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フジ木曜22時枠

偶然見て、思わず見入る、「コード・ブルー」。

この枠は、最近では「医龍」「ラスト・フレンズ」、ふるいところでは「白い巨塔(唐沢寿明版ね)」「29歳のクリスマス」「ドク」「親愛なる者へ」などなど、力のあるドラマをたくさん見せてくれてますね。

最近全回きっちり見られる(見たい)ドラマが、1年に1本あればいいくらいになってしまった。
主役がびしっとキャラクターを確立してて、テーマが社会派、主題歌に力がある、というのが好みです。
暗い恋愛ものはダメです。そんなドロドロしたものをわざわざ見たくはないと思ってしまう。

そういう好みにパチっとはまった「コード・ブルー」。
山下智久がゲンコツでがんっと心臓たたいたら瀕死の患者が蘇生したっていうのは「えええ??」と思うが、ドラマだからいいか。

マンガを原作にしているドラマが最近多いですね。それはそれで面白い。でもきっちりと、テレビドラマならではのオリジナルなスジで作ってほしいと願うオールドファンであります。

勤務地を自由にする

1箇所の事務所に通勤するのではなく
最近は様々な勤務地スタイルがあります。

最近はセキュリティも充実したネットワーク環境が用意できるようになって「在宅勤務」あるいは「事業所以外のところでの勤務」というのも、ハード面では展望できるようになっていますね。

プロジェクト組んで仕事する機会が多くなると、プロジェクトメンバーが集まりやすい場所で短期集中で仕事することもあって、「固定の事務所の机」にいるときのほうが少なくなります。

一人に割り当てられた仕事、どうしても集中したい仕事は、事務所を離れて、自分が選んだ集中できる場所で仕事したくなります。

通勤のタイヘンな思いと時間は生産性に影響があると思うし。

仕事が時間ではなく、成果物、プロジェクトの円滑な運営や目標達成そのものなど、価値ではかるようになれば、勤務地はほんとにフリーになってもいいと思います。

一方で、袖すりあうも他生の縁、といったノリで、直接の仕事と関係なくても事務所で雑談しながら何かがうまれることがあるから、勤務地にみんなでわいわい一体感というのも捨てがたいです。

それと「自分の机がある」っていうのは安心感の源のように思うし。古いのかなー。

ヘビーではあるが

何かを、手放さねばー。

ねばー。
ねばー。

この、ねばー、がたくさん出てくると、クセモノなんですわ。

あれもこれもで、頭がワンワンする。
雑事に埋没してる気がする。
頭の上の方で、話は決まっていく。
選択を迷ってうろうろしてる。

火曜日はいつも忙しくて、ネガティブになりがち。

でも。

今日のハッピーは、いくつもある。
朝練は久しぶりに、マイミクの、りりさんと踊れたし、
アレグリアスは歌詞をだいぶ覚えて歌えるようになったし、

昨日の打ち合わせの保留は全てクリアしたし、
今日来た契約書は全てチェックできたし、
会議で出した管理表を一人の参加者に有り難がってもらえたし
チームメンバーにたくさん夏野菜を戴くし、

ラッキーというか、
ありがたいことでもありますね。
いいことばかりではなく、裏にイロイロあろうとも、
ベストは尽くしてる。

明日は明日。

よかったことと
明日やりたいことだけ、
考えて寝よう。

屋上の夕暮れ

スーパーのレジに並んでて、タバコの種類をぼんやり見たことがある。

エライ細かいなー、
例えば、マイルドセブンが好きな人は、そのニコチンが1mgか3mgか7mgかまで、ホントにわかるのかしら。
銘柄の好みはもちろんあるのだろうけど。

私の身内は、だんなも実父も両切(フィルター無し)を好む。
フィルターは土に還らないし、フィルター通さなきゃ吸えない位ならタバコなぞ吸わなきゃいいのにと思う。

人にタバコ止めたらどうかと言ったことはない。
例えば、あなたのために、私のために、家族のために、やめてくれと言ったことはない。

人それぞれ、大切な人には、なるべく健康で永らえてほしいし、タバコは身体にいいわけないんだから、止めてほしい、やめなさい、は愛情表現や、家族のための責任感の発露でもあろう。

私はそういう手段はとらないですというだけの問題だ。

だいたい「誰かのために」何かをやめるなんて、願かける気でもないかぎり根性スワラナイし、結局うまくいかなきゃ「誰かの」せいにする。
嗜好の選択の始末は自分でつければよい。

実父が去年の今頃ハラを切って入院して、ちょっと歩けるようになったと思ったら、速攻近くのカフェにタバコ吸いに行っていた。
これを機会にタバコをやめる気など、さらさらなかったのだろう。

今年やはりハラを切った父は、今回は横に切ったためにまだ起き上がるのが困難で大人しい。

さっぱりしたものが食べられるというから、親の好物を一つしか知らない不肖の娘が買ってきたさしみこんにゃくを、礼など言って食べている。

なんか、調子くるう。

ハラ切ったのは言わば外傷だから、時間が経てば回復する。
このあとが長い。在宅で、普通の生活での治療がまた始まる。

それこそつきあいつづける生活で、身体に悪いからあれをやめろこれをやめろとは、私は言えない。

本人がやりたいように、したいように、なるべくすればいい、生活の質を保つとは、そういうことなのでは、と私は思う。

それは、でも、両切のタバコを潔く?も吸い続ける、なんともないときの父を望むからなんだろうか。

病院の屋上から夕暮れをぼんやり、
尋常じゃない位ビルが林立するのを眺めて、
前でも後ろでもなく、ニュートラルな感じで暫くいた。

週明けあれもこれも

だからさー。

先週金曜日14時のアタシは、
どうしてこれで、何もしない週末でよいと判断したかってことですよ。

未読のメール、
書類4点、
議事録1本、
考えなきゃ、調べなきゃいけないグループ活動の筋やコンセプト。
週末の同窓会のツメ。

おかしいでしょ?!

たぶん、土曜日に半分、日曜日には全部、月曜日のアタシに投げ渡したのだ。

どういうことだよっ
土日のアタシ!

と、一言だけ言っとくぞ。以後気をつけるように。

さて、とにかく移動。
今日はまず、打ち合わせ一本やったら、事務所には「戻らずに」レッツ、考える仕事へ向かいます。

さっ、週明けだし!

さっ、週明けだし!
昨日、夕立のあとに、虹をみました。
その横では稲光が幾筋も走っていました。

子はすぐ携帯で写真を撮って、友達に「見て!」メールを送り、
またすぐに返事がきて、メールでもりあがっていました。

地元の友達は、いいやねぇ。

そういうテンションはないまでも、
なかなか見ることのできない天空の情景を
私も、しばし眺めておりました。

今を味わう潔さ。

…さて。
リセットといいつつ、怠惰に満ちた週末をくぐりぬけ、

「生きてるだけでまるもうけ」に続く、さんま師匠の名言
「THAT WAS THAT!(あの時は、あの時。)」
を胸に、
今を生きる勢いです。

まず、今日からお弁当持ってます。
甘いもの、冷たいものはやめます。
そこ?ってくらいに小学生並の決意ですが、体調が命です。

ファイトなのだ。

びっくり、テレビ浸け

何もせず、テレビだけを、ほんっとに、見ていた。
シンジラレナイ、一日。

生放送だけを見る、面白さと怖さを久々に味わいました。
ぎりぎりのところで間(ま)とコトバとドタバタの限りを尽くしてせめぎあう人達。

見てる方はただ笑ってるだけだとして、
現場は、老いも若きも、走り続ける緊張感があったでしょうね。

あんなに元気な50歳代。
ドリフはもう現役では見られないから、ひょうきん族には頑張ってほしいです。

甘いカラダをリセット

窓のない会議室で雷鳴と雨音がしてましたが、
会議終わった頃には止んでて、涼しくなってました。
なんて、ラッキー!

さて。
今日私が食べたのは。
朝、めかじき、タマゴヤキ、ごはん、黒酢ドリンク。

…今、子の夏休みで弁当持たせてるから、朝はわりとマトモです。
じゃ自分も弁当もってきゃいいのに、昼間に移動してるから食べる場所とタイミングさがすの面倒で、持たずに適当につまもうとする。

と、食欲ないし、

朝、通勤途中に、カフェオレ。
昼、チームメンバーにもらった、シブースト(ケーキね)旨かったんだこれが。
夕方前の移動中に、ハニーミルクラテとロールケーキ。

ってな具合のアマアマさ。

今日は家に帰るからマトモな夕飯。
これが事務所に戻ります、仕事します、ってなると、

夜はコンビニか事務所の自販機のクッキーになる。

深夜帰宅して寝る。

これはマズイっすよ、自分で書いてて思います。
疲れと暑さをカフェと甘いモンで癒してるけど、
癒されるのは舌と脳だけで、カラダ全体はダメダメです。


今、目の前に見えたドトールの看板を、心をオニにして通過。

人と酒飲むのは好きだけど、一人では飲まない。
でも帰りにビールひっかけずにはおれない人たちの気持ちは、よーくわかります。

今日は、これから食事と睡眠でリセットします。
飲み会流れたのは天の采配かも。

甘いカラダ

暑い。

昼間の移動が多い。

食欲が落ち。

駅ナカショップのカフェオレだのうどんだの、
コンビニのクッキーで生きてるので

なんかカラダ全体が甘い感じがします。

またしてもオチなし。つづく。

本音で。本気で。

久しぶりにアタマの中で、?マークがいっぱいになる会議にでまして。

議事録の係なんだけど、なんとなくわかるくらいの理解度で、話の流れを邪魔しないスタンスをとったら。

ホントは議事録は、本質つかまえて次の行動起こせる記録を残してナンボだから、もっと質問していいんだけど、

ちょっとボンヤリな議事録にしてしまいました。

う゛ー。

契約書のチェックがまた溜まりだし、一つはやりきったものの、なんだかゆーつな週末だし。

明日もいそがしい上に、飲み会の予定は流れたし。

あ゛ー。

ホントは、飲み会、人少なくてもいいからやりたかったなー。

…って自分で書いたあたりで、さすがに気付く。

本音じゃない、本気じゃないと、自分が後悔するじゃんね。

あーもー!
そのときは、忘れてたり、ばれるのこわがったりして、小さく自分に嘘ついたり閉じこもったりするわけですよ。


あ゛ー。
ファイトだわ。

うそついて、後悔してるヒマなんてないじゃん。

バレエ少女

今、電話乗ってますが、
髪はきっちりまとめて完全な舞台メイク、つけまつげバチバチいわせて、白いタイツをはいた、細くて顔のちっさい少女が、むかいでチョコンと座ってます。

おー。そんな季節なのだ。
おそらく、さいたま市文化センター(南浦和)で開かれる、全国バレエコンクールに行く子でしょう。

よく今日まで頑張った。
今日は数分だけど、出し切っておいでね。

親御さんは、この顔で電車乗せるの、勇気いったとおもうけど、現地の様子と車の混み具合がわからないなら、家で化粧して電車乗せるのが一番リスク少ないから、賢明。

がんばれ、親子。

つきあいつづける

たまたま私は今、肩コリがあるくらいで、
あまりに疲れた時でも睡眠で回復するから、
身体は元気です。

落ち込む時、自分や他人を責める時、小さいことで不安をつのらせる時は、あまりアタマと気持ちは元気がないのだろうと思います。

どちらかといえば、身体のほうが丈夫にできてます。

ただ、身体もアタマも気持ちも、自我も、一体で共存して、付き合いつづけていくわけで、

何も全部がムリヤリ元気でなくても(それは元気ならよりよいけど)
うまく付き合いつづけるというか、
どこかの不健康を責めない、たとえば身体の不健康を気持ちが責めないようにしたいと思うようになりました。

付き合い続ける。

身内に身体を病む者が増え、それを新しい前提として、いままでの当たり前を少しずつ変える必要を感じています。

子である自分が、自分たちの親の、あまり弱いところを見てこなかったこともあるけど。

親世代の生活の質、身体の不健康と共存する生活の組み立てに、気持ちも含めて、いかに関わるかを考えていかねばというところです。

今週の1曲?)なみだ恋

超個人的思い出話です。

昨日ふと寝そびれて、うとうとしながらラジオを聞いてましたら。
昭和48年特集と銘打って、八代亜紀「なみだ恋」がかかりました。

この歌はかなり当時売れたそうなのですが、売れるまでには多少時間がかかったはずです。

昔の演歌歌手は、よくレコード店廻りをしてました。
町のレコード店、懐かしいですね。

実家の近くにレコード店があって、たまに演歌歌手の人が歌ってレコードを手売りしていました。

ある日。
まだそんなメジャーじゃない八代亜紀さんがレコード店に来て、
それこそ、みかん箱ひっくり返したような即席のステージで「なみだ恋」を歌う、

まさにその横に、私と妹が居ました。

経緯はよく覚えてないですが、
積極的に手をあげて調子よく出てっちゃったわけでは、決して、なかった。

まず、隣で八代亜紀さん、歌います。
つぎは、サン、ハイで子供が歌う段取り。

一段高い所から見渡すと。

近所のイジワルなオバチャンがこっちを見てる。
まだ園児の妹は歌う気配もなく。
隣では「きれいな歌手のおねえさん」がマイクを差し向けており。

小学(多分)1か2年生だった私は

このおねえさんのために
あのオバチャンにまた後でなんのかんの言われないために
今、歌を完璧に覚えて、間違っちゃいけないんだっ!

そう決心したことだけはハッキリ覚えています。

よぉるのしんじゅぅく、うぅらどぉりぃ〜

ちゃんと一番を歌い切り、八代亜紀さんにナデナデしてもらいました。

…今でもこの歌は「一番だけ」カンペキに歌えます。

久しぶりに八代亜紀さん本人の歌を聞きながら、
よりによってなんでこの歌だったのかなぁ、と。
ま、このミスマッチがオトナは面白かったんでしょうな。
それにしてもよくがんばった、小学生のワタシ。
と、夜中にこっそり自分をほめてやりました。

オチなし。おしまい。

普通に仕事

今日は普通に仕事です。

流通業、人が休みのときが稼ぎ時です。
祝日を休むという習慣が私にはありません。
土日も含めてシフト制で出ていた時期もありましたし
同じフロアにはそういう勤務をしている部署も人もいて
事務所もあまり「休み」的な空気はありません。

今の自分の所属部署だと
本当は祝日に休んでも誰も何も言わんのですが
社内物流便が動いていて、チームのメンバーには
出勤してもらい仕分けをお願いしているために
祝日は、基本出勤です。
あ、ちなみに私は「休日」はちゃんと休めています。

電話もあまりかかってこないし、急なメールも来ないから
こんな日は、たまった仕事に大集中です。

おかげで、今日起きた問題は今日片付き、
たまった仕事の5つのうち2つは片付きました。
あと3つは時間切れ。これはしょうがないや。

腰を落ち着ければなんとか調べられる
契約内容や請求書や様々な伝票の流れ。
事実を調べてつかんでいくことは
ハラが座ればキライじゃない。

しかし
いつも小さな事実はわかっても、
マクロな掴み方がうまくないため
他人がマクロで掴んでいることの裏づけが、
いつもとれてない感じがします。
あくまで「感じ」であるところが困ったところ。

もっと事実をつかまえたいし、もっと本質をつかみたい。
一回でも貫いてちゃんとつかめれば
もっと事実をつかまえるための時間が省けたり
あるいは、
その事実を掴むプロセスをチームメンバーに渡せます。

でも今日ちょっと失敗したのは
今日一人であちこちたどってたプロセスを
せっかくだからいっしょにチームメンバーと
踏むんだったということ。

ま、いっか。それに気づけたから、次にしよう

国際女性ビジネス会議の続き【講演と分科会】

国際女性ビジネス会議 の続き。

【講演】
各講演者は、グローバリズムの流れの中でもはや「ダイバーシティ(多様性)は必然」と説きました。

それは
「市場縮小・顧客ニーズの複雑化」の背景から「仮説から検証までのループの過程に、多能・異能の存在は必須」という、経営上の必要で語られ

あるいは
リスクを取らない・同質であることをよしとする日本にいやおうなくグローバル化の波は来る。自分と違う考えや価値観を認めて尊重できるか、自分の考えや思いをはっきりと持てるかが重要

という文脈で語られていました。

【分科会】
私が参加した分科会では

ひとつは
コミュニケーションにおいて、身体の感覚をもっと研ぎ澄まして身体の知恵をつかって感じる力を呼び覚ますワークをいくつか実践しました。
ここで、目線を水平に保ち、部屋中の密度(人と人との間)を均一にしながら全員が部屋の中を歩き回るというワークを行いました。
つぎつぎとめまぐるしくワークが活気的に進むなか

特に「目線を水平に、動きながら全体を見回す」という視線はかなり新鮮で、場に対する注意力や意欲につながる感覚でした。

ふたつめ。
元気をたもつ側面「肉体」「考え・思考」「精神」の3つとしたときのパネラーの経験や知見が出されました。自分の肉体を知覚あるいは知識をもつこと、いつも結局は本気でいること、全力でやるけど頑張りすぎない、ということがキーワードとして語られました。

【自分なりのまとめ】
■身体の感覚・知恵の回復
■価値観(何が大事か、何ができるか、何をしたいか)の明確化
■本気でとりくむ、本音を語れる
がグローバリズム・変化アタリマエのなかでキーとなる姿勢だということ。

国際女性ビジネス会議

名前からして女性だけの会議かと思えばさにあらず。
男性もちらほら、
なんといってもメインテーマは
「ダイバーシティ(多様性)」。

http://www.women.co.jp/conf/program.html

多様性とは、
ジェンダーから人種から多国籍から雇用形態から異業種や異能…
格差是正とか共同参画という観点ではなく、
グローバリズムのもとで、多様性もはや必須必然でしょう!という文脈で語られる、
講演3本、分科会2本、ランチにパーティー。
アタマもハートもテンションも、フル入出力でした。

詳しい講演内容は、イーウーマンのサイトで8/4から公開されるとのことですので、おいとくとして。

遅刻しちまった私は、シャンデリアがキラキラの大宴会場に丸テーブルがズラッと並んで女のヒトギッシリ、という情景に、最初完全にケオされました。

そのうち場に慣れてくると。
まず、講演者のテンションが高くて話が明晰。
韓国人ですが日本語うまくないので(謙遜よ)って英語で話す講演者、私は初めて使う「同時通訳イヤホン」にワクワクしちゃってるのに、3秒前には笑いと拍手が起きる会場。
(前の方の席ではイヤホンほとんど使ってなかったとのこと、もちろんJapanese)

テーブル一緒になった異国の方にどうやって挨拶しようかとドキドキしてたら、オトナリの大先輩レディが鮮やかに英語で挨拶、うひゃーとアタマで中学生の英会話反芻してたら、完璧な日本語で話しかけられ、呆然。

ダイバーシティ、恐るべし。
多様性を受け入れるって、自分もしっかり持ってて主張できてはじめて可能なのかー。

やっぱ英会話かー

って、明日から英会話スクール通うか位の勢いに、瞬間、なりました(今はさすがに沈静)。

分科会では、選んだテーマが、身体を使うコミュニケーションや、元気管理など、今回あえて左脳使うテーマを避けたこともありましたが、ハートから元気をもらう・発する機会が多かったです。

パーティーでは、ウーロン茶片手にあちこちで「はじめまして」。
これでアルコールいれたらテンション上がりすぎる!と自分で思ったので。
最初ケオされたり、うまく話せなかったのが嘘みたいに、いろんな方の話が聞けました。

高校の先輩にお会いできたり、
GCDFキャリアカウンセラーの資格を持つコーチにお会いできたり、
(すぐ、おおっ同志よ!って感じで話が進みます)。

自分の仕事を端的に説明できる力、
何を大事にしてるかを誰にでもわかるように話す力、
今この瞬間あなたの言ったことを私はこう思うって返せる力
などなどを
とても試された数時間でした。

ま、単純に、スッゴク楽しかったです。

さて。
私にこの場の事を教えてくれたのが、SNSで縁を結んでくれた人でした。
彼女に声かけてもらわなかったら、私は彼女を知ることも、この場にくることもなかったのです。
リアルで会うのが初めてとは思えない位の波動の合いっぷりでした。
ホント、ありがたいことです。

うきうき、ゆりかもめ

豊洲からゆりかもめに乗っております。

私にとってはいつも、仕事あるいは研修あるいは…といった場の、イベントにいくときにワクワクしながら乗る乗り物です。

お台場、もうすこし。

いざ、国際女性ビジネス会議。
なんか、名前がスゴイ会議ですが。どんなかな?

…しかし、ビジネスウーマン失格パターンで、すでに遅刻。

あっ、湾岸署だ!

つづく

あおぐ人、ぬぐう人

朝から暑いし電車は寒い。
長袖ブラウスが手放せません。
首の後ろだけでもタオルで風避けしたい位です。

さて、駅のホーム。
暑さを凌ぐのに、
あおぐ人
ぬぐう人
がいます。

あおぐ人は、扇子または団扇。
団扇はティッシュのようにそこらでくばってるし。
扇子はそれこそ最近は100円で売ってるけど、少しオシャレだったり、なによりその人の服や顔の感じや雰囲気に合ってると素敵です。

ぬぐう人は、ハンカチやハンドタオル。
最近は汗ふきシート気持ちいいけど、しっかり汗がぬぐえるとさっぱりします。
私はハンドタオルを手放せません。お守りかわりみたい。スーツの時とかちょい困るけど。

扇子は、昔お付き合いのあった営業さんにご挨拶でいただいた素敵なのを愛用。そこはかとなく香があるのです。

営業さんは女性で、いつもスーツで、男性ものの小ぶりのビジネスバッグが素敵でした。
若輩もののわたしに、わけへだてなく接してくれて、思い切りのいい条件をびしっと一発で出してくる方でした。

どうしているかな。
どんなに暑くても、上着着てたな。

さ。明日は、扇子もってタオルもって、面白いとこへ行ってきます。続きは明日。

実務だからタイヘンなの?

社外グループ活動に対して、ワタシのやる気度は高い。

いや、もう少し砕くと。

出来上がった論文や報告資料を説明したり、
決定事項の背景含めて皆さんに伝えなくちゃ!ってポジティブに思えるとき、
先入観に囚われないとき、
活動自体に興味を持たれているとわかったとき、

ワタシは元気いっぱいです。

しかし。
先行き不透明、
話をうまく交通整理できない時、
意見の対立(その場以外での)、
自分が役に立ってないと思うとき、
先入観にとらわれる、あるいは他人から先入観で見られたとわかったとき、
理想はわかったけど具体的にどうすんのかちゃんと教えろまたはやれという声を自分で聞いたとき(勝手に人にそう言われてるだろうって思うのも含めて)

ワタシはへこたれます。

仲間を、同志を、導きを求めて外へ出ていきます。

今、その場で、自分とその周囲で、
できれば、その場しのぎではなく計画的に
「やらねばならないのにできない」。


今日、他部署の人と話して、
ワタシがやろうとする活動のテーマに、他部署の人が興味をもつのは、
それを「実現してくれる」と思うからだろうな、と今日思いました。

自部署だと「やらねばならない」からタイヘンに思うし、実際タイヘンなのです。

自分達でやる時には、仕組みもハートも必要だし、成果もすぐ見えない。

でも、実務にする、自分達でやるからタイヘンだよね、難しいよね、で
私は終わりたくないのです。

実務がつらくてタイヘンということを、私は変えたい。
単純に労働時間とかの問題じゃなく、あるいはワークライフバランスとればいいよねではなく。

自分(達)がやる気出して、整合性もとれる、喜べる実務にしたいのよ。

なんだよ〜決意表明かよ〜

続く(の??)

社外グループ活動第3回

社外グループ活動にたずさわってます。
社に、参加費用と業務時間をもらって
社外の人たちと「IT投資効果にまつわること」に関してなんらかの提言を論文にまとめる活動です。

今日は事例共有だったのですが、リーダであることをわすれて、自分の思い通りにがんがんしゃべって、チームメンバーにマキを入れられたくらいです。こらこら。

でも今日わかったことはたくさん。
1 以前より物怖じはしなくなったこと
2 人に自社の事業、基礎数値を説明すると、自分で「あ、そういえばなんでこうなんだっけ」とか「自社であたりまえの用語はこう言い換えるとわかるかな」とか、そういう気のまわし方を自分で発見できます。
などなど。

もう少し書きたいのですが。

今日はこれから気合いれて、「前回の」グループ活動の発表を、社内のある部署の学習会にて行います。
人前で、この件で話すのは初めて。
ちょい、緊張、ちょい、楽しみです。

ので、社外グループ活動の話は、後日。

白いところをみせない

フラメンコの朝練で、

身体の軸があって、
胸が正面で、おへそ左右にひねって、あごは引いて、
腕は「白いところを見せない」。
肘の内側とか、二の腕の内側とかを見せないように身を処するとカッコイイわけです。

身体がむやみに開かないように、締めながら、全身のあらゆるところで円、コンパスを描く、

んだけど、ですけどね。

どれかやるとどれかができず、全体的な流れを欠くのだっっ。

もうちょっと感じを掴みたくて夜練もいきたかったが、
今日も議事録と契約書に埋もれたのだっっ

全部は無理だ。
でも踊りたい。
まだ学びたい。
役に立ちたい。
風呂入りたい。

本格的な夏、気持ち「ケア」モードで

本当に暑くなってまいりました。

3時に子の学校に保護者面接に行きまして
帰りは家まで40分歩くわけですが
その途中に、自販機が2箇所しかない。
カフェも(あたりまえか)コンビニもない。

ちょっと遠回りするとスーパーがあるんだけど
たまにそこで中学生が制服で見つかるんだそうだけど
いいじゃんね、それくらい。涼ませてあげたって。

といっても
そんな遠回りする気力もないくらい暑いんで
そのままへろへろと家にたどり着き
着てたものを速攻洗濯して、
しばしぶったおれておりました。

どっさーと夕立。
ぶったおれたまま聞く雷。
夏だねぇ。

・・・さて、昨日から私は決意し、
とにかく、どんなに暑くても湯船につかって
汗を流して背中と首をほぐすことにしました。

あとは内臓に負担をかけないように、
あまり冷たいものを飲まない。
とにかくケアです。

以前よりどうやら「冷え」に弱くなったらしい。
「暑さ」にも負けやすくなっているようです。
という自覚が出てきました。

明日から一人「サマータイム」に入ってみます。

にがうり

週末実家に寄った時、母がにがうりを軽く茹でて塩ふってました。
それがエライおいしかった。

にがうりは、母方の祖母がよく料理に使っていました。
カツオブシと醤油だけの簡単な炒めもの、よく食べたました。

結婚して家を出るまでの一年位、実家の隣に越してきた祖母と二人暮らしでした。

一人暮らしが長かった祖母は、それこそ私がどんなに帰りが遅かろうが放っておいてくれましたが、
朝ごはんの時間にちゃんと起きてこないのはひどく怒りましたし、何度も喧嘩になりました。

ご飯のいちばんおいしいところを一緒に食べたかったんだろうな。

にがうりの炒めものは、そんなすったもんだの末に食べてもおいしかった。

にがうりは、実家では母しか、私んちでは私しか食べません。
だからほとんど食卓には上げませんが、
ちょっと食べたくなって
じぶんで茹でてみました。

およ。ニガイッ

何がイカンのかな、ワタワタをもっとしっかりとらなきゃイカンのかな。
ま、ニガウマがいいからいいいが、このままでは済まさぬ。

夏のうちに、母に聞いておこうと思います。

私のWill その7

先週とその前の週末位から、先行き不安になったりこれまでの仕事に否定的になったり、頑張りどころと思いながら整理つかないでおりました。

身体を休めて、野菜をたくさんとりました。

今度の仕事は抱え込むのではなく、皆がわかるように。
自分一人が頑張ればいいと思わないで、頑張る人を探して増やします。
仕事は、私の所有ブツじゃない。

で、自分のやりたいことはやります。

今の道の延長なら黙ってても行くから、そうじゃない道は自分で考えます。

私のWillは、
あらゆる人が、ワタシこれが大切!って価値観を発見して仕事と生活を喜べること、
本気になれる時間を共有できること。

どこにいても。

雷にいきいきする1 歳児

妹が関西から出てきたので、久しぶりに実家に帰ってきました。

甥っ子はもうすぐ一歳半。

少し遅い目の昼ご飯。
ご飯をわしわし手づかみで食べてましたら。

一天俄かに掻き曇り
稲光と雷鳴と豪雨が。

甥っ子は
おっ、ほぉ、と目を見張りご飯を掴みながら
雷にいきいき反応してます。
どんな人工物によりも、いきいきと。
なにか共鳴してるのかなー。

ご飯終わったら
つぶらな瞳のまま、思うままに歩いていきます。
こいつ、今、そのまんまだ〜。

飲食業、がんばるレディス!

その1

朝練にいこうとおもってコーヒーがどうしても飲みたくなってしまい、結局ユミママをお呼び出ししてしまい、ドトールでおしゃべりを。
こうしたい、ああしたい、これもしなくては、こういう可能性もある、ままならない。でもこうしたい。
ああ、個性的な老舗、素敵なフラメンコ&スペイン料理の店を、ずっと続けていくことは、なまはんかじゃない。

よくしていこうとするコアなメンバーが複数居て全体をわかってるといい。

とか

全身全霊でお互い全部をぶつけ合ってしまうのではなく6割くらいがいい、というか、相手によかれと思うこと、相手に対する期待があっても成したことでも、期待の6割くらいが返って来ると思ってる位がちょうどいい。

もっとシビれることもあった経験に根ざしたことば。

casa artista 新大久保・大久保に根ざす素敵なお店。
http://www.casa7.com/

その2

昼。コンビニでお昼でも買おうと、ビルの下にいったら、移動弁当屋さんがいました。あ!こないだ、そういえば金曜日だけ面白い弁当屋さんきているよって事務所で誰か話してたっけ。事務所にチラシがあったな。
サバのみそ焼き弁当、五穀米、キンピラゴボウ、かぼちゃ、インゲンと魚の炒め物などなど。これで550円。おお!デザート150円カスピ海ヨーグルトもおいしい。
極力、国産・無添加の材料を使ってますと。あの、キンピラがホントにおいしかった。おかあちゃんの味だった。
ウチの事務所には、揚げ物主体の380円仕出し弁当が来てて競合だけど、金曜日だけでもひいきにしちゃおう。
でも来週も再来週も昼時に事務所に居ないのだ。おねえさん、3週間後も必ず来てね~待ってるよ。

・・・で、お店のチラシにあった、ぽっぺんぱーと で検索したら、ブログにヒットしました。

>一人で、金なし・コネなし・経験なし、という高橋歩さんのようなスタイルで
>手作り弁当屋を始めてみました。
って。ほんと、それだけでやってみちゃうんだなぁ。

http://ameblo.jp/poppenpart/

がんばってほしいぞ~ ぽっぺんぱーと。

朝のHappy がっっ

フラメンコの朝練は、歌って踊ってすっかり身体が軽くなって、

Happyな気分でご出勤。

なわけ、なのに。

朝からいくつも仕事がつまってなんだかその場限りの対応に逃げ込む自分にイライラする悪循環。

閉じてる、とにかく。
その自覚だけはある。
このままではいられない。
危ない。

何かお願いして、どうすればいいですか、が倍になって返ってくるのが面倒だから。
何かお願いして、それはそっちの仕事でしょって言われるのがいやだから。

お願いするまえに全部抱えてる。
結局私がボトルネック〜しくしく。

もっとチームを信頼しなくちゃだわ。
もっと私が意思もたなきゃだわ。

てか、まずちょっと一回よく寝るわ。

動くしくみを考えろ

私のチームの人達が皆帰った後。

別の部のマネージャーが複数、会議を終えて近寄ってきました。
実は昔の上司です。

先週
「これって誰がやるのかなって、アタシかなやはり」と
さすがに不安増幅していた提案を、
今日、マネージャー達が見たらしく。

「俺らのいうことじゃないけどね、提案を運用し続けるための体制とか、誰か考えてるの?
あれもこれも全部一人は無理でしょ。
…笑い事じゃないよ、オレなら笑えない。今、見てるとヒダルマよ。
やり始めちゃってからじゃ人は充てられないんだから。
できないことはできないってはっきり言うか、体制増やす提案するか、チーム内の分担変えるかしないと、つぶれるよ。
誰も考えてないんなら、動くしくみを考えるのがアンタの仕事。
俺らの会議は、よそんちのアンタをどうすんだってことが話題なんだから。」

そうだなー、確かに。

頑張ればなんとかなると抱えたら、動かなくなる。
動き続けられない。
人に協力が求められる私でいよう。

emotion!

emotion!
会議室。

カルチャーセンターをやっている場所なので
こんなのが貼ってありました。

バチッと、何かが降りてきた。

感情を表す言葉と表情は
コドモの英会話レベルでこれだけあって、
思い込まないでちゃんと相手を見れば
つかまえる手立てはいくらでもある。
それと
こんなに表現できる!

発見だわ。

ヘビー過ぎ

自分を責めるのは時間の無駄。

Miki Oguraさんの言葉を思い出します。

自分を責める時は、責める対象として自我の境界線がくっきり明確だって事だから、無意識で「ワタシは悪くない」って防衛とセットになって、不健全に落ちてるってこと。

自分全体を叩いてる時は、同じ勢いで内心で他人を叩いてる。

叩くべきは、問題であり課題です。
人ではないのです。

だから人を責めないけど。
ちょっと、ワタシを可愛がってやることにします。

今日の会議は、ボトムアップで問題を解決するために、とにかく問題を出し合いましょうという趣旨でした。

会議中、いくらでも出て来る問題の羅列は、
私がやってきた仕事が発生させ、私ができなかったから起きたことだな、と思った、けど。

私がこうありたいと思ってきた(いる)ことも、
過去に大事にしてきたことも、
その場の誰にも知られていなかったことが、シンプルにとても悲しかった。
説明してもひどく個人的な言い訳に聞こえそうだったので説明はしなかった。

いつものように淡々と板書し、
淡々と議事メモをとり、
淡々と会議室をおさえて次回通知をメールしました。

標準を守ることが役割だと思って必死に守ってきたつもりだったが、
役に立てていないと2時間程ずっと言われ続けること自体が、ワタシ個人にかなり痛いです。

それと、もうひとつ。
話されていることが、2年前と同じ議論で、メンバーが変わっただけ。
ワタシだけが変わらずにそこにいる。
同じことを、繰り返すのはいやだなぁ。

…ま、ちょっと後ろ向きです。寝たら変わるかも。

いま書いてて気がついたけど、自分の悲しみをちゃんと表現しなかったのは、ワタシ含めてその場の全員に対して不誠実だったかもね。

気をつけよう。

こんなことがあるから、私は社外にでて、手を挙げて集まる人の中に逃げ込むんですよ。
新しいところへ行きたくなっちゃうんだな〜

矛盾を抱え込む

いきなり矛盾を抱え込む週明け。

正解は、な〜い。

イエスかノーの分岐は、なるべく少ない方がいいに決まってるが、
でもその分岐を自分が手放したら、誰かが、どこかの部署が背負うですよ。

知らない、わかんない、基準ない、どうすればいいですか、イエスですかノーですか。

人に聞いた方が早いのは、イエスかノーかの分岐を相手がうまく飲んでくれるから。

私はよく人に聞かれるけど、適当でいいんじゃない?が言えない。
適当には適当の基準が必要。定型化したい場合はそうだ。

いやあ、まとまりませんが何かがおかしい。
ワタシにあれもこれも全部は無理だ!
けど、皆でうまく判断の分岐を回避してる、このシュールさは、なんなのかしら!

毎日の仕事と私のwill その6か!

そろそろ収束せねばならないですが、その6です。

じゃ、なんで「監査」なの?です。

2006年度末から2007年度最初にかけて、公認会計士の財務諸表監査を受ける場面に関わりました。組織の財務諸表は信頼に足る正しいプロセスで作られているか、その一環として、社内システムおよびそれを動かす・つくるプロセスは正しいの?を、ヒアリングや文書で証明していきます。
それ以前にひそかに「他の人にはない専門性を持っておきたい」とシステム監査について本を読んでいた私は、監査人の言っていることをとにかく理解しようとし、実際何に照らして監査人がモノを言うかの構造はわかりました。
しかし「私たちはこういうことをしているから、基準で示す状態を実現している」という主張が監査人に通りません。
逆に、監査人の指摘を自部門内の管理職に伝えると「そんな当たり前のことを言われて」「ハンコ(第三者に証明するための証拠)押せばいいっていうのか」「そのとおりやってどれくらい金がかかると思うんだ」という反論もありました。

双方いちいちモットモなのです。が、

監査人は一般論で指摘をする(ように受け止められる)。
受ける側はとにかく監査をその場でしのげばいいと捉える。
それって、変じゃないのかなぁ。

自部門に不足している監査に関する知識を得たくて、もしくは「どういう知識があればうまく監査が(できれば前向きなスタンスで)受けられるか」を勉強したくて、2007年に約1年限定の社外のグループ活動に入りました。

そこで学んだことは本当に多かったけれど、詰めていえばグループは

自社のリスクと影響度を測って対策の優先順位を決めた上で、いつ・どの部署で・いつまでに対策をとるか、プロセスや結果を証明する証跡を明確にしたうえで、個人も組織も計画から評価までのループを継続できるしくみを作っておくことで、リスクの低減や現在のレベルを第三者にも証明できて、自社内でも改善が継続できます、結果として監査対応は瞬間風速的ものではなくて、いつもの仕事の中でいつもの仕事の手順で実現していけます。具体的にはこういうふうにすれば・・・

という主張(論文と研究発表)をするに至ります。
こんなことは一人で考えついたりできたりするものでは、絶対にありません。

私は今年、その論文を引っさげて自分の組織で実現しようと意気込む一方、「もっと第三者の視点を自社の経営やシステム部門の運営に活かせる視点が得られないか、ITの投資対効果を計るのってほんとうに難しいけどなんとか視点を得られないか」ともう1年だけ別のチームで活動をはじめました。

私が持ちたくなった「専門性」です。急速な規模の拡大のなかで、有効な第三者視点を活用したい。そのためには「システム監査」あるいは「内部監査一般」について知識を得て、つなぐ人でありたい。モチベーションだけは出来ました。
その必要性を「トップが」感じるかはまた別の話ですが。

と、あまり徹底的な専門性は持ってないものの、他の人が持ってない専門性を得たい希望や好奇心を持っています。で、組織の目標に達成するかしないかに関係なく、タコツボに嵌まり込むこともあるのです。

第6回はこれで終わり。第7回までにしようかなぁ。

毎日の仕事と私のwill その5

「システム部門で標準化を推進する担当の課長」という職名を負うものの、やっていることは
プロジェクトの進捗報告を集めて週1の会議を開くこと、
契約書締結前の文言チェックを行うこと、
経費を使うための社内決裁の手続き書類の事前確認や進捗確認
予算作成の事務。

そんななか、部署内では一人こっそり行き詰っていつつも、部門外、社外の人と会う・話す機会が少しずつ増えていきました。

この回は「リーダーシップ、モチベーション、キャリアカウンセリングの出会い」について。

去年の7月の終わりにうけた社内研修では、自分や他人への感情を感じ取れないその当時の状態を見つめ、それは価値観とは違って自分で変えられることを学びました。http://www.mia.co.jp/seminars/seminar_140.html

そこで紹介されたセミナーでは、失敗をおそれて実は「やらされ感」が強く自分の意見がない部分をみつめ、「何をしていたときが自分がいきいきしていたか」を振り返ることで「自分が何をしていきたいか」を自由に発想することができました。

http://www.mia.co.jp/seminars/seminar_142.html

http://www.mia.co.jp/seminars/seminar_135.html

セミナーで出会った斎藤めぐみさんのキャリアカウンセリングで
最初のきっかけは他人や他からの影響であっても、コミュニティや信じられるもののために、自分で大事だと決意してがんばってきたこと、自分の負のエネルギーの根源がなにかが全部つながりました。
http://profile.allabout.co.jp/pf/mih-career/

さらに12月に、佐藤綾子さんのキャリアカウンセリングで、オープンでありのままであることが自分にも他人にも誠実であって、今の気持ちにきづく感覚を毎日の積み重ねでみがくことが課題、と気づきました。

セミナーやカウンセリング流転の中で、節目や変化対応には、自己理解や価値を見出すことが何より大事だと実感しました。キャリアカウンセリングが自分でできるようになって、職業にできないだろうか?と考え始めました。
このあと実際に、GCDFのキャリアカウンセリングコースに通うことになります。
http://www.career-npo.org/GCDF/

次の回は、その一方で興味を持ち始めた監査の分野についてです。
(いいかげんにせーよ、まだつづくのか)

毎日の仕事と私のwill その4

3年前位に急速に組織とシステムの規模が拡大した団体に出向してから。
新しく経験したり知ったことが3つあります。

ひとつは「コンサルティング」を受けた経験。
フレームワークを駆使して、目標にむかってチームの論議をリードしながら、一定の期間で成果物の作成を支援する仕事。
考えを形にする仕事、思考し続ける集団と、一時期だけど一緒に仕事ができた経験は、井の中の蛙ではいられないという思いを強くしました。

もうひとつは「ファシリテーション」。
チームの知恵を引き出して形にする力。聴き、問い、論議のプロセスを図や絵に表し、発散して、収束させる、刺激的なプロセスを学ぶ機会を得ました。
そんなに得意ではないけど、大事な力だと思っています。

もうひとつは「キャリア」という言葉の多様性です。

システム部門、IT部門には「キャリアパス」というコトバが相当昔からありました。
横文字の役割名(例えばプログラマーとかシステムエンジニア)を細分化して、プログラマーのあとはシステムエンジニア、あるいは、○○スペシャリストとかプロジェクトマネージャー・・・階段を上がっていくようなプロセス図を作ります。
私はシステム部門の人材育成のスタッフをしていたので、様々な研修で「各自のモチベーションを保って技術力を積み上げるために、キャリアパスの明示が必要だ」と学んできました。今でも「システム部門のキャリアパス」は世の中でよく描かれています。
でもパスの絵はあっても、そのとおりに「自分の希望で」キャリアを積める人もしくはキャリアパスを運用できている組織を(世間が狭いだけかもしれないけど)私は知りません。
どんなに横文字の役割名を定義しても、その役割だけをやればいいということはない。○○のつぎは○○になれるともできるとも限らない。何ができるのかは時の運。そもそも組織はそんな計画的に個人の希望通りの仕事を用意できないです。特に、システム部門に求められる技術も役割も急速に拡大・拡散している状況ではなおさらです。

コンサルタントの人が書いたキャリアパスや人材育成戦略を眺めながら、これは「書けても」運用できない、もしくは本気で運用するとしたら組織側は何をどうすればいいのだろう・・・と暗澹たる気持ちだった頃。
個人のキャリア自律、あるいは「キャリア」の示す多様性についての本にいくつか出会いました。とくに「スローキャリア」(高橋俊介さんの本)は、それまで「キャリアアップ=スキルアップ=出世や処遇条件の向上」と考えていた私の考え方を転換するものでした。
個人が自分のキャリアのあり方を自分で考える。必ずしも「アップ」するだけがキャリアではないのだというスタンスは、とても新鮮で可能性を感じました。
でも、人材育成スタッフから離れて、仕事の進め方の標準化推進を仕事とするようになったため、キャリアについては、本を読むなどして一人で地味に興味を暖めておく程度となっていました。

約2年前、偶然の産物で、私はいきなり役職を2段階上がる機会を得ました。
この昇進は誰に不遜だと言われても正直まったく喜べませんでした。成績を積み上げての結果や評価ではなかったからです。上司や同僚の異動で私1名になった組織を「課」で残したいための課長職。あるいは「男女共同参画」のポジティブアクションプランとして女性の管理職の人数が増えることにつながる課長職。自分ではずいぶん後ろ向きに捉えていました。
その数ヶ月後、初めての部下(パートさん)が1名つきました。
18年近く仕事をしてきて、私は、短期間でチームリーダー的な位置で働いたり、作業指示を出したりしたことはあっても、部下がついたことはありませんでした。
一人で動く、あるいは上司の指示にガマンして従う仕事はしてきても、部下の仕事を指示する、拡げる、ネガティブなことをちゃんと伝える訓練をしてませんでした。人は「がんばる」のが当たり前だと(実は)思っていて、同僚や部下にわがままをいわれるとひそかに相当コタエました(絶対口には出さないけど)

この環境の変化で、私は混乱し、淡々と仕事はするけどかなり閉じこもった性格になっていました。キャリア「アップ」?!私のやりたいことってなんだったっけ??

続く。(ははは)

毎日の仕事と私のWill その3

人が困っていたら、期限が決まっている中で解決する。
これからやることには「こういう意味がある」「これまでの各自の経験がこんなふうに活かせる」と伝えられる。
…といったことが、自分の仕事のスタンスのベースでした(今もそうありたい)。

5年位前に、人事部門に2年ほど所属していました。システムの運用やデータ作成が主な仕事でした。
このとき、人事制度や政策が作られる過程や、伝えるエネルギーのかけ方、採用・教育実務、労務政策や管理の大変さ、人を評価・考課することに公平はありえないんだとか、そういうことを「横目で」学びました(起案者ではなかったので、あくまで「傍目」であり「横目」)。

それともうひとつ。
「事務方が威張ってはいけない、制約条件になってはいけない」ということを学びました。
事務方が仕事をやりやすくしたいという発想だけで、現場に仕事をおしつけないこと。
現場の仕事はなるべく少なく、かつ、現場で決められることは現場で完結できるように(本部といったりきたりしないでも決裁できるように)、でも必要なことは必ず本部に伝わるようにすること。
これは、たぶんシステム部門にだけいたらわからなかった実感だったと思います。

人事部門での経験は、ある部署での最前線から一歩引いたところでスタッフ業務に就く際の自分のスタンスにつながっています。
自分の専門性は、現場の負担を軽くするために使いたい。
それと、制度のせいにするのではなく、制度を活用できる立ち位置でありたいと。
そのはずだったのです。

・・・この3年余り、環境の変化に対応して、急速に規模と人を拡張したシステム部門で、対象や仕事の中身やスジについて皆がわかるように標準化を進めることが自分の仕事だと頑張ってきたものの。
仕事が増えた、硬直化した、費用だけがかかる、専門知識と技能を持つ取引先に実質握られてる構造が変わらない・・・周囲はいろんな問題を抱えたままでした。
大事にしてきたスタンスだけでは、仕事が成り立たなくなっている感じだけはありました。

私は人の仕事を増やしたり、硬直化させることにだけ、手を貸しているのではないか。
仕事ができる人の邪魔をしているのではないか。
カベを関わる人がわかりあえるような仕事をしたいのに、過去の仕事のスタイル・これまでの人間関係だけで閉じている集団のままでいる。
もっといえば、何より自分がそうなのではないか。

たしかにちょうど今から1年前までは、おそらく相当煮詰まっていました。

この話はまだ続くのですが、今日はここまでです

毎日の仕事と私のWILL その2

毎日の仕事にて。

私の職業は小売業のシステム部門のスタッフだけど、一人でシステム設計やプログラムをつくるとか、そういう力量はありません。全くないとは言わないけど、かなり古いタイプの技術力です。
それと小売業の現場業務そのものに詳しいかというと、他に詳しい人は沢山います。

技術的あるいは専門的なことは、常に「相手の言っていることはわかります」というレベルです。
自分自身はあまり好き嫌いをいわず広く浅く。
知らない人とよく知っている人の間に立つ。

これが、多分
「全くシステムのことは知らないし興味もないがシステム部門に配属になった人」とか
「今自分の触ってる端末のがおかしくなって困ってる人」とか
「新しい仕事のガイドラインで運用を始めますって言われても」とか
なにか困った状況にある人を、短期的に支える仕事に役立つスタンスだったと思います。

ある人、組織が、何かの環境の変化で新しいことを覚えなきゃならないってなったとき、
その新しいことは
それまでその人が積んできた力量や知識に繋がっている。否定されない。問題を解決できる。
そう信じて相手に伝え、相手にも自信や実感を持ってもらえるような仕事をしてきたし、志向してきました。今も基本的には変わらないスタンスです。

…ちょっと、休憩です。

1年がんばるってたいへんなことなんですよ

今週はチームメンバー(パートさん)の契約更改の週です。
今後1年の勤務条件(時間や給与)について契約を結びます。
希望の契約条件のほかにも、
この1年どうしていきましょうかとか
そういうことをきいたり話したりします。

私のチームはパートさん2名だけど、他の事業所だと50~100人単位で契約更改をする事業所長もいます。パートさんアルバイトさんで成り立っている流通業、けっこうイベントです。
心ある事業所長は、人数多いことなんて関係なく、時間をとって面接して契約条件を合意して、この1年ありがとう、これからもよろしくってできるのです。
自分で面接してて、それはアタマの下がることだなぁって思っています。

面接してて気づいたこと。

ひとつ。

1年前に募集の広告見てわが社来てくれたメンバー。
広告にあった「コピーとりと入力作業」を見てそれならできるだろうと思ってきたけれど、とても大変だったと。
20年前に勤めていた彼女の「コピー」「入力」のイメージと、今のそれとは随分違ったといいます。
それを言われて私もよくわかった。久しぶりに思い出しました。

20年前のコピーとりは、おそらく縮小拡大とトレイの選択、両面コピーができればよかったと思います。
でも今はコピーが多機能で、A4サイズ2枚分(4枚分)をA4 1枚に収まるように縮小するだの、ホチキスとアナあけるのがいろんなバリエーションでできるだの、やろうと思えばいくらでもできてしまいます。
だから頼むほうも、いろんなバリエーションを指定して、印刷やコピーを頼みます。
それ、全部覚えなくてはならないわけです。最初はね。
大変だっただろうなぁと思います。

たぶん昔は「原紙」を紙で用意して、それを印刷してたと思う。
今はOAツールのファイルを開けて、そこから印刷することが多いでしょう。それだと、パソコンの使い方、ファイルの選び方、印刷の際のプリンタの指定、印刷方法の指定だの、全部覚えなくてはいけないわけです。
これはねぇ、なまじ昔のイメージが持ってるほうが余計大変だと思った。

「入力作業」は、OAツールのデータベースファイル(すでにつくってあるもの)を使うんだけど、まずそのファイルにたどりついて、開いて、使い方覚えて、です。スプレットシート開けたりとか。
決して単純ではない。

合間に鳴る電話。これがまた多機能で、保留押すんでも、他人に転送するんでも、それなりの操作を覚えなくては、取ることもできない。
昔は「とにかく誰よりも最初に電話を取れ、あんたの仕事は1ヶ月(あるいは1週間でも)それだ」が成り立ってたけど、それをやるのに前提条件がいろいろある。

おまけに事務所は、みんな一人1台パソコン貸与されてパソコンに向かってるから会話がなく、なかなか顔と名前が一致しないわけです。

皆が当たり前に思っていることをメンバーは1年かけて積み上げてきた。大変だっただろう、と思いました。

「もうすでにできちゃってる人たちの間にはいって、1年で新しい仕事を次々おぼえなきゃいけない。そりゃもう大変だったでしょうし、採用されたときからくらべたら、できるようになったことたくさんありますよ。1年がんばるってすごいことなんですよ。」
って、ってシンから言いました。

ふたぁつ。
もう一人は、しっかりして、自分でどんどん動ける。
この人には、おそらく自分たちのチーム以外のところで、働いても、ちゃんとやっていける。もう10年選手だし。
それゆえに、制度上アタマうちになりそうな時給、こんなことあんなことできたら上がるの?どうしてこの上がないの?」
と聞かれると、いつもけっこう困るのです。

わが社の事務職のパート職員は、現場(店舗)ほど差(…ってと、まあいいか)がつけられない。でもだからもっと上の時給ってなったら、申請してそういう時給設定しなくてはいけない。
制度にない「時給体系」をどうつくればいいんだろう。
あるいは「ここで上はないですよ」ってどうやって伝えればいいだろう。

事務職のエキスパート、何を持って上(下)とするかの評価が難しいです。そういうのを管理するのがややこしくなって、事務職について、短期採用だといいながら派遣職員を増やしますと。
そうすると、同じ仕事なのに、派遣とパートでえらく時給が違いますねという話が出るわけです。うううん。

事務職の「評価」難しいです。
ただ、二人とも、とにかく1年頑張ってもらえたのは本当に助かりました。それに応える、とくにベテランには応えたいです。難しいけどね。

社外グループ活動 第2回

今日は表題の通り、
社外グループ活動の日ではありましたが、
他にもいろいろなことがありました。
書きたいことはあるけど、
懇親の場を設けて酒が入ってるので
あまり詳しくは記録できません。

私としてはまだまだなこともあったし、
できたこともあったり。
自分、リーダーは不得意!

ただ、いずれにせよ、
出会いを大事にして、思うゾンブン活動します。

社外でわいわい発散してる自分の勢いを、
もっと、いつもの職場でも活用したいもの。
私は、自分で持ってる価値を
いつでも素直に使ってみたいです。
目線や視点や経験の違いに臆することなく。

今日はちょっと臆しました。
次は自分をもっと信じようと思います。

毎日の仕事と私のWill その1

私の毎日の仕事の話。
毎夜遅くまでアンタなにやってんだ?

私は、小売業のシステム部門のスタッフです。

最近の直近の仕事、
ひとつは、お金の話。
システム作るのにどれだけの金を使う予定で社内決裁は進んでるか、今いくら使ってて、最後結局いくら使って、結果として資産になったの?経費で落とすの?を記録、集計、関係者調整。
毎日の記録は、チームメンバーがやってくれるから、行き違いや相違があれば、報告を受けて調べます。

もうひとつは、システム開発などを取引先に頼む時の契約書の点検です。
金額や納期が正しく分かるように書いてあるか、いざというときに自社に都合の悪い記載がないかの洗い出しと、法務担当への点検依頼を出します。

元来、お金の計算もリスクの洗い出しも、あまり得意ではないです。
それと、基準や手順を決めて手間を省いた流れにすればもっと誰もができるようになる、だろうと思う。
でも、忙しい現場に負荷をかけないように、スタッフがサポートしまっせ!って

一人で抱える(泣)。

金がどうあれ、契約がどうあれ、うまくいけばうまくいくですよ。
何かあったときのため。

でも、システム関連の契約書って、たいてい大手の取引先は自社に有利な雛形を持っていて、システム関連業務に強い弁護士ついてて、調整してもなかなか覆らない。
それでも、あまりに一方的ならこちらも法務に報告します。

一つ一つ、どういう記載ならベター?と調べながらやってると、あっという間に時間が経ちます。

ホントの本業は、複数プロジェクトの状況把握、ホントは活性化まで行きたいのに叶わず(これが毎週火曜日の会議)

それと、標準づくり、標準そのものの管理。
こっちにもなんだか手が回らない。

来週から、ホントの本業で会議が追加になって。
いや、本来そっちをやるべき職名だし、参加メンバーを中心にボトムUPで盛り上げていこうという主催者の狙いは、まさにグループダイナミクスを活かそう!で。
望むところだ!なんだけど、火曜日の会議を活性化できてない私は、自信がない。弱気。

ちなみに明日からは社外のグループ活動で、IT投資対効果やシステム監査を題材にして、何のために何を研究、提言するか考え始めます。
ここでリーダーをかってでたのは、自分の経験値を増やして挑戦したいからです。

さて、このどれが、キャリアカウンセリングあるいは、個人の価値を見いだすとか、自分とチームを元気にする仕事をしたい、という願いに繋がってる?

私のなかでは繋がってる、というあたりを少しずつ明日から書こうと思います

なぜ改札で

自分ちの鍵を出す?

自分ちのマンションのオートロックあけようとして
定期券のパスケース出すことはあっても
(ない?)

改札で鍵だしたのは初めてです。

わからん、わたし!

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