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8/31 エニアグラム月例【8月】

こちらで、エニアグラムを学んでいます。
http://www.transpersonal.co.jp/work/ennea.html

今日から月例の3回分をつかって、エニアグラムの性格(パーソナリティ)の9つのタイプを1つずつ学びます
各タイプの方から直にお話を伺ったり、ビデオを見るなどして、タイプについての理解を深めます。
他人事というより、「自分の中のタイプ○なるもの」を探求する大切な機会です。

人は産まれてすぐの本質に近い存在の時から、親的存在との関係、言語化の過程で、自己防衛のために、性格「パーソナリティ」を強化します。
防衛が強ければ強いほど、性格そのものに自分が縛られます。
でも性格よりも、本質的な存在としての人はもっと豊かです。

各タイプの方のお話をじっくりと聴かせてもらい、自分でも問いかけてます。すると、理解しがたい、もっというと苦手なタイプの特徴が、自分のなかに小さくでも発見できます。
タイプの違いをいとおしく思え、相手を受け入れられて、楽になります(日常だとずっとずっとそういうわけにはいかないこともあるけど)。

今日は、「本能センター」といわれる、タイプ8,9,1の方について学びました。身体感覚、ハラ(腹)で動く、のがキーワードです。

身体感覚とはどういうことかをことばにしてもらうことで、豊かな時間が過ごせました。

ついにスタート

「6年前、勝手に不可能な夢を抱いたときに
自分で3つ決心しました。

ひとつ、夢をずっとおもいつづけること
ひとつ、少しでも動きはじめること
ひとつ、あきらめず努力しつづけること
(中略)
ひとは、
いくつになっても、いつからでも
変わることができる。
そのことを伝えるために、私は走ります。」

かなりおおまかに要約しましたが

「長くなるけど、きいてほしい」
と前置きしてから

6年前、無名の演劇人だったころに
24時間マラソンランナーになりたいと
思ったときの話を
エド・はるみさんは
カメラにむかってきっちりと話してから
走りはじめました。

も、ほんとにごめんねってくらい
この人、同年代だ。
シンパシーだらけです。

雨にあたらなければいいのだけれど。

ファイトだ。エド・はるみ。

8/29バイロン・ケイティ・ワーク マンスリーサークル

今年は月1回ペースで、
C+F研究所にてエニアグラムを学び、
自己探求(結果としての他者との共感)を体験しています。
http://www.transpersonal.co.jp/for-personal.html

昨日は、バイロン・ケイティ・ワークのマンスリーサークルに参加しました。
http://www.transpersonal.co.jp/work/katie.html

バイロン・ケイティ・ワークとは

自分でいちばん心に響く、抱える思いをあらわす文章
気持ちにいちばんリアルに響く文章にたいして

たとえば
「○○は私に・・・すべきだ(あるいはすべきでない)」
「○○は××だ」
について

1.それは本当でしょうか?
2.その考えが本当であると、絶対に言い切れますか?
3.その考えにあるとき、(私は)どのように反応しますか(身体がどうなりますか?相手にどう接しますか)
4.その考えがなくなったら(私は)どうなりますか?

と問う。それに対しておもいつくまま答える。

その文章の
A.内容を反転させる。それを裏付ける事実を3つ考える。
B.主語を反転させる。それを裏付ける事実を3つ考える。
C.私に置き換える。それを裏付ける事実を3つ考える。

これも、おもいつくまま答える。
話しているうちに何かが降ってくる。
これはアタマや論理で考えるというのではなく、
その言葉を思い描いて、身体感覚含めて想像することで
思い込みのワクがはずれたり、違う観点が落ちてきます。
よい、わるい、合ってる、間違ってるはないのです。

思いと現実のギャップが何より自分を苦しめる。
バイロン・ケイティいわく
「現実はあなたが思うよりずっとやさしい」と。

このワークは、一人で書くことでもできるのですが
昨日は
「人に問われる(訊かれる)こと」
「口に出して言うこと」
で、より心に響くことばが発見できる
と実感できました。

-------------

私は最近いくつか超えるべき課題を抱えました。
でも昨日のワークでわかったことは
課題は、10年以上前から抱える根強い思い込みに
根があるということでした。

「もし私が新しい仕事をしようとしたら、
周囲や家族に理解されない」
というのが、ワークのスタート時の文章だったのですが

「周囲や家族に理解されない」ときの身体感覚で
そのあきらめに安住して、
語らない、伝えないできたことに気づきました。

それを、
A.内容を反転させる⇒「周囲や家族に理解された」
その根拠を考えていたとき
新しい仕事をするとかしないとかではなく
「ただそこにある」だけの豊かな状況を一瞬想像でき
大きく心が動きました。

B.主語を反転させる⇒「私が周囲や家族を理解しない」
その根拠を考えていたとき
ああ、私はすべて理解してるはずがなく
相手は、それがつらいときもあるだろう
と思いました。

C.私に置き換える。⇒「私が私を理解しない」
これ、ものすごく哲学的な、わからない文章。
でも、答えようと思ってふと浮かんだことは

「私は私を理解しない、
なぜならば、いつも他人を気にして
(他人の意に沿うようにして)
どれが私かわからなくなることがあるから」

あーあ。これかよー。
この積年の、ツキモノのような。

この「他人を気にして」というところで
今、その瞬間でも、他人を気にしている、
人の時間を奪っているのではないかと
とてもつらいというと、その場で言ったら、
「ぜんぜん(そんなことない)」
と周りの人に言ってもらえました。

ああ、思い込みとはこういうことなのか。
「自分が思っているより、現実はやさしい」
というのはこれか、というハラの落ち方をしました。

この落ち方は、かなり個人的なプロセスで
かならず、人それぞれだと思いますが、
他人と自分の力を信じられる、
面白い体験でした。

今日のテレビ)涙と笑いのハッピークラス -4年1組 命の授業-

NHKアーカイブス
(土曜日総合テレビ 午前10時05分~:
関西地域は教育テレビ 金曜日深夜(土)午前0時45分~)
http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/

NHKの古い番組を放送しています。
昭和30年代のオソロしく古い映像から
つい2~3年前の番組まで
当時の社会環境がかいまみえる面白い企画です。
最近は、当時の関係者とスタジオでトークがあります。

ちなみに来週9/6は、「赤塚不二夫」の特集です。

今日放送されたのが

NHKスペシャル
「涙と笑いのハッピークラス ~4年1組 命の授業~」
2003年5月11日放送
http://www.nhk.or.jp/archives/nhk-archives/past/2008/h080830.html
です。

途中から見たの、惜しかったな。
テレビを見ていて泣くのはオリンピック以来です。

金沢の小学校教師 金森俊朗さんは、
「命を教えることこそ子供たちにもっとも必要なこと」
として、あらゆる機会で「命の授業」をしてきました。
生涯、現場の一教師。
金森先生が語る場面ももちろんありますが
どちらかというと、
子供たちが語り、聴き、感じる場を作っています。

番組は4年1組の1年を、丹念に記録しています。
撮影のカメラの高さは、子供の顔より常に低く、
合間に入る、スタッフらしい声もとても優しいです。

あるときは
子供たちは雨上がりの校庭で泥んこになり
遠足で服のまま河に飛び込んでびしょびしょになり
ただただ、喜びを体感して過ごします。

子供たちは「手紙ノート」というのを書きます。
友達への手紙を書き、皆の前で読みます。
自分が日頃の会話では言い足りないことを
そこで書いて、発表し、皆がそれをじっと聴きます。
聴いていて思ったことをその場で話すし、
また「手紙ノート」に書いてきます。

これは金森先生の言葉をかりると
「つながりあう」
自分を伝え、相手を理解しようとすることで
ハッピーになろう、つながりあおう
とする具現化のひとつです。

おばあちゃんが亡くなった子の手紙ノートを聴いて
自分もおじいちゃんが亡くなった時に悲しかったと
泣きだす子のあとで
3歳のとき親が亡くなった時のことを
泣きながら初めて話せた子。
身近な人が亡くなる悲しみを、
子供はことばをなくしたままちゃんと抱えています。

ある日
楽しみにしていた「いかだのり」の時間の前に
授業中あんまりうるさかった子が
「いかだのりに出てはいけない」と先生に叱られる。
この先生ね、怒るとこわいのです。とても。
しーんとなった教室で
でも先生に、ある友達が、必死に食い下がります。
実際はもっとたどたどしくて泣きそうなのだが
だけど、こういう意味。

「うるさかったのは、こいつが悪い。
でも一緒になってとめられなかった友達も悪い。
それと、こいつは
『いかだのり』のことで悪いことをしたのではないのに
これまでずっとがんばって楽しみにしてきた
『いかだのり』に出さないというのはおかしい」

10歳だよ、この子。

別の子が
「○○さんはずっと一緒にいかだをつくってきた。
出られないと・・・」といって泣き出したのを
あとを引き取って別の子が

「○○が出られないなら、○○はハッピーではない。
それなら○○と一緒に、俺も『いかだのり』に出ない」

といって、そのあとは皆が
出させてください、お願いします。
って口々に先生に頼みます。

結局、この子はいかだに乗るんだけど
先生は本気で怒って、多少理不尽な罰を科して
別にそこに策略もなにもなかったからこそ
この子たちの反論を
感動しながらじっと待って聴いたのだそうです。

また、ある日。
クラスの子のお父さんが急に亡くなります。
わからないながらも何ができるだろうって
皆考えて、手紙を書きます。
何人かの友達は
「俺らがいつも買うのの1ヶ月分の」
駄菓子を買って自転車で家に行ったりします。
その子たちの
「自分は何もできないが、つらいときは言ってくれ」
「ゆっくり、がんばれ」
という手紙の言葉の、強くてやさしいこと。

最後、3月のクラス替えの前のお別れ会。
子供の一人が思いついて皆でやったことは
クラスで初めて父親の死を語れた子のお父さんと
急逝したお父さんに、見えるようにと
校庭の砂をほって大きな字で手紙を書く
ということでした。

「○○と○○のお父さん。
○○と○○は皆と元気でやっているから
安心してください。」
という内容を、よく見えるようにとしっかりほって
空に向かって皆で何度も叫びます。

命の授業とは
自分の思いをつたえ、相手の思いを聴き
つながりあう、生きる実感をつかむこと。
「思い出に浸るのはいやだけど
そういう原体験、戻れる場所があるだけでも
よいのではないか」
と、今日のゲストだった金森先生は言ってました。

この番組、本もあるし、DVDもあるようです。

4年1組命の授業―金森学級の35人 (NHKスペシャル―こども輝けいのち)
日本放送出版協会 (2003/09)

それと、金森先生は2007年に小学校教師を定年退職され、現在は金沢の大学で教えておられます。

レインシューズと長い傘

ひどく湿気がある朝です。

いつ豪雨になってもいいように、
今日はレインシューズと長い傘なのですが、
守ってくれる大事な道具なのに、
ちょっとストレス。

レインシューズは履きごこちがいまひとつ。
長い傘はホントに長くて、持て余す。
選んだ時には、わからなかった観点です。

レインシューズは
とにかく水が入ってこないこと
長い傘は、
雨をちゃんと避けられて
通勤電車で人を濡らさないように
傘袋がついていること。
その条件は充分クリアしてたけど

雨が降る前、あがった後
あるいは屋根のあるところを
移動する時間の長さを
考慮してなかった。

これを
考えがたりなかったとみるか
機能は満たしてるからいいとみるかは
状況によりますね。

雨がものすごい降る時は、
傘と靴は大活躍なわけだから、
そのときの
こいつをえらんでよかった感を
ちゃんとおもいだせばいいのかな。

あまり深い意味なく、
書き始めたのですが

リスクへの対策、
職業選択や意志決定のありかた
みたいなことが
アタマにフラッシュしてきて
長くかきそうになったので

いったん、終わり。

よい一日になりますように。

どんなことがあっても

ワタシに閉じこもらずに、
ただそこにあるだけの存在でありたいです。
1本のろうそくのように、ただそこにまっすぐに在るだけ。

今日はこれだけ。見てくださってありがとう。

書いて、書いて、書いて

仕事でやることがいろいろあって
なんで毎日こうもいっぱいいっぱいに思うのか。

午前中、
呆然としてしまい、
判断停止しそうになり。
ムリヤリ、パソコンのまえで、
メール開け閉めして
反射的にファイルさがして
作業に入って、さらに混乱。


これはイカンと
手帳とノートを持って
空いてる会議室に行きました。

会議中の札をかけて、
まず、目を閉じて深呼吸して、
しばしそのまま。

…アタマのわんわんしてるのが
いったん静まったところで
とにかく、
やるべきと思ってることを
大きい小さい関係なく書き出してから

大きいのは、やることわかるレベルまで小さくして、

何を心配してるのか、
何がブレーキをかけてるか
ひっかかってるか
それも書いて。

とにかく書いて

「自席にもどって
これ以上
やることが増えても
恐がらずに書くんだよ」

と、書いて。

時間にして20分位でした。

そのあとは自席で
ノート見ながら、
やることを順番につぶしました。

ホントは段取りを
戦略的に練ればいいのかもしれないけど
今日の順番は、あえて、自分の好きにしました。
終わったら、チェック。

この後、
言われたこと
聞かれたこと
すぐ反射的にキーボードたたかず
なんだかんだ言い訳せず
ノートに書きました。

で、
自分できめた時間で
とにかく今日はやめました。
これ以上やっても、
ワタシが無理。

ノートの、やることリストは
小さいのもいれて20あって
終わったのは9こです。

いい、悪い、早い、遅い
一切なく、
これが今日の達成。
そのまま受け止めて

ほめてやりました。

オチないなー。
おわり。

オープンホルモン焼き

オープンホルモン焼き
オープンカフェではなくて。

東京ローカルですが、
山手線高田馬場駅のホーム、
最近、夜に突如、
魅惑の匂いに満ち満ちてまして。

ナニゴトかとおもえば
ホームすぐ下に開店
ホルモン焼き店。

ドアないし。
テーブルがビールケースだし。
学園祭を思わせるラフなレイアウトです。

下手な広告よりずっと
ダイレクトなインパクト。

くー。ハラにくるぞ。
そのうちいくから待っててね。

時間は取られるのでなく選ぶもの

時間は取られるのでなく選ぶもの。

週はじめで、
すでにちょっと睡眠が足りなくて
だるい感じだなー

と、
つい、あれにこれに、
時間を「取られた」と、
思ってしまいます。

でも、そうではないと
思い返します。
自分で、
意識的にも無意識にでも、
選んだのです。

夜更かしも、
会議を長引かせるのも。

選んだ結果を責めるのでなく
選んでいる自覚をもって
今日も、大切に選ぼう。

と心に留める朝です。

着手さえすればよいものを

今日提出期限の、
社外グループ活動の中間報告用のプレゼン資料。

土日まるまるあったのに、
結局手を着け始めたのは
日曜の夜9時過ぎでした。
やりはじめたら、大集中。
夜更かし三昧です。

それにしても
4枚〜5枚のスライドに、
こんなに着手できずにジタバタと。

凹んだ気持ちや、
いろんな雑念のなか
作れないって思い込んでました。

いよいよ追い込まれて、
スライド作りはじめたら
…考えはじめました。

夜中にいい加減、やめたけど、
もっとこうかなああかなと、
朝になっても、案が今も頭に浮かんできます。

手を動かして、
出力してみるものだね。
案外、いいとこまでいってる。

よーし。

Nokkoだ~

みゅーじん ってテレビ東京の番組に
Nokkoが出ていて、
息を呑むようにして彼女を見ました。

一時期、ずっと彼女の歌を聴いて唄って
テレビや雑誌をおっかけていました。
いつもいつも、先へ、上へ、
つっころぶように前向きで激しく、
あえてエキセントリックな発言をする人でした。

レベッカを解散する直前のライブビデオで、
彼女は長いソロパートを
完全に目隠しをして唄ってて
その様子は痛々しかったです。

そのあともソロの素敵な曲はたくさんあって
大好きだったけど
あるときから活動休止になっていました。

知らなかった~
一緒に活動してたアレンジャーと
2002年に結婚して子供もいて。
声はあのままで、でもとても落ち着いて、
Nokkoは
童謡や、自分でつくった歌を
海のそばの自宅で、好きに歌ってました。

彼女が自然の中の親子コンサートで歌う
90年代のヒット曲「人魚」。
目の前で、心打たれて泣いてる人がいました。
ああ、わかるわー。きっと私も泣いちゃうな。

「大勢の前で歌うことが
歌うってことの結論ではなかった。」
と彼女はとても落ち着いた表情で言ってました。

最近、前にすごく聴きこんだ歌手の人が
違うかたちで、楽な感じで
よみがえってくるのに出会う機会があって

いろんなことがあっても
いつでもその人らしい姿になって
歌い続けることができるのだなぁと
うれしい気持ちがします。

それと、自分では
ずっときいてたときの気持ちと
今の気持ちが、
まったく同じにはならないけど
すこしだけリンクして
こそばゆい気持ちになります。

Nokkoは、今でもとても好きな歌手です。

iPod nano !

だんながオークションでおとしてくれた
iPod nano

ひゃー、
自分のカバンに入っているもののなかで
一番小さくて、薄い。

こんなかに、
パソコンのiTunesにはいってた558曲が全部入って
まだ余裕。

明日から通勤は、音と一緒ですわ~。

オリンピックの話のようで結論は違うし

見ている側からすれば
オリンピックはほんとうに贅沢だと思います。

4年間を賭けて真剣勝負してるのは
選手やコーチ、すぐそばの周囲であって
見てる側は、2週間の祝祭で、
試合にも、選手のコメントにも
こころを動かされて、一緒に泣ける。

ニュースで何度も見る、
陸上男子100m×4 リレーの銅メダル。
トリハダものの勝負もさることながら
直後のコメントの四人四様でした。

自分が歴史を刻んだ!と大興奮の者、
先達の歴史があってこそと称える者、
先輩にいい形で繋ぎたかったと涙ぐむ者、
とても気持ちよかった!と笑顔の者。
この四人が一緒に、成し遂げたんだなぁ。

レース直前に突然決まって
400m×4 リレーを走ったベテラン。
予選敗退の結果のあとに
「若い人たちに、オリンピックの
この会場、この雰囲気で走ってほしかった」
って言っていました。
その彼が日本陸上界の快挙の瞬間、
スタンドで一緒に泣いていたという話にも
なんか、年のせいかなぁ。ぐっときます。

抑制のきいた、ベテランのコメント
惜しい結果に終わっても誇りや感謝を伝えるコメント。
なにより、その場を楽しんだと言えるコメント。
私は、そういうコメントに
とても同意するし、たまに泣いてしまいます。

一方で若い人たちのコメントの自由さ加減に
ほほえましく思う気持ちに目を向けてたら

・・・ああ。今突然降りてきました。

いろんな背景や
いろんなスキル持っている人が
集まって何かやるには
とんでもないことやわからないことなんて
そんなことあるのはあたりまえで
いけるところまでできればいいんだ。

世代だろうが性別だろうが経歴だろうが
こえられないと思ったところでアウトだし。

先入観は役に立たない。
焦点は未来に。
結果は後でついてくるもの。

なんで突然この結論なのか。
この論理性のなさが自分と周囲の混乱のもとかも。

昨日がんばった、ささやかなこと

昨日、社外グループ活動で、自分として全くうまくいかず、反省点がいくつかあるなか
かなり凹みながら帰る途中。

その「うまくいかなかった」感を完全に隠して、皆と酒を飲んだこともあり、

一人になってから、酒の勢いも手伝って、もう、ワガママのカタマリのような状態に。

誰か、助けてくれ〜
ジタバタ。

突如、電話やメールをばんばんしたくなるのを。
もう夜遅い、絶対アンタ今どうかしてる!
とおしこめる自分。


こんな私を止めるかのごとく、
携帯の電池は途中で切れ、
持ち歩いてた充電器の電池も切れて、
駅の売店も閉まってました。

うはは。

昨日よくやったと思うのは、
勢いにまかせて他人を巻き込む暴挙を
自分でなんとか止めたこと。

寝たら多少落ち着いたし。
リベンジ。リベンジ。

みてないけど(ソフトボール)

昨日のニュース、今日のニュースで、上野投手の激投が伝えられています。

選手一丸、一球一魂。

あらゆる局面で、絶対あきらめなかったんでしょうね。

ニュースしかみてなくて惜しかったけど、
ライブで見てたら、ドキドキし過ぎて見ていられなかったかもしれません。

奇跡には、その後ろに必ず努力や信頼、あるいは周囲の祈るしかないような思いがあると、
ニュースを見ていてあらためてきづかされました。

いいパワーを、もらおう。

ひとにこそ信頼を

考えは、出力されてはじめて相手に伝わるし、
もしかしたら、
自分もそこではじめて自分の考えがわかるのかもしれません。

だからといって、
自分とまったく同じには
相手は理解しない。

もちろんそれはそれでよくて
出力された考えに、
人がいろんな思いで足してゆき、
なによりそれぞれが一番伝えたいことが
出力され、形になればベスト。

そこから行動がおきたり、新たな考えがまた触発される。

なにより、
カタチにしきれないもの
出力しきれないものを
アタマや心に抱える
「ひと」そのものに
敬意や信頼をおきたいものです。

さてと。
今日も一日、がんばりますか。

事実どうなってるの

問い合わせに逃げずに答え、突き詰めた結果。

わかった、とにかく、いろなことがわかった。

おまけに、

そんなデータがあったのか!というものまで、
ついでのようにもらえた。
そこでそんなことをしてるのか!も、わかりました。

何かモノをいうとき、演繹か帰納か、でいうと、私は帰納派です。

材料を集めて並べてみて、はじめてわかります。

今日は他にもいろいろ、事実を眺めて、やっとわかった、考えるところに立てたこともありました。

先入観と仮説は
ちがうんだな。

なんだかよくわからん文章ですが以上です。

空気、水、空

夏休みは家でのびのびしていたけど

空気と水がおいしい、
空の高いところにいきたいな。

と思う今日この頃。

帰省した人の話をきいて、
とてもなつかしくなったです。

眠りそこね

昨日、別に何があったわけでもなく、布団に入ってから寝損ねてしまいました。

おかしいなぁ。

アタマの中を、
考えとも記憶とも区別のつかないもの
いったりきたり。

あまりに抱え切れず、
ラジオをつけ、

おもしろいおしゃべり。
古い歌。
インタビューで語る半生記。

そんなん、聞くともなしに聞いてたら
夜が明けました。
ありゃ。

目は休まってるし、
アタマもわんわんしてないけど
今日昼寝しとこ。どっかで。

さっ!お仕事だわっ!

夏休み開け最初の仕事は

事業所間の物資運搬です。
大丈夫です!って明るく返事したものの。

ぉ重いっ!

今朝、気持ち、肩を寝違えてた気がする。

でも。こ、これぐらい!
アスリートたちの笑顔が私を支える。

ちょっと違う気がする。

年内、そして来年の春まで

さて、夏休み最終日。

この年内、たぶん来年の春までの
やりたいこと、やるべきことを洗い出しました。

Must:やるべきこと
Can:自分からできること
Will:やってみたいこと

この3つ、
完全に「それ」というのもあれば
境目がしっかりしないものもあって
3つのベン図を描くようなイメージになりました。
それとスケジュールを書きました。

直近の仕事と、社外グループ活動。
これが、来年の春までの私のMust。

社外グループ活動は
MustとCanを限りなくいったりきたりです。
実は夏休み前にも1つ暗雲があって、
ヘコみかけました。でも、
「やる」って決意したときのことと
メンバーに初めて会ったときのことを
ちゃんと振り返りました。

直近の仕事を目の前だけのものにしないために
問題意識に結論を出して結実させるために
投資や効果の可視化に「健全性」を持たせるために
メンバー皆で本気になるために。
活動をやりぬくことを決めました。

来年の春までに直近の仕事を成し遂げたら
今の職務を次の人に渡せる準備をします。
自分がやってきたんだから他の人にもできる。

フラメンコは日々のワタシの喜び。
9月にむけてアレグリアスをカタチにします。
喜び+頑張りです。
それと、ウォーキング~ジョギングを再開します。
これはすべてcan.

それで私の大事なWillは
様々な人が自分の価値観を発見するプロセスを支援すること。
チームでも、組織でも。
そのために春までに次のアクションにむけて
1ヶ月に1回はカタチにしようと思います。

たぶんワタシは、黙っていれば道なりで目の前の仕事を
自分で抱えて没頭してしまいます。
でもそれは「抱えこんで」しまったら
周りとワタシを決して幸せにしない。
それは、この半年の出来事で、わかった。
抱え込まないで周りに手渡すことで
ワタシはWillにむかっていけます。

GCDFや、C+F研究所で学んでいる
キャリアカウンセリングやエニアグラムで
何かできる可能性を、それだけは信じています。
どこでどのように、を、ひとつずつカタチに。
たぶんここに、グループ活動とか実務で得た
なにかがかならず混じってきます。
これはワタシのWill。

プロセスも結果も(水泳・レスリング)

ついつい観るオリンピック。
その結果で
選手たちのやってきたことのすべてが決まる
決勝戦は手に汗握ります。

今日目撃したのは
背泳ぎ200mの中村礼子選手。
レスリング48Kg級の伊調千春選手。
レスリング55Kg級の吉田沙保里選手。

メダルの色は違っても
結果に対する周囲の期待や思いは違っても
インタビューで語られる言葉には
共通のものを感じます。

特に、伊調千春選手は、
金しかないって頑張って
決勝戦で負けてしまったんだけど、

「馨(妹さんで、63Kg級に出る伊調馨選手)と
歩いてきた道は本当に輝いていた。
その道を歩んでこられたことが自分の誇り」
「メダルの色は決まってしまうけれど
そこまでの道をたどれたことは自分では金メダル」
(ちょっと文章が違うかもしれない)

ってきっぱり言い切ってました。

今日この瞬間までの4年間のプロセスを踏んだ
自分の誇り、周囲への感謝。
必ずインタビューで、皆さん口にします。

「結果がどうでもいい」ってわけではなくて
自分のめざす最高の結果がほしいからこそ
誇りを持てるプロセスが、
振り返ると「そこにある」のだと。
つまりはプロセスも結果も、
両方かけがえのないものだと。
それは自分と、周囲あってのこそなんだと。

オリンピックは、競技そのものが
どきどきして楽しい・あるいは見てるのがツライ
それ以上に
アスリートのコメントが
オナカと涙腺にぐっときます。

ちょっと違う話で。

フェルプスって、アメリカの水泳選手。
自由形と個人メドレーとバタフライとリレーで
北京だけで金メダル7つとってるスゴい人。

今日の200mバタフライは
ああこりゃ絶対負けたって思ったのに
結果勝ってるの、え???って見たら
最後のタッチの速さで巻き返して100分の1秒差。
突き指してんじゃないか位の速さです。
結果に対する執念、すごいものを見ました。
もう6つ持ってるし1つ位いいや、とは思わないのかー。

洗い出し(何やりたいの?)

夏休みの課題は、
このあと年内の直近のことに流される前に
勇気をもって洗い出しをすることです。

-本当に何をやりたいの?-

たとえすごく忙しくなっても
軸をしっかりさせておきたくなったので
やっています。

まず「やりたいことは何?」
という問いで書き出しました。
でるでる、小さいことから大きなことまで。
すぐ今やりたいぞ!から
いつやるんだそれーだってやりたいんだもーんまで。

ここで「あ、尻込みしてるな」と思うのは
「やりたいこと」といって書き出した中に
すでに仕事の上で「やる」ことに決まってる、
これまでやってきたから、
ギリがあるから、など
「やらなくてはならない」ことも入っていること。
そういう周りと過去の事情を度外視できず
「本当にやりたいこと」には飛べないまま
「やらなくちゃ=やりたい」と、あわせ呑む。
で、全部詰め込んで大混乱する。
これが自分の特性です。

書き出したものを注意深く、よりわけていきます。
Must、Can,Willの3つ、あるいは
「ギリ・ギム感あり」-「楽しんでやれる」の2つ
のマトリクスのなかにおとすイメージです。

そうはいっても
「Must」についてはx月には何をする
という現実的スケジュールには落とします。
これ、やっとかないと、Willが楽しめない。

それと、あまりに漠然としたものは、
紙に書きながら、分解していきます。

ワタシの価値観のベースは、

「人の役にたちたい、
できればそれを実感したい。
自分も人も元気に、
やりたいことを見つけて、
お互いスムーズにできる
シンプルな環境をつくりたい」

ネガティブ的な表現でいうと
「人を縛りたくない、
ルールですからとにかくやってとは言いたくない」
というもの。

価値観をモノサシにして、
あんまりかっちり分けないように
あくまで楽しく、
しかしスケジュールが見えるように。
よりわけています。

まだ、もう少しかかります。

夏休み後半戦は朝練から

夏休み後半戦の3連休です。

まずフラメンコの朝練から始めました。
まーだまだまだまだです。
最初から全部つなげて踊ると、
あれもこれもまだ手足がバラバラです。
肩甲骨(けんこうこつ)の真ん中くらいから
ぐりぐり動かしてるつもりだけど
手だけ、足だけなんだよねぇぇぇ。
練習あるのみ。

さて、朝練のあとで家に帰るのは初めてです。
10時位の下り電車はガラガラです。
適当に止まる準急に揺られたら、すぐ睡眠に墜落。
・・・ホンキで寝ていて、
気がついたら自宅最寄り駅でした。

おみやげにおいしい和菓子と
「和菓子屋のおはぎ」を購入。
熱風が通り過ぎる、高い青い空と白い雲。
市民農園では真っ赤なトマトが実っています。

暑さをいっぱい身に浴びて、夏休み再開です。

残る夏休みは「洗い出し」

仕事は予想通り、やることがきっちりあった。
今日の出勤はベストだった。
昨日でも明日でも駄目でした。

明日出勤しないで済むように、
フラメンコの朝練にだけ集中したら
家に帰れるように、
今日始末をつけました。

まだあと3日連続する休み、目の前の仕事に突入する前に、やっとくことがあります。

洗い出しです。
とにかく、勇気をもって洗い出し。

前半で体力と気力がつきました。
今日ホントにわかったし、久しぶりに思い出しました。
私はこわがらなくなったんだった。
少なくとも、見えたらこわくない。

フラメンコ)練習あるのみ

フラメンコで、9月にアレグリアスを、ギターもカンテ(歌)も入れて頂いて踊る、という具体的な目標ができました。

これは、いつにもまして「ちゃんと」モードに入るってことです。

メリハリのある、流れも姿勢も、響くエスコビージャ(足)も、練習あるのみなわけです。

自分ががんばってできることは、ちっとも大変じゃない。
むしろ楽しい。
マジメ楽しい、とでもいいましょうか。

明日も早起きだ〜。
Ole!!

出勤日

夏休み中断日っていいますか、
今日は予定通りの出勤日です。

今日はペース確かめながら調整します。
って、なんか競泳選手気取りだぞー。

電車はいつもの6割位の乗車率、それと、客層に家族連れがちらほらです。

ゲームをリュックに詰められて網棚に乗せられちゃった小学生男子が、
「ゲームやりたい、ゲーム…」って小さい声でずっとお母さんにすりよってスネてます。
おっかさん、完全無視。
あはは。

お母さんにスネながらくっつく。
こんなの、小学生男子の特権だろうけど、
そのうちそれでは通じないって覚えていくんだろうな。

あれ?そうでもないのかな?


夜中あまりに暑くて目が覚めたけど、
朝、外に出たら、そうでもなかった。
秋の気配かも。
こっから残暑厳しいですけど、
ま、ファイト。

夏休み3日目は

怠惰な一日だった~

起きる⇒本⇒テレビ⇒寝る⇒起きる・・・

その上、胃腸に余計な仕事をさせて。
ごめんよ、胃腸。

こんな日でも目をそむけず
あえてブログに残すことにします。

夏休み2日目その2

あついのも手伝って、
夏休みだというのに、
お出かけに真剣さが足りません。
もっぱら、朝から
オリンピック観戦⇒読書⇒ブログ書き⇒うたたねを
くるくる繰り返しております。

だいたい毎年の夏休みも
だんなの実家によらせてもらっては

近所(海、山、親戚宅)にお出かけ
⇒夕方うたたね
⇒夕飯でビールのんで
⇒(自宅の飲酒はホンキで弱いので)ひっくり返って寝る
という、
アンタはホントにヒトの嫁なのかという生活。

子が学童にいたときにはキャンプなど
それなりにアウトドアも経験したものの
もともとがインドアまったりな家族、
おちつく夏休みです。

さて。こっからまた読書かなー。

いいモンみせてもらえた(柔道・一本!)

時差の少ないアジアンオリンピック
なんだかんだと目を奪われます。

柔道63Kg級の谷本歩実選手はオール一本勝ち。
おまけに最後は、
絵に書いたように相手がひっくり返る内股。
にわかファンも「一本!」って叫べる
きれいな、すっきりした柔道でした。

自分は、一本をとる柔道しか教わってこなかった。
だから時勢がどんな変わっても自分の柔道をやると。
続く子供たちにも、それを見せるんだと。
今は感謝の気持ちでいっぱいだと。

そう語る谷本選手は
4年前に比べて、あきらかに面構えが違います

解説席にいる、谷本選手の元コーチでもある
「平成の三四郎」古賀稔彦氏は

「金メダルをとったことがある人は
どういう準備をしなければいけないかを知っている。
どんなにケガをしようとなんだろうと
準備しなければ勝てないことを知っている。
さらに周りは自分のことを研究しつくしてくる。
それでも勝つのだから、連覇はすばらしい」

と言ってました。
深く頷きます。

真剣勝負をこんなにたくさん見られるのは
思えばずいぶん贅沢なことです。

夏休み2日目その1

夏休み2日目その1
夏休み2日目その1
今日は家族揃った夏休み。
さて、お出かけでも。
しかし。

渋滞と行列が嫌いな3人。遠出は出来ず、近くにできて話題のアウトレットパークに出向いたものの。

この家族、買い物のリズムが合わない。
正確には私一人、だらだらと遅い。
おまけに暑いし混むし、いまひとつほしいものが探せない。

結局近くのショッピングセンターに移動し、まったり。

やーれやれ。

写真は今日ゲットしたお宝です。

バスタブラック。半身浴をしながら本でも読もう、水を飲もう。
青いのは、フットブラシ。足の指や裏を洗います。さっき洗ってみましたが、こそばゆ気持ちいい〜 足サッパリ。
それと、入浴剤。298円で「アジアンリゾート」が6回楽しめます。ちなみに花王バブは単品48円、イオンの入浴剤は30円。くぅ。こんなところでもイオンはがっちり割安感。

これからライチ風呂に入ってきまーす。

「おいのり」を学ぶ

私の友人が、子供のころから心に留めている教えのひとつ、「おいのりの仕方」をブログで紹介してくれました。

一つ目:感謝(日々の感謝も含む)
二つ目:懺悔(反省みたいなもの)
三つ目:自分の意思宣言&人のための祈り

自分の反省点と、自分の意思と、翌日の生き方を確認できて、日々奮闘しながらも、なんだか気持ちよく毎日を過ごせる点から、「おいのりは、自分との対話?」とも。

自分のためというより共通の目標や他人のために祈り、頑張れる彼女ならではの素敵な習慣です。
本当は彼女のキュートな「おいのり例」も紹介したいですが、本人の許可をとっていないのでやめておこう。

夏休み課題図書)チーム・ダーウィン

『チーム・ダーウィン 「学習する組織」だけが生き残る』 2008年 熊平美香 英治出版

急速な変化への対応を求められ、既存の枠組みが通用しなくなっているなか、「学習する組織」はいまや様々な書籍でその重要性・可能性が語られます。
ただ「学習する組織って大事だよね」といった言葉のキャッチーさで終わっていたり、逆にコアメンバーがきちんと学習しようとする過程で、イメージつかめず挫折するケースもあるように思います。

本書では「学習する組織」-「コア・チームの作り方」-「対話と会議の心得」を三位一体で捉えて、フィクションのストーリーでイメージしやすいように展開しています。
チームに対して「どうにかしなくちゃ・どうにもならない」とカベに当たりがちな自分ですが、「単にタコツボに落ちているだけかも、もっと広く見て、役割を担ってくれそうか働きかけてみよう」という客観視の助けになります。あるいは「今のチームはここが足りない、ならどうしよう?」と考えるきっかけになります。
最後の「ダーウィン・ノート」がかなり端的にまとまっているのも、参考になります。
あとはやるだけかー。

ストーリーの人間関係の多少の強引さと「駒崎さん」の挿話どこまで実話??はご愛嬌。

夏休み課題図書)人の心はどこまでわかるか

『人の心はどこまでわかるか』  2000年 河合隼雄 講談社プラスアルファ新書

--人間の心がいかにわからないかを骨身にしみてわかっている者が、「心の専門家」であると、私は思っている。(中略)素人は(中略)「わかった」気になることによって、心という怪物と対峙するのを避けるのだと言っていいだろう。--

亡き河合隼雄先生が、様々な立場で実践する心理療法家からの質問を通じて、自らの心理療法家としての生い立ちや、相手と関わるときの心構えを答えた一冊。
単なるQ&Aではなく、問う側の含蓄もあるため、答えも相当深いです。
学生相談室や家裁の調査官、スクールカウンセラーなど、相手との関わりに時間的な期限がきられている立場での心理療法の困難さに可能性を拡げる発言もある一方、もっと企業の中に力のあるカウンセラーを増やさなければと苦言を呈する場面もあります。
カウンセラーは、深い悲しみ苦しみのうちに、変わろうとする人のそばに「ただそこにいる」ということに尽き、それがとても難しいことで、うまくいかなければ資質を疑い、うまくいっても疑う厄介な職業だと河合先生はいいます。
その真摯な姿勢から、「共感」や「傾聴」という言葉の重みと可能性を感じ、関わる意義を感じられる一冊です。

夏休み課題図書)脳と気持ちの整理術

『脳と気持ちの整理術』 築山節 2008年 NHK出版

意欲・思考・記憶・発想・気持ち、それぞれをコントロールしたい人は多いと思います。
環境の変化が激しく情報過多の時代。急いで考えなければとあせる個人は、実は昔より混乱の極みに追い込まれやすくなっています。
脳神経外科の臨床医である著者は「思考が混乱しやすい人、気持ちの整理ができなくなっている人」にむけて脳の特徴に根ざした実践的な行動例を解いています。

・脳には「まとめて」ではなく「少しずつ」処理させる。
・脳の感情系だけ働かせて不安を増幅させずに、小さくわけることで思考系に仕事をさせて問題を「見える化」する。
・今日の自分だけではなくて「明日の自分」をはじめとする「365日の自分」に解決させる。今日の自分にも少しできることをさせる。
・他人の(本やインターネット上の)情報は見ただけで満足せずに一回入力して出力させれば、より定着するだけでなく発想やアイディアにつながる。
・気持ちのコントロールのためには自分の脳だけではなく「他人の脳」で考える、すなわち「解釈を変える」・・・などなど。

平易な文章ながら明快に整理されていて、ノウハウ集から一歩踏み込んで生活のスタンスや習慣にできる本。
考えているつもりが実は不安でパニックになってしまいがちな私には、なかなかの福音的書籍でした。

結果がわかってからでも(水泳・バドミントン)

結果がわかってて見る
男子100M平泳ぎの北島康介と
世界ランク1位を破った
女子バドミントン末綱・前田ペア。

結果がわかってても
勝った瞬間の喜びの大きさに
一緒に感激します。

北島選手の地元の
おっちゃんおばちゃん子供たちが
親戚のお兄ちゃんを応援するみたいに
鈴なりになっているのをみて
それにもなんだか感激です。
こんな人たち、あんな人たちの期待を
全部背負ってくるんだな。

バドミントンの末綱・前田ペアは
長いラリーにも集中力を切らない。
軽やかでキレがあって
バドミントン、やりたくなっちゃうくらい。
勝った瞬間、その場に突っ伏して泣いてます。
こんなアウェイで、よくがんばったなぁ。

さて、今ライブ(NHK BS1)で見てるのは
女子クレー射撃です。
なんと銅メダル争いで4人でプレーオフ
(シュートオフ っていうようです)
一人は日本人、中山選手です。
はずしたら終わりみたいです。

うわ、一人はずした。二人目もはずした。
うわー、中山もはずした!
四人目、あ、はずした!と思ったら、当たった。
あああ。中山選手4位です。
日本人女子の最高順位なんだそうです。

もーだめだ、夏休みが
Beijing Blueだけで終わってしまう、目が離せません。

夏休み1日目開始

会社員の私に夏休みがやってまいりました
その1日目。

えー、まず、会社に2時間ほど。

同僚に言わせると「別にどうでもいいじゃん」
しかし、やらなかったら
私から見ると「なんやかや言われて結局面倒」
というふたつみっつを片付けてきました。

もう少し片付けたかったこともありつつ
実は留守を頼む同僚と若干話が行き違い、
正直、これ以上一緒に居たくない気持ちも起こり
(ココロが小さいヤツだなぁ・・・)
もういいやっっ、と帰宅です。

気分を変えようと、いまやMyROOMの
高田馬場NewYorker's Cafeで、まったり。
そこへ出張中のだんなから携帯に電話が。

「まだ職場にいるようだったら
xxを借りてきてほしいんだけど」

ぬぉ。あと1時間早くかけてくれれば。
でも、だんなも明日から夏休みだし、
それがあると便利なことは承知。
もう一度職場まで戻って借りてきました。
ぅあついぃ。

もんのすごい熱風で
いかんともしがたかった頃に比べると
立秋も過ぎたこともあって下り坂の気配。
いく夏を楽しもう!とにかく夏休みです。

今週の1曲)PRIDE

1996年 今井美樹。

当時、女子がカラオケに集ったら必ず歌われたものです。
もちろん私だって、何度歌ったことでしょう。

こないだ、どうしようもなく暑い午後の移動中。
あんまりくたびれてたら、ふと口をついて出たんで、歌って歩いてました。

そしたらさー。

この歌の「あなた」は別に、
誰か特定の一人でなくても
あるいは人でなくても、
仕事でも信念でも叶えたい想いでも
いいんじゃないのか

と思えてきました。


対象への愛だけで、自由と孤独を知って、笑って泣けて、自分の想いだけを誇りに、微笑んで生きていける。

こんな対象が「誰か特定の一人」だけなんて、
もったいないわ。

そういう気持ちで何かにあたれる環境と自分の幸せを感じる、あるいは憧れる歌として、

これからも、ちょっとつかれたら歌おうって思いましたとさ。

水しぶきがきれいだわ~(水泳)

いまさら気づきますが、
アテネのときはこんなでもなかった気がします。

今年のオリンピック、水泳の
スローモーションのときの水しぶきの映像が、
かなり、きれいだ~

うちのテレビはアナログで
買ってから軽く10年は経っていますが
それでもかなりきれいです。
いいテレビでみたら、もっときれいでしょう。

・・・さて、水泳で好きな競技は
400m個人メドレーと800m自由形です。
あまりガツガツした感じがせず、
水をすべるようなきれいな泳ぎが見られるから。
気持ち、会場も静かだし。

そんなんで、アテネの時は夜中の生放送で
しみじみ800m見てたら、
柴田亜衣選手が思いがけずぐいぐい追い上げ
ノーマークながら金メダルゲットしたのを目撃。
本人がイチバンびっくりですよ、といった表情で
コトの大きさに気づいてゆっくり泣きだしたのが
とても新鮮でした。

今回はディフェンディングチャンピオンの柴田選手。
この4年、地元を離れずマイペースを貫いた選手です。
直前の「レーザーレーサー」騒動でも
他の短距離の選手がいい感触を掴んでいるなかで
着用時の違和感を表明していました。
結局今日の400mはレーザーレーサー着てたけど
あまり調子よくはなかったです。

800mは、好きに泳いでほしいなぁ。
そりゃ、もちろん1回でもメダル取ったら
周りは期待するだろうけど
4年間もメダルのために頑張ってきて
一番タイヘンだったのは本人なんだから
本番くらい好きに、自分のためだけに泳いでほしいです。

めざせ、シンプル

北欧の食器やリネン類を見ていると、自分ちの生活用品を一掃して、気にいったシンプルなものだけを身を周りにおいて生きていきたくなります。

服とかも。
白のシンプルな開襟シャツと黒のパンツかロングのストレートなスカートさえあれば、
毎日それだけ着て、生きていたくなります。

しかし。
もちろんそんなことはないのであって。

捨てられないままゴタゴタして、なかなかリセットできないのです。

今、本当に、生活も仕事も、そのピーク。

片付かないまま、身体が動かないまま、
待って、待って、って、言い続けて、アタマの中に保留を作り続けてる。

ゴミがたまって、寄り道が多くて、あちこち飛び散ってます。

今日身体をすこし動かしたから、流れを変えられるかな。
よし。明日の準備して、整えよう。

フラメンコ)踊りこみ

普段は朝練に通うフラメンコ。
先週は朝から別の事務所直行が多くてあまり通えず。
今日は昼過ぎから特別稽古をつけていただきました。

夜練火曜クラスの女子も来て、シーギョ(布)を艶やかにとりまわして踊りこんでいました。素敵だわ〜

さて、動画を撮ってもらって、自分の踊るアレグリアスを見て、研究です。

…んー、
身体に軸がないし、
上半身がとってつけたみたいだし、
円い感じがどこにもできてないし、ぎくしゃくしています。
つながりがなくて、おどおどしてます。

もっと明るくてカラっとした感じがほしいのになー。

フラメンコって、踊りって、必然的な流れがあります。
振りとか音とか、部分が全部つながってるここちよさがあるはずなのに。

なーい。

もっとメリハリとか流れがほしいです。

練習あるのみ。

表情のドラマ(ウェイトリフティング)

オリンピックが始まりました。
真剣勝負は見ているほうも力が入ります。
日頃あまり見ないスポーツを見続けられるのも楽しみのひとつです。

女子48Kg級ウェイトリフティング。
スピードと瞬発力、自分との闘い。

この競技で発見したのは、
表情がドラマチックだということです。

バーベルを肩まで引き上げて、頭の上に突き上げる前
その人の抱える気持ちが表情に出ます。
わずかな違いなのだけれど。

自分を信じる気持ち、あるいは不安。

日本の大城みさき選手。
成功した回の、「これから上げるぞ」という表情は、
シロウトの目でみてても「上がるな」って思えるような
穏やかなしっかりした集中した感じ、
自分をシンから信じる感じが伝わってきました

本人が次の回の準備のために会場から退いたあと
審判が「やはり失敗」と判定し
同じ重さにもう一度トライすることになりました。
そんなことってあるんだなぁ。

同じ重さ、さっきは確かに「上がった」、でも
本人の表情はさきほどとは微妙に違います。
決意は感じられるが自分を信じられてないというか
すこし目が泳ぐ感じ。

上がらなかったのです。結果的に。

重量挙げは、表情のドラマです。
気負いと自信は微妙に違う、
そんなことが表情に出る競技で、
「テレビだからこそ」観客は息を詰めて
それを見ることができる競技です。

・・・さて、女子48Kg級では
たいていの人が限界ふりしぼって結果が出したあたりで
おもむろに中国の選手が「その上の」重さから上げ始めて一人勝ちです。あらら、強すぎ。
もう磐石で、表情も何もかも力に満ち溢れています。納得です。

データはゲット

昨日、データをもらいにいくつもりだという話を書きました。

結果として、2時間半お話を伺った上で、データをゲット。

このデータ、誰がこれから管理するのかって、
ひとごとみたいに言ってますが、
中味を今日見て、ほぼ、私どもの部署になりそう。

あまりのあつさ、
あまりの先のみえなさ。
あまりの過去の経緯。

少しでも、前進がほしいです。

そのまえに少し眠りたい。
あつさのせいか、力が入りません。

記録の効用2 -思いがけなく-

仕事でどうしてもほしいデータがあって
それは、社内の、とある人が持ってることはわかっている、でも誰が頼んでもケンモホロロに断られるという噂。

ところが、私は1回ゲットしたことがあります。

今回、どうしてもこの1週間以内に最新の状態のデータが必要になりました。夏休み前にゲットしないと2週間後になってしまいます。

さっそく電話でアポをとります。
この電脳の、インフォメーション・コミュニケーション・テクノロジーの時代にですね、メールはだめです。

・・・さて、電話の感じだと、難航です。
データがほしい目的をまずはメールで送って来ること、
今週は時間が無いけど金曜日なら事務所に少しだけいる。とても忙しいが来れば会わないということはない。
だいたい、何人もデータだけほしいといってくるが、データを渡してもそのあとどうなったとか言ってくるわけでもない。などなど。

さて、前回私は、何のためにどう言って、データを「いつごろ」ゲットしただろうか。
そのときに、何に役に立ったか。
この人にどういう礼を尽くしたいだろう?

そこで思い出したのは、初めてこのデータの入手にチャレンジした日の行動を、SNSのブログに入れた記憶です。

さっそく携帯から、過去の日記を検索します。
なんと、去年の12月だ。けっこう前だったな。
電話で断られたその足で事務所に出向き、1時間位ひたすら話を伺ったあと、メールでデータをいただいたのでした。

そのときのことをじっくりと思い出しました。
相手がなにを懸念していたか、相手はとにかくきいてほしかったはずだ、このデータを作るのに、どんなに苦労しているかということを。
そして、このデータを持っていることが、何かにつけて結局この人の力の源だということを。
それをメール1本、電話1本では、いただけないのだということを。

記憶を踏まえて、まずはメールを1本、思いを込めて入れました。
あとは明日の朝イチバンで、相手の事務所に出向き「データをおくる」という一言をもらうために全力を尽くすわけです。

あんまり合理的ではないけど、がんばってきます。

しっかし、こんなところで記録が役に立つとは。

記録の効用 -今と明日のために-

8/4の社外グループ活動で困難にぶつかったことを昨日(8/5)書きました。

でもその前の回(7/17の日記)ではけっこう絶好調でした。
「先入観がないことで、けっこう元気になる」といったことを書いています。
昨日は、反論を飲み込むうちに知らない間にその場の論議以外の先入観や思い込みを育てていたのか。
というようなことに気づきました。

それとSNSでこのブログと同じ文章を記録しているのですが、他の人が書いてくれるコメントで学んだり気づきを得たり、コメントに返信しながら気づくこともあります。

自分の思い込みで、結局他人とではなく、自分と戦っていたのか。
メンバー(自分を含む)の可能性を信じ切れていなかったのか。
メンバーの見解に違いはあってアタリマエで、各自が「活動までたどり着いた動機」がなんであれかならず「動機がある」ということでまずは一致できる。
信じて、背負わず、自分をopenにして思い込みから自分を手放そう、
などなど。

同じことは起こらないけど、似たような場面でどんなことをどんな方向で考えがちかはわかります。
それを励みにすることも警告にすることもできます。

仕事でもなんでも、本音で書いた記録。
それぞれの局面で、何を感じたり考えたか。
あるいは、誰かが私にしてくれたことでの喜びや感謝。
会議の議事録をとっておくのがそのつぎの行動に重要なように、自分の考えや行動、他人との関係の記録は、明日の私の糧になります。

あとは記録を見てあとで振り返ってアタマでわかることを、行動に移せれば、習慣になれば、ベスト!

あまりオチはないですが、以上です。

ファイト!

結局、寝るとクリア

睡眠が多くの問題を解決する、この体質が

ワタシをドロ沼にもハッピーにも連れていきます。

ワタシの強みのひとつ、
寝るとクリア。

おはよう!!

グループ活動も実務も壁

んー。なんでだ??
社外グループ活動はうまくいかなかったぞ。
なんでかなー。

聞く、ひたすら聞くのだが、なんか結論がでない。うまく着地しない。

時間配分をしなかったからだな、まずは。

それと、相手の言っていることを板書はできたが、整理できなかった。

自分の言いたいことを言っているときのほうが気持ちは楽だ。
まとめよう、相手の言ってることを要約しよう、収束させようとすると、うまくいかない。
自分なりの流れや着地の案にこだわったのか、
実は着地の案がなかったのか。

グループの合意をとるプロセスで、
私はこう思うあるいはこうしたいを言うべき・言いたい
合意をとるためにまとめや引き出しや質問をするべき・したい
あなたのいってることが、わからない、違うとワタシは思う。

全部ごったまぜになった。

はー。
なにをテーマにしたいか、すごい時間かけてもまだ生煮えで、一般論が混じった感じ。
かなり消化不良。


さて、
グループ活動から、へとへとで帰った私を
やたら巨大なメールや、明日までねメールが出迎える。
なんだなんだ、何が起きてるんだ。


一通り全部読み切って、タメ息が出る。
気分としては、テトリスのゲームオーバー寸前だ。

今やっていることを解決なり、一般論ではなくて実務よりに少し枠組みを拡げて俯瞰したくて視点を得たくて始めたグループ活動なのに

実務は小さいものから大きなものまで矢継ぎ早にやってきて消化しきれてない。


…とにかく湯舟に浸かりたい、今からでも。
つくと、歯を食いしばっている。

空がたまにヒカヒカと白くなる中、帰っている。

どこかで人任せ

どこかで
「これはワタシの問題じゃない!」
って思うと解決に向かうのが億劫になるし、
「これは私がやらねばならない」
って思うと正解や基準をどこまでも追いかけるし。

何でも引き受けがちなのに
どこかで他人任せなのが困ったところ。

ワタシ、私はこう思うよ。
もっというと
理屈ヌキの、いやだ、やりたくない

をもっと出しておきたいと思う今日この頃です。

今日もなるべく心静めて、ベストを尽くしましょう。

アンケート作ってます

社外グループ活動で、社外の方に協力してもらうアンケートの雛形を作ってるのですが

アンケートって、答えるヒトがより簡単で、でも自分たちの知りたいことはちゃんとつかめるような、ものにしたいんだけど。

ああああ。むずかしいよぉ・・・

それも、こんな夜遅くにだなぁ。煮詰まっている。

・・・そういえば
「話が煮詰まる=話が固まってきて完成に近づいてる」って意味なのですね本来は。
言われてみればそういう意味があった気がしますよ。

今、私は「行き詰る」の意味で使いました。「イマドキの若いモンはコトバの使い方を知らん」というほうの使い方ですね。

こんなところで若いモンぶってどうする。

現実逃避終わり。
あ、お風呂はいっちゃおっかな。
また逃避なのか!

どうなる???つづく。

bird ひさびさ

金曜日に、仕事で午前中にキレかけました。

「お腹すいた!ごはん食べてきます!
怒ってません。
(怒ってるよ(笑))
おっしゃってることはよくわかります」

と言い置いて、近所の洋食店でランチで癒してました。

おっちゃん一人でやってるカウンターだけの地味な店。
アタマわんわんしてるのを、一人で沈めてたら、

FMから
アコースティックギターの、粋なカッティングのイントロから入って
大好きな「土っぽいボーカル」が。

birdだ〜

BEATS という曲です。
あいかわらず、ウマいなー。
曲も詩も大好き。
かなり久しぶりに聞きました。
ハナウタでずっと一緒に歌って、ずいぶん和らぎました。

家で調べたら1999年のアルバムで。
あーもう10年も経ってしまうのだな。
今度カバー曲集めたアルバムがでるそうなのだけど、
セレクトされてる曲がまた、夏の暑さを味方につける、なかなかのお気に入り。

ありがとう、bird
こんな時期に。
久々にワタシに元気をくれて。

女の子コンパ

女の子っていうトシじゃないけど、そういう呼び名なんで。

今日は学生のときの語学クラスの女子が9名集まって飲み会でした。

在学中も卒業後も、女子は「女の子コンパ」と称して、何かのきっかけで集まってはいたのですが、
ここ最近は、海外で仕事してる友人の帰省に合わせて、
去年の今頃に今日の日にちを決めていました。

昔の話から今の話から、もうずっとしゃべり倒しです。

お互い全く違う仕事や環境でも、仕事のこと、暮らしのこと、趣味のこと、相手の言ってることがとてもよくわかるし、
意外な発見も、したりします。

皆それぞれの場所で、チャレンジャーでハードワーカーです。
いや、そんなギラギラしてるわけじゃないし、本人たちは否定すると思うけど。
話聞いてると、皆けっこうワタシを貫いてます。
それがわかるだけで、けっこう励まされます。

来年もまた、ワタシ貫く皆の話で盛り上がりたいものです。

9月にむけて踊りこみ

秋分の日に、通ってるフラメンコ教室の火曜日クラスのメンバーで内輪でショーをすることになり。
あまり夜練に行けてないけど私も火曜クラスなので、混ぜてもらうことになりました。

ちゃんと、1曲通して、アレグリアスを踊ると。

まーにーあうのかー?

あと2ヶ月は切ってます。
でも去年10月中旬にはじめて靴履きました、で、クリスマスにはセビジャーナスを皆で踊れたことを考えれば、

「あると思います」
(by天津木村)

ちゃんとコンパス(円、とか、拍子とか)を表現できるように、
カタチと音にするぞー。

Ole!

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