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エニアグラム月例ワーク(6月)

C+F研究所「エニアグラム月例ワークショップ」です。

http://www.transpersonal.co.jp/work/ennea.html

エニアグラム月例に通う中で、
私の中にあらゆる他人との共通点を見いだし、
気質の違いを理解し、
他人との境目がなくなる感じを持ちます。

こんな私もあんな私も認めることができます。
同時に、
他の人の探求や気付きに共感し尊厳を感じます。

さて、今日は、
■グループ、チーム、プロジェクトといった集団に対し、
メンバーは気質に応じて大きく3つの態度をとること。
○楽観的(なんとかなる)
○合理的(進められる)
○反応的(なにか違う)

■エニアグラムのタイプに応じて、
さらに対応が分かれること。

■前述の3つの態度のどれもが、
グループの生成と発展、
特に壁を乗り越える時に必要であること。

を学びました。

組織で働く人、
メンバー間で生き生きと働きたいと願う人に、
この理論は支えになります。

理論の他にはワーク。

・自分の「態度」の特徴を人に語る、きく。
・チームに分かれて、
「夢の組織」のビジョンや理念、活動内容、等を
決めて発表することを通じて、
チームに対する態度や働きかけを実感する。

特にチームでやった「夢の組織」は、
相当真面目に取り組めました。

ホントは「態度の観察や気付き」がねらいだったのに、
時間内に想いを形にするために、もう本気。

そこで書いたこと、言ったことは、かなり身に落ちました。

その「夢の組織」で、
私は周りの人がスムーズに仕事ができて、
関わる人が、
自分の価値をみいだせるような仕事がしたい。

って思いました。

できる?
だから、その可能性はあるんだってばさ。

…おっと、
つい、個人的感想で締めてしまいがちですが、
C+F研究所でのエニアグラムの学びは、
自分と他人が地続きになって、
決めつけもべき論もなく、
可能性や、いまここにあることの確かさを実感できて、面白いです。

納得いかないことにいったん決着

今週職場(6/23)で、
納得いかないことがあり、
1対1で話をした上で
あとは自分で考えて結論を出すことにして
とりあえず1回引いて、
情報収集をすることにしました。

今回私が納得がいかなかった点は

制度にもとづいて行った実務が
「制度がよくわかってない」がゆえに
想定してない結果になったのに、
「そういう結果なんだからしょうがない、
いまさらどうするんだ」といわれたことです。

「いまさらどうするんだ」ではなく
「いまから何をするか」ではないのかと。

制度は当事者の意思が記録に残るように定めています。
合意した記録はあります。
でも実際に聞いた結果として
いくら記録があっても
「こういう結果になるようにした」という
当事者の判断や意志がないことはわかりました。
そんなつもりはなかったと。

この件で、結果についての非は
権限や説明責任を持っているほうにある、
と思ってました。
だから、
「私がこうあるべき」という方向へ
結果を変えるために動く必要ありか??
と思ったのです。

でも、今回当事者のもう片方にも
話をきいたり、自分でも説明をした結果として
今回は、結果をくつがえすとか
そういう活動をとることはやめました。
くつがえすための意志が
当事者双方にないことがわかったから。

情報がない、弱い立場にいる側を
どこまでも私が支えることは可能。
理論武装だって、うらづけだってとれる。
でも、最後、当事者に意志がない限り
「○○さんが言ったから」になる。
これは「制度がこうだから」と同じことです。

制度は、お互いの意志を支える道具。
記録は、意志や行動の結果を客観的に残す道具。
道具に振り回されてはいけないし
意志のないことを、道具のせいにはできない。

今回の当事者どうしで、
今回の実務を行うことはもうない。
次は私が当事者の番です。
相手にとってネガティブな意志を示すことも含めて
ちゃんとやっていくぜ。って思っています。

おしまい。

起き上がったぃ!

起き上がれませんでしたぃぃ・・・

平日の睡眠不足を言い訳に、遅く起きて
さすがにいいお天気だから洗濯はして
昼ごはんにそば茹でて、また寝るし。

もぉっ、何時だよっっと、起き上がった!

気づく。
この数日、平日に
贅沢にも「自分のノリ」を待って
遅くまで仕事をしていたのだけれど
自分が選択して何かする時間をつぶしちゃう。
自分の意志で決意や選択できてないってことだ。

いかぁん!

読みたい本が積んである。
その前に
ダイニングテーブルが大変な惨状になっている。

ダイニングテーブルは
私と子の生活場所そのものでもあります。

子は自分の部屋がありながら、机で勉強をしません。
いや、たまにやることもあるけど
結局ダイニングテーブルで
テレビ(というか撮りためた番組)見て
ブログ書き込んで
勉強もそこでします。

私は私で、いろんな本だのメモだの
しまうまえの洗濯モノだの、
済ませなければならない用事だの
割引券だの・・・

ごはんを食べるときには、
あっちよけてこっちよけて
スペースをわざわざ作る。

逆じゃん!

というわけで、まずはおかたづけですわ。

500円玉の誘惑

500円玉を貯金する人、いるじゃない?

あれ、かしこいわーと思いました。
たくさん貯まるっていうのもそうですけど、

500円玉あると、つい、コンビニに寄るもんね。
飲みもんとお菓子、買うよね。

お金も出る。
お腹も出る。

500円玉は、誘惑するね。
貯金箱に閉じ込めておくに限る。

働く女子

ちょっと仕事でノリを待ってたら、
思いがけず、職場で日付を越え
泡くって飛び乗った終電の
車掌さんたら、女性だわ。
結構元気な声。
よろしくてよ。

もうすぐ最寄駅でっす。
おつかれさま。

【今週の1冊】ルポ貧困大国アメリカ

ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)

買ったきっかけ:
職場の先輩に読後感想を聞いて

感想:
貧富の差が拡大するアメリカでは、民営化の大号令のもと、セイフティネットが驚くほどありません。病気を1回するだけで大借金を背負い、学校の食堂がジャンクフードしか売らなくて子供が肥満し、災害に備えることもなくニューオリンズがハリケーンで沈んだまま復興できず、抜けられない借金地獄につけこんで軍のリクルータが高校生を刈り取り、個人情報が売られて派遣会社が戦場へ人を送り込んでいきます。
暴走的な市場原理システムが戦争すら「民営化」して、借金にあえぐ人たちを「自己責任」のもとに送り込んでいく構造が、冷静な文章で展開されています。
著者は9.11に遭遇し、さらにジャーナリズムが大資本に買い取られて構造の拡大に一役買ってしまっている実態にも気づきます。
これは米国単独の問題ではなく、ワーキングプアが社会問題になっている日本の問題でもあります。経済格差の拡大は個人の生存を脅かし、人間らしさをうしなわせます。その空恐ろしさが伝わってくる本です。
最後、この構造に無力にならず、各個人が事実を知り、身近なところで自らが選択することこそ大事という力強い結論におおきくうなずきます。

おすすめポイント:
働く人に、将来の社会をよりよくしたい人にぜひ読んでほしいです。

ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)

著者:堤 未果

ルポ貧困大国アメリカ (岩波新書 新赤版 1112)

流れとか呼吸とかまるいまるい感じで

フラメンコの朝練。

アレグリアスを踊っておりますです。

足とブラソ(腕や手先)を一緒に動かそうとするととたんになんだかぎごぎごします。
フリを覚えるっていうのとは、ちょっと違うんだなぁと思った。
いや、ちゃんと覚えてないと踊れないけど、
流れで、呼吸と一緒に、唄うように踊る感じがほしいわけですよ。
目の前でユミママ、そうやって踊ってくれるから、イメージあるわけですよ。
まるい、まるい感じなんですよ。
空気を全部まるくつかむような感じでね、明るく。

しかぁし。
身体はそのとおりには動かない。
ぎごぎごしてる。止まっちゃうんですよ。
もぉっ、何度でも何度でも踊りたいです。

火曜日はなかなかヘビー

会議もある。
新しい課題もある。

あれもこれもはできないが、
あれもこれも転送されてくる。
誰かが結論を出さない限り、まわり続ける。

アタシも気軽に転送したいものだがそうもいかない。(のかな?ホント?)

かといってアタシが悩んでたって結論はでない。

…ま、気分を変えて、今日は帰宅なのだ。

納得いかないが1回引く

職場で納得のいかないことがあり
1対1で話し合いをしました。
冷静に話してはいるつもりなんだけど
一方的に相手を責めているなという自覚もあり
おちつけ!と自分に声をかけながら
相手の意見を聞いて理解はできました。

1点だけどうしても納得のいかないポイントを
自分で論破できない。
相手はもうそこを曲げるつもりはないから。
あとは自分がどうすればいいかだけ考えればよい。

自分で納得がいかないことだから
まだ闘ってでも変えるか。
納得がいかないポイントを自分で1回論破して
違うルートを考えるか。

…ここはもう少し冷静に情報収集かもしれないな。

自分がムキになるポイントと
人がムキになるポイントは違う。
だからそこですれ違っているのを主張しても
すれ違いは広がるばかり。

んん。1回引くか。

それにしても、ちょっとアッタマにはきた。以上。

明日を信じる

もう明日も近い位の時間になると
とにかく明日を信じる自分でいる。

過去に人に支えられたことは大事なこと。
今も誰かに支えられている。
だから過去に殉じたらそこでアウト。

過去の思い出はそこに置こう。
しまいこんだら形を変えるから
眺められるように置いておこう。

大好きな人たちが
可能性を信じて幸せであるように。

充電しまくり

この土日は、雨を理由に家から出ないで
本やネットに耽溺しておりました。
いささか充電しすぎてしまった感も。

気がつくと、家中そんな感じで
マンガを読み倒すモノあり、
撮ったジャニ系番組を何度も見倒すモノあり。
風呂上りに発泡酒飲んで
夕方までひっくり返ってるモノあり。
(・・・最後が私。)

ようやっと動き出し、
夕飯用に冷凍まぐろのナカオチを解凍して
案外量が少ないなと思ってましたら
子が
「ツナと混ぜて、しょうゆタラしたら?
 同じまぐろだし、いいんじゃない?」

ほぉ?
「じゃ、任せるわ。適当にやって」
って、まかしたら、仕上げて持ってきました。

お。旨いわ。

「でしょ?!」
しょうゆと、多少塩コショウも振ったようです。

平日の夕飯はとにかく早くつくなきゃとか
もしくは自分が夕飯に間に合わないことが多いので
たまに食べる休日の炊き立てご飯と
そういうささやかなどんぶりは旨いです。

さて。もう少し、本読もう。

【GCDF】試験合格しました

GCDF-Japan試験の結果通知がさっき来ました。
合格でした。

よかった。ほっとしました。

実技試験のコメント
・安易な同意や同情と捉えられる応答がある。
・応答が長い
・クライアントの表面的な感情や事柄を繰り返すことが多い。
よって
・クライアントの言ったことではなく
 言いたいことに焦点をあてて
・「何について」「どうだ」を短く
・あなたのことばで返しましょう。

は、どうあってもこれからの課題です。

頑張ります。

中学生の「情報とコンピュータ」テキスト

子が期末試験の勉強をしている。
「情報とコンピュータ」というテキストで週1回授業があるそうだ。

見せてもらったら
コンピュータの基礎だとか(「コンピュータの5大装置」とか)
記憶装置・媒体の種類だとか
ネットワーク回線の種類だとか
表計算ソフト、プレゼンテーションソフトの使い方
webサイトの作り方、電子メールのしくみと使い方。
セキュリティだ、IDだ、パスワードだ。

ほー。
私らが社会人になってから全部教わったり
もしくは自学自習してきたことを
中学1年生は学校で教わってくるのですね。

子はブログをもってるしタグも変えられるし
タッチタイピングは私なんかよりずっと早いため
このへんの学習はあっさりこなしていきます。
表計算ソフトにはまったくなじみがないので
新鮮なようですが。

それにしても。
電子メールの使い方は、ツールの使い方だけじゃなくて
メールの文章の書き方も、やるなら教えてほしいなぁ。
たまたま、「情報とコンピュータ」のテキストを
見ただけで、
国語の教科書などの課題かもしれないですが。

子供たちは、
自分で文章を書く、友達の文章を読む機会が
実はインターネットが盛んになる10年前よりも
ずっと増えているのではないかと思います。

手紙ほど作法が決まってないから
「学校」で「教科書で」っていうのが
難しいかもしれないけど

相手にわかるように文章を書く、から始まって
文章だけだと誤解の応酬になることもあるから
相手に会えるのなら会って話そうとか(これは私見か)
すぐ送れてしまうからこそ、出す前は読み直そうとか
相手を間違えないようにしようとか、
ccやbccの使い方もそうだけど
案外「転送」のしかたとかもエチケットだぞとか。

・・・そういえば10年くらい昔に
飲み屋で数人でメールを熱く語っていたことがあって

何でも「全員に履歴つき返送」すりゃいいってもんじゃないとか
上司にcc入れるばっかりじゃなくて一言話しておけとか
「転送」は転送元にも1通同報しておくもんだとか
人のメール黙って転送するヤツに限って
人の足ひっぱるようなことを一斉通報するだとか
メールは電話の補足で業務指示じゃないんだから
正式な業務指示ルート・会議決定はスジとして通すべきで
メールいれたから終わりってもんじゃないだろうとか、

やたら盛り上がってたら
となりの見ず知らずの会社員(たぶん年上)が

「あんたがたのいってることで
メールの使い方がよくわかった。ありがとう。」

と言われたことがありました。

ま、ちょっと脱線しすぎましたか。

【今週の1冊】「明日もまた生きていこう」

バレーボール女子が
北京オリンピック出場を決めたとき、
インタビュアが
木村沙織選手に向かって誰かの名前を出しました。
「きっと、ここで見てくれていると思います」
といったようなことを言ったあと
そこで初めてサオリンが、わっと泣きました。
インタビュア反則だなぁ、とそのとき思った。
もう「この世にいない」人だろうとわかったから。

「明日もまた生きていこう」は
木村沙織選手とともに
将来の女子バレーを率いる逸材と目されながら
18歳から2年余り闘病し
今年の4月に帰らぬ人となった
横山友美佳さんの著書です。

著書はガンの闘病記に留まりません。
北京で生まれた後、家族全員で移住することになり
大人の都合に翻弄される10歳の友美佳さんが

「早く大人になりたい。
 後悔をしないように、自分のことは自分で決めたい」

と願うあたりからはじまった、
自分の意志で選択し続ける人生が綴られています。

恵まれた資質もあいまって、中学生の頃から
彼女は常に自分の夢のために「選択」を迫られます。
若くして選抜される者としての濃密な場面を経験し
なおかつ一生モノの恋もします。
そんな過程を全部書いてあるのが興味深いです。

さあこれから!というときに
自分の意志ではどうしようもない、闘病の道へ。
つらい治療。
病気の自分を受け入れられない。
恋も終わる。忘れられない。
それでも、
誰よりも負けず嫌いで夢をあきらめない彼女は
ガン治療を続けながら
早大の(スポーツではない)推薦入試にチャレンジして
見事合格します。

ここで納得したのは
著書の文体が冷静でかつ等身大なのは
入試対策で小論文の訓練をしたからだということ。
10歳で日本語を習得した横山さんが
ここで「書く」力を得たことで、
恨み、憎しみ、嘆き、恐れる自分をそのまま
この著作にのこすことができたのです。

18歳の彼女の大いなる可能性は
度重なる再発で「ガンとの共存か死か」という
二者択一までになるけれど
どんなに恐れても逃げ出しても、
彼女は結局立ち戻り、夢に向かい「選択」し
原稿を書き続けます。
周囲の人たちや生きていること自体への
感謝の気持ちに加え
生きる人たちへの痛い嫉妬、生きてほしいという切望も
そのまま綴られます。

彼女の夢は最後、
「成人式の写真をとること」
「本を完成させること」の二つになり
前者は彼女自身が見届け、
後者はのこされた人たちが奇跡の連続の末、
世に送り出しました。

関わる人たちが一生忘れない経験を
横山さんは残していきました。
この人の21年は濃密すぎます。


木村沙織選手が、
横山さんにあてた最後の手紙が載っています。
親友に書く明るい文体です。

「ゆみかの分までバレー頑張るからね!
 どんなことがあっても
 絶対にあきらめないからね!」

私自身は本当にここで切なくなってしまった。

この世にのこる者たちは
彼岸にいった人たちに、
あなたのために私はあきらめない、と
せめて誓うことくらいでしか近づけない。

この世にのこる者たちは
生きているだけでも、まずはありがとう。
誰も代われない自分の人生で
やれることをやろう。
夢を見よう。幸せになろう。幸せにしよう。

おしまい。
「明日もまた生きていこう」
横山友美佳  マガジンハウス

健康診断完了

まったりと、
NEW YORKER'S CAFE(高田馬場)にて。

最近スタバよりも少々お気に入り度アップです。
要因はいい椅子が多いこと。

午前中は健康診断。
胃のレントゲンとるんで飲んだバリウムと、
肩にうった注射とで、
なんかもー、
だるいっす。

有給休暇はとったものの、
昨日の仕事が中途半端だもんで。
明日豪雨だっていうし。


やはり、いくかぁぁぁ…

ぁぁあ〜、でも、
椅子から立ち上がれない。
いい椅子は罪。

レッツゴー、エド・はるみ

24時間テレビのマラソンランナーにエド・はるみ。
本人ずっと出たかったので感激で涙。

この人は年齢非公表ですが
年齢にして自分と±1位の差だと確信してます。
3~4歳位の写真がモノクロというあたりに
同じ世代だというリアルさが伝わります。

あのコンサバな感じの印象。
肩の力のがんばってる感。
身体を鍛える動機。

微妙に、他人に思えないです。
だから、見るのを避けてた位。

一途に思い続けた夢(マラソンランナー)。
かなって感激して泣いちゃうあたり
シンパシーを感じます。
そうか・・・うれしかっただろうなぁ。

なんで、お笑いの道へ踏みこんだかなぁ。
そこのヌケぐあいをぜひ知りたいものです。

こんどのマラソン、がんばってほしいです。
あえていう、ベタな感じで

レッツゴー、エド・はるみ。

システム監査技術者試験は

不合格!!

午前はギリギリセーフ。
午後Ⅰ(記述式)でアウト。

なにが悔しいって午後Ⅰで予想以上に点数が悪かったこと。
「もう少しできてたはず」って思っているのは、何か「思い違いをしている」っていうことだから、性根すえて見直しです。
午後Ⅰで不合格だったから午後Ⅱ(論文)は採点されなかったわけですが、まあ、これは途中までしか書けなかったのでしょうがない。

ああ、でも、受からないのはやはり悔しい。
資格はほしかった。それだけが目的ではないけど、形になるものがほしかったのは本音。

ただ、「過程」が大事なのであって、ということはよくわかっているつもり。短期的な暗記でしのごうとするからバタバタなんであって、知識としてシステム監査技術者には何を求められてるのか、もう少し本質に近いところをきっちりと理解することなんだ。

来年、もう1回、本当に受けたいし必要だって心から思ったら受けてみよう。

後悔

ちょっと後悔。

答えがすぐにでない課題だった。

全ライン、指示通りに動けという他ラインの指示がありましたと。

その通り動くと別のリスクがあるから、
指示出したラインと調整せよとの指示が上司からありましたと。

調整してる間にも、指示にそった処理が必要なものが発生し、
指示通りにしないのですか、ではどうすればいいのですか
と部下から迫られた。

あ〜 迫られたように感じたのは私の認識。

指示通り動く。
迷わないシンプルな判断基準で動く。
そうしたいのをこらえて、
打開する調整をしようとしてる私に向かって、
状況も分かってるのに、今すぐ指示を求めるのはなぜ?
どうして少し我慢しててくれないんだ!

って思った自覚はあった。
自分のジレンマを相手のせいにして、反応してる!ってわかった。

のに、

スゴイ困ったよ〜〜でも言ってることよくわかるよ〜なんとかするね、
とだけ言って、
パソコンに向かって調整文書やメールをうち始めてしまった。

明らかに、怒りオーラがアタシからでてる。

あ〜 後悔。
もっと穏やかに、自分の恐れ、迫られてるように思ってしまった私を認めるんだった。

決断というか、白黒つけられない(実は他人基準に基づいて白黒つけたい)意思が固められない自分を隠そうとした。

問題は私にあった。

しゅん。

CASA ARTISTAのショーを見ながら

とつぜん、降りてきた考え。

ホアン一色氏のフラメンコギターこれがまたモノスゴイのでありますが

その複雑な手の動きや繊細な音を聴いていて
ぜんぜん関係なくふと落ちてきた。

・・・私は職場で「やらなくてはいけない」と思うことをやっているけれど、それは本当にリスクが少なくなるとか皆がhappyになるという理由ではない。
役割だから、キマリだから、そういう手順でやるってきめたから、そうしている、という時間が仕事の中で多くて、自分を振り回してしまっている。

本当は、リスクを少なくする、よりよくなる、
人がhappyになる、意志が伝わる、モノゴトが進む、
そういうことのために「やらなくてはならない」ことだけをちゃんとやりたい。
これをやらなければという思いや意志が、「はずれてはいけない」「前例にないことはできない」という恐れから発しているうちは、うまく人に伝わらない。

過去のしがらみに自分が萎縮するために、社内ではまだ意志を出し切れていない。
社外ならいろいろできるしチャレンジしようとする。
外国へ行ってハラが座って大胆にボディランゲージで世渡りしていくのに似ている(のかな?)

とにかく。

私は周囲がどうあれ、恐れから解放された上での「やらなくてはいけない」ことを発見して取り組みたい。

CASA ARTISTAのフラメンコショー

毎日のように朝練に通いながら、実はお店のショーを見るのは久しぶり。

うわー。
もう感激しちゃうなー。

見ると幸せな気持ちになります。
今日は明るい曲調だったこともあるけど、おもいっきり街中で、人生肯定されちゃう感じです。

アレグリアスもブレリアも、自分が教えてもらっていることと地続きで、でもそこへはずっと先だけど、

それでも、あんな、人の背中を押せるような、踊りと歌と拍子(バイレとカンテとパルマ)に憧れます。

あ〜 楽しかった!

すこしおちつけ)今日気づいたこと

今日いくつかのピンチが職場であって
それは土日にしっかり遊んだことで
さらに拡大しているが
それはそれでしょうがないとハラは据わっています。

ただ今日一番自分できづいたことを記録しておこうと思います。

社外グループ活動で
私は4名のなかでリーダを引き受けましたと。
これはこれでいろいろあって
自分で決心したことなので
何の後悔もないのだけれど

このとき私は
「実質的にリーダーシップとる人は
他にいくらでもいるのだから
私は世話役に徹しよう」
と思ったわけです。
だから、次回日程調整でも、
「空いている日を集めればいい」位に思ってた。
実際、みんな忙しいから、日程はわずかしかとれない。
それでも、集まれるときにやるしかないんだし
いいや、と思ってた。

でも、それは違う、って気づきました。

アドバイザーの人に
「老婆心だが、もう1回くらいやっておいたほうが」
といわれて初めて
私は去年のグループ活動の
日程表と議事録をひっくり返しました。

とりあえず初回から4回くらいまで
なにをいつまでにやっておく必要があるか
それはなぜか。
議事録には記録があり、
日程表には全日程とその頻度が可視化されていました。

グループのメンバーが方向性そろえるまでに
アタマにいろいろやることがあって、ちゃんとやってた。
思い出したというよりは自分はこういうことに
最初はヘラヘラしてて気がつかなかったんだ。

しまった。
「会合がどのくらいの頻度で、なぜ必要か」は
日程調整のときに説明する必要があった。
昨年のグループ活動の経験者が
リーダになった意味はそこにあったし
その知識があった上で、
新しいグループメンバーのなかで
頻度は判断すべきだったし
一定の方向付けはたとえ「世話役に徹する」にしても
責任として必要だった。

こういうところが、
ワタシのけっこうアナタまかせなところで
そういうところを打破する意味でも
リーダは必要な経験なんだ。

というわけで、
メンバーに、再度日程調整をお願いするメールを
帰宅前に出してきたのでした。

どれくらいメンバーに響くかはわからないし
まだ「これから話し合い」なのに何いってんのか
と思われるかもと、いうのを承知で
自分の意思と根拠だけはがんばって明確にして書きました。

しばらくこれで今週いっぱい、
グループ活動のことは考えない。

職場のピンチはとにかく
明日から、すこしおちつけ。
ハラきめてのぞめ、とうことにします。

携帯が壊れた!

アンテナが立たない(泣)

(docomoです)
fomaカードが無事であることまでは確認。
「なぜか」うちにはfoma本体の予備が2つもある。
なぜだ、だんな。いや今は深くは問わない。
昔からおもちゃの多い我が家ではある。
おかげでとんでもなく忙しい火曜日に
docomoショップ行かないで済む。

それにしても。
週明けから職場でいきなりピンチが続く。

おまけに
いまから水着に名前のゼッケンをつけなくてはいけない。

しばし、さらば。

つまらないピンチ

午前中。

東京体育館から、
昨日開通した東京メトロ副都心線に乗ろうと、
北参道って駅まで歩いてみたわけです。

勘だけで歩いて、
あああったあったって見つけたのはよかったんだけど、
明治通りの向こう側で。

素直に横断歩道までいけばよかったんですが、
えい、渡ってしまえと。

交通量そこそこある通りなんだけど、
センターまでは行けてしまったと。

そしたら
センターラインにポールがいくつも立ってて、
ロープまで渡してあり
しまった、ロープには気付かなかった。
しかし後にはひけず。

えい、って跨いだですよ、思いきって。
よし、こえたって思った瞬間、

ひっかけた。
ビリッ っていいましたさ。

とにかく道渡って、みたら、
オシリんとこ、破けてます。
パンツ見えちゃってますから。
たまたま上に来てる服は丈が短めで隠せないし。

しょーがないなーと、妙に冷静に。

近くのコンビニまで、オシリつまんだまま歩いてって、
ソーイングセットを購入。

北参道駅まで戻って、

折しも開業2日目副都心線には、
カメラ小僧&おっちゃんがいたるところで写真撮ってて
なんとなく避けつつ
(イヤベツにアンタ撮らないから!とツッコミつつ)

キレイなトイレでせっせとお裁縫。
おばあちゃんありがとう。
あなたが仕込んでくれた針仕事は
こんなところで大助かりです(泣)

しかし、祖母に反抗ばかりしていた故に
決して裁縫は上手ではないため
明らかに「そこ、破いて、手で縫いましたよね」
とわかるズボン(死語?)

ま、そのまま、
渋谷にも、世田谷美術館にも、行ったのでした。
怖いものなし。

教訓。
横断歩道を渡れ。

おしまい。

冒険王横尾忠則

緻密で、ドロドロで、綺麗で、グロくて、誠実。

世田谷美術館『冒険王 横尾忠則』展
(今日まで。あ〜もう1回位行きたかったな)

今の作品からも、
昔のイラストの仕事からも、
いろんなモンをたくさん浴びました。

…このイラストの仕事がまた凄くて、
緻密な原画、緻密な色指定、
工業的仕事でここまでできるんだってことに驚く。
1965年当時で。

ヒト一人が生まれた瞬間から抱え持つあらゆる恐れを、
この人は全部逃がさず抱えたまま
大きな、あるいは小さなキャンバスに
全部表してゆくのです。

このモチーフ、あのイメージ。
これでもかって位、
色彩とヒトが迫ってきます。

「そのまま、生きてよし。」

作品群の全てから
その勢いを受取りました。

それにしても、
おっちゃん、おそるべし。
70歳って。

もうね、
年齢で何か考えるの、
心底馬鹿げてると思うわ。
最近ホントにそう思います。

東京体育館の浴槽が(泣)

使えない事態に。

…多くの人には関係ない話で失敬。

東京体育館は
プールとトレーニングルームがあって
なかなか快適な施設です。
公共の施設では珍しく、
シャンプーや石鹸類の使用も可能です。
マッサージや、女性にはエステもあります。
びっくりです。

で、シャワールームには
おっきな浴槽があってですね、
これがもう、泳いだ後なんか、ふやふやふやーって位
お楽しみで。
もう至福なわけですよ。

しかぁし。

今日行ったら、
「配管の不具合のため浴槽は当面使えません」

の貼り紙がいたるところに。

(T-T)

夏は風呂なくてもいいだろうと
思っちゃぁいけませんぜ。
夏に風呂入るからこそ、あがったとき涼しいんで。

東京体育館の関係者の方に、切にお願いします。
浴槽の配管、早く直して下さいっ!

本読み三昧

目覚ましをかけないで起きて
今日は一日、掃除と本読み三昧ときめて過ごしています。

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…起きてしばらくして、
ゆっくりと酔いそうな地震がありました。
時間が経つにつれ被害が詳しく伝わってきます。

何もできないときにはただ自分のできることをしよう
というのが私の信条です。
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ベランダから風がたえず入ります。
暑くなりそうな午前だったけど、意外に涼しい。
カタイ本からやわらかい本から、
とにかく手当たり次第です。

実は案外…

今週は外出と会議が多く、落ち着かなかった。

実は案外、仕事でのアウトプットが、ない(泣)
一人こっそり気づいている。

いつもなら
ノってくるまで仕事にしがみつくところを、
思いきって、バッサリと捨てて、帰宅!です。

かなり珍しく二泊も出張してたダンナも帰ってくるし、
気合いを入れてデパ地下で買い物しました。
(…自分で作れ〜)

さっ。週末を楽しもう!

新たな社外グループ活動開始

ついに開始。

想像を超える人たちと
また出会った気がします。

以前のグループとは人数も年齢構成も違います。
一人ひとりの個性も当然違います。際立ってます。
そして業務経験値はどうも自分が一番少なそうです。

何をもってチームに貢献できるか。
自分の伝えたいことを伝えられるか。
相手の言いたいことを受け止めて拡げられるか、あるいは収束させられるか。

結局は、
あきらめないで
自分とメンバーを信じられるか。
あきらめられちゃったら、
つまんないもんね。
本気になっててほしいわけですよ、やる以上は。

…そっか。わかった。
力を出しきってもらえるように貢献しよう。
自分も含めて。
これから3月まで、ファイトです。

自覚してるが、私のやりたいことは他にもある。
リミッターを取っ払って
自分を信じて、やりたいことをやります。

ぃよしっ。

フラメンコのすてきな世界

実際に間近で見たり習ったりする前に
私の持っていたフラメンコのイメージは
「情熱的な女性の踊り」でした。

もちろんそれはそうなのですが、それだけではなく。

フラメンコは
歌と拍子とギターと踊りが
それぞれ持ち味を出し合って成立しています。
一定の約束事がありつつも
その場の雰囲気なりお互いの呼吸を含みながら
「音」で世界をカタチづくっています。

特にタブラオ(舞台を持つお店)で
間近でショーを見るとそれがよくわかります。

拍子(パルマ)はただ手を叩いているのではなく
ベースとかドラムのように
一定のリズムを刻んでいます。
ギターの音にも引きずられず、しかし離れず
バイレ(踊り)の情熱にも引きずられず、しかし盛り上げ
歌とギターと踊りをつないでいます。

踊りにはエスコビージャって足を鳴らす場面があって
そこなんかはバイレまでが楽器になってるわけで
まさにセッションなのであります。

もちろん、バイレ(踊り)も最高だし
ギターも盛り上がるわけです。

さて。
フラメンコの朝練では、
バイレといっしょに、パルマも習います。
曲調というか、音色の違いもあるのです。
舞台の上での呼吸やノリも、
底に流れるリズムの道理、
果ては地理や歴史までも含んで
全部「まるい輪っか」のなかにあることを教わります。

パルマは実は奥が深い。と思うのですが
まだ入り口の私にしたら、単純に楽しいです。

ちなみに
「フラメンコは街に根づいている踊りで
舞台は街と地続きなんだよね~」
ということも
先生のユミママから教わったりします。

いいでしょ?

http://www.casa7.com/
(音が鳴ります)
東京 新大久保&大久保
CASA ARTISTA(カサ アルティスタ)

本格的スペイン料理(パエリアと生ハム、半端なし)と
ショーは毎日20時と22時頃に。

プラメンコ教室は火曜日~日曜日。
朝練は火曜日~金曜日です。

ぜひ!

浪越徳治郎センセイ

その場にいないと分かち合えない話で恐縮。

昨日、とある駅でエスカレーターに乗っていて

前の人がふと振り返ったと。

そこにはまさに、
指圧の心は母心
浪越徳治郎センセイが!

…えっと、R40でしょうか?

指圧の心は母心、押せば命の泉わく。ハッハッハ。
と豪快に笑う、スペシャルな親指を持つ指圧の先生ですね。
ある意味、インパクトのある。

イヤ確かすでにあの世の方だったはず。
と思いながらも本当に似てらしたので、つい目をまるくして数秒見つめあってしまいました。

失礼なやっちゃなー。

浪越センセイは、アロハシャツ着て、携帯で電話してました。

昭和だか平成だか、よくわからなくなった夜でした。
おしまい。

ぶわんとした感じ

フラメンコの朝練は4日ぶり。

なんとなく、体が全体的に腫れぼったいというか。
エスコビージャ (足) も音がぼわんとしてるっていうか、

全体的に、こう、シャープさが足りなーい。
ううん。休み明けって感じ

仕事ではチェックせねばならない書類を抱え、会議を進め、
火曜は、いつも忙しいだけで過ぎていきます。

アタマがわんわんなりそうになると、とにかくフロアを歩きます。

準備の時間を
中身がクリアになる時間を
取ろう。

とにかくアタマの中だけじゃ、解決しないです。

深い黒い木々の下を歩く

用事があって、1時間近く歩きました。
電車だと2駅だけど途中1回乗り換えがあって面倒なので、
たいていその周辺へは歩いていきます。

高いケヤキ並木が続きます。
梅雨らしく湿気が降りた道を、
深い緑がどこまでも覆っています。

小学校の頃、図画工作の先生に言われたことを
この時期いつも思い出します。

「君たちは木をかけといったら
緑の絵の具を出して、そのまま使うでしょう?
でもよく見てごらん、木をよく見るんだよ。
木は緑に見える?違うでしょう?
木は、黒くない?
絵の具の緑をそのまま使える色なんて少ないでしょう?
自分の見たままの色を、紙においてごらん」

ケヤキ並木はあつい雲の下で、
深く黒く続きます。

いつまでも歩いていたくなりました。

ふたたび、手放す

夕方から日が落ちるまでベランダに椅子を出して
いまここで の感覚を何度も味わってから
メモ帳に、おもいつくままにいろんなことを書いて
眺めて気づきました。

事実と物語がたくさんかいてあったけれど
ああ、そうだ、これは「私の」物語だ。
他人がとらえる事実は違うだろうし
他人の物語はきっとまたまったく違うだろう。
どこかで交差してる(した)ことは確かだけど。

で、再度、バイロン・ケイティ・ワークをやりました。
手放したつもりが、まだ手放せなかった課題です。

それまでにたくさん書いたメモで
がんばったこともガマンしたこともつらかったことも
自分の物語として、全部眺めて受け止めていたこともあり、
静かな気持ちでした。

「自分が今強く期待する考えが、なくなってもいい。
今一番恐れることが、起きてもかまわない。

なぜなら
仕事ややるべきこと、やりたいことがあって
限りがある時間では、
誰でも自分の自由に生きることが必要だから。」

という結論で、
相手に対する強い期待や恐れを手放しました。

え~?字面にするとなんだか一般論的でスカしてる結論ですな。
でもそういうふうにハラに落ちたからしょうがない。

思いや考えは変えてないです。でもそれは「私の」物語です。
人間関係は必ず
「私」「他人」「神(というか両者にもどうしようもないこと)」
の領域がある。んでしたよね、ケイティ。

というわけで。

【今週の1曲】If My Friends Could See Me Now!

邦題を「今の私をみせたいわ」という
もとはふるいミュージカル映画の中の曲です。

三谷幸喜監督の映画「有頂天ホテル」で
最後に「不幸なシンガー 桜チェリー」ことyouが歌います。

不本意な過ごし方をしてきた桜チェリーが
「あたし、歌いたいの」
って言って、最後ステージにたって、小さく歌い始めて
だんだんのびのびと、幸せな気持ちを全身であらわして歌います。

映画館で見たときも、
愛らしくて希望があっておしゃれでとても素敵だと思ったけど、
昨日テレビで久しぶりに見て、さらに素敵だと思った。
ここまできたyouさんじゃなきゃ歌えない歌だと思います。

ついでに言えば
youさんが書く、奔放なようでいてスジが通っていて
品のある文章が大好きです。
もう少しで新刊がでるらしいので楽しみです。

うわー 男泣きだ~

勝っちゃったびっくり。
バレーボール日本男子。

スピードやパワーがもうぜんぜん違うよなって
諦めかけてたこの数年。
オリンピック16年ぶりだとのことで。
ああ、そんなに出てなかったのか。

皆で男泣きです。
解説席も泣いてて、コメントできてないし。
こんな泣けるくらい激しく打ち込めるって
素敵ですごいことです。

インタビューでは
30代後半、荻野選手、涙で絶句です。
よくここまでがんばった!
思わず親子で、オギノ!!コールです。

はぁ。いいものみたわ。

泳ぐ

久しぶりに泳いできました。

お気に入りのプールは、東京体育館と辰巳国際水泳場。
50mで水深がちゃんとあってキレイ。
どちらも私にとってはスペシャルな場所です。
ロッカールームも広くて快適です。

今日は東京体育館へ。

ホントに久しぶりだから、
大丈夫かなーとどきどきしながら水に入りますが、

壁蹴っちゃったら、こっちのモンだった!

うきゃー。

腕から肩から背中からとにかく総動員で体が調整していきます。
アタマの中が体に集中する感覚です。

呼吸が慣れないうちは全身がしびれかけるような感覚もあるし。
水はどこまでも水で、しんとして深いし。

壁を蹴ってのびる瞬間ったら、
ひゃーって位気分がよいです。

私が理想とする姿があって、

ずいぶん前にフィットネスクラブのプールでみた、
おそらく昔バリバリ泳いでいただろう、
でも今はちょっとガタイが良くなった男性の、
ちゃんと背中が出てて、水音を立てない、
ひとかきでトンデモナク進む
鯨みたいなクロール。

それと、
辰巳でみた、
陸でははっきり腰が曲がっていて華奢なのに、
完全なる水泳体型で
水ではびゅんびゅんトバしてた
70歳こえてるかもしれない女性の姿。

たぶん、理想をイメージしながら、こうやって泳ぎつづけるわー。

ホントにゆっくりだけど、確かめながら泳ぎました。

昔はとても苦しかったのに、
今はすごい楽しい。

正味2年しかやらなかった部活で、
水にいたのは春から夏しかなかったけど、
やっておいてよかった。
体にちゃんと身についたことが何より。

調子に乗ってけっこう泳いだから
明日肩凝りどころか、肩上がらないかも。

ま、いっか。

それにしても、陸は、あぢー。

手放せてな〜い、のか

昨日手放したつもりが

そうですか。
手放せてませんか。

ちょっとくやしい。
ダダをこねる子供みたいだ。

と、認めて、
またバイロン・ケイティ・ワークをやってみよう。

何度でも付き合うよ。

目の前の仕事に戻る

今朝は朝から別の事務所で会議。

このスケジュールを組まれると、フラメンコの朝練に行けないのがつまらない。
おまけにお気に入りのカフェがないんだよねここは。
ドーナツやさんでコーヒー飲みつつ。

思えば二日間も目の前の仕事からは遠ざかり、
もちろんそのまま残っているわけです。

やなもの、ためてるもの、うまくいかないもの
あんなこと、こんなこと。

しかぁし!
いっさいがっさい、楽しめってことで。

やなこと、うまくいかないことを、遠ざけている私が居るのだよ。

その理由は個別にも、または根源的にもありますけど、
認めて、許して、楽しもう。

ちょっと肩凝りがあるんで週末は体を動かしにいこうと思います。

ぃよしっ れつごー。

伝えて、手放す

午前中。

昨日ヘコんだ原因の一つについて、
バイロン・ケイティ・ワークを一人でやりました。

(質問項目が書いてある名刺大のカードをお財布に入れています)

自分の思いを紙に書いた後に、
「本当に絶対事実っていいきれる?」って自分に問うたとき、
思いがけず「yes」。

普通は、イヤ絶対ってほどでもない、とか私は思うのだが。
自分でも驚きました。

内容や主語を変えて具体的事実を並べて反論しました。

やはり効くのは、問5の
「相手は、〜だ」を主語を自分に置き換える瞬間です。

お〜!見えた!

考えを変えるのでも抑えるのでもなく、見えて、自分で認めて、許して強くなる感じ。

で、もうヒト押し、相手の気持を勝手に推察しはじめたとき、

「誰が言ったんだそんなこと!」と、不安にカウンターパンチ(miki oguraさんオリジナル)。

この後、自分なりの結論を出した上で行動できました。

行動の途中、相手の反応にそれでもヘコんだけど、
結果はどうあれ、
プロセスは100%responsibilityを貫けました。

今回は特に

問4
その考えがなくなったら、あなたはどうしますか

を見つめることは大事だなと気づきました。

この思いがなくなっても生きてるだろう(かなり大袈裟〜)と準備ができてました。
思いが強いときは効果的です。

行動は起こせて、相手に期待する強い思いは手放せました。

笑える〜

過去と他人は変えられない。
私のモノの見方は変えられます。
思いを変えたのではなく、
捨てたのではなく、
手放して、そこに置いてあります。

雨も上がったし。

ラッキー。帰るよ。

イベント完了後の雑感

これで全部終わったかー。

1年の社外グループ活動の報告が終わりました。

最後までスライドがグレードアップして、
報告内容もパワーアップして、
すごい展開でした。
なんで、こんなあきらめない人に会っちゃったかな。

報告内容は、
自社のリスクの低減でも品質の向上でも使い手の幸せのためでも
とにかく、自分たちがやっていることを第三者にもわかるように整備して変え続ける、成果物とそのプロセスの提案でした。

全体像をつかんで、いつもの仕事に組み込む。
制度もルールも人の意識も、「できる」というスタンスで変えていく。
当たり前のようで、でも簡単になんかできないからこそ、
自分達のコトバとアタマと思いの限りを尽して作った論文とスライドです。

報告が終わって、その論文とスライドに、私はまた問われます。

私の使命は、ルールづくりではなく、
不必要なルールなら取り除き、
そこに働く人が働きやすくいられるための仕事。

変え続けることをあきらめてはいけない。
ルールありきで人を縛ったり、
考えないことをルールのせいにするような人になってはいけない。

でも正直、一人になったような気がして、今ちょっと怖いんだけど。

来週から、私だけ新たなチームで、
第三者の目線を活かして、
組織のiTに関する投資のあり方をよりよくするための研究に入ります。

ヒトもカネも簡単には動かせない。
でも何かのために動かす。
そこには必ず人の思いに基づく判断があり
それをより健全な形にするためのしくみと目線が必要なはずです。

思いとコトバ(会話でも文書でも)とロジックの三位一体です。

論文にどこまでできるかなんて、やってみなくちゃわからない。
そんなもんにどうして飛込んだかは、
究極は、やってみたかっただけ。

私は、ある期間をかけて自分の手を離れるような、
人の力を信じて臨む仕事がしたい。

なんてことをつらつら書きながら、
これから私が何をなすべきか一瞬ニュートラルになっています。

・人のキャリアの過渡期を支える仕事。

・関わる人達の仕事を意味のある、お互いに意味の通ずるものにする仕事。

どちらも今から私がやろうとしてることです。
枝分かれしないようなするような。

…東京ミッドタウンのスタバのテラスで、
ボケっとしながら考えています。

また少し歩こっかな。

いつもの朝

今日は、イベント2dayの二日目です。

でも、イベントのほうは、頑張る人を信じて応援するだけなので、
私はいつも通り、今朝は朝練からはじめます。
朝練で私はバランスとリズムを取り戻してるんだなとわかります。

いろんな今日に

おはよう!

ヘコんだ〜

ヒトマエにでたのは一瞬で、
苦手なことは心配したほど多くはなかったけど、

詳しくは書かないけど、いくつか不都合があって、ちょっとヘコんでいます。

私は、コトバをなくしてしまい、かつ、行動の間が悪かった。

思いのままに、動けなかった。

リベンジの機会はあるから。がんばります。

なんだか具体的でないけど、今日はここまで!

明日かー

さて。

去年からの社外グループ活動の最後の行事2dayが明日始まります。

明日は午後、
ヒトマエに立たねばならない。
記念撮影もある。
化粧もせねば。

いずれも、苦手なものばかりです。

イヤ私なんかより、明後日に報告発表が控えてる2名なんてもっとタイヘンだからワガママは言わないけど。

当日段取りのメモを事前に頂いており、
それを見た時から心臓がバクバクです。

後で仲間と飲むのは楽しみで、
ホントそれだけでいいんだよ〜(;_;)

今日はゆっくりお風呂入って、いろんなもん、ほどいて休みます。
緊張でアタマがんがんしてきた。

ビバ明和書店(池袋)

東京ローカル表記。

西武池袋線池袋駅構内にある明和書店は秀逸です。

○狭いのに抜群の品揃え、特にビジネス本。品切れなく、売れ筋とその周辺。なんでもかんでもではなく、必要最小限とちょっとだけプラスアルファな具合が適切。
○新刊本も、新書も、ほしいなと思うものがちゃんとある。
○雑誌も硬軟よいバランス。
○店員さん、とにかくレジ待たせない。いつ行っても、誰でも。
○カバーのかけかたが早くて上手。なんていったらいいのか、あの、被せるだけじゃなくて、天地ちゃんとさしこんでくれる。
○営業時間が7時から(たぶん)24時前後。いつでも開いてる感じ。

池袋は大型書店がそれなりにあるなかで、私はアマゾンの次に明和書店を愛用しています。
たとえ買わなくても、背表紙眺めてるだけでも楽しいです。

ビバ。明和書店。

エニアグラム月例ワーク(6月-1)

昨日に引き続き、C+F研究所 エニアグラム月例ワークです。
http://www.transpersonal.co.jp/work/ennea.html#getsurei

今日のテーマは「対人関係におけるエニアグラム」

・対人関係のキーは自己理解にある。
・対人関係には誰でも大きなエネルギーを使う、避けるにせよ近づくにせよ、喜びでもあり、ストレスともなる。
・対人関係で起こるネガティブな問題は、過去起きた出来事や将来に対する、性格気質から根ざす恐れが起こしている。
・繰り返す対人関係の問題は、自分が自分に対して起こしている。対人関係は、実は「自分と自分との関係」。過去と他人は変えられないのに、自分の思いこみや恐れが、過去を、他人を、変えようと願ってしまう。
・エニアグラムはタイプという枠組みを提供するが、タイプのきめつけはかえって不自由になる。自分の中にある様々なタイプの可能性、もっというとタイプの向こう側にある人の本質をみようとすることで、自分を解放し、他の人に共感でき、対人関係が健全になる。
・タイプごとに抱えやすい対人関係の課題がある。

…といった知識を得た上で、今日は、「右脳と左脳を使って」ワークで体感。

【今日のワークと気づき】
1)
3人一組で、自分が「いちばんグサっときたことば」「自分がうれしかったことば」を思い出してモノローグ(一人で語る)。語る人はとにかくおもいつくまま語る。聴く人は、うなずいたり質問を返したりすることが、話している人に影響を与えるからそれすらしない。ただ暖かいマインドでそこにいるだけ。

これはたまたま、3人が違うタイプだったことでさらに深い気づき。
同じ「役に立ちたい」「立てている実感」を得るときの感覚や、根ざしているものの違いを受け入れることができた。

2)
バイロン・ケイティ ワーク

まず以下について書く。

1:誰について怒り、イライラ、悲しみ、不満を感じるか、それはなぜか。
2:その人にどう変わってほしいか。何をしてほしいか
3:その人はなにをすべきか(すべきでない)か
4:私が幸せになるために、その人はなにをする必要があるか。
5:その人をどう思うか、全部書いて。
6:その人との間で、二度と経験したくないことはなにか。

1~4についてそれぞれ質問をうける。

ア.それは本当でしょうか?
イ.その考えが本当であると、絶対に言い切れますか?
ウ.その考えにあるとき、(私は)どのように反応しますか(身体がどうなりますか?相手にどう接しますか)
エ.その考えがなくなったら(私は)どうなりますか?

で、上の1~4の
A.内容を反転させる。それを裏付ける事実を3つ考える。
B.主語を反転させる。それを裏付ける事実を3つ考える。
C.私に置き換える。それを裏付ける事実を3つ考える。

ああ、ちょっと具体的に、自分ので書きますね。

1:私はAさんのふるまいにイライラしてます。あることで私に不満を言うから。
2~4:だからAさんは私に、あることで不満をいうべきではないし、言わないでほしい。

で、質問されます。

ア.本当? ⇒ええ、事実。
イ.絶対本当?
 ⇒…絶対言っちゃだめってことはないかな。絶対じゃない。
ウ.その考えにあるときの反応は?
 ⇒ガマンしてる。耳をふさぎたい。でも相手の話は聞き続ける。
エ.その考えがなくなったら?
⇒不満をいうべきではない、というのがなくなったら?
単純に聴ける、だって彼女の不満は「もっとも」だから。

この辺でちょっと気づきます。あ。彼女の不満はモットモなのに、何で私はイライラするの?


A.Aさんは私に不満を「言ってもいい、あるいは言うべきだ。」それを裏付ける事実。
 ⇒…ああ、こんなこともあんなこともあります。
 だってAさんの不満はこういう点でもっともだし。
B.私はAさんに「不満を言うべきではない」。それを裏付ける事実。
 ⇒これは絶対言わない。
 だって言ったってしょうがないことだし、立場が違う。
 私の不満を押し付けたって何もならない。
C.私は私に不満を「言うべきでない」
 ⇒自分がこういう点で不満だということはある。具体的にいえば、…

「実際に口に出して言わなくても、心の中でいってることがありますよね。」
と質問されたとき

いきなり、それこそ自分でコトバに出してる途中で、天から降りてきた気づき。

「Aさんが口にする(私がイライラする)不満は、
かつて私が、絶対口にしなかった上司への不満だ!」

わーかーったぁぁ!!


私はそのことをずっと長く、口に出しては、絶対言ったことがない。
でも、その人は言う。私は何の解決もできないことなのに。
いいんだよ。その人の問題は「私は」解決できない。
でも、かつての私が心の中でずっと言ってた不満をなんでその人は口にできるの?私はあんなにガマンしたのに。
って、イライラしたところから「かつての私の問題」だ!Aさんの問題じゃない!愕然!

・・・さらに反転は続く。

5:Aさんをどう思うか、全部書いて。
のところの主語を「私は」に変えて眺めるとね、
全部「あたしだよ!」 …ここはにしおかすみこ風にね。

さらに

6:その人との間で、二度と経験したくないことはなにか。

これは「Aさんは、私に対する不満を、他の人に言わないでほしい」ということを書いたのです、これが打撃だったから。
これに対して「いいよ、言ったって」って、このとき、心のそこから思った。
だって私は「上司への不満を他の人に言ってた」もんね。
そんなのあるよ、いくらだって。

びっくりだ!腑に落ちた(っていいかたはたぶん本当は正確な日本語じゃないんだとおもうんだけど)

で、彼女と私の関係と、私と上司の関係とは「違う」。
これを心底確信できてる自分の、ここまで行き着いている幸福。

 人間関係は、100%responsibility (one-hundred percent responsibility)だって、バイロン・ケイティさんはビデオで言ってた。100%自分で責任がとれるって感じか。
責任って日本語が重いんであって、自分で選択できるってかんがえれば、あ、この辺は miki oguraさんのセミナーの受け売りもあるな。

バイロン・ケイティワーク、おそるべし。

今日の気づきのすべてと、気づきをサポートしてくれた、ともさんに感謝。

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