたくないというのもあるけど
それより「自分が拡げない」という気持ちからです。

マスク探してたり買ってたときに思ったけど
オイルショックのときのトイレットペーバー買いだめって
こんな気持ちだったのかなー。
(さすがにまだ「自分が買い物をする」年齢ではなかった)

こんなときはもちろん、
過度に反応することはない、
まずは自分のできることをね。

バイロンケイティワーク(ニーナ&アシーク 来日ワークショップ)

C+F研究所で、エニアグラムやバイロンケイティワークを学んでいます。
http://www.transpersonal.co.jp/for-personal.htm


昨日と今日の2日間、バイロンケイティのワークに集中して取り組みました。
ワークの詳細はこちら↓
http://www.transpersonal.co.jp/work/katie.html

過酷な体験からこのワークを生み出した
ケイティさんが実際に展開しているワークの動画は以下。
国境も性別も超えて、じわっと胸にきます。
http://www.theworkinjapan.com/index.html

今日の講師はニーナさん、アシークさん、ヨーグさん。

サポートをして下さった、ご自身もバイロンケイティワークを展開している田中麻里さん
http://www.cafeblo.com/lotuscommu

そして、主催、サポート、翻訳をしてくださった、ティムさん、高岡よし子さん。

バイロンケイティのワークを通じて、私は過去、自分の考え(思い込み)を、それこそ目からウロコ、憑き物落としのように解いてきました。
過去、自分にとってそれなりの大きさを持った課題(思い込み)を3つ、このワークでほどきました。その3つは私にとって今も「完全に終わった」わけではないけれど、目を背けないで、付き合っていられます。

今回、集中して取り組みたかったのは、「一人で取り組むための何か」をつかみたかったためです。
何度かペアでワークに取り組んでみて、そのときはかなり大きなサポートや気づきを得られました。でも毎日人を頼るわけにもいかないし、かといって「たった一人」で取り組むときに、なんか、こう・・・うまくいかない感を持つことも正直ある。
私は今、平日の自分をもう少し楽にしたい。だから、ワークに対して身構えず、毎日というか平日に楽にとりくめるようになりたい。そんな希望で参加しました。

今日学んだことは
・人を介するも、自分でやるも、ワークは自由であること。
・その場に対する、誠実さや真摯さがあることで、その場の動きにいつも新鮮でいることで、毎日ワークができ、とりくむ種はつきないこと。
・思い込みをどんどんはずすことは、「怖い」って感情もふくめて、怖くないよ~

ってことでした。
シンプルに、どんなことも、認める、よりそう、立ち会う。
私もですが、その場の皆が、自分の、もしくは誰もがそう思いがちで苦しむ考えにとりくみ、よりそってる。それが、とても心地よく、勇気がもてました。


・・・
ワークは、このようなものです。

自分にとっての「考え」を抽出するために、
以下のようなステップをふみます。

===========
<ジャッジメントシート>

簡潔にご記入ください。自分の文章を検閲しないでください。
分別のある、精神的にすぐれた人のようにならないでください。
このせっかくの機会に、
否定的な気持ちでも、思い切り書くようにしましょう。


1.誰について怒りを感じたりイライラしたり悲しかったり不満を感じますか。それはなぜですか。
2.あなたはその人にどのように変わってほしいですか。何をしてほしいですか。
3.その人がすべきこと、すべきでないことはなんですか。どのようなアドバイスをしますか。
4.あなたが幸福になるために、その人はどうする必要がありますか。
5.その人のことをどう思いますか。リストアップしてください。
6.その人との間で、二度と経験したくないことはなんですか

copyright 2002-2006 Byron Katie,Inc All rights reserved
 翻訳 有限会社 シープラスエフ研究所
============

で、そこからいくつか自分にひびく言葉を選んで「考え」とし、
4つの質問に答えます。
質問は、ペアになって、相手に問いかけてもらいます。
答えるほうは直感的に、おもいついたまま答えます。

======
自分が助言したくなる相手について思い浮かべてください。
下記の空欄をうめ、質問に答えてください。

○○は ■■■■■■すべきである(すべきではない)


1.それは本当でしょうか
2.その考えが本当であると、絶対言い切れますか。
3.そう考えるとき(あなたは)どのように反応しますか。
4.その考えがなければ、(あなたは)どうなりますか。

その考えを反対の内容に置き換えます。
その反対にした内容で、真実味のある例を3つ挙げてください。
他に置き換えはできますか。真実味がありますか?
具体例をあげてください。

 copyright 2002-2007 Byron Katie,Inc All rights reserved
 翻訳 有限会社 シープラスエフ研究所
=========================


たとえば、今の私だと、こんな感じ。

(ジャッジメントワークシートの1から5に私が書き込んだことは、あまりにも、あまりな感じだから、ここには書かない!書けない!それくらいワガママに書いちゃえ、書いちゃえ。)

でも、書いてるうちに、私は、もう5.あたりから
「これって、彼のことじゃなくて自分のことじゃん・・・(※)」って思えてきます

(→※人によります、私の場合はこうでした)

で、質問に答えていきます。


「彼は 私を 責めるべきではない」

1.それは本当でしょうか? 
 →はい
2.その考え方が本当であると絶対言い切れますか。
 →んん、いいえ。責めてるってほんとかなぁ・・・

(これは「絶対言い切れる」ってときもあります。一般的に、とか他人にとって理不尽かどうかとかは関係ないから。私は過去「絶対」って思った自分にびっくりしたことがあります)

3.そう考えるとき(あなたは)どのように反応しますか。
→のどにささる、かなしくなる、泣きたくなる、反撃したくなる・・・

(自分の感じ、体感を充分に味わって、そのときの感じをばんばん口に出していく感じ)

4.その考えがなければ、(あなたは)どうなりますか。
→楽になる。相手にやさしくなれる。

<置き換え>
●彼は 私を 責めてもよい
具体例:(ええ??と思いながら考える)
・私が彼に意地悪をしたから。
・私は彼に情報を出さなかった。
・私は彼を見下してるから。

●私は 彼を 責めるべきではない
(具体例)
・けっこう親切だから
・彼は信念を持ってるから
・彼は正しいことを言ってるから。

●私は 私を責めるべきではない
(具体例)
・仕事はよくやってる。
・がんばってる。
・ちゃんと生きてる。


すごいのは、
「6.その人との間で、二度と経験したくないことはなんですか」

● 6がおきてもいい
● 6がおきるのをたのしみにしている

って置き換えて、その具体例を3つあげろって

二度と経験したくないことを、welcomeってそんなことできる?????

でも

6.で書いたのは
私は彼に二度と 自分がいいかげんだと、責めないでほしい

なんですが
●私は 彼に いいかげんだとせめてもいい。
(具体例)
彼は本当のことしか言わないから鍛えられる。
自分はいいかげんだと認められて楽になる。
あなただっていい加減だっていえそうな気がするから

●私は、彼に、いいかげんだと責められるのを楽しみにしている
(具体例)
エラーが発見できる。
コミュニケーションがとれる
つらい気持ちが自分の気持ちだと受け止められる。


・・・・こーんな感じですが、なんか紙に書くと、「それで?」って
感じもしますが、やっている最中は
気持ちが1回揺れて、おさまって、おちついて、やさしくなります。

他にも
「私は 彼に 愛されるべきである」と
「彼女は 私を、もっと理解すべき」とか
(これらは「ユニバーサルビリーフ(よくある考え)と呼ぶ)

「私は好きな仕事ができない」とか
「私はクリエイティブになれない」とか
もうなんでもよさそう。

で、ちょこっと「考え」や「置き換え」から
逃げたくなったりもする。気づきにくいこともある。
でも、その逃げる気持ちもふくめて、なにより、自分の考えなのです。
考えを否定せず、認めることができます。

特に、人を介する(質問してもらう)と、自分の気持ちの動きや
口にだしたときに思わず「ハっ」とする考えに気づきます。

というわけで、
ペアワークなど、人を介して、やり方を実体験するのがオススメです。

C+F研究所 バイロンケイティワーク マンスリーサークル
5/29(金)、6/26(金)、7/25(土)、9/26(土)、10/23(金)、11/27(金)
詳しくは↓
http://www.transpersonal.co.jp/work/katie.html

田中麻里さんのワーク
6/28(日) 10:00-17:00 文京区春日 アカデミー茗台 学習室B
詳しくは↓
http://www.cafeblo.com/lotuscommu

バイロンケイティワークにwelcome!

---------------
英語読める方はぜひこちらを。
バイロン・ケイティのホームページ。
http://www.thework.com/index.asp

ニーナ&アシーク&ヨーグ&シャーロットのホームぺージ
(恐れのない惑星、って、すごい!)
http://afearlessplanet.com/
一部、日本語があります。

GALERIE VIE ひっそりこよなく愛する

かなり好きな、
かなり特殊な付き合い方をしているショップです。

GALERRIE VIE  ギャルリー ヴィー  

http://www.galerievie.jp/

ショップは通りかかると必ず立ち寄ります。
でも自分にすぐ着られそうなものは見つからない。
だから、逃げるように退散します。

そのかわり、見つけてしまうとホレてしまうのです。
色、あるいは、かたち。
たいていは、色。
ハンガーにかかっているたたずまい、立ち止まる。
かたちはかなり特別なので、
試着した瞬間は「あ、私にはだめかも」って思う。
お財布が軽いときには買えない、って思う。
(そういうときにはそもそもショップに寄らない。怖いから)
でも、でも、色がどうしてもどうしても気に入るのです。

そんなこんなで、お店の人が薦めてくれる組み合わせが
背中を押してくれます。
どのお店にいっても、いやな思いをしたことが一度もないです。

20年以上前、学生のときに1枚のニットを買ってから
これまでに買ったものは(たぶん)ニット3枚、カットソー2枚。
で、どんなかたちのどんな色か、すべて覚えています。

毎日着たいけど、洗い方を失敗したら質感が崩れる。
だから、気候のいいときに、それ1枚で着たい。
よそいきというのではなく、その1日が大切になる服です。

・・・という感想に
知っている人ならきっと共感してくれるんだ!
と思って書きました。

というのも、
今日は服をほめてもらったり
初めて会った人が、
「それ、GALERRIE VIE(ギャルリー ヴィー)ですよね」
って声かけてくれて
上記のような話にすごい共感してくれた!のが
ずいぶん楽しかった。

とても久しぶりに買った、ニットのカーディガン。
なんでもないけど特別な気持ちで着られて、
でもそんな気持ちと、そんな一日を
とても落ち着いて受け止められるようになりました。

自分をほぐすように学び続ける

午前中。
勤め先で、データを保存している共有の機械が突然悪くなりました。

私のチームのメンバーは、仕事で使うデータのほぼすべてを、その機械に保存しています。
すぐに復旧するかなと思えばさにあらず。
こんな時はしょうがないので、パソコンを離れて、紙でできる作業などをして過ごすことに。
それも次第に尽きて、メンバーとのおしゃべりにも興じることに。

いつも「これをやらねば」「あれをやらねば」と思ってる私は、仕事中に無駄話をあまりしません。
それを、なんとはなしに仕事と関係なさげな話をしているうちに、
メンバーから
「職場の各自の出向元のカベが高い、
もっとカベを無くしてコミュニケーションをとりたい」
という話になっていきました。

話としては、前向き、意欲的な話だな、と思って
聞いたり言ったりしているうちに。

カベを高くしているのは私自身だなと思ったり、
そう思う一方で、カベを高くしているのは
相手(メンバー)のほうじゃないかと思ったり、
コミュニケーション力がない、
というのは自分に対する評価のように思えてきたり。
揺れ動く数十分を過ごしました。


私は、人とのかかわりのなかで、
相手のせいだ!相手が悪い!って思うとき、
「相手のように、振舞えない自分」にいらだっています。
今日も、だからこんな感じでした。

私は悪くない、他人が悪い、といつもこの人は言っている。

実は私が、「私は悪くない」って思ってる(けど人に言わない)

もっと認めてほしいと、暗にこの人は言っているんじゃないか。

実は私が、もっと認めてほしいと思ってる(けど人に言わない)

「コミュニケーション力がない」と、
暗にこの人は私に言いたいんじゃないか

そういうふうに言われた過去に自分で紐付けている。
あるいは
この人のコミュニケーションこそ一方的と言いたい(けど言わない)
あるいは
この人のコミュニケーションをうらやんでいる(けど言わない)

などなど。
実は人に隠している「上から目線」を抱えてるのが
バレるの、相当怖いんだな~。


今日、フロに入ったあとで、身体をほぐしたせいか
こうやって整理して書けてるけど
苦く思っていた気持ちの途中は、
なんだかずいぶん我慢してたなぁ。
苦い気持ちだけがずっとありました。
ノドにぐっと差し込まれてるような体感覚です。


人間関係に何かを抱える要因は
たいてい自分のなかにあります。

自分のなかにある、何かを恐れる根っこから
逃げようとか見ないようにしようとか
逆に、あえてつらい、痛い思いをして
我慢して立ち向って自分を責めても
逃げる・責められる自分の問題は解決しません。

自分を認めること、気づくこと。決して「責める」ことなく。
で、気づくことを続ける。

問題は一気には解決しないけど
気づくことで
こだわりやこわばりを少しずつ解き放っています。

思えば、もちろんこういうことは
一人で気づいたことではなくて
キャリアカウンセリングの学びや
エニアグラムや、バイロンケイティワークの学びを
経てきているのだけれど

自然にできちゃう人はできちゃってて
なんだか相当いろいろ学ぶわりには
すぐに画期的にガラガラ変革できるわけではない。
逆に「学んでるのにどうしてできない・・・」と
かえって凹むことも正直あります。

それでも今も学び続ける、実践し続ける。

結局どこまでも、
「他人をどうにかしたい」のではなくて
自分をどうにかしたい手立てであり
フロに入って身体をあたためるように
積年抱えるシコリをじわじわ解きほぐしてるんだと思います。


GCDF キャリアカウンセリングコース
http://www.career-npo.org/GCDF/index.html

C+F研究所 
エニアグラム
入門ワークショップ(次回は7/4-5)
月例ワークショップ
http://www.transpersonal.co.jp/work/ennea.html#top

バイロンケイティワーク
http://www.transpersonal.co.jp/work/katie.html

毎日少しずつ

昨日、一日会議day。
暑い→冷房入れる→寒い→冷房消す→暑い→(以下続く)…
気温差の激しさ、耐えがたし。

会議後の残務を極力絞って、家でゆっくり風呂に浸かりました。


…今朝起きたら「筋肉痛ちょい前」位のだるい痛み、
実に、全身。

しばし、起き上がれず。

ここんとこ、連日シャワーのみだったからか、一気に疲れを放出したものと思うが、これはいかん。

風呂でもなんでも、
毎日少しずつ。

ためない。

お茶三昧

最近、フレーバーティやハーブティを愛しております

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LUPICIAオンラインストア

これまでは、コーヒーのチェーンドリンカーで
今でももちろん飲むのだけれど

最近は
携帯マグにティーバックを入れるだけの手軽さと
何杯飲んでもやさしくオナカが満たされる具合に
すっかりハマっております。

三角のティーバックが茶葉を適切に踊らせるし
フレーバーのバリエーションも多数。

巷のホットドリンクが極端に減るこれからの時期。
通勤中ひえひえな私は
携帯マグとフレーバーティが手放せません。

さっきスパイスも買ったから
今度新しいお茶が届いたら、チャイを作るんだ~
(ルピシアのサイトにはチャイの作り方も掲載されてます)
楽しみ♪

そうだった、忘れてた

今日も暑いですよ~ ってお天気おねえさんの声に
七部袖のブラウス1枚で、ついふらふら出勤しました。

電車乗ってから気づいた。
そうだった、忘れてた。

私は、昨年の夏から、冷えにヨワくなったんでした。

そういえば、だから夏場も
長袖か、七部袖の上にジャケットを着てられたんでした。

おととしまで、
暑かろうが寒かろうが、なんとも思わんかったからなー。
冷えにヨワい自分に慣れてないわけです。

冬の寒さよりコタえる、夏場の冷え。

夏場もちゃんとお風呂に浸からなくちゃなー。
そのためには、夜中になるまえに帰ってこなくちゃなー。

つまんないことで失敬。
でも、とにかく自分の身体は自分で守らんといかんさ。
いつまでもイキオイだけではいかんさ。

それでは、おやすみなさい♪

「こうあってほしい」と「こういたい」ということ

あまり考えもしないで書き始めますが。

私は自分のだんなと同じ勤務先で同じフロアで仕事しています。システム系の仕事とという意味では同じだけど、部署や普段の仕事の内容はまったく違います。

同じところで仕事するのは平気なの?とよく言われます。でも私自身は問題がありません(たぶんだんなも)。ふだんほとんど接点がないこともありますが。
でも接点を持ったときでも、同僚、そして同じフロアで残っている唯一の同期なので、仕事上の価値観をフランクにぶつけることはまったく平気です。

さて。
ちょうど1週前くらいに、仕事でとてもへこむことがありました。
私は、ある人に、自分の仕事の不完全さを責められ(たように感じ)、その人のせいにして、上司に報告してコトを動かしました。今でも苦く心につっかえています。

で、昨日の金曜日。
その人に責められた(ように感じた)同じことを、なんと、だんなにも言われました。
ふだんめったに接点を持たないのに、とても久しぶりにだんながその仕事に絡んで、フロアで私に質問しにきたからです。自分でもびっくりです。

でも、内容的にも同じことを言われているにもかかわらず、私はとても穏やかでした。

コレは別にのろけてるんでもなんでもなく。
だんなは「これは理屈に合わないよね」と淡々と言っただけでした。別に評価してるわけでもない、私が評価されているわけではないと私は受け止めました。なので、
「確かにそうなんだけどね、でも、別にはこういう理屈もあるからこうしてほしいんだよね」と伝えました。
「めんどくさいなぁ」とだんな。
「でもそれはそっちの仕事だからさ、そこは調べてよ」と私。
会話は実にフランクに、平らかに進んでいます。

先週私が、ある人から、内容的には同じことを言われ、電話で会話し、言質をとるようなメールも飛んできて「上司に報告しなくてはやってられない!」と自分を追い込んだ時。
とても責められたように自分が感じていました。
もともとこの人にはそういうところがある。口ではかなわない。実は相手のほうがカンペキにわかっているのに、私に意見をもとめて、私に「正しくない」って言わせようとしてる!おまけにメールも飛ばしてきた。もう許せない!!

・・・はぁ。思い出してしまった。ちょっと、ため息。

私が最近トミに弱いのは「どうすればいい?何が正しい?いいから早く正解を教えて?」って言われることです。
どうして私にばっかり!って感じるときには、たいていは相手に「そんなことは自分で考えて判断してほしい」って思っています。それを決してストレートには言わないけど。
で、そういう時はたいてい、自分も決してそのことに「正解」を持っていなくて、矛盾を抱えています。相手に言うことももっともだ、って思ってる。でも私はそのことで、誰も責めないのに!
私が、相手にこうあってほしい、って思うときは、「私がそうしたいのにできない、それを認めたくない」ときです。一方で自分が自分を責めこんでいて、責められた自分が爆発して、誰かに八つ当たりです。

誰かに「こうあってほしい。」

ホントすごいつまんないことですが、「ちゃんと挨拶はしてほしい」とか「職場の行動予定表にちゃんと予定を書いてほしい」とか、なんだかイライラするときは、自分もできてないか、あるいは、「それが正しいって思い込んでいる」自分が、自分を苦しめてる。

「こうあってほしい。」って自分で思ってるな、というのには気づけても、そのときにはもうそれを「別の理屈で」否定しにかかります。相手が悪い、なぜならば、挨拶をしないなんて、職場でともに働く者に対する態度なの?とか、社会人としてどうなの?とか。

平日、職場では、こんなにもいろいろ自らを波立たせてしまうのに。
相手がだんなだと「こうあってほしい」というのは実はあまりありません。人によっては、これが冷たさや、愛のなさみたいにとられることがあるかもしれませんが、そういうことではなくて、私はだんなに「こうあってほしい」というのが、あまりないのです。若いときはともかく、今は特に。だから私は家庭ではあまり波立ちません。
家庭だと、好き勝手だからかもしれません。居たいようにすごし、気ままにしている。

誰かに「こうあってほしい」よりも、私が「こういたい」ということが充足しているからかもしれません。
「このように、居たい」ということは、単に怠惰なだけのときもありますけれども。

あまりにも回りくどいですが、言いたかったことは、で結局なんなの?といえば。

自分が、こう居たい、こうしていたい、矛盾に思ってる、苦しいと思ってるということに、気づけて認めて、自分を主語にして、素直に口に出したい。
これは私の今の、自分に対する強い願いのひとつです。
ということでした。なーんだ。


・・・自分で書いていてもうひとつ気がついた。

「こうあってほしい」っていうのって、実は相手に望む(一方で自分が責めこんでいる)範囲が広すぎますよね。ばくぜんとしてるというか。
「こういう行動をとってほしい、なぜならば○○だから」ということ自体、範囲なりターゲットを絞り込めば「できる」あるいは「できない、なぜならば」って、やりとりが建設的になる。
または、相手に望む前に、自分も行動がとりやすいというか。

「こう、居たい」というのも、もしかしたら、範囲が広すぎるね。

明日は、早起きをしよっと。

最近宵っ張りが過ぎるのでもう寝ます。おやすみなさい。

クリアしてはみたものの

今週。

5/4に開いたメールとデータをきっかけに、4月の決算ででた予算と実績の、びっくりする差額の原因をツメておりました。

今日中に、本殿に報告をしなくてはいけない。
でも午前中はあれやこれや問い合わせが入ってしまいました。
最後の5%をどうツメるか、結局昼ごはんたべがてら、歩きながら考え。
この方法しかないだろうな、という一番地道な方法をセレクトし、同僚に手伝ってもらいながら解析。

そしたら、始めて30分で「これか!」という原因に突き当たりました。
約1ヶ月前に発見していて自分で大騒ぎしていた話でした。
「そういえばそうだったじゃん」と自分でツッコみながら、そのあとも小額の差額を同僚と全部ツメました。
いつもありがとう、同僚。

それにしても、何かしら、どこかでひっかかっては、いるんだよねぇ、あたしは。
でもそれをつなげて記録をとってなかったり、あるいは記録をとってても散逸させてるから、わからなくなってしまうんだ。

本殿からの問い合わせの電話にもスムーズに答えられ、
納品物も、なんとか仕上げ、
差額の要因をまとめた文書も、上司に送れて。

やれやれ。

でもね。本当に、でもね。

・・・この3日間の作業は、予算を作った12月から3月アタマに発見してクリアしてれば、不要な作業だったのです。
原因をちゃんと詰めてわかったけど、知らないな、あいまいだな、わかってなかった、というところが全部誤差になっていました。
でも「12月から3月の私」にそれを言ったとしてもすごい怒ると思う。
「こんな毎日目いっぱいなのに、私に全部クリアにワカレなんて無理に決まってんじゃん!」って。

じゃ、私じゃなくて、他の人ができるように、できてれば?

苦手だとわかってる仕事。
今年の抱負は、「この仕事を手放せるように、他の人ができるようにする」だったはずなのに。

~抱え込むことで、他人から見えなくなり、検証が不十分になる~
でしょ?って人に言われたら絶対ハラたつ、でも本当にそう。

抱え込んでしまおうとする、その瞬間の動機に気づきたい。
本当にその瞬間の、判断の問題だと思うのです。


ま、でも今日は自分をちょっと甘やかして、
こんなことを引用して終わりにします。
「それなりに元気で、明日を迎えられる」のが
どういうんだか、私の、おそらく強みなんだと思います。
だーからどうだ、ってわけじゃ、ないんですけどね。

-----------------
幸いというかありがたいことに、
仕事だの人生だのって、敗けたら退場というより、
「いくつも敗けて、いくつか勝つ」というような
長期的なリーグ戦のような気がします。
ケガしたり、審判に暴言はいたり、反則をとられたり、
不調でひっこんだり、なんのお役にも立たなかったり、
期待をうらぎったりうらぎられたり、自信をなくしたり、
そんなことを何度もくりかえして、
それでも懲りずに、それなりに元気で、
明日を迎えることが大切なことなのだと思っています。
----------------

『ともだちがやってきた。』糸井重里

作戦?

虹の後に、なんですが。

金曜の夜の電車は酔っ払いが多く。

30歳後半、かな?男子。
20歳後半、多分?女子。
目の前であんまり声が大きいから、つい耳ダンボになっちゃう。

男子はフラレタ元カノの話を延々とリピート。
元カノは、手痛く男子を振ったあげく、あることないこと言い触らして、職場じゅうにその尻軽ぶりが知れ渡ってる。
忠告してやりたいがオレのいうことなんて聞かない。元カノ以来、誰とも付き合えないんだ。

って。男子によると。

女子は、男子と元カノの職場の後輩らしく、真剣に話をきいて、
そんな、二度と恋愛できないなんてないですよ
とか
人事に訴えたほうがいいですよ
とか言ってんだけど。


男子
オレってアイツが色々言うから、すごい軽く見られてるんだろうな、ま、いいんだけどさ。

女子
そんなこと、ないですよ!


…どうなんでしょうねぇ?

女子が先に最寄り駅に着いたらしく、

女子
おやすみなさい
男子
あ、気をつけてね、大丈夫?

って言いながら
男子、一緒に降りてっちゃった。

なんだ。作戦か?

なんだかなぁ。
ま、人の縁の最初なんて、よくわからないけど。
元カノをこんだけ下げて自分をカワイソがるなんて、ちょっと卑怯じゃない?

それでいいのか、女子!
よく考えるんだ、女子!

と、心で叫ぶ他人のオバチャンでありました。

虹を見たかい?

虹を見たかい?
今日の夕方。
ふと、職場の窓際に人が多い。

なになに?

虹が出てる!
それも二重だし!

窓によじ登って写真とって大興奮です。

…そのあとも
なんとなく、そのまま窓際で語らう人あり。

穏やかで、ささやかな幸せ。

どっぷりつかるデータの海

昨日の続きは今日であります。

5/4に本殿から来た「予算差の報告だしてね」メールとデータを、私は5/4には見ました、中身みてびっくりしたけど。
5/4にメールくることは4/23には連絡あったし、ちゃんとメールボックス整えて準備しとくわけですよ。

ところがだ。

本殿からのメールを今日初めて開けて、納期まで実質明日なんてひどいって大騒ぎした人やら。
休みあけでメールボックスがパンクした人やら。
いたようで。

本殿から、
「納期を来週の月曜にします〜」
というお知らせメールが夜届きました。

やった〜
でもさすがに、何時までに納品、とかあるのかな?

といちおう確認してみた。

しかし。

他はともかく、アンタのとこは明日まで。
それと資料だけじゃなくて、月曜の偉いさん会議で報告しなきゃなんないから、アンタは明日デスクに居て質問に答えよ。

という趣旨を、とても丁寧に言われ。

確認してよかった、とプラス思考に転じ、なんとか立て直して、差額の根拠を95%まで解明。

残りが結構難題。

データの海で溺れそうだが、なんとか。

家計簿だってつけたことないのに!後編

部の予算と実績、ふたを開けたら1ヶ月で、予想より2桁も数字が違っちゃってるじゃん、どうすんの、というお話のつづきです。

念のため。オチがある話ではないです。

私のいる部署は、関係者が使うシステムを作る・動かす部です。
作る、動かすお金は、関係者から集めています。
で、部の予算のとり方や計算のしかたを今年から変えたと。
それを、
関係者でシステムを使う=グループで旅行に行く、という話に例えてみます。

1)去年までのやり方

どっか店に入ってご飯食べたとか
タクシーのったとかいったら
グループのメンバーでそのつどお金集めて清算してたわけです。
それも、
ご飯なら、メニューどおりの金額を各自が一人ずつ会計するとか
タクシーなら、人数割りするとか、
場合によっていろいろやり方を変えてた。

それを、グループに参加している人、っていうか
実際参加している人よりも、そこにお金出してる親が
「いったい、旅行全体でいくらかかってるの?
贅沢してるんじゃないの?」
言い出しましたと。

旅行中に、
「小鉢だけでいい(!)」とか
「今日に昼ごはんは要らない」とか
「タクシーでいかないで電車にする」とか
そういう人に細かく答えて負担を変えたり
そういえば、AさんとBさんとCさんご飯のときお酒余計に飲んでたけど、そこも含めて割り勘じゃ不公平だよねえとDさんとEさんが言い出したから「じゃ、お酒飲んだ人追加!」なんてやってまして。

ひとつひとつを、「公平に」ってやってれば、
その場の参加者は納得するんだけど
トータルしたら「なんだかよくわかんない・・・」ってことになりましたと。
どうやって納得したかなんて忘れちゃったよ、とかね。


2)そこで今年からの変更

去年1年かけて、以下のようにしたのです

旅行はパック旅行にしましょう。
お代は先にいただきます。
おおまかにはこういうご飯と行き先です。
オプションで○○ツアーに行く方は少し余分に出してください。
で、割り勘にしますけど、配分の基準は?

「Aさんよく食べるしAさんが多いほうが。
 Bさんお金もってるからBさん多めに。
 Cさんち子供いるからたいへんよ、
 あら、子供も一緒ならその分もらわなくちゃ・・・」

じゃ「代表者の身長で」(え~!)

ってくらいのエイヤな変更でした。

2年ごしでパック旅行のパンフレットを書いたのは私の上司、
参加者の親御さんに説明にいったのは私の上司の上司他。
「そうはいったって去年まではこうだったじゃん、
それって不公平なんじゃないのぉぉ??」という参加者たちを
「身長ったら、身長にします!!」と説得しにいったのは、
上司と、私。
先にいただくお代はどれくらい?の
計算の元を出してきたのは部内のいろんな人たち。
で、最後、「お代はいくらにします」までを計算したのが、
私と同僚と先輩です。

パック旅行は、別にあまったって返さないけど、
私どもの場合、なんと、
いただいたお代と、かかったお金に差が出たら
お返しします。なんて言っちゃってるので。

参加者と、参加者の親御さんにわかる
1ヵ月ごとの「かかったお金」の報告をしなくてはならないわけです。
それも、
あんまり細かいと、よけいわからなくなくし
大雑把だと、「なんで?」ってことになるし

いちおう清算は年に2回やるってことでカンベンしてもらいました。


3)始まって1ヶ月

・・・それでもですね。
まだ1ヶ月しかたってないのに、

Aさん「冷蔵庫のビールは好きに飲んでいいの?」
私「お代には入ってないですから、フロントで自分で払ってください」
Aさん「え~??そんなことパンフにかいてなかったよ
 食事中のビールはフリードリンクなのに不公平じゃん」
私「うるさーい。いいからフロントで払ってくれ~」

Bさん
「明日のオプションツアーに急遽Dさんに参加してほしいんだけど
Dさん入れたらいくらになりますか?
Dさんは、いくらかわからないなら入らないって言ってて、
でも、私たちDさんはいると安くなるから入ってほしいんですよね」
っていうから、試算したりとか


ま、そういうのがドカドカくるのを計算したり調整したり
あっという間の1ヶ月。

旅行は1年だけど
とりあえず1か月分、どんなもんかなと〆てみたら、
差がエライ出ちゃいましたと。

うひゃー・・・


かかったお金はかなり地道に
レシート照らし合わせてつけています。
(ここは同僚にきっちりやってもらってると)
でも、出て行くお金は見えるところで払ったものだけじゃなくて
どうもいろんなところから出ている。
それを事前に解析して予算にしてるつもりが
「お?」ってところで意外なモレもあったりします。

で、ウナッテウナッテ、ざっぱに調べた結果として
今月払う予定だったけど、実際はもうすこし先でした、とか
そういう大きな理屈はわかった。

それでも、まだ、わかった根拠は、食い違った数字の半分でしかない。
明日また、がんばると。

家計簿といっしょにしちゃいけないんだろうけど
本当に私、お金の計算が、ダメなんだなぁ。
予算立てた段階で、なんでもう一歩読んでおかないんだ
って思います。
旅行でいうと、食事やツアーの中身にもう一歩詳しくなくて
あれ、コレくらいかかるはずだけどな、というカンがないまま
計算しているところがあるわけです。

いや、長くなってしまった。

オチはない話です。

ねよっと。おやすみなさい。

家計簿だってつけたことないのに!

「親にだってなぐられたことないのにっ!」アムロ

って。

私の今の仕事は部のコストの集計と、予算実績の管理です。
表題にあるとおりで、個人的にはかなり苦手な仕事です。
おまけに、今年から計算のしかたや予算のたて方をがらっと変えています。

変えてから初めての月次決算がでました。
各部、予算差のコメント書いてくださいね〜ってメールとデータが本殿から飛んできたのは5/4。
5/10までね、って実質それ金曜日までじゃん。ってツッコミながらも、もともと、GW=がんばれお仕事ウィークだしね、と
軽い気持ちでデータあけたら。

予算との差の金額が、
予想と、2桁は違うですよ。
差だけでね。

最初だし何かあるだろうとは思ってたんだが、
こりゃまずいわ、と、とりあえず差額総額だけ、まず上司にメール。
5/5は一日会議だから5/6に調べますからっ!と。

そしたらもう昨日5/5の朝には、上司の上司(部のボス)から

なに、○円合わないって?

と、いきなり切り込まれます。
ま、想定と、単位が違っちゃってるから、当然のご発声ではあります。
上司ったら報告がはやい。
もちろん、ここは
「ウラはとりますんで!」と元気に返事。

すごい詳細は月末でもいいけど、ざっくりでも今週じゅうに(原因が)わかる?

という、矛盾はあるが、やむを得ない問いが、そのあとあらゆる方面から来まして。

腰を据えて格闘であります。

続く。

由紀さおり礼賛

久しぶりに寝そびれて、夜中にラジオで、由紀さおり特集をききました。

近年だと、お姉さんと童謡を歌ってる人、ですが、

私が好きなのは、1970年のヒット曲「手紙」です。
かなり小さかった私は、この歌を覚えて歌ってましたとさ。

まとめて1時間も聞いてると。
思った以上に間口が広くしなやかなので驚きです。
聞き取りやすく、どんな歌でもこなす。

お姉さんとのデュエットもいいけど、
この人単独の歌のほうが私は好きだなぁ。
いかようにもあわせられる技量の持ち主だからこそ、一人で歌う歌がしみます。

Wikipediaで見たら、そういえばこの人のコメディエンヌぶりや女優さんとしての活躍も思い出しました。

なかなかよいぞ、由紀さおり。

ま、40歳以下は無理してついてこずともよい。


…そんなわけで完全に夜明けにちょっとだけ寝てアタマおかしいですが、

これからいつもの火曜日、18時まで会議、合間に議事録発行です。

いくぜいくぜ。

毎日は続く ふと決意する

ご無沙汰しておりました。

5日もblogを書かなかったのは
おそらくずいぶん久しぶりでした。

実は職場で
少々不機嫌と怠惰が過ぎる、最近のワタクシであります。
特定の場面と人に、
どうしてそんなに不機嫌になるんだ?って位
その不機嫌なり、感情的なやりとりが
どうしても止められないです。

そのあげく、先週2つ、職場であった出来事が、
自分としてはそれなりに重く、
ちゃんと整理して書こうと思いながら
今日まできました。

不機嫌で怠惰でずるい自分を
認めたくないし、認めてるし、という具合です。
正直、扱いに困っています。
自分のことなのにね。

文章にしようとかいろいろ考えたのだけど、
何か書こうと思っても、毒っぽい、
グチならそれこそグチっぽく書けるんだけど
どうも自他をやたら刺しかねないコトバが
アタマのなかで煮えてしまい、
パソコンを開く気にもならない。


・・・今日、ふと、
「ひっかかってるのは、よそう。」
と思い直し、仕切り直すことにしました。

blogをはじめたときに
誰に見てもらってもいいように毒は吐かない、というのは
決意としてあった位で
べつに、毎日書こうと宣言したわけではないのですが
ある時点から、自分のなかでは、
「なるべく毎日、記しておきたい」と思うようになりました。

ただ、無理をせず、うそはつかずに、
書きたいことを書ければ
・・・と、ばくぜんと考えていました。

でも、ちょっとコトバを失ってからの自分のことは
扱いにこまって、ついでにblogも困ってしまったと。

で、今日。
私の購読新聞であるところの
ほぼ日刊イトイ新聞
で、糸井重里氏が
「黙っていたい自分」と「毎日書く自分」とが
どっちも自分で、「とにかく書こうや」となる
という話を書いてたのを読みました。
(今日のダーリン ってトップページの文章。
毎日変わって、残らない)

私のblogは、
かなりきわめて個人的なおしゃべりの域だと思います。
勿論、イトイ氏とはまったく比べるモンでもないのですが

ふと決意したことがあります。
別に、肩に力が入った感じではなく
自分に約束するようなことです。

今、このblogに何かを記すことは
私のなかでは比較的大切な時間です。
で、そういう時間を持つことを
大切にしたいと思います。

読んで下さる方がいることを想定して
毒を吐かず、かといって無理をせず
うそはつかずに、毎日を淡々と。

主張もしたくなるかもしれないし
ただ感想だけかもしれないし
日常をただ書くだけかもしれないし
イイモンはイイ!とオススメしたくなるかもしれないし
ま、いろいろですが。

なるべく、まんまの、
予定調和的なところを極力排しての
毎日をそのまま、書こうと思っております。

お立ち寄りくださってありがとうです。


あ、今日の最後に書いておこう。

5/4のロックスターの密葬の会場は
私の祖母を14年前におくってもらったお寺の運営です。
天恩山五百羅漢寺
 http://www.rakan.or.jp/index.html

様々な宗派を渡り歩いた祖母が、
最後たどりついて、自分のだんなのお墓も移して
毎週歌など習って、縁をつないだお寺でした。
ほんの数年のご縁だったのに
住職にとてもよくしていただいた思い出があります。

別に、なんてことはないんだけど
かのロックスターを愛する人たちに、
いいお寺で送ってもらったよ
って知らせたいな、と思い、記しました。

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