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当事者ではない、第三者の大事な立ち位置

突然ですが。多少硬い、仕事の話です。
ちょっと長くなります。

【監査の話】

当事者しかわからないことは世の中にたくさんあります。
物事を決める、何かをなすのは、その場の当事者です。
当事者が相当な考慮と情報収集の結果に成したことは、責任をとらない第三者に文句はつけられたくないでしょう。

でも組織で当事者が成したことは必ず別の人の利害に関わっています。
「別の人」には、組織の「後に続く人」も入っています。
大抵の組織は、当事者以外が所有する財産を預かっています。
当事者がきちんと行動を成し、今後もっとよくするために、組織は第三者の視点で点検するプロセスを持っています。

「監査」は、
・組織のトップまたは株主(持主)に要請された第三者が、
・組織で成したプロセスと結果について
・目的を達成しているかどうか、
・定めた基準にのっとって、
・一定の手法を使い証拠を集めることで客観的に証明し
・監査を要請した人に報告することです。

(と、私は理解しています。)

監査人は、「こういう事実があった」ということと、「基準に則ればこのようにすべき」という指摘をします。
これは「評価」ではなく「指摘」です。

実務を執る現場の長と、監査人との間で、指摘をめぐって対立することがあります。必ずしも表面化はしませんが。
監査人は実務を全部見て指摘をするわけではなく、一定の法則に基づいてサンプリングをします。
実務の長は、監査人に対して
「自分のやっていることを評価された」
あるいは
「ちょっと見た他人にどれだけわかるんだ」
というまなざしで見がちです。

監査人の指摘が一般論に近すぎる、あるいはサンプリングに失敗して、組織に実際によくある事実から離れた指摘になると、余計そうなります。

…なんだか前置きが長い話になってしまってるけど。

実務を執る人も、監査人も、「組織を健全に機能させたい」という目的は同じです。そのプロセスが違うだけです。

両者がうまく出会えて、第三者の指摘がうまく利用できるように、あるいは「いい」指摘が引き出せるよう準備すること。
それが、監査人に直接対応する実務サイドの仕事だと私は思っています。

【監査と、私の仕事(標準の最適化)】

年に一度、私には外部の監査人に対応する仕事をしています。
これは私が「標準を守る」仕事を担当しているためです。
組織で日々の積み重ね
「日々の計画と実行に、基準や標準が活用・利用され、プロセスや結果が点検・記録してあるか」
の程度によって、監査人の印象や指摘が違ってきます。

ただし現場は、「標準」「キマリ」のために仕事をしているわけではありません。
そのとき定めた「チーム」「プロジェクト」の目標の達成が何より大事です。
必ずしも、監査人が指摘するようなことが実現できていない、優先順位が低いこともあります。

標準を守る・変化させる役割の私は、実は今年その仕事をまっとうしてなくて、別の仕事に血道をあげています。
旧い標準がそのままで、「現場ではやりきれないのに標準になっている」ということもあるわけです。

そういう中で自分が何ができるか。
監査人が、何にもとづき何をリスクととらえているかを聞き取り、当方も「組織はこのような代替手段をとっている」と主張し、実務側が「監査の指摘は妥当」と思えるものにすること。

ここでは、お互いの目線の違い、あるいは高さを一致させるかが課題になります。

つまり、監査に対応する際には、私は以下が必要だと考えています。
-------
・相手の話をよく聞き取ること。
・相手の観点・意見から学ぶこと。
・主張すべきことは主張すること。
・お互いの目線の違い、
 あるいは高さを一致させること。
(こちらが高くても、あるいは低くしてもNG)
・お互いの目標は何かをクリアにすること。
-------

【つながっている】
この課題は、私の今やっている様々なことに、広く薄くつながっています。
新しいことをやろうとしている仕事でも、旧いことを変化させるときでも。

書いちゃうと当たり前みたいなんだけど、私はなんだかそのことにいつもぐるぐると苦労し、煮詰まっているように思います。

【社外グループ活動でも】

関係ないことにとぶようですが、社外グループ活動です。

あるテーマで、社外のメンバーと論文を書くにあたって
・あいまいな部分の具体化
・正確な事実
・今までにない切り口
・テーマに対するメンバーの想い
が一致したところに、論文の主張はうまれます。

想いがつよすぎると、認識している事実がゆがむことがあります。
かといって、あいまいな部分を事実で検証しようとすると、文句をつけられた、せっかくここまでできてるから細かいことはいいじゃないかと思われることもあります。
「何に基づく主張ですか」と尋ねることが、場合によっては相手を詰めていることにもなりかねません。

それでも、強い想いにいたる問題意識は、一般論が匹敵できない、物事を前進させる大事な根っこを持っています。
思い込みではない、「想い」を結実させることが必要です。

そのためには、事実を調べ、証拠をそろえ、検証する必要があります。
論理がとおるようにをすっきりさせる必要があります。
当事者(想いを主張している本人)ではない、第三者が。
それは「想い」をうけとめることであって、否定することではありません。
社外グループ活動で、今やっていることはそういうことだと思います。

そのために私にできることは、やはり

・相手の話をよく聞き取ること。
・相手の観点・意見から学ぶこと。
・主張すべきことは主張すること。
・お互いの目線の違い、
 あるいは高さを一致させること。
・お互いの目標は何かをクリアにすること。

になります。同じです。必ずしも、毎回うまくいってないけどね。

おそらく社内での職務
「キマリを最適化する」ことも
今やろうとしている職務
「コストを計画・集約・報告する新しいプロセスを作ること」
もここにつながります。

【当事者ではない、第三者の大事な立ち位置】

当事者は「私にしかわからないことがある」と思うでしょう。
実際はそういうことはあるだろうと思います。

目標を達成しようとする当事者の強い思いが、様々なことを前進させる一方で、もしかしたら、組織(他人)に対して別のリスクをうむこともある。
当事者が混乱に陥ることもあるだろうし。

すべてが可視化できるとは思わないが、何もかもが当事者の暗黙知になっても前進にはつながらない。
成したことはどうあれ、次の学びにつながります。

「なにがなんでも」という当事者の想いの強さを適切にときほぐす、ある程度見える形にすることは、第三者こそができることのように思います。
第三者の視点はそのとき、上からでも下からでも、うまくいかないはずです。

相手の立ち位置にも立てること。
たとえば自分も、そういう視点を第三者から受けて、健全でありたいと思います。

--------
・相手の話(主旨、想い)をよく聞き取ること。
・相手の観点・意見・想いから学ぶこと。
・主張すべきことは主張すること。
・お互いの目線の違い、高さを一致させること。
・お互いの目標は何かをクリアにすること。
--------

私がカウンセリングを学ぶプロセスでも、学んできたことのように思います。
ただ、まだダイレクトにつながりません。
相手によりそうことが、「当事者」か「第三者」かというと、まだその答えはうまく出ません。

ムリにつなげているつもりはないのですが、

「当事者ではない、第三者の大事な立ち位置、が成せること」
を、ずっと学び続けているように、最近思います。

長くなりましたが、以上です。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。

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